「マサカリ」に勝った私の頭。
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 マサカリ(鉞=木を切る大きなオノ=斧)に勝った私の頭。 アイデアマンは怠け者か?  主任試験不合格。   六法全書ポンこれで仕事出来るなら神様だ! 

 
食べづらい食器具に降参。  マルチスプーン誕生。 奇跡は起きるではなく、起こすもの。 少々脱線します。 初めての受賞。 売り込み?相手にされない毎日。


マサカリに勝った」私の頭。

それは大平洋戦争まっただ中の昭和18年頃、北海道旭川での出来事です。国民学校(今の小学校)入学直前3月。私は二つ年上の兄と家の前で「氷割り」をしていました。兄はマサカリで氷を割る役。私は割れた氷をバケツに拾って捨てる役。兄は単調な仕事に飽きたのでしょうか「脇見」をしたのを私は知りません。下を向いたまま兄の前に出ました。 マサカリが振り下ろされました。
      パカッ     一面 血の海!!
母が飛んで来ました。当時の水道は共同水道で(寒さで)凍る為「出しっ放し」です。
しぶきで周囲がツルッツルに凍っているその冷たい水で傷口を洗うだけ。
病院?貧乏ですからそんな金なんかありません。包帯だけでオワリッ。消毒もナシッ。
 出血タリョウッ。  でも死ななかった
(ウッソ〜)(ホンマデス〜)

私の頭はマサカリに勝ったのです   \(^o^)/ (ヤッタネ)(オマエハ ゾンビカ)

私の後頭部には今でも長さ凡そ7cmもの「陥没痕」があります。
普通の人間なら、この世には居ないでしょう。


人がこの世に生まれる時は、神と何らかの約束をしている。と、言われています。
それなら「神は私を生かした」のです。


 ケンジースプーンの発明・普及をさせる為、神は私を生かしたのです。そう信じるこの頃です。


アイデァマンは怠け者か?

10歳頃だったでしょか?祖母が買い物に行く前に私に言いました。「帰って来る迄に廊下を綺麗にしておくように」。
馬鹿正直な私は、それこそ一心不乱、力を込めて雑巾掛けをしました。なかなか綺麗になりません。なんとかならんのか。座り込んで考えました。
そうだ、うるかしてからこすると綺麗になるのではないか?
早速バケツの水を廊下にぶちまけたのです。暫くそのままにして充分うるかしてから雑巾でこする。

いや汚れの落ちること...。たちまち「きれいな廊下」の出来上がりです。   (ヤッタネ) \(^o^)/
祖母が帰って来て「や〜 頑張ったね〜」    (ホメラレチャッタ)(^-^)
そのまま黙って居れば良いものを、アイデァを自慢したくて「あのね〜」ってんで、ぜ〜んぶばらしちゃった。
祖母が怒った!!
「このカラッポノヤミッ」。怠け者。の意味です。 (;¬_¬) →(;;) トホホホ!
私は「綺麗になったんだから いいっしょや〜」と不満でした。
昔の人は「工夫とは怠け者の考える事」。工夫などせず、ただ只「汗水流す」ことが良いとされていたのです。
食事といえば「ご飯と味噌汁、そして沢庵一切れ。後は贅沢。」なのです。祖母はいつも言います。

殿様
「もっと旨いものはないのか。」

家来は殿様に三日三晩何も持って行きませんでした。殿様は腹が減って腹が減って

「何でも良いから喰わせろ。」

家来はお粥と塩を持って行きました。塩粥を食べた殿様は言いました。

「この世にこんな旨いものがあったとは。」

こんな話を何度聞かされたことでしょう。終戦(国は敗戦を終戦と誤魔化した)当時はそんな時代だったのです。


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主任試験不合格。

旭川の定時制高校在学中に営林署に入ったのですが、旭川営林署に10年。旭川営林支局に10年。間もなく幌加内担当区に転勤になりました。
担当区主任の試験を受けましたが失敗。皆さん「OJT」ってなんの訳だか分りますか?分れば貴方も合格。分らなければ貴方は不合格ですよ。

