えりもの森 裁判 |
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原告準備書面(1) 19号 6月21日
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平成18年(行ウ)第19号・損害金返還請求事件 原告 (略)・被告 北海道知事他1名
2006年6月21日 札幌地方裁判所民事第5部 御中 原告ら訴訟代理人 弁護士 市 川 守 弘 他6名
準備書面(1) 第1 監査請求の不受理は違法行為である 1 住民監査請求の意義 最高裁判所平成2年6月5日第3小法廷判決(平成元年(行ツ)第68号)は、住民監査請求における対象の特定の程度についての判決であるが、主文について反対意見を述べた園部逸夫裁判官は、住民監査請求の意義について、以下のように述べる。そして、この園部裁判官の住民監査請求についての考えは、一般には多数を占める考えである。((「新版 裁判住民訴訟法」三協法規 221ページ)
「住民監査請求は、地方公共団体の執行機関又は職員について、財務会計上の不正な行為等があることを住民が新聞記事その他何らかの情報により察知し、それが法的な観点から見て違法又は不当の疑いがあると考える場合に、そのような事実があるかどうかについて、監査委員に監査を求める制度である。すなわち、住民監査請求は、住民が監査委員の職権の発動を促すことを認めたにすぎず、行政機関、職員又は私人等の特定の相手方に対して、具体的に何らかの請求をする当事者適格を求めたものではない。住民監査請求を受けた監査委員は、請求に理由がないと認めるときは、理由を付して請求人に通知し、かつ、これを公表し、請求に理由があると認めるときは、関係の機関又は職員に対する所定の勧告をし、その内容を請求人に通知し、かつ、これを公表しなければならないとされているにすぎないのである。つまり、現行の住民監査請求制度には、審査請求あるいは住民訴訟における請求の棄却又は認容という制度がそもそも存在しないのであり、・・・・同様に、住民監査請求には、請求要件の欠?を理由とする却下の制度も定められていない。審査請求の場合には、審査庁又は処分庁による認容、棄却又は却下の意思表示の方法として、裁決又は決定の方式が定められているが、住民監査請求には、そのような方式も定められていないのである。また一般に住民監査請求前置主義と呼ばれるものも、審査請求前置主義とは、およそその建前を異にしている。すなわち、行政事件訴訟と審査請求とは、行政庁の特定の行為又は不作為を争うという点では、審判機関を異にするほかは全く同一であるから、訴訟と前置主義との間に整合性があり、例えば、法は、審査請求前置主義をとる場合には、「審査請求又は異議申立てに対する裁決又は決定を受けた後でなければ」とか、「不服申立てに対する決定を受けた後でなければ」という規定の仕方をしてるが、住民訴訟と住民監査請求との間には、形式上そのような整合性が全く欠けており、法242条の2第1項は「普通地方公共団体の住民は、前条第1項の規定による請求をした場合において、同条第3項の規定による監査委員の監査に結果(中略)不服があるとき、」住民訴訟を提起できると規定してるのにとどまるのである。」 このように、住民監査請求の制度は、基本的に住民が監査委員の職権の発動を促すことを認めたものであって、行政不服審査制度などとは異なり、前置主義についても「およそその建前を異にしている」とするものである。 そこで、園部裁判官は、前記判決において、 「住民監査請求において当該行為等について特定がないということは、当該請求の門戸を閉ざす理由にはならないというべきであるが、住民監査請求制度に関する立法上の不備あるいは法解釈の未成熟により、監査請求の却下ということが事実上行われることもありうる。しかし、裁判所としては、右のような却下の措置を不服として提起された住民訴訟について、監査請求を経ていないとかあるいは監査請求をしていないと見て、請求人の住民訴訟を却下することは許されないと解するのが妥当である。」とする。 このように、住民監査請求制度は、そもそも疑惑の段階においてさえ、財務会計行為の現状を監査の上明らかにし、必要な措置を講ずべきことを請求することを認める制度であって、この住民監査請求の段階において、請求の対象等の、請求のための手続的要件の具備を厳格に求めることは住民に過重な負担を強いるものであり、住民監査請求の制度をないがしろにするものである。(「新版 裁判住民訴訟法」三協法規 218ページ以下にこの制度趣旨についての多数の見解について触れている)
