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平成17年(行ウ)第25号・損害金返還請求事件
原告 (略)・被告 北海道知事他1名
札幌地方裁判所民事第5部 御中
被告らの主張に対する反論
被告らは、5月31日付準備書面において、本案前の答弁についての原告らの反論に対し、答弁書と同じ言葉を繰り返すだけである。
すなわち、「森林の持つ公益的機能とは、・・・地方自治法上、地方公共団体の「財産」とされるものではない。」と言う主張である。
本準備書面では、再度、この主張に対し反論するものである。
第1 道有林の財産性と森林の持つ公益的機能の分析
1 道有林は北海道の財産である
本件で原告らが問題としている道有林は、北海道が整備、管理する北海道の財産であり、この点で争いはないであろう。北海道自ら、「道有林は「北海道有林野」の略称で、北海道が所有し整備・管理を行っている森林です。」(甲第13号証)と述べている。北海道が行う具体的な道有林の整備、管理の方法については、北海道森林づくり条例を受けて制定された「北海道有林野の整備及び管理に関する規程」(平成14年4月1日訓令第17号)により、知事の策定する基本計画(同規程5条)に基づいて行われる。
ところで、原告らのなした本件監査請求は、{1}北海道がなした受光伐名目での道有林の伐採、売り払い契約、保育伐併用事業請負契約をそれぞれ挙げ、{2}これらの契約の違法性を主張し、{3}最後に北海道の蒙った損害について言及するものである(乙第1号証の1)。原告らが主張する違法な伐採行為あるいは違法な集材路の建設行為の対象となっているものは、道有林を構成する森林の樹木であり、あるいは道有林を構成する土地そのものである。
本件では、監査委員及び被告らは、原告らが主張している職員の違法行為によって侵襲された対象である道有林について、それが「北海道の整備、管理する財産」であることを、殊更に無視するものである。
2 道有林の機能
(1) 財産の価値、機能に応じた損害
そもそも北海道がその所有する財産が第三者によって侵襲され、北海道が当該第三者に損害賠償請求をする場合、その損害をどのように評価し、損害額を算定するのであろうか。例えば、北海道の庁舎が第三者によって違法に壊された場合を考えてみる。まず、{1} 思いつくのは庁舎を修繕するに要する費用であろう。これは破壊される以前の建物そのものの価値の回復と考えられる。また全損の場合には、破壊される前の建物価値を固定資産評価証明書あるいは不動産鑑定によってその価値を確定することになる。{2} 次に、破壊された庁舎が使用できないために他に賃借等をした場合にはその賃借料も損害になる。これは破壊された建物の使用価値ないし使用するという機能が損なわれたことによる使用価値相当分と考えることができる。{3} さらに、庁舎の破壊によって業務ができず、その結果、何らかの支障があれば業務遂行の機能が害され、それが損害として算定される可能性があり、{4} その業務が行えずかつ職員に賃金を支払えば、その賃金相当額も損害になりうる。{5} 破壊された庁舎が、道庁赤レンガ庁舎のような観光客が訪れる歴史的建造物であれば、この記念物的価値あるいは観光的機能が害されたことによる損害も考えられる。
つまり、北海道の財産が侵襲された場合、その損害をどのように評価するのか、はその財産の様々な価値あるいは機能に応じて算定することになる。
(2) 道有林の価値、機能
(一) 木材価値
従来、森林窃盗などにより、立木を違法に伐採(誤伐・盗伐)した場合、立木の経済的価値だけに注目し、当該立木の木材価格を損害算定の目安としていた。道有林の森林を違法に伐採した場合も、従来はこの立木の経済的価値だけに注目していたといって良い。前記した庁舎破壊の例で言えば、建物価格である。
しかし、現在では北海道自らが道有林という財産について、様々な価値あるいは機能を認めている(甲第9号証、同第11号証、同第13号証)。以下、それをまとめておく。基本的には甲第9号証にまとめられている。
(二) 水土保全機能
森林は良質の水を安定して供給する機能が認められている。また地すべりや山崩れなどの山地災害を防止する機能も認められている。林野庁などは「森は緑のダム」などという言い方で、安定した飲料水供給や森林の保水機能を表現している。
(三) 生活環境保全機能
森林は、二酸化炭素を吸収し、地球温暖化を緩和させる機能を有することは常識である。森林の持つ防風機能、飛砂防止機能は、とくに本件で問題となっているえりもでは有名である。半世紀ほど以前に、えりもの森林を伐採したために、砂地が広がり(砂漠化)、砂嵐が常態化した。そのため漁業も衰退していった。住民たちは、森林を回復させるために植林をはじめ、半世紀継続して植林した結果、砂嵐もなくなりサケも帰ってきたといわれている。
(四) 生態系保全機能