みんな「オリンピック・ジャパン?...後のTはなんだ?」ってなもんです。

 セイカイハ 「オフィス ナントカ ティーチング」だってさ。ソンナノシルカ。

そして論文。題名は「国有林野職員としての我が使命」

私は「樹木にも適材適所がある。現在の植林は北海道国有林の将来に禍根を残す。それを変えたい」等の論文を提出しました。
当然不合格。他の点数も悪かったと思いますが...。

現場では「落葉松(カラマツ)・グイ松・ストローブ松」が盛んに植えられていました。

3年後。「成績調査」に行ったところ全く見当たらない。

「アレ〜? 確かこの辺に植えた筈なんだけどな〜」  キョロ (・.・ )( ・.・) キョロ

野ネズミに喰われ、コクワ・山ぶどうのツルに絡まれて、全国的に有名な 幌加内町の豪雪で倒されて一本も残っていないのです。

植えれば良いってもんじゃ〜ないのです。要は育つのか、育たないのかです。その結果「補植」。その繰り返し。

林野庁の偉い人達は「金をドブに捨てている」のが分かってないのです。現場が分かっていない。

人間に適材適所がある通り、樹木にも適所であるべきです。南国原産のカラマツは北国に不向きなのです。

それはまだ良いほう。職員が丁寧に植えると大体が育つ。しかし、安い民間の「請け負い」で植樹させる。見ていると、一本植えるのに3秒。

右手に持った小さなクワで地面をガッと一撃→バッと土の塊を持ち上げ→すかさず左手で苗を穴に突っ込む→足で土をダンッと踏む。

これで一丁出来上がり。それこそ、「あとは野となれ山となれ」です。安い筈です。驚くのはまだ早い。

プロ野球の日本シリーズ。大体10月の終わり頃です。携帯ラジオで野球放送を聴きながらキノコ採りに沢伝いに歩く。ここ幌加内の山林はキノコが豊富。

(通称)落葉コノコ」  ムキタケ マイタケ クリタケ スギタケ ナメコ クリタケ  シイタケ エノキタケ (通称雪ノ下) ヤナギタケ などなど季節によって取り放題。

ところが、そこで見たものは ナナナ ナ〜ント 梱包されたままの苗木が沢のあちこちにブン投げられているのです。

だ〜れも見ていないのを幸いに・・・。国有林の破滅は既に始まっていたのです。

偉いさんは「自分の事ではない」のですから、われ関せず。


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六法全書ポン。これで仕事が出来るなら神様だ!

この後庶務の「土地貸付係」になりました。仕事? それには六法全書1冊ポンでオワリッ。

研修?一切なしっ。これで仕事が出来るなら神様です。この様子は「米糠健康法」にあります。

覗いて下さい。面白いですよ。


食べづらい食器具に降参。

北緯45度、北海道は北見枝幸町。その「枝幸営林署」で造林作業員を輸送するマイクロバスの運転手になった。当時は「大型2種免許」を持つものは珍しかった。
まさに「芸は身を助ける」。内勤を嫌って車の運転手。営林署始まって以来の珍事だそうだ。そこで使った保温式弁当箱。ついていたのは先がフォーク状になったスプーン。筒状の容器に入ったご飯は掬えない。漬け物・海苔の佃煮・塩辛・梅干。全てに苦労した。刺さらず、すくえず、つまめず。なんの役にも立たない。

そして落してしまうこの使いづらさ。  (ナンジャ〜コリャ〜) (x_x) 

