えりもの森 裁判

原告準備書面第19号 準備書面(3)

平成18年(行ウ)第19号・損害金返還請求事件

原告 (略)・被告 北海道知事他1名

      2006年8月17日

札幌地方裁判所民事第5部  御中

                   原告ら訴訟代理人

                   弁護士   市  川  守  弘

                               他6名

 

準備書面(3)

はじめに

 被告は、平成18年7月31日付準備書面(1)をもって、まとめとしての主張をしている。被告は本件で「監査請求の不受理」を正当化するために、二つの理由を述べている。第1は、森林の持つ公益的機能は「そもそも財産として評価し得ないものをわかりやすいように仮に評価したものにすぎない」「住民監査請求制度により補填すべき損害として予定されていない」、第2に、202本の立木の伐採については、「伐採木が売買されたか否かも窺えないことを前提に、単に損害が発生していると主張しているに過ぎず、添付書類を見ても、そのような事実を窺うことができないことから」「客観的に見ても、原告らの推測の域を出るものではない」と主張する。

 このような被告の主張は極めて独善的ではあるが、以下、まず第2の点について全く反論になっていないことを論じ、次に第1の点について反論することとする。

第1 152林班43小班における伐採事実

1 伐採本数について

 北海道の日高森づくりセンターは、平成17年12月16日、甲第3号証のファックスをもって、はじめて売り払いのための伐採として376本を伐採したこと、支障木として18本を伐採したこと及び地拵え作業に伴って184本を伐採したことを認めた。

 また、同月22日、甲第4号証2枚目下段の回答欄によって、はじめて「地拵えに伴い伐ったものについては、地拵え作業時に請負者が細かく切断して地拵え地内の蒔き幅の寄せて整頓し」たことを認めた。

ただし、この甲第3号証及び第4号証は、虚偽の事実であることを知りながら、ファックスしたものであることが、原告らの情報公開請求によって入手した甲第11号証から明らかとなったのはすでに述べているとおりである。甲第3号証及び第4号証のファックスが送られた12月の前月である11月22日の復命書で、地拵え作業に伴って250本を伐採したことを日高森作りセンター内部で復命されていたからである。

また、原告らは2006年4月16日に、雪が降る中を歩いて伐採現場に行き、雪に埋もれている伐根の断面に、ピンクのナンバーテープが付けられているのを確認した。このピンクのナンバーテープは2005年11月20日に現場を確認した際には、刻印だけが付けられていただけで、このナンバーテープは貼付されていなかったものである。

その後原告らは4月28日に日高森づくりセンターを訪問し、刻印を押した伐根について質問をしたところ、伐った本数を数えるために11月18日と21日に刻印を押したとの説明があった。伐根の数を数えるのであればナンバーテープを付けるのが常識であり、厳重に管理されている刻印をわざわざ持ち出し,それを押して数えるというのは理解しがたいことである。そこでピンクのナンバーテープはいつ誰がつけたのか質問すると、日高森づくりセンター職員は、はじめあたかもその存在を知らないかのように振る舞い、原告らの追及によってようやく伐根数調査のために11月にピンクのナンバーテープを付けたことを認めた。ただし確認した本数,すなわち地拵えに伴い250本伐採したことについては知っていたにもかかわらず何も説明しなかったのである。

さらに原告らが翌29日に伐採現場に行ったところ、ピンクのナンバーテープの大半が回収され、残雪に覆われていたために回収できなかったと考えられる一部のテープのみが残されていた。つまり日高森づくりセンターは4月17日から4月28日までの間に,残雪で隠れていた一部のものを除き、ピンクのナンバーテープを回収したものと推測される。

このように日高森づくりセンターは、地拵えによる伐採本数について原告らに虚偽の回答をしたうえ、伐採本数だけではなく、ピンクのナンバーテープを貼付して伐採本数の調査をしたこと自体もことさらに隠そうとしたのである。

 

以上から、少なくとも現時点で北海道が認める伐採本数は、この地拵えによる250本、支障木として18本が、売り払い木の伐採以外で伐採された本数ということになる。ただし、原告らが監査請求した時点では、まだこの甲第11号証の復命書を原告らは入手していなかったため、監査請求では、地拵え分184本と支障木18本の合計202本を問題にしていたものである。

 

2 皆伐の事実

 本件では、前項で「一応」、日高森づくりセンターが原告らに説明し認めたものである地拵え作業で伐採した184本について、その違法性と損害の賠償請求を求めている。「一応」という意味は、従前そうであった様に202本、その後内密に訂正した268本という売り払い木以外の伐採の本数が真実かどうか、またそれが売り払いの際に伐採されたのか、地拵え作業時に伐採されたのかについて、被告が主張を変更する可能性を否定できないからである。

 ただし、この202本あるいは268本という伐採本数、及びそれがどのように処理されたかについて、どのように被告が主張しようとも、極めて高い違法性と北海道への損害が発生していることは否定できない。

 売り払い契約に基づく伐採(17年25号事件)が問題とする場所は、152林班43小班である。この伐採は、平成14年に樹立された5カ年計画のうち平成16年度年次計画として計画された伐採である。伐採区域はすでに述べているとおり水源かん養保安林として指定されており、この伐採は保安林内の伐採として、376本の天然林立木を伐採する「択伐」として北海道知事の許可を得たものであった。しかるに、原告らが本件において監査請求をしたところ、日高森づくりセンター所長は、実際の伐採は「択伐」ではなく、皆伐であることを認め、その旨の顛末書をその監査請求の不受理の日(平成17年12月2日)に被告日高支庁長に提出した。日高森づくりセンター所長からの顛末書を受けた日高支庁長は、平成17年12月8日、森林法違反事実を確認の上、日高森づくりセンター所長に対し行政指導をした。