森林生態系とは、ある森林において、動物・植物・微生物などがそれらを取り巻く環境との間や生物との間で、物質・エネルギーをやり取りしながら一定の構造を保つシステムである。樹木だけで、林床の植物や動物がいなければ、森林生態系として森林が存在することはない。前記した様々な森林の機能は、結局は森林生態系の存在があってはじめて存立する機能である。日本は生物多様性条約を批准することによって、このような森林生態系の重要性を認識するとともに、その保全を国家的義務とした。
(五) 文化創造機能
北海道は「森の文化」とは、森林を保全しながら有効に利用していく知恵や、その結晶としての技術、制度、生活様式の総体をいい、「森の文化」を創造する機能は、今後の北海道の森林に期待される役割のひとつである、とする。
本州などでは、これらの機能は歴史的に明らかである。秋田県大館のまげわっぱ、箱根の寄木細工などの伝統技術、文化は、数百年間の地域における文化の創造である。
3 道有林の価値、機能に応じた損害評価
(1) 公益的機能の評価額
道有林は、前項のように様々な価値や機能を有し、違法に森林が伐採された場合には、単に立木の経済的損害にとどまらず、それぞれの価値、機能に応じた損害が発生することになる。いわば、森林の完全性が損なわれたことによる損害と言うことができる。先に述べた庁舎破壊の例で考えれば、使用する機能に応じた損害あるいは歴史的建造物としての価値、機能に応じた損害であり、これらは鑑定等をすることによって損害額の算出をすることになる。
この損害額を算出するためのいわば「鑑定方法資料」となるものが、甲第11号証の「北海道における森林の公益的機能の評価額について」である。機能の名称は甲第9号証とは異なるが、内容は同じである。それぞれの機能に応じて評価額を算出している。そして北海道の森林の評価額の総額は、11兆1,300億円と見積もっている。
(2) 評価手法は国の行政でも同一である
甲第14号証は林野庁長官が平成14年8月に設置した「大規模林道事業の整備のあり方検討委員会」が、平成16年2月に提出した報告書である。大規模林道は、現在は緑資源幹線林道と名称を変えているが、70年代に林野庁で計画された総延長2,488キロメートルの舗装道路網で、建設主体は独立行政法人緑資源機構が行っている。林野庁は平成12年12月に閣議決定された「行政改革大綱」に基づき、大規模林道の建設予定区間について、その整備のあり方を第三者委員会に検討を委ねた。甲第14号証は、この通称あり方委員会が、林野庁長官に対してなした報告書である。北海道では、3路線の大規模林道が建設ないし建設予定となっているが、全国の建設予定区間のうち、2路線3区間が検討の対象となった。本件伐採現場から2キロメートルほど離れた場所に平取・えりも線様似えりも区間があるが、その延長上にある平取・えりも線様似区間及び平取区間が検討対象になった。
あり方委員会では、建設予定の大規模林道の建設による費用対効果を主要な目安として検討している。この費用対効果分析中の効果としての「便益」として森林の持つ機能ごとの評価、算出をしている。
甲第14号証の費用対効果分析の試算結果(参考3)を見ると、「森林整備経費縮減等便益」として、「森林整備促進便益」を挙げ、その中に「水源かん養便益」「山地保全便益」「環境保全便益」を挙げている。つまり林野庁長官が設置したあり方委員会では、大規模林道建設により、水源涵養機能、山地保全機能、環境保全機能が増加するという試算をし、その効果を金額で見積もり、これらを併せた全体の効果額と建設事業費や建設後の道路維持費の費用と比較している。
この試算結果表の2枚目が、様似区間であるが、水源かん養便益として金2,361,000,000円、山地保全便益として金1,158,000,000円、環境保全便益として金3,445,000,000円、これらの総額は約70億円と試算している。
林野庁は、国家事業である大規模林道建設について、その当否を判断するにあたり、費用対効果分析を行い、その際に水源涵養機能、山地保全機能、環境保全機能の増加分を金銭的に評価しているのである。北海道が森林の公益的機能の評価額を算出しているのも同じ評価手法である。重要なのは、これらの公益的機能が増加し、あるいは減少した場合に、それらを金銭的に評価していること、またこの評価手法はすでに大規模林道建設の当否を判断する手法として林野庁が使用していることである。
4 まとめ
以上から明らかなことは、本件において違法な伐採や、違法な集材路の建設によって、道有林という北海道の財産が侵襲を受け、その結果として、道有林という財産の様々な機能及び価値(これらは利益とも表現できる)が損害を受けたものである。しかもその損害は北海道自らが、また林野庁でも金銭的に評価する方法が確立しているのである。
監査委員は、原告らの住民監査請求に対し、「公益的機能は財産ではない」という原告らが述べていないことを理由に、あるいは公益的機能が受けた損害を「損害でない」として、損害論の内容を判断して、違法に住民監査請求を「不受理」にしたものである。被告らは、同じくこの監査委員の違法な「不受理」を前提に本案前の主張をしているが、このような被告らの主張は到底容れられるものではない。
第2 監査請求の分析
1 監査請求の内容
