えりもの森 裁判

被告準備書面(2)25号 7月31日
(次回期日 8月18日)

平成17年(行ウ)第25号 損害賠償請求事件

原告 (略)

被告 北海道知事ほか1名

 

準備書面(2)

 

平成18年7月31日

 

札幌地方裁判所民事第5部合議係 御中

 

被告北海道知事及び北海道日高支庁長指定代理人

(略)

 

 被告らは、原告らの平成18年6月21日付け準備書面(2)(以下「原告ら準備書面(2)」という。)及び同月22日付け準備書面(以下「原告ら準備書面」という。)に対し反論するとともに、本準備書面において、本案前の争点に関する主張をまとめる。

 なお、略語は、本書面において新たに用いるもののほかは、従前の例による。

 

 

第1 はじめに

 本件における本案前の争点は、[1]適法な監査請求を経ているか否か及び[2]知事に被告適格があるか否かである。

 そこで、争点[1]については、後記第2において、原告ら準備書面(2)に対する反論も含めて、適法な監査請求を経ていないこと、また、争点[2]については、後記第3において、原告ら準備書面に対する反論も含めて、知事に被告適格がないことについて、それぞれ被告らの主張をまとめる。

 

第2 適法な監査請求を経ていないこと

1 監査請求前置主義と住民訴訟

 法第242条の2第1項は、普通地方公共団体の住民は、「監査請求をした場合」において住民訴訟を提起できると定めている。

 「監査請求をした場合」の意味するところは、地方公共団体の違法な行為について住民訴訟を提起するためには、問題とする行為について、まず監査請求をしておかなければならないということであり、監査請求前置主義がとられているものである。

 

 そして、監査請求を経たといえるためには、監査請求が適法になされたことを必要とし、また、要件を欠く違法な監査請求をしても、監査請求を経たことにはならないものである。

 このことから、要件を欠いた違法な監査請求をした場合は、当該請求は監査委員によって却下され、監査は実施されないから、監査請求を経たことにはならず、引き続き住民訴訟を提起しても監査請求を経ていないとして、訴えは却下されることになる。

 なお、監査請求が適法になされたものか否かは、客観的に判断されるものであるから、住民訴訟が提起された場合は、裁判所によって監査請求の適否が判断されることになる。

2 本件監査請求

(1)本件監査請求書(乙第1号証の1)における「第1 監査請求の趣旨」については、総じて判然としないものであるが、要約すると次のとおりである。

 ア 日高支庁長による売払契約及び請負契約の締結

  [1] 北海道と日高森づくり協働(同)組合との間で平成16年10月26日に締結された道有林野の産物の売買契約

[2] 北海道と日高森づくり協働(同)組合との間で同年9月30日に締結された道有林野の産物の売買契約

  [3] 北海道と日高森づくり協働(同)組合との間で同年10月4日に締結された道有林野の保育伐併用事業請負契約

なお、[2]及び[3]は一体となった事業で、原告らが日高森づくりセンターから聞き取った内容によれば、「間伐」により道有林を保育し[3]、かつ伐採した道有林産物である木材を売払う[2]、という事業であるとのことであった。

イ 本件各契約の違法性

(ア)[1]について

   原告らが、平成17年11月3日に152林班43小班を調査した際、任意に調査区を設け伐根を確認したところ、伐採木が18本あったので、152林班43小班(全体)では1,080本の伐採が行われた計算になる。

   売買契約の書類上では、152林班43小姓において376本の伐採計画であるから、この計算が正しければ、3倍近い「過剰伐採?」である。

   確かに皆伐範囲は境界が不明確なため明らかではないが、伐採計画以上の過剰伐採が行われた可能性は高い。

このことから、過剰伐採については、北海道森林づくり条例及び生物の多様性に関する条約に違反する違法なものである。

(イ)[2]及び[3]について

   原告らが北海道から聞いた話によれば、[2]及び[3]は一体となって間伐施業を行い、間伐材を売払ったとのことであったが、原告らが問題とするのは、[3]の契約において集材路を新設し、結果としてナキウサギ生息地を広範囲にわたり破壊した行為であり、したがって、契約全体が違法性を帯びることになる。

ウ 損害

  [1]の契約による違法な売買によって本件森林の公益的機能損害が北海道に発生している。

  この北海道の公益的機能(全体)のうち、伐採面積に応じた割合において損害を受けた。

  また、同様に、[2]及び[3]の契約によって、ナキウサギ生息地が破壊され、公益的機能を侵害し、その限度で損害を与えたものである。

(2)そこで、本件監査請求が監査請求としての適格性を有するか否かについて検討する。

  まず、原告らは、本件監査請求書において、本件森林の公益的機能損害が北海道に発生していると主張する。

  しかし、住民監査請求制度は、地方公共団体の執行機関又は職員(以下「執行機関等」という。)の違法又は不当な財務会計上の行為又は財産の管理を怠る事実によって当該地方公共団体の被った損害を補填することなどを目的とするものであるところ、原告らが主張する森林の持つ公益的機 能とは、そもそも財産として評価し得ないものをわかりやすいように仮に評価したものに過ぎないのであるから、そのようなものは地方公共団体の「財産」とはいえないし、また、住民監査請求制度により補填すべき損害として予定されているものではないことは明らかである。