 ここでいわゆる「択伐」と「皆伐」の区別であるが、森林法34条1項及び2項に関する審査基準において、定義されている。これによると、

*   「択伐」とは、「森林の構成を著しく変化させることなく逐次更新を確保することを旨として行う主伐」であって、「単木的又は10メートル未満の帯状に選定してする伐採」あるいは「無立木地の面積が0.05ヘクタール未満であるもの」とされている。

この範囲を超えるものが「皆伐」と認定されることになる。

 前記のとおり、本件で43小班の「択伐」が、現実には「皆伐」であったと日高森づくりセンターが認めざるを得なかったのは、この0.05ヘクタールを超えて無立木地を作出したからである。0.05ヘクタールは、500平方メートルであり、23メートル×23メートルの広さはこの面積を超える広さとなる。森林法は、この程度の無立木地を作出する場合を皆伐としているが、本件では2.4ヘクタールのほとんどが無立木地となり、少なく見積もっても幅60メートル、長さ260メートル1.5ヘクタールは明らかに無立木地である。

 原告らが、不審に思うのは、上記した保安林内の伐採の許可は、あくまで売り払い木376本の伐採の許可であって、その376本の伐採が、「択伐」ではなく、「皆伐」であった、と認めているに過ぎない点である。

 そもそも、この売り払い木の376本は、事前に樹種、胸高直径、材積を調査し、伐採木として特定した結果の376本である。これは前記の森林法上の審査基準からすると「単木的」伐採であって、決して無立木地が出現する伐採方法ではない。無立木地が出現したのは、376本以外に北海道が認める268本を伐採したからである。しかも、この268本の伐採については、一切、保安林内の伐採の許可申請もなければ許可そのものも得ていない、無許可伐採である。この無許可伐採という違法行為は北海道が認めた違反行為以外の森林法違反行為である。

 さらに、この皆伐によって伐採された立木がどこに消えたのか、という疑問がある。甲第4号証では、細かく切断して蒔き幅に寄せた、とするが、それを証明することを北海道は拒否している。拒否しているどころか、それを問題にして監査請求した原告らに「推測にすぎない」とまで言い切っている。

 北海道が、ことさらに伐採本数とその処理を明らかにしようとしないのは、保安林内伐採の許可事務を国に代行している北海道が、上記したように明らかに無許可伐採を行っている事実を隠したい意図があることをうかがわせる。さらに、この伐採されて消えてしまった立木が、43小班から持ち出されていれば、すなわち盗伐という重大な森林法違反事実が明らかとなる。原告らが、日高森づくりセンターのファックスまで証拠として掲げて監査請求をしたことに対し、あくまで「推測である」と言わざるを得ないことは、盗伐事実とそれに北海道職員が関与している可能性を「推測」させるに十分である。

 

第2 被告のいう原告らの「推測」

1 監査請求の内容

 監査請求において、原告らは請負契約である地拵え作業において、184本を伐採したのは、北海道森林づくり条例生物多様性条約に違反すること、損害は、最近のトドマツの市場価格が安くても1立方メートルあたり1万円するところ、本件契約では1本あたりの材積が1立方メートルであるところから少なくとも184万円の損害が発生している、と主張している。

 ここでは、? 財務会計上の行為としての、請負契約を特定し、? 違法性の根拠を示し、? 損害額について特定している。もちろん、184本を裏付ける甲第3号証、甲第4号証を証拠提出した。

2 被告の反論への反論

(1)「原告ら自身が、伐採木が売買されたか否かも窺えないことを前提に、単に損害が発生していると主張しているに過ぎず、また、添付書類を見ても、そのような事実を窺うことができないことから」「損害については、客観的に見ても、原告らの推測の域を出るものではない」(準備書面(1)7ページ)とする点について

  本件での監査請求は、立木を伐採した事実、それが財産的価値を有していること、を明らかにすれば足り、その立木が売買されたかどうかは監査請求の要件ではない。原告らは、184本の立木が売買された結果として売買代金との差額を問題にしているものではないからである。もちろん、この売買されたか、何物かに持ち出されて盗まれたか、まで踏み込んでいない。したがって、この反論は、全く異なる方向に向かって反論しているに過ぎない。

(2)「地拵えのための伐採がいつ頃、何本伐採されたかは不明であり、これらがどのように処理されたかも不明である」とか、「(伐採木は)実際には売買されてしまった可能性が十分に存在する」というように不明確であり、その可能性を指摘するにすぎないことを述べ、・・・・推測の域を出るものではない(同ぺージ)とする点について

  この点についても、地拵え作業によって伐採された184本は明確にして監査請求しており、それ以上に請負契約に基づいて、いつ頃、何本伐採されたかを特定する必要はない。これ自体が、実は被告が明らかにしようとしない疑惑のある問題ではあるが、監査請求としては、財務会計上の請負契約の期間中での伐採であることは明らかであり、本数は184本と特定しているのであるから、この反論も当たらない。

(3) 地拵えは成立木の伐採とは異なる行為である、(同ページ)とする点について

  この点の主張はすでに全快の準備書面で主張しているところである。本来の地拵え作業は、立木を伐採する行為を予想してはいない。しかし甲第9号証では、請負契約として第2,1、(1)伐木 の項目にあるとおり、立木の伐採を地拵え作業中に含んでいる。