その頃(社)発明学会の会長でもあった豊沢豐雄さんの「小発明 ヒントと生かし方」に出会った。






  刺激になりましたね〜。一生に一度でよいから「自分の名前の付いた発明品を世に出したい」と思うようになりました。

  ドップラー(効果)チンダル(現象)ブラウン(運動)レントゲン(線)などなど、外国人の名がついたものは
  アマタ(数多)とありますが、日本人の名が付いたものはないのです。

  いつかは自分の名前がついた発明品を・・・・と考えました。 コリャーロマンだね。 ^-^;アハ









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マルチスプーン誕生。
                                                          
思ったね〜。自動車、テレビなどはどんどん改良されているのいうのに何百年も変わってないものがあるんですよ〜。
そうです。食器具です。スプーン、フォーク、箸。番外編として中華料理に使うレンゲくらい。コレはとても食べづらい。特に皿盛の料理。

毎食・日に三度も使う道具でありながらとても食べづらい。なんとかならんのか。
 (-_-)ウーム  そのとき   (-_)キラーン!!  と。

スプーンと箸。足して2で割った道具。そうだ、「いっそのことスプーンを二つに割ったら?」。 

夕方、帰るや早速金ノコで分断、それをピンセットの先に。これが中々難しい。スプーンを万力で押えても細い柄までは真直ぐにカット出来ない。
やっとこさ二つにした部品を鉄工場で電気溶接を依頼。


          工 員 「これなにすんの?」   (・・)?

           
私  「お願い、聞かないで」 (−−;;

 

 ここに箸、スプーン、フォークに次ぐ「第四の食器具」ケンジースプーン第一号が誕生したのです。




まずは...ってんで、いろいろと試食してみた。はしでつかみにくいイカ刺し。逃げて苦労するカレーライスの最後。福神漬け。
とりにくい、こげついたジンギスカンの肉。細くて取りずらいキャベツの千切り。滑ってつかみずらい蒟蒻。どれも簡単につかみ、すくえる。
ラーメンもOK。米粒も簡単に
載せられる。(つまむ、ではなく新機能「のせる」誕生)。豆腐もスライス出来る。崩さずに食べられる。
イチゴのヘタ取りもワンタッチでOK。ピタリ合わせると、スプーンとしての効果はもちろんです。
当時の私は妻子を旭川に置いての寮暮らし。六畳一間に、万力、金ノコ、ヤスリ、ハンダの道具を所狭しと置いて改良と失敗を重ね、一時は町の商店からピンセットとスプーンが払底する事態となりました。意外と時間がかかったのは「食物落下防止機能」の改良です。
ギザギザを付けてみたり、穴を2〜3個交互に開けたり。かれこれ半年経ってから
直径2.5〜3mm程度の穴1個が最適と分りました。
フック効果で落さない。これが1番。
 \(^o^)


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奇跡は起きるではなく、起こすもの。

その間、時間を決めて卓球のトレーニング。ランニングで山中を走る。誰も見ていないのを確認し、いい歳こいてイメージ&シャドープレイ。
これは仮想の卓球台が浮かんでくる。対戦相手を様々に変えて試合をする。特にイメージでのプレイでは絶対に負けない。
年齢は満37歳。40歳での全道大会優勝が目標。そんな年齢だからまともな練習では絶対に勝てない。
勝つためにはそれなりの「戦略」が必要と考え、所謂
「粒高ラバー」「裏ソフトラバー」をラリーのなかで取り替える。
このラバー、性質が全く逆。粒高は簡単に言うと「相手の回転をそのまま返球する」裏ソフトラバーは「相手の回転の逆での返球する」。
相手は様々な回転とコースを打ってくる。瞬時に自分のラバー面を判断し返球する。フォアー面とバック面のラバーが逆の為、自滅する。
しかし、習慣とは恐ろしいもので、慣れてくると性質の違いから相手が先にミスをするようになった。