  次に、原告らは、「過剰伐採?」がなされ、ナキウサギ生息地が破壊されたことから、本件各契約は違法であると主張するが、上述のとおり、原告らが主張する財産上の損害は、法的にはおよそ財産上の損害に該当しないことが明らかであるから、そもそも、本件各契約の違法性の存否については、検討するまでもないものである。

  よって、本件監査請求は、明らかに住民監査請求制度に適合しない不適法なものである。

(3)原告らは、北海道の庁舎が違法に破壊されたことを事例として、原告らが思いつくとする損害を掲げて、北海道庁旧本庁舎(赤れんが庁舎)が破壊された場合には、記念物価値あるいは観光的機能の損害も考えられるように、その財産の様々な価値や機能に応じた損害を算定するものであるとし、また、道有林の様々な保全機能や創造機能を挙げて、さらに、林野庁あり方検討委貞会)では、大規模林道の費用対効果として森林の様々な機能・便益を金銭的に評価していると主張する(原告ら準備書面(2)2ページ12行目ないし7ページ4行目)。

  しかし、原告らが主張する(思いつく)記念物価値あるいは観光的機能や林野庁における森林の機能・便益については、本件における損害とどのような関係があるのか、また、どのような法的主張の根拠とするのか判然としないものであるが、そのような価値や機能・便益を持ち出して本件における損害の議論をしても、実質的な意味はないというべきである。

  また、原告らは、道有林の様々な保全機能や創造機能を挙げているが、前記(2)で述べたとおり、そのようなものは地方公共団体の「財産」とはいえないし、また、住民監査請求制度により補填すべき損害として予定されているものではない

  よって、原告らの主張は、失当というほかない。

(4)次に、原告らは、北海道は森林の持つ公益機能についてその評価額を試算、算出をしたうえで、北海道の森林を11兆1,300億円と評価したのであり、原告らは、この北海道の評価額に拠った上で監査請求をしているのであるから、原告らが監査請求において「公益的機能を財産としている」というのは、言いがかり以外の何物でもないと主張する(原告ら準備書面(2)9ページ8行目ないし12行目)。

  しかし、前記(2)で述べたとおり、原告らの監査請求において主張する財産上の損害は、法的にはおよそ財産上の損害に該当しないことが明らかであるから、原告らの主張はその前提において理由がない。

3 本件監査請求の不受理

 原告らは、平成17年11月15日付けで、北海道監査委員に対し、本件監査請求を行ったが、本件監査請求は、同年12月2日付けで、不受理となっている(甲第12号証)。

 監査請求の不受理とは、監査請求としての法定要件を欠くものとして却下されることと同義であるところ、本件監査請求については、前記2の(2)で述べたとおり、客観的に見ても、住民監査請求制度に適合しない不適法なものであり、その判断は、もともと財務に関する事務の執行について監査の職責を有する監査委員にとっては、内容の審理をするまでもなく容易に想到できるものである。

 したがって、北海道監査委員が、本件監査請求を要件を欠く不適法なものと判断したことに何らの違法も認められず、本件監査請求に対する不受理の決定は適法なものであることは明らかである。

4 以上のとおり、住民訴訟の提起については、適法な監査請求を経ることが訴訟要件となっているところ、本件監査請求は、客観的に見ても、住民監査請求制度に適合しない不適法なものであり、その結果として北海道監査委員によって適法に不受理とされている。

 よって、本件訴えは、訴訟要件である適法な監査請求を経ていない不適法なものであることは明らかであるから、却下を免れないものである。

 

第3 知事に被告適格がないこと

1 4号訴訟の被告適格

  原告らの請求の趣旨からも明らかなように、本件訴えは、執行機関等が関係職員に対し損害賠償を請求することを求める義務付け訴訟である。

  したがって、本件訴えにおいては、「債権」たる「損害賠償請求権」を管理する権限を有する執行機関等を被告として提起されるべきものである。

  そして、「地方公共団体が有する債権の管理は、普通地方公共団体の長の権限とされていることから(法第240条)、長からその他の職員に権限の委任が行われていない限りは、長が被告となる(中略)また、権限が委任されず、別の者が専決していたにすぎない場合には、本来の権限者が依然として権限を有していることから、その者を被告として訴えを提起することにな」(地方自治制度研究会編集「改正住民訴訟制度逐条解説」(ぎょうせい)43ページ)り、長からその他の職員に債権管理の権限の委任が行われている場合には、委任者たる長は、もはや同権限を有さず、4号住民訴訟の被告適格を失うものである(札幌地方裁判所平成16年11月19日判決参照)。

  このことから、4号訴訟の被告適格で問題となるのは、当該地方公共団体における「債権管理の権限」の所在であって、当該権限が委任されている場合には、権限の分配に変更がなされることになるから、被告適格については、地方公共団体の長ではなく、委任を受けている者のみが有するものである。