 しかも、実際に184本の立木を伐採をしたことを北海道自らが認めているのである。

  事実としての伐採の事実を、「本来、地拵えは、成立木の伐採とは異なる」という根拠から、その伐採事実すら否定し、「伐採は推測にすぎない」とするのは、あまりにも行政として信じられない対応である。

 

 結局、被告の反論は全く反論になっていない、という以外、何もいうことはない。

 

第3 公益的機能の損害評価

はじめに

 被告のこの点についての主張は、

「原告らが主張する森林の持つ公益的機能とは、そもそも財産として評価し得ないものをわかりやすいように仮に評価したものに過ぎないのであるから、そのようなものは地方公共団体の「財産」とはいえないし、また、住民監査請求制度により補填すべき損害として予定されているものではない」(太字は原告ら代理人)

 とするものである。

 このような見解は、自ら森林の公益的機能の評価額を算定している北海道の主張として、信じがたい主張であるが、原告らは本準備書面をもって、事実をもってこの反論に何らの根拠もないことを明らかにし、かつ多くの裁判例に反する極めて独自の見解であることを確認するものである。

 

1 公益的機能を保護する制度としての保安林制度

(1)  「国土保全」機能と「水源かん養」機能

 甲第9号証は北海道が発表した「森林機能評価基準」である。この中の「はじめに」という項目(1ページ)に、「森林は国土の保全や水源かん養、生活環境の保全など、さまざまな機能を有している」として、森林の公益的機能として、「国土保全」機能、「水源かん養」機能などを挙げている。

 この「国土保全」機能とは、土砂流出防止機能、土砂崩壊防止機能などをさし、「水源かん養」機能とは、渇水・洪水緩和機能、水質保全機能などをさす(甲第9号証、3ページ)。そこで、これらの「国土保全」機能及び「水源かん養」機能を合わせて「水土保全機能」などとも称されている(同ページ)。林野庁は自ら指定する「公益林」の中の「水土保全林」として、「水源涵養保安林」、「国土保全林」が含まれるとしているのも同じ理解の元で、水土保全とは、水源かん養と国土保全とを含むものとして記述されている。

(2) 保安林制度

 これらの森林の持つ公益的機能は、単にその各機能を政策的なものとするだけではなく、国の法制度として森林法は保安林制度を確立している(森林法25条以下)。

 森林法はこの保安林制度により、保安林内の伐採、開発行為等のさまざまな制限を行い、日本の森林を保全することによって、法25条1項各号の予定する各目的を達成しようとしている。

 この法25条1項各号には、水源かん養、土砂流出防備、土砂崩壊防備、飛砂防備、風水害等防備など、前記した森林の公益的機能のうちの水土保全機能を最初に掲げ、後半には公衆の保健、風致保存など生活環境保全機能などをも目的とした保安林制度を樹立、確立している。つまり森林法は森林の持つ公益的機能について、それを制度化したものとしての保安林制度を規定しているものである。

(3) 本件伐採地域は保安林内である

 本件で、その財務会計上の行為としての契約において伐採された場所(えりも町字目黒54番152林班43小班)は、単に、「森林」というにとどまらず、森林法25条1項1号に基づき、水源かん養保安林として指定された森林の一部である。売り払い木の伐採、地拵え作業の伐採の各契約は、水源かん養保安林内の伐採、地拵えを目的とした契約である。したがって、少なくとも売り払い木の376本の伐採について北海道は森林法34条1項に基づき、平成17年3月28日付け日林務第485-12号をもって、北海道知事により保安林内における立木伐採の許可を受け、平成18年3月31日に森林法34条8項に基づき伐採終了の届出をしているのである。もっとも、地拵え作業による268本は無許可伐採となる。

 つまり、本件で問題になる場所は、森林の持つ公益的機能のうち、渇水・洪水緩和機能、水質保全機能については、水源かん養保安林として指定されている場所ということである。したがって、本件契約に基づく立木の伐採は、保安林内の伐採行為であることはいうまでもない。

 

 以上から、本件において伐採された森林は、森林の持つ公益的機能のうち、水土保全機能としての水源かん養機能については、森林法上も水源かん養保安林として制度化されている森林である、という結論が明らかとなった。

 ところで、被告は頭書に述べたように、森林の持つ公益的機能は、仮に評価したに過ぎないもので、補填すべき財産として予定されていない、と主張している。しかし、森林の持つ公益的機能のうち、少なくともそれらの機能が保安林として森林法上制度化されている機能については、具体的にその損害を確定する判例が多数存在しているのである。例えば、保安林に指定され、それにより保護されている利益が保安林指定解除及びそれと密接不可分な伐採により害された場合、その不利益について代替補填されるか、などを検討した札幌高裁判決(昭和51年8月5日)などが存在する。この高裁判決は、保安林が伐採されることによって、森林の持つ公益的機能が低下した場合、この公益的機能の低下が人工的施設によって代替補填されたかを検討することによって、地域住民の公益的機能の低下による不利益が消滅したかどうかを検討している。この検討は法的には訴えの利益の有無の判断として検討しているが、森林の持つ公益的機能を代替措置の設置に置き換えて判断するものであるから、この代替措置設置費用が、低下した機能の財産的評価と判断しているものである。すなわち、森林の持つ公益的機能の低下→低下分の被害ないし低下分の回復に要する損害→補填のための代替措置の是非つまり公益的機能の低下の回復、という図式である。以下、この高裁判例をはじめその他の判例についてみていくこととする。