地方自治法242条4項は、監査委員が住民監査請求に対する対応について規定している。同項によれば、請求に理由があると認めた場合には執行機関又は職員に対し必要な措置を講ずべきことを勧告し、請求人に通知し、かつ公表し、請求に理由がないと認める場合には、理由を付してその旨を書面により請求人に通知し、公表することになっている。 つまり、住民監査請求の制度として「不受理」という手続は定められていない。したがって、本件監査請求を「不受理」としたことは、監査委員が、自らの職責を一方的に放棄した単なる住民監査請求拒否処分である。 原告らは、このような監査委員の本件住民監査請求拒否処分に対し、監査委員が請求した監査をしないことが明確であるから、法242条の2第2項3号の「監査委員が請求した日から60日を経過した」ものと同視し、あるいはそもそも1号の「監査の結果に不服がある場合」に該当すると考え、本件住民訴訟を提起したものである。
3 仮に「却下決定」とした場合 被告らは答弁書4ページにおいて、本件の「不受理」は「監査請求の要件を満たさないものとして却下することと同義」とする。そこで、以下本件「不受理」が「却下決定」とした場合と仮定して検討することとする。 ア 法律上は明確ではないが、自治体の実務においては、住民監査請求書が提出された場合、要件審査を行うことになっている。この要件は自治法、自治令などの形式的な法定要件のことである。(「実務住民訴訟」ぎょうせい 42ページ以下、「住民訴訟・自治体争訟」新地方自治法講座5 ぎょうせい 34ページ以下等) ここでは監査請求手続が明瞭に違法である場合を除いては、監査委員は当該請求に対して監査を行うべきである、とされている(前掲「住民訴訟・自治体争訟」)。ここでの審査はあくまで形式的な適格性の審査であって、例えば、当該自治体の住民でない、明らかに請求期間を経過している、財務会計上の行為の問題ではない、事実証明書類が全くない、などについての審査である(前掲「実務住民訴訟」)。審査の結果、証拠書類の不足などの場合のように補正が可能であれば、補正命令を出し、それでも請求人が補正に応じない場合に、あるいは請求期間の経過、財務会計上の行為ではない、など明らかに補正のできない場合には、監査委員は却下決定をおこなうとされている。 イ しかし、監査請求の要件が具備されているのに、監査委員が却下した場合は、住民訴訟の訴えは適法なものとして扱われ、住民訴訟における住民監査請求前置の要件に欠けるところはない、とされている(最高裁判所第3小法廷平成10年12月18日判決(平成10年(行ツ)第68号)、広島高裁昭和63年4月18日判決、行集39巻3・4号265ページ)。 このうち、最高裁の判断は次のとおりである。 この事案は、形式的要件に欠けるとして却下された住民監査請求に対し、補正して再度監査請求したところ、次には一事不再理の原則を理由に却下されたため住民訴訟を提訴したものである。つまり、住民監査の内容ではなく手続要件が欠けるとして違法に却下された場合のケースである。 最高裁は「監査委員が適法な住民監査請求を不適法であるとして却下した場合、当該請求をした住民は、適法な住民監査請求を経たものとして直ちに住民訴訟を提起することができるのみならず、当該請求の対象とされた財務会計上の行為又は怠る事実と同一の財務会計上の行為又は怠る事実を対象として再度の住民監査請求をすることも許されると解すべきである。」「住民監査請求の制度は、住民訴訟の前置手続として、まず監査委員に住民の請求に係る財務会計上の行為又は怠る事実について監査の機会を与え、当該行為又は怠る事実の違法、不当を当該普通地方公共団体の自治的、内部的処理によって予防、是正させることを目的とするものであると解される。そして監査委員が適法な住民監査請求により監査の機会を与えられたにもかかわらずこれを却下し監査を行わなかったため、当該行為又は怠る事実の違法、不当を当該普通地方公共団体の自治的、内部的処理によって予防、是正する機会を失した場合には、当該請求をした住民に再度の住民監査請求を認めることにより、監査委員に重ねて監査の機会を与えるのが、右に述べた住民監査請求の制度の目的に適合する」
このように最高裁は判断し、監査委員が適法な住民監査請求を不適法であるとして却下した場合には、適法な住民監査請求を経たものとして直ちに住民訴訟を提起できるし、再度の住民監査請求もできる、とするものである。 また、一般にも、およそ監査委員が、実体についての判断をせず、形式的理由から住民監査請求を却下した場合については、「引き続く住民訴訟は、地方自治法242条の2第2項3号の60日を経過しても監査又は勧告を行わない場合として提起したものに当たる」(「改訂行政事件訴訟の一般的問題に関する実務的研究」法曹会 355ページ)と解されている。
これに対し、広島高裁の判断は、以下のとおりである。 「控訴人らのなした監査請求の内容は、下松市が被控訴人に対し本件新増築事業について地方財政法、義務法により七八六五万六〇〇〇円の国庫負担金請求権を有するに拘わらず、下松市長が六一四五万七〇〇〇円の交付申請権をなし、同金額の交付を受けたのみで、これを越える一七一九万九〇〇〇円については適正化法によるに交付申請ないし不服申立をしなかつたため、