2 北海道における債権管理の権限

  北海道においては、「各支庁長」は「部局長」であり、支庁に属する事務に係る「支出負担行為(支出の原因となるべき契約その他の行為)」については、部局長たる支庁長に委任されており(法第153条、財務規則第2条第4号、第12条第1項第3号、別表第1(乙第4号証)、行政組織規則第3章)、また、4号訴訟の被告適格を有するのは、前記1で述べたとおり、債権の管理の権限を有する執行機関等であるところ、北海道においては、支庁に属する事務にかかる債権の管理は、部局長たる支庁長に委任されている(法第153条、財務規則第2条第4号、第12条第1項第12号、別表第1、行政組織規則第3章)。

  北海道における債権管理の権限に関する根拠については上述のとおりであり、また、部局長への委任事項のうち、財務規則第12条第1項第12号では、「債権を管理すること」とされており、その委任の対象となる債権の内容や性質、種類等について、特に限定するような規定も設けていないことから、北海道においては、支庁における支出負担行為に伴い発生する債権管理の権限は、支庁長に委任されていることは明らかである。

  なお、実務上においては、「長から他の職員に(債権管理の)権限が委任されているかどうかについては、通常、各地方公共団体の財務規則等を確認することにより、確認することができるものと思われる」(地方自治制度研究会編集「改正住民訴訟制度逐条解説」(ぎょうせい)43ページ)とされており、「北海道のホームページ」上では、「北海道例規集」を掲載していることから、原告らを含む北海道の住民にとっても、財務規則等を検索し、債権管理の権限が部局長たる支庁長に委任されていることを容易に確認できるものといえる。

3 本件における被告適格

(1)前記1及び2で述べたとおり、4号訴訟の被告適格において問題となるべきは、債権管理の権限の所在であって、北海道においては、支庁における支出負担行為に伴い発生する債権管理の権限は、支庁長に委任されているところ、本件における各契約については、被告日高支庁長がその権限を有するものである。

   このことから、仮に、原告らが主張するような損害賠償債権があるとしても、その債権管理の権限は被告日高支庁長が有していることから、本件においては、委任者たる被告知事に被告適格はないものである。

  なお、前掲札幌地裁判決は、本件訴えと同様に、4号訴訟における北海道知事の被告適格について争われた事案であるが、「被告(北海道知事)は、北海道財務規則12条において部局長(道警察本部長及び方面本部長)(同規則2条)に対し、その所掌に属する事務に係る債権の管理等の執行を委任しているのであるから、本件訴訟において原告らが求める元旭 川中央警察署長に対する損害賠償請求権を行使する権限は、同規則12条によって、被告から部局長に委任されたというべきであり、そうすると、被告は、もはや上記権限を有しておらず、本件訴訟の被告適格を有しないというべきである」と正当に判示している。

(2)原告らは、被告らからは財務規則を示すだけで、本件における道有林の整備・管理についての具体的な権限の喪失については全く触れられていなく、本件での財務会計行為としての契約は日高支庁長によってなされているものの、道有林の整備・管理に関する権限は、支庁には委任されておらず、その監督、指揮命令は、依然、北海道知事から水産林務部長を経由して日高森づくりセンター所長に及んでおり、契約権限を支庁長に委任したからと言って、全ての権限が支庁長に委任されてはいないことから、その結果、知事は「権限を有しない委任者」にはなっていないと主張する(原告ら準備書面1及び2ページ)。

  しかし、4号訴訟の被告適格で問題となるのは、前述のとおり債権管理の権限の所在であって、仮に、知事が支庁長に対して、道有林の整備・管理に関する指揮監督等の権限を有することがあったとしても、当該権限と支庁長が第三者に対して有する債権管理の権限とは別個のものであることから、指揮監督等の権限の存在をもって、委任者たる知事が、受任機関たる支庁長が第三者に対して有する債権管理の権限を自己の権利として行使することにはならないものである。

  また、原告らが主張する「全ての権限が支庁長に委任されてはいなく、知事は「権限を有しない委任者」にはなっていない」ことの意味するところは判然としないものであるが、そもそも、債権管理の権限とは別の権限を持ち出して、4号訴訟の被告適格に関する議論をしても、全く意味がないというべきである。

  よって、原告らの主張は、独自の解釈又は推論に過ぎないものである。

4 以上のとおり、仮に、原告らが主張するような損害賠償債権があるとしても、その管理の権限は被告日高支庁長に委任されているのであるから、従前から繰り返し主張するとおり被告知事に被告適格がないことは明らかである。

  よって、被告知事を被告とする訴えは不適法であるから、却下を免れないものである。

 

第4 まとめ

 以上述べたとおり、本件訴えは、訴訟要件である適法な監査請求を経ていない不適法なものであり、かつ、被告知事に被告適格がないことは明らかであるから、本案審理をするまでもなく、速やかに却下されるべきである。

                                     以 上




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