 

2 札幌高等裁判所昭和51年8月5日判決(いわゆる長沼ナイキ訴訟判決)

(1) 事案の概要

 この事件は、長沼町にある0.351104平方キロメートルの水源かん養保安林の指定を解除し、当該地の森林を伐採したうえ航空自衛隊第3高射群(ナイキミサイル)の施設及びその連絡道路の敷地とすることが、森林法26条2項にいう公益上の理由により必要が生じたときに当たるか、が争われたものである。高裁判決では、もっぱら訴訟を提起した住民に訴えの利益があるかどうかが問題となり、この訴えの利益の判断が伐採により森林法の保安林の機能低下とそれに対する代替措置により補填されたか、を判断の中心としている。

(2) 保安林制度について

 判決では、

保安林の制度は、林産物の供給という森林の持つ産業経済的機能に優先し森林の保存とその森林における適切な施業を確保することによって、当該森林の有する事実上の作用としての自然界に対する国土保全的機能の活用を図り、水源かん養、災害の防止、産業の保護、公衆の保健、風致の保存等の公共的利益を守ることを第1義の目的とするものであるということができる。そこで森林法は、右事実上の効果としての保全的機能を十全に発揮せしめるため、その方法として、保安林制度を定め、森林について保安林の指定がなされると、制度の効果として、その森林に関し一般国民はもとより、当該森林の所有者その他権限に基づき森林の立木竹、土地の使用収益をなし得る私法上の権利者も、右森林での立木竹の伐採、家畜の放牧、土地の形質の変更等が原則的に禁止され(34条2項)、又は施業要件指定による立木竹伐採の制限、植栽義務を課される等(34条3、4項、34条の2)、その森林の自由な利用に規制を受けることとなっているのである。(第4の二、1)

 

 なお、判決では保安林指定の解除について、「立木竹の伐採を予定しない解除は観念し得ないという意味においては、伐採許可たる一面を有し、両者は法的評価においては密接不可分であるものといわなければならない。」とし、伐採による保安林の公益的機能の低下について論じている。(同上)

(3) 水源かん養保安林について

 判決は、本件保安林部分が、馬追丘陵一帯にわたって指定されている水源かん養保安林の一部であるとした上で、水源かん養保安林について次のように述べる。

水源かん養保安林の指定は、本来、森林法1条に掲げる国土保全、経済発展を目的とする具体的行政処分であり、他の防備保安林と異なり、その目的とするところは、流域保全上重要な地域にある森林の理水機能を利用して降雨等の流出量を調節し、下流河川の水量を過不足なきに至らしめ、広く当該地域における水の被害からの社会生活上の安全確保と水の利用による経済活動の発展という公益の実現を図ることにあるから、水源かん養保安林の指定における森林法上の保護利益は、右実現が企図されている公益自体であるというべきである。したがって、森林法は、水源かん養保安林の指定効果の及ぶ広範囲内の個々人に生ずべき特定の生活利益を想定しつつ、法の保護利益そのものとしては、これを個々人の利益そのものとしてではなく、社会的存在としての一般的利益として、その個性を捨象し、公益の形で保護しているものと解すべきである。

 しかし、特定の保安林の指定に際して、その指定目的はもとより、具他的地形、地質、気象条件、受益主体との関連等から、処分に伴う直接的影響が及ぶものとして配慮されたものと認める個々人の生活利益は、没個性的に一般化し得ない利益として、上述のとおり、当該処分による個別的、具体的法的利益と認めるのが相当である。

 

 ここでは、保安林として指定された利益について、一般的利益としての側面と特定の保安林においては直接的影響が及ぶ個別的・具体的利益の側面があり、両者が法により保護される法的利益であると説示している。

 

 次に判決では、本件保安林の具体的利益として、

 本件保安林部分は、他の保安林とともに、長沼町一円の農業用水確保目的を動機として、水源かん養保安林として指定されたものであり、その他水源かん養保安林として指定されることによって生ずる事実上の各種効果のうち、洪水予防、飲料水の確保、右保安林に接続して位置する田畑への土砂流入防止の効果がまず配慮されていたものであることが認められる。そうすると、右配慮された効果のうち、前示水源かん養保安林の指定目的に包摂されない土砂の流入防止の効果を除いて、その余の利益は、その実現を所期されていた種類の利益であると解することができる。(以上同、2)

     *ただし、判決では土砂流出防止による利益は、保安林指定の所期利益に当たらないとしても砂防ダムなどは、土砂を貯留し、洪水調節の機能を有するとして、その砂防施設としての森林の代替性を検証している。(第5、二、3)

 判決では、本件の水源かん養保安林により保護される利益をこのように特定した。

(4) これに対する国側の、保安林は「受益の範囲が広く因果関係が不明であり、具体的受益地域を特定できない」という主張に対し、

 なるほど、水源かん養保安林は、本来その受益範囲を広くみる場合は、降雨地点から雨水が流下し海岸に至るまでの相当広い範囲に及び、かつその理水作用も当該河川流域周辺の他の水源かん養保安林とあいまって、初めて全体としての森林の理水機能により、当該下流域全域における河川の流量を調節し、用水の確保、並びに洪水、渇水の予防を図るものであるということができるのであって、これを本件についていえば、本件保安林部分も、これを含む馬追山保安林等周辺の水源かん養保安林はもとより、石狩川上流各地における保安林とあいまって、広く石狩川水系全域における用水の確保、洪水渇水予防の目的に資するものであるということができる。したがって、かかる見地からすれば、ある特定の水源かん養保安林が下流地域内のある特定地点に於ける洪水緩和、渇水予防効果との間に果たして如何なる限度で因果関係を有するかについては必ずしもこれを明確にすることはできないともいい得るが、特定の水源かん養保安林は、具体的に特定された地域において指定されるのであるから、その特定の河川流域との自然的、地理的条件によって、当該保安林の有する理水機能がまず直接重要に作用する一定範囲の地域、換言すれば、主として当該保安林の伐採による理水機能の低下により直接に影響をこうむる一定範囲の地域を特定することも可能であるというべきである。(第4、二、2)