原告らのなした本件監査請求は、{1}北海道がなした受光伐名目での道有林の伐採、売り払い契約、保育伐併用事業請負契約をそれぞれ挙げ、{2}これらの契約の違法性を主張し、{3}最後に北海道の蒙った損害について言及するものである(乙第1号証の1)。ここで、明らかなことは、原告らは本件監査請求において、道有林が違法に伐採、あるいは道有林内に違法に集材路が建設された、という具体的事実を明記し、最後にこれらの違法な伐採、あるいは違法な集材路建設による損害をどのように見積もるかを主張していることである。乙第1号証の1、9ページには、「違法な受光伐を名目とした売買によって、森林が皆伐されてしまったため、その財産的損害の算出は困難が伴うが」と、わざわざ、どのように財産的損害を算出するかについては、「困難を伴う」と認めている。この理由は、152林班43小班ではどのような樹種の、どの程度の太さ、長さの樹木が、何本が伐採されたか、が皆伐のために全く不明のため単純に木材価格総額を算出することができないからである。そこで、原告らは続けて「少なくとも、北海道自らが認める公益的機能が伐採によって失われたのであるから」と、経済的側面はさておいても道有林という「森林の持つ公益的機能」が受けた損害の財産的評価をもって損害額として算出できる、と主張しているのである。
また、同ページでは、「北海道は、平成16年4月27日、「北海道における森林の公益的機能の評価額」を発表し、その中で、北海道の森林の持つ公益的機能として、11兆1,300億円を算出している。またこの公益的機能について「評価基準」を定めているが、その中で「生態系保全機能」を挙げて野生生物の生息地としての公益的機能の評価をしている。」と明記し、森林の持つ公益的機能は、財産的評価が可能であり、北海道は11兆1,300億円と算出している、と主張しているのである。原告らは「公益的機能が財産である」などという主張は一切していない。
監査委員は、もし仮に「森林の持つ公益的機能は損害額評価の基準にはならない」と考えるならば、従来行われている木材価値に見合った損害額を算出すればよい。なぜなら、原告らは「少なくとも」と主張し、それ以上の経済的価値に見合った損害額の主張は、木材伐採事実の主張からは明らかだからである。もっとも、この場合に監査委員が「森林の持つ公益的機能は損害額評価の基準にはならない」という判断をしたとすれば、それはすでに損害評価の内容に関する判断であり、それによって「不受理」とすることは明らかに違法行為となる。
2 原告らは北海道の言い分に沿って監査請求をしたに過ぎない
前項の評価基準を証拠に掲げたのもそうであるが、原告らは森林の持つ公益的機能をどの様に評価するかについて、全面的に北海道の言い分に沿って監査請求したものである。
監査請求の証拠には挙げなかったものの、監査請求で主張した森林の公益的機能として評価される11兆1,300億円の数字は、甲第11号証から取った数字である。甲第11号証は、「北海道における森林の公益的機能の評価額について」と題する北海道の文書である。1ページの中ほどに「北海道の森林の公益的機能について、日本学術会議の算出方法に基づき、試算を行ったところ、その価値は総額で年間11兆1千億円となりました。」と記載されている。原告らは監査請求で「北海道の森林の持つ公益的機能として、11兆1,300億円が伐採面積に応じた割合において、前記契約(1)によって、その公益的機能が損害を受けたものである」と主張したのは、この公益的機能としての価値の総額のうち、伐採面積に応じた割合による面積比によって、損害額を算出できると判断したからである。
そもそも、北海道は森林の持つ公益的機能についてその評価額を試算、算出をしたうえで、北海道の森林を11兆1,300億円と評価したのであり、原告らは、この北海道の評価額に拠った上で監査請求をしているのであるから、原告らが監査請求において「公益的機能を財産としている」というのは、言いがかり以外の何物でもない。
原告らは、監査請求書に「北海道の森林の持つ公益的機能として、11兆1,300億円が、伐採面積に応じた割合において」と記載し、北海道の森林面積:本件伐採面積=11兆1,300億円:Xとして、X=本件伐採面積×11兆1,300億円÷北海道の森林面積、として計算できることになり、このXこそが「その公益的機能の損害」として算出できる、と主張していることは明らかである。同じように10ページでは、集材路建設によって「北海道の手法によっても金銭的損害額の算出は評価可能である。」と金銭的算出の問題であることを明記している。
3 まとめ
以上から、原告らは、本件住民監査請求にあたり、道有林という北海道の財産が、違法に伐採されあるいは違法な集材路建設によって侵害されたこと、その結果道有林が有する公益的機能が損害を受け、その損害額は北海道の評価基準によって算出できる、ということを主張していることは明らかである。被告らは、速やかに本案に対する答弁をするべきである。
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