現在の成績よりも「3年後」を見据え、ひたすらイメージ&シャドープレイ。さながら鞍馬山で鴉(カラス)天狗と牛若丸である。

昭和56年度 北海道軟式卓球選手権大会 兼全日本北海道予選会決勝。

 男女年代別。同時に開始。その頃は21本3セットマッチ。
第1セット。ナント
5:21でアッと言うまに取られた。付近では競り合いが続いているのを見て、エ〜?も〜コートチェンジなの?
 相手は私が卓球を始めた頃、既に高校時代から全国大会出場の強豪***選手です。

 決勝までカットマンが相手で滅多矢鱈とスマッシュの連続。第2セット。15:20の絶体絶命。アト1本で敗退。無策で打たれている訳ではなかった。
変化と相手の球道を見ていた。

第1セットのサーブ権はレシーブを選択。これも戦略。ここから5本のサーブが使える。

1球目。相手のフォア前に短かい「しゃがみこみサーブ」。
切れた?と見せかけて実は切れていない。相手はアト1本で優勝なのでネットアウトを避け無難にバック側にレシーブ。

だって私はカットマン。バックハンド攻撃などないと考えたのだろう。
その少々浮いたボールをバックハンドでフルスイングスマッシュ。それもミドルに。

 アレ??決まっちゃたぞ? で、第2球目。同じサーブでは面白くない。
 今度はバックから相手のバック側に短かい「しゃがみこみサーブ」
同じく切れた?と見せかけて実は切れていない。相手はアト1本で優勝なのでネットアウトを避け無難に私のフォア前にレシーブ。
その少々浮いたボールをフォアハンドでフルスイングスマッシュ。
コース?覚えていない。その後?ぜ〜んぜん覚えていない。

で、
7本連続ポイント。22:20で対スコアーに。こうなったら「一度死んだ」のですから「行け行けどんどん」 最後は21:15で優勝。
カットマン(普通は守備型と呼ばれる)にこれだけ打たれ、20:15から7本連続で失点し敗戦するとは夢にも思わなかったでしょう。
わたし?優勝の感激など微塵もありませんでした。観覧席に戻ると対戦相手の***選手に***さん全国大会一緒に行きませんか?
彼、一言も喋らない。枝幸高校の*先生に「あれ?なんにも言わないよ?なんか機嫌が悪いのかな〜」
*先生「そりゃ〜あんな負け方では機嫌も悪くなるさ〜」「え〜?そうなの?」 勝つと思うな、思えば負けよ、ですが「戦略=智が無ければ勝てなかったでしょう。

その後国民体育大会北海道大会2部で完全優勝。北海道代表。

国体の合宿に日本卓球協会所属のコーチが来た。で、模範試合。北海道卓球連盟の理事長、副理事長が見守る。
相撲で言えば「総見」である。この方
(全日本大会で優勝の経験もあり、卓球の本を出版した)を一蹴。

栃木県足利市での「栃の葉国体」に参加。栃木県足利市滞在中の4日間、大学卒業の選手に一度も負けなかった。

ところで全国大会では1勝もしてない。これ
「燃え尽き症候群」の典型。それは父が「沖縄戦で玉砕(当時は全滅を美化した言葉)。
ビンボーで就学旅行に行けなかったので卓球で全国を回りたかった、四国ではハイヤー貸し切り。所謂「物見遊山・見物旅行」だった。

回転の話しに戻します。勝てた原因?
それは
「回転を逆(回転)で取る」「回転を順(回転)で取る」とどうなるかを知ったからである。
今流行の「チキータ打法」も「逆チキータ打法」も「ループボール」も「バックに打たれたボールを体を一回転して返球」も「ナックルボールを強ドライブに見える」のも、また、その逆もあるのですから、相手のとっては何が何だかさっぱり分からないらしい。

今の「世界卓球選手権もワールドカップ選手権」でも、この順(回転)で取る打法と逆(回転)でミスをする選手が実に多い。

こう見ると「分かっていないらしい」直近のワールドカップ女子。対北朝鮮との最終ゲーム。

伊藤美誠選手がカット選手のフォアーに右回転の山なりのナックルドライブ。ボールが飛んで来ない=台に寄せられる。

困った相手はフォアーへドライブ攻撃。これをミス。勝敗が決まった。順回転で返した結果である。

(卓球協会の)解説者がなんと言ったか。「いや〜 はらはらしましたね〜」 私にすれば「いや〜 イライラしたぜ〜」である。

今後、皆さんが卓球競技をご覧下さる際は「逆・順」どちらで打球したかを見ると
下手な解説者よりよく分かります。

それと、この選手、握り方(グリップ)はストレートへの打球が「全くの苦手」。つまり、クロスにしか打てない=打たない。
コーチも(多分)知らないのかな? 打つ方向=打たれる方向が「ここにしか打たない、打たれない」と分かれば、逆に「打たせ、それを待つ」。
つまり、
逆スマッシュ。こうなると「攻めた方が攻められる」となります。

新聞記事とかテレビでは「モーレツに切れたカット」と解説しますが「粒高ラバー」の(基本的な)性質は相手の回転をそのまま返すものです。

従ってモーレツな切れ味(逆回転)カットとは、モーレツな(トップスピン)前進回転を返した結果なのです。

粒高ラバーはトップスピンが大好き。
(*^-゚)vィェィ♪ その反面(無回転に近い)ナックルボールが苦手、ダイッキライ。|||(-_-;)||||||どよ〜ん

良くも悪くも
「結果には原因がある」のです。その1球前に何があったのか。卓球は回転のスポーツです。

孫子の兵法「敵を知り、己を知れば百戦して危うからず」です。

順で取った(打球した)結果であるが、
だ〜れも言わない。言えない筈である。知らないのだから。


少々脱線します旭川実業高校野球部の成績について。

「1995年には、甲子園出場を果たし、現在の北北海道代表記録となる選手権大会ベスト8まで進出しました。
この大会では、翌年の優勝校である松山商業や選抜大会準優勝の銚子商業などを破り、「ミラクル旭実」と称され旋風を起こしました。

この前年、私は同野球部の舎監を勤めた。その練習を一目見てあまりの練習の稚拙さに衝撃を受け、当時旭川大学付属高校、工業高校、龍谷高校など何度も出場あるなかで、旭川では只1校甲子園に行けない理由が分った。

  まさに (⌒▽⌒;) オッドロキー であり  がーん…llllll(-_-;)llllll  でした。 

翌年、部員を何度も座敷に座らせ
「勝負事の結果(勝敗)は全て戦略にある」投手・打者双方に対する戦略を話した。
良く、心技体と言いますがそれでは50点。心技体の他に「智」。智恵の智、が必要なのです。岡田選手は大きな体。早川選手には「お前は小柄、もっともっと小さく小さく構えろ、相手投手はその落差に、思わず
ド真ん中に投げてしまう。
で、岡田
「お前は大きい、しかしもっともっと大きく構えろ。相手投手はストライクゾーンが広く見える=思わず甘いボールを投げる=投げさせる=狙うのだ」。これすべて錯覚戦術・戦略また、「甲子園には魔物が棲んでいるって??馬鹿な、魔物も居れば女神もいるぞ、その女神をこちらに向けさせろ、魔物は相手に向けさせろ。魔物は自分に居るのだ。」「ボールを良く見ろって??ジョウダンではない。だ〜れがボールを見ないで打つか。みんな見ていると思っているだけだ。ボールを顔の正面で見ろ、目で追うな、顔の正面で見ろ。点で打て。ボールが止まって見える。止めるのだ」「変化球?卓球のボールから見れば屁だ。卓球ボールの変化球を打って見ろ。「親父、ボールが割れるぞ」「オ〜割ってみろ、当たったらな・・・・それも芯に当らないと割れないぞ」ま〜だまだ、た〜くさんありますが「ここまでに」します。

    
その後舎監を辞めた事情??いろいろありますが舎監と言えど「このままでは強い状態が続くとは思えず」悔しい。

弱くなった、勝てなくなったなら
「それなりの原因」があるのです。さて、現在の旭川実業野球部はどうなっているのでしょう。

旭川勢で只1校、甲子園に行けなかった野球部がどうして
「ミラクル実業」と呼ばれたように「突然強くなった」のでしょうか?

改めて記しますが「結果には全て原因がある」のです。

鹿児島実業とのこの一戦
「バッターは左打者だったのですが、アウトコース高めの球をレフト方向に流し打ち」「唯一ヒットの無いバッター」とあります。

そうです、この選手バットを高く大きく構え、
懐が狭すぎる私が何度も言った。お前は「絶対」右に打てない=左、アウトコースにしか打てない。しかし、短所の反対は長所でもある。「だから外角アウトコース、レフトを狙え」。相手投手はそれを見抜けなかったのか、それとも失投か?

次回ベスト4。対敦賀気比高。
「そして準々決勝の敦賀気比高校(福井)戦でも、0−3で負けていた最終回の9回に2点を返して、1点差にまで迫るという試合を。その後に、「微妙な判定(というか誤審?)」により追いつけずに力尽きました。」とある。

これは「塁審」の誤審である。
証拠?? レフトの外野手は捕球後、内野に急返球。← これ、天知る、地知る、己知る。である。

 返球動作はワンバウンドの証拠=セーフ。塁上にはランナーが残りサヨナラまである。

         高校野球、甲子園での歴史に残る誤審。誤審も誤審、大誤審。 ┐(´-`)┌ オ〜ノ〜である。


初めての受賞。

閑話休題
国体参加の帰路東京発明研究会の発明発表会に飛び入り参加。

そして壇上にて発表。改良型の試作品3本を参加者に配付。実際に手に取ってもらいました。

会場のあちこちでカチカチ...。ケンジーを挟む音です。

   最後に参加者全員での投票は「満票」。


         
                                         

                                           堂々のトップ賞を受賞。 \(^o^) 


相手にされない毎日。

それからは毎日まいにち、食器具メーカー等に売り込みました。一日約4通。全部自筆で「商品化」の依頼文です。そ〜ですね〜。合計300通も出しましたでしょうか?ある時などは、私が会員である「社団法人発明学会」の「アイデア買います」に応募しました。
新潟県の食器具メーカー。**コウのブランド名。Y産業。試作品をつけて...の正式な応募です。

それがなんと、締切日を待たずにアッと言う間に返送、返却されて来ました。「トンボガエリ」 コメント?...な〜んにもなし。
「アイデア買います」? 募集能書きの割りにはまっこと失礼千万でないかい?
あまりにも奇抜な考案?だったんでビックリしたんでないかい?(北海道弁マルダシダ)(イイッショヤ〜)
(デモサ ハツメイトナレバ コレグライデナイト ダメダッ チュウノ)

それにしても一言ぐらいの挨拶は礼儀だろ〜って〜の。


     ランチジャーのメーカーの場合はこんな理由でした。

            (マ〜 ヨンデミンシャイ)

               意地になりました。

「そんなに(新製品を作るのが)恐いなら、俺が(資金を出して)作ってやるっ!」 他人(ヒト)がやらないことをやる。これが楽しい。


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 (参考)
むかし「ブリヂストン」って、何の意味だろうと英和辞典で調べたんですが、分りませんでした。じゃ〜フランス語かドイツ語かな?で終わりました。
あとで分かった事は、ゴム液を塗って水が滲みないようにした地下足袋を発明した石橋さんの苗字。英語でストーンブリッヂ。
         言いにくい?ので、これを逆にしてブリッヂストン=ブリヂストン。

         ナ ナ ナ〜ンダ。 ┓(´_`)┏  でも苗字なら沢山あるんだよな〜