 

 判決では、このような視点から、国側のこの点の主張を退け、用水確保、洪水防止等の保安林指定によって保護されている個別的、具体的な利益の及ぶ一定範囲の受益地域を具体的に画定、特定している。

(5) 保安林の機能の低下と代替施設

 次に、国側は、一定範囲の保安林による受益地域が特定されたとしても、住民らがこうむる不利益は、立木の伐採により、本件保安林部分が水源かん養保安林として従来果たしてきた理水機能が低下することによって生ずる限度の用水不足、洪水及び土砂の流出等の危険をいうに過ぎないのであるから、これらの危険に対して設置されたそれぞれに対応する代替施設の完成により、本件保安林部分の伐採に伴う理水機能の低下は、完全に補填代替されるに至った、と主張し、訴えの利益が消滅したことを主張した。ここで、国側は、保安林の指定解除及び立木の伐採によって失われた水源かん養機能の低下及びその低下によってもたらされるであろう損害(用水不足、洪水被害等)は、代替施設によって機能回復され、将来生じうる損害は補填されたと主張したのである。

判決では、国側のこの主張に理由があるかどうかを判断した。個別的、具体的な用水確保、砂防、洪水防止の各保安林指定の目的たる利益について、具体的に、それぞれに対応する代替施設の完成によって、理水機能の低下によってもたらされた不利益がそれぞれ補填されているかを次のとおり検証したのである。(第5、2以下)

?      用水確保

これについては、千歳川などからの取水路、用水路の改修工事、導水路建設、排水施設建設などの代替施設により、本件保安林部分の伐採による理水機能の低下に相応する灌漑用水の不足に対する補填がなされたとした。

?      砂防

本件保安林部分の伐採により、森林の土地の形質が変更されることに伴う土砂の流出という機能低下に対し、7基の砂防堰堤(砂防ダム)を建設したことによって、合計20,330立方メートルの貯砂能力を持つ結果、土砂流出防止の機能を発揮する、とした。

? 洪水防止

まず、判決は、

洪水防止施設として、伐採された本件保安林部分に代わる施設であるといい得るためには、本件保安林部分がその理水機能により、立木伐採以前に果たしてきた洪水緩和の効果に対応し、それと同程度の洪水調節機能をもつものでなければならないし、また代替施設であるとするには、その限度をもって足りるものというべきである、

とした上で、(第5,二、4、(三))森林の伐採による理水機能の低下によって増加する洪水量の推定について、

その地域における降雨量の多寡、その集中度、あるいは流出率等の予測困難な与件因子の相関関係のもとにおいてなさざるをえないから、ある程度の蓋然性をもって満足せざるを得ないものというべく、裁判上この種の問題については、水文統計資料等に基づき、社会通念上一応の合理性の認められる方法をもって検討すれば足りるものと解すべきである

とする。

 

そして、流域雨量の推定、最大洪水流入量の推定等を行って、本件保安林部分の伐採によって発生する最大洪水流出量、堰堤(ダム)による洪水調節機能を検討した上、この堰堤(ダム)によって社会通念上十分な洪水調節機能が認められるとして代替施設として肯定した。

(6) 高裁判決からの結論

 この高裁判決は、自衛隊の違憲論が争われた判決ではあるが、他方、保安林制度について、詳細な検討を行った判決でもある。そして、保安林の持つ公益的機能(水源かん養機能)について、これは抽象的、没個性的な一般的利益にとどまらず、個別的、具体的利益でもあること、保安林の持つ公益的機能が森林の伐採等により機能低下した場合には、その機能の低下分は代替施設によって補填が可能であること、その際に森林の伐採との因果関係ある地域を特定できること、用水確保、砂防、洪水防止等について、個別的、具体的に代替施設の機能を判断できることを判示したものである。

 これらの判決において検討されている代替施設は、森林の持つ公益的機能のうち、保安林制度として確立された中の水源かん養機能ではあるけれども、その機能の低下に相応する代替施設として検討されているものであるから、代替施設の費用は、いわば機能の低下分にみあった財産的価値と相等しいものと認めていることになる。少なくとも、この保安林指定によって保護された機能について、その機能の低下を回復するに要する費用といえるからである。

 このように札幌高等裁判所は、昭和51年において、森林の公益的機能のうちの保安林として確立された水源かん養機能については、その財産的評価を代替施設をもって評価しているとみるべきである。

 確かに、この判決は、森林の持つ公益的機能が侵害された場合に、その損害額を算出したものではない。しかし、前記のとおり、森林の持つ公益的機能の低下した内容を特定の地域において確定したからこそ、その機能低下分の補填を各代替施設によって補えるかどうかが判断できたものである。機能低下分が具体的に確定できれば、その損害額の算定に当たっては、代替施設設置費用とするか、機能低下によって発生する災害被害額とするか、機能回復あるいは原状復帰に要する費用とするか、様々な方法はありうるであろう。

