えりもの森 裁判

(2006年2月24日 札幌地方裁判所) 意見陳述書 松田まゆみ

はじめに

私は十勝自然保護協会副会長の松田と申します.十勝自然保護協会は,これまでに大雪山国立公園士幌高原道路日高横断道路などの反対運動を行い,北海道の自然保護団体と共闘して建設中止に追い込みました.現在は大雪山国立公園の伐採問題や森林生態系の保全にも大きな関心を持ち,生物多様性保全の観点から活動を行っています.

破壊の進む北海道の森林

大雪山国立公園の大半は国有林ですが,ここでは過剰な伐採による森林破壊が進んでいます.十勝三股では過去60年ほどの間に,森林の蓄積量が半分ほどになってしまったと考えられています.これは樹木の生長量をはるかに超える伐採が行われてきた結果です.

写真1:大雪山国立公園十勝三股の航空写真

十勝三股一帯の航空写真を見ると,網の目のように張り巡らされた林道,スポット状に裸地化した土場跡,疎林となった森林などがはっきりわかり,森林伐採の凄まじさをうかがい知ることができます.
【写真2:大雪山国立公園然別湖付近の作業道

山の斜面に伐採のための作業道がジグザグにつくられ,無残な山肌をさらしているところは,道内各地に見受けられます.この写真の現場は国立公園内です.

このような伐採によって今では本来の姿をとどめる原生林はほとんどなくなり,天然林の生態系は破壊され,森林に生息する生物の生息地が奪われてきました.かつて十勝三股の針葉樹林帯に生息していたミユビゲラというキツツキは,針葉樹林の伐採が進み「幻の鳥」になってしまいました.

過剰な森林伐採は,大雪山国立公園に限ったことではありません.上ノ国町のブナ林では,伐採率をはるかに上回る伐採が行われていることが,北海道自然保護協会の調査で明らかになってきました.

天然林に樹木が豊富にあった頃は,略奪ともいえる天然林施業によって,国有林でも道有林でも黒字経営ができましたが,過剰な伐採が行われてきた結果,建材になるような大径木は姿を消し赤字に転落しました.森林保全を考えないで進めてきた林業経営が破綻したのです.このために,林業政策は木材生産重視から公益的機能重視への転換を余儀なくされましたが,当然の成り行きといえるでしょう.

道有林の方針と実態

このようなことから北海道は2002年に「北海道森林づくり条例」を制定しました.これにより木材生産を目的とする皆伐や択伐を廃止し,森林の複層林化や下層木の育成を目的とする「受光伐」を導入することになりました.人工林も混交林へと転換していくというのが北海道の方針です.荒廃した森林を,本来の天然林に近づけようとする方針は,生物多様性の保全を求める私たちにとっても歓迎されるべきものです.

【写真3:道有林の皆伐現場】

ところが,現実はこのような方針とはかけ離れた伐採が行われていました.日高管内えりもの道有林の一部が皆伐され,無残な姿をさらしていました.一本残らず木を伐り,生態系を根本的に破壊してしまう皆伐という伐採方法が,天然林でいまだに行われているのは驚くべきことです.皆伐後にトドマツの植林をするとのことですが,天然林をトドマツの単純な人工林に替えるというのは北海道の方針と180度反対のやり方です.

それだけではありません.皆伐現場に残された切り株の数は,販売したとされる本数よりはるかに多いものでした.余計に伐られた木は,どのように処理されたのでしょうか.


無視された生物多様性保全

【写真4:受光伐?による切り株】

伐採された切り株の年輪を調べると樹齢100年から150年ものトドマツが多数あるほか,樹洞のありそうな広葉樹もありました.樹洞は野鳥やモモンガ,コウモリなどの哺乳類の棲家として欠かすことのできないものです.
【写真5:絶滅危惧種ヒメホオヒゲコウモリ】

このあたりの森林には絶滅危惧種のコウモリが生息していることが明らかになっていますから,こうした動物の棲家を奪ってしまったことでしょう.写真は皆伐現場の近くで確認されたヒメホオヒゲコウモリです.

また,このあたりの森林では,絶滅危惧種の猛禽類の生息も確認されています.積極的に保護をはからなくてはならないこれらの猛禽類の生息にも,皆伐は影響を与えたといえるでしょう.


【写真6:絶滅危急種クリンソウ】


またトドマツの人工林では,間伐材の集材路が開削されました.この集材路の入り口には北海道レッドデータブックに記載されているクリンソウが生育していましたが,集材路によって傷めつけられてしまいました.

【写真7:破壊されたナキウサギ生息地】


ナキウサギの生息が確認されていた岩塊地は,上部がブルドーザーによって破壊され,岩の空隙が埋まっていました.これでは岩の隙間を生息地にしているナキウサギが生息することはできません.ここでナキウサギの生息痕跡を確認することはできませんでした
北海道は,森林の公益性を全面的に重視する森林経営に方針転換しました.森林の公益的機能とは,洪水を緩和したり土砂の流出や崩壊を防止する機能,二酸化炭素を吸収して地球温暖化を防止したり気象条件を緩和する機能,さらに生態系を保全する機能などです.
写真8:【集材路による斜面の崩壊】

この写真は伐採と作業道によって,崩壊してしまった斜面です.

私たちはこのような森林の公益的機能によって守られています.森林に生息・生育する動植物は,心に安らぎを与え,研究の対象にもなります.このような機能は人類にとって,なくてはならないものであり,財産といえるでしょう.北海道の監査委員は「森林の公益的機能は財産とはみなせない」との判断をしました.それならば森林は木材生産の場としての価値しかないのでしょうか.森林は地球上に生きとし生けるすべての生物にとって,なくてはならないもののはずです.

わが国は生物多様性条約を締結し,「新・生物多様性国家戦略」を策定して生物の多様性の保全に努める義務を負っています.国有林や道有林などの公有林は,率先して生物多様性の保全に努めなければならないはずです.それにもかかわらず,道有林で皆伐という条例に反する伐採,過剰な伐採が行われていることは,問いただされなくてはなりません.

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