 本件では、少なくとも札幌高裁が代替施設によって森林の持つ公益的機能の低下分が補填されると判断した事実と、この判断ではこの機能低下分の補填に要する費用がまさに機能低下の損害額と同視できる結果となっている事実が重要である。

 

3 名古屋高裁平成8年5月15日判決(平成7年(行コ)第8号)・最高裁平成13年3月13日判決(平成8年(行ツ)第180号)

 この事件は、森林法10条の2(平成11年改正前)に基づく、林地開発許可処分に対する地域住民の当事者適格を肯定した判決である。ここでは開発許可処分によって、林地が開発される結果、土砂の流出又は崩壊、水害等の災害により生命、身体等に直接的な被害を受けることが予想される範囲の地域に居住する者も、開発許可の取消訴訟の原告適格を有すると判断されたものである。

 高裁判決は、次のように森林法について述べる。

森林法10条の2、2項が前記のような開発行為許可の基準を定めている趣旨について検討してみるに、その趣旨は、当該森林の有する災害防止、水害防止、水源かん養および環境保全の各機能からみて、当該開発行為によって周辺地域又は森林の有する右諸機能に依存する地域(以下「周辺地域等」という)に土砂の流出若しくは崩壊その他の災害又は水害を発生させたり、水の確保の著しい支障又は環境の著しい悪化が生ずるおそれがありうることから、このような被害を受けるおそれのある範囲の周辺地域等の公衆の生命、身体、財産及び環境上の利益を一般的公益として保護しようとするとともに、それにとどまらず、周辺地域等に居住し又は財産を有し、開発行為がもたらす災害等の被害を受けることが予想される範囲の関係者の生命、身体、財産及び環境上の個々人の個別的利益をも保護しようとする趣旨を含んでいると解するのが相当である。(太字は原告ら代理人)

 なお、最高裁は、この高裁判決を是認する判決を下した。

 

つまり、これらの名古屋高裁判決、最高裁判決では、保安林として当該森林の有する災害防止、水害防止、水源かん養等の公益的機能が制度化されていない場合でも、林地開発許可の場合には、その開発行為によって、この各種公益的機能が侵害され、土砂の流出若しくは崩壊その他の災害又は水害を発生させたり、水の確保の著しい支障又は環境の著しい悪化が生ずるおそれ」がありうることを肯定し、これらの被害を受ける周辺地域に居住する住民に対する個別的、具体的な権利ないし利益侵害行為性を認めたものである。

このような判断は、結局、森林の持つ公益的機能の侵害、機能の低下により、具体的被害が発生しうることを肯定し、このような被害を受ける者は許可処分取消訴訟の当事者としても認められたものである。当事者適格性の判断にあたっては、前提として、開発許可による立木の伐採等による公益的機能の侵害が地域の住民に対する具体的被害、損害として算定可能であることを予定している。すなわち、森林の伐採によって、森林の持つ公益的機能が害された場合には、周辺地域等への具体的被害の発生が予想され、それが地域住民によって財産的に評価されうる損害として当事者適格性を判断する基準となることを前提とした判決なのである。ゆえに名古屋高裁は、差し戻しを命じ、原告らの個別的、具体的な被害の有無の判断を求めたのである。

なお、この被害は、開発行為によって生ずるものではあるが、開発行為の許可がなければ、森林そのものによって保全されていた利益である。開発行為許可は、森林の伐採等についての禁止の解除であり、禁止によって保全されていた利益がその解除によって顕在化するものであるから、開発行為によって発生しうる被害は、森林の公益的機能によって保護されていた利益そのものと評価しうるのである。

 ここでは、森林の持つ公益的機能の侵害による損害について、周辺地域等に及ぶ具体的損害として検討されている以上、この具体的損害は当然のことながら算出可能なものと認識されていなければならないものである。

 

4 最高裁平成2年4月12日(昭和62年(行ツ)第22号)

 この事件は、京都市が地域整備計画を樹立し、ある地域に市道を建設することを決め、それに基づいて市議会の議決を経て路線認定した上、道路区域を決定し、道路建設工事を請負によってなしたところ、その道路建設地が保安林指定を受けていたにもかかわらず、その指定解除がなされていなかったため、道路建設を中止し、原状回復を行ったという事案である。裁判はこの原状回復費用について住民監査請求及び住民訴訟が提起された。

 最高裁は、次のように判示した。

(路線認定がなされ、道路区域も決定された市道予定地について道路工事を行わせるという工事施行決定書に基づいて、道路建設工事をさせたというものであるから)

上告人らの右行為は、市道予定地を道路状の形状にすることにより道路整備計画の円滑な遂行・実現を図るという道路建設行政の見地からする道路行政担当者としての行為(判断)であって、本件土地の森林(保安林)としての財産的価値に着目し、その価値の維持、保全を図る財務的処理を直接の目的とする財務会計上の財産的管理行為には当たらないと解するのが相当である。

 

 この最高裁判決の文言からは、京都市の行為が、「本件土地の森林(保安林)としての財産的価値に着目し、その価値の維持、保全を図る財務的処理を直接の目的とする財務会計上の財産的管理行為」であれば、1審、原審において判断された賠償を肯定する判決が維持されたことになる。(1審は昭和60年10月23日京都地裁昭和57年(行ウ)第28号、判例タイムズ583号70ページ)

 この最高裁は、? 森林(保安林)としての財産的価値に着目し、? その価値の維持、保全を図る財務的処理を直接の目的とする、? 財務会計上の財産的管理行為、を問題にする。

 ?については、まず、最高裁は「森林(保安林)としての財産的価値」という表現を使い、木材的価値にとどまらず公益的機能価値を認めている表現になっている。木材の財産的価値であれば「森林(保安林)としての」という文言は当てはまらず、あえて「森林(保安林)としての」とした趣旨は、水源かん養、土砂流出防止などの公益的機能を持つ森林として保安林指定されたものを前提としなければならない。なぜなら保安林はすでに述べているように木材的、経済的価値ではなく、森林の公益的機能のうちの森林法によって制度化された機能についての価値、公益を有する森林のことをさすからである。つまり、最高裁は、「森林(保安林)としての財産的価値」と表現することによって、森林は、木材的、経済的価値の他に、公益的機能についての財産的価値を有することを肯定しているものである。このような判決文の理解は前記した札幌高裁判決などの先例から当然のことである。

 次に、本件での財務会計上行為について最高裁判決を当てはめることにする。

 本件では、北海道森林づくり条例に基づき、知事が道有林野の整備及び管理に関する基本計画を定め、さらにこの条例に基づいて道有林野の整備及び管理に関する規程に従い、日高森づくりセンターが、この基本計画に沿って年次計画を立て、この年次計画に従って、天然林の「維持、保全」を図る目的のもとに、森林の整備管理として「天然林受光伐」を行うための契約によって伐採、売却するという、財産的行為そのものを問題にしているものである。したがって、京都市の例とは異なり、まさに監査請求、住民訴訟によって救済されるべき事案である。

 

5 結論

 以上のように、検討した結果、森林の持つ公益的機能について、判例は明確に、その財産的価値を認め、それを財産的に評価しているということである。被告は、なんらの根拠もなく、これを否定するが、例えば代替措置費用として、あるいは周辺地域等へ及ぼす被害として、財産的に評価しうるものである。にもかかわらず、監査委員は、「財産ではない」として本件監査請求を不受理としたのは、違法な不受理(ないし却下処分)であるし、それを理由に被告が却下を求めるなど、到底容れられるものではないことが明らかである。

 

第4 本件における具体的な損害

1 本件地域について

 別件住民訴訟において、問題としている箇所での伐採と売払いは、えりも町152林班43小班におけるものであり、地拵え作業による伐採も同じ43小班である。

ところで、この43小班はA沢という河川に接している。このA沢は途中でB沢と合流したあと、C川に注ぐ。C川の下流域にはDという小集落が存在している。

 このようにC川は支流としてB沢、A沢の二つがあり、二つの沢を引き込んだ本流はDから太平洋に注いでいる。Dは江戸時代からサケ漁が盛んで、現在ではA沢がC川に合流する地点にサケマス孵化場が存在する。またD沖の太平洋には、主にサケ漁の定置網が多く設置され、豊な漁場となっている。

 

2 日高森づくりセンターによる整備管理計画

 日高森づくりセンター所長は、知事の定めた森林づくり条例に基づき、道有林野の整備および管理に基づく規程8条以下に従い、日高森づくりセンターが管轄する日高管理区において、平成14年に10ヵ年の整備管理計画を樹立した。

 この整備管理計画に拠れば、平成14年度から同23年度にかけて、天然林の669ヘクタール(?分期)及び776ヘクタール(?分期)の計1,445ヘクタール(14.45平方キロメートル)を受光伐として伐採する計画を立て、実行している。本件で問題にする立木の伐採と売払いはこの天然林受光伐計画の一部である。また、人工林の受光伐は、70ヘクタール(?分期)及び57ヘクタール(?分期)の計127ヘクタールである。人工林の間伐は、1,487ヘクタール(?分期)及び1,405ヘクタール(?分期)の計2,892ヘクタール予定し、実行している。したがって、人工林の受光伐と間伐を併せた面積は3,019ヘクタールとなる。

 ところで、保安林内におけるこれらの伐採についてみると、天然林受光伐の1,445ヘクタールの全てが水土保全林内での伐採であり、人工林の3,019ヘクタールが、同じく水土保全林内での伐採である。

 しかも、これらの伐採計画は、43小班でいえば、376本の伐採のことであり、地拵え作業に伴う184本の伐採は含まれていない。

 ちなみに、天然林が伐採される14.45平方キロメートルは、前記した長沼ナイキ訴訟において、保安林指定が解除された面積0.351104平方キロメートルの41倍の面積に相当する。このことは、長沼ナイキ控訴審訴訟において検討された、土砂流出、洪水防止等の危険性は、日高管理区においてはより切実な危険性となって顕在する可能性が高いと論ずることができる。

 

 ところで、北海道日高森づくりセンターによる、これら日高管理区の森林の概況は次のとおりである。

 道有林のほとんどは、様似町とえりも町に集中し、上記の数字からすると14年度以降の5ヵ年で、この道有林のうち、人工林の面積の約62パーセントが伐採され、天然林の約3.4パーセントが伐採されることになる。しかも、その伐採されるすべてが、水源かん養保安林ないし国土保全林なのである。

町  名

人工林

天然林

その他

計 (ha)

人工林率

新冠町

821

282

54

1,157

71%

浦河町

609

9,472

222

10,304

6%

様似町

1,563

18,446

567

20,575

8%

えりも町

1,856

13,956

587

16,399

11%

4,850

42,155

1,429

48,435

10%

 

(日高森づくりセンターHPから)

 

3 猿留川流域での伐採

 前記のとおり、C川は本流の他にB沢、A沢の二つの支流が存在するが、これらの本流、及び支流において、天然林が集中して皆伐されている。例えば、同じく152林班10小班では、約5ヘクタールを越える範囲において、1本の立木もなく皆伐されてしまった(平成16年度)。ここは急な斜面であり、斜面の下には小さな沢がある。この沢は約200メートルほどで、A沢に注いでいる。この10小班は、43小班と直線距離で500メートル程度しか離れておらず、極めて接近している。もし、台風などの大量の降雨があると、この10小班と43小班とから、流出する土砂がA沢からC川本流に土石流となって流れ出すことは容易に想像がつく。

 また、本件のような皆伐現場では、小さな潅木類や木材として価値がないと看做された立木が、枝打ちされた枝などとともに、沢の中に放棄されていたり、そのまま伐採現場に放置されていたりしている。これらも台風などの降雨の際に、A沢に流れ出し、C川に流れ込むことも容易に想像がつく。

 また、当然のことながら、上流部で、多くの範囲(10小班や43小班は一例に過ぎず、それ以外にも上流部で伐採がされている)で、天然林の水源かん養保安林内での伐採が進行することによって、森林の持つ洪水防止機能が害され、降雨が一気に川に溢れ、川が氾濫することも容易に想像できる。特にC川は、短い距離の川で、上流部での降雨は一気に本流に流れ出し、本川の水量を増す。

 これらの結果、いったいC川流域で何が発生するであろうか?下流のD地区では、増水した河川の氾濫、それによる堤防の決壊、など生命、身体、財産に対する危険が予想できる。また流出する大量の土砂は河川、河口などの堆積し、また沖合いに流れ出し、サケの養殖事業、沖合いの定置網漁へ重大な影響が発生することになる。もちろん流出した流木は、橋の元に溜まり橋脚流亡の原因になるだけでなく、沖合いに流れた流木は定置網を破壊し、地域の漁業に壊滅的打撃を与えることになる。もともとえりも地区では、半世紀前に森林を伐採した結果として砂漠化が進み、漁業に絶大な影響を与えた。そのため長年地域住民が植林事業を展開し、ようやく豊な漁場が戻ってきたといわれている。えりも町では17年度で690本を植林したが、なんとそれの何倍もの本数の天然林を伐採している(43小班だけでえりも町の植林本数に匹敵する)。これだけの天然林、しかも保安林内の天然林を伐採することによる影響、被害は、容易に想像がつく。

 少なくとも、43小班による皆伐から予想される被害は、周辺での天然林伐採と相乗した結果、重大な被害が予想されるが、これらの被害は、最大流出量、土砂量、流木量などを算出し、長沼ナイキ控訴審判決のように厳密に検討することが可能である。その結果、その予想される被害あるいはそれを回避するための代替施設設置費用などは財産的に算出可能である。そして、これらの算出された財産的金額は、本件での天然林の伐採による森林の公益的機能の低下によって引き起こされるわけであるから、その機能低下の結果の損害とならざるを得ないものである。

 

第5 札幌高裁判決は林野庁の林野公共事業でも取り入れられている

1 事前評価マニュアル

 前記した札幌高裁判決は、土砂流出防止、洪水防止防止、用水確保など、水源かん養保安林の各機能の低下に対する代替措置が、その機能低下分を補填しうるか、という検討したものであった。

 同様の考え方は、林野庁が平成12年及び同13年に、「林野公共事業における事前評価マニュアル」「林野公共事業における事前評価マニュアル(参考単価表)」なども取り入れている。前者に記載されている各便益計測の考え方(113ページ)によれば、2 造林効果として森林整備増進公益効果を掲げ、洪水防止、土砂流出防止など森林の持つ公益的機能の便益について、まず「直接」の効果、つまり森林が作られることによって直接得られる効果であるとしている。

2 具体的算出方法

 また、例えば洪水防止便益についての算出について、「森林事業により森林が整備されることによって減少する森林内からの最大流出量を推定し、減少する最大流出量を治水ダムで代替させた場合のコストを評価する」とする。(同122ページ)

 土砂流出防止便益についての算出は、「造林事業を行う場合と行わない場合の土砂流出量の差について、そのために必要となる砂防ダム建設コストをもって評価を行う」とする。(同125ページ)

 土砂崩壊防止便益についての算出は、「造林事業を行う場合と行わない場合の土砂崩壊見込み量の差について、そのために必要となる砂防ダム建設コストをもって評価を行う」とする。(同126ページ)

 

 林野庁は、すでに実務として費用対便益の算出について、森林のもつ公益的機能は直接的便益とし、森林を増やすことによって得られる便益(利益)は、他の代替措置の建設コストと等しい、としているのである。これは、被告が言うような「評価し得ないものを分かりやすくするために仮に評価したもの」などではないし、この林野庁の理解は、長沼ナイキ訴訟の札幌高裁の判断と全く同じ考え方、算出方法にしたがっているものである。林野庁は、森林のもつ公益的機能について、それを具体的に財産的評価しているものである。

 

第6 25号事件との関係

1 財務会計上の契約

 それぞれの訴状に記載してあるとおりであり、それぞれ異なる行為を問題としている。

2 両者の関係

 25号事件は、請求原因に記載している契約に基づいて伐採した376本の違法性及び集材路建設の違法性を、本件は請求原因に記載している契約に基づく地拵え作業に伴う立木の伐採の違法性をそれぞれ問題としている。もっとも、25号事件において376本以上の立木が、当該契約に基づいて伐採されていれば、その立木伐採は25号事件に含まれることは当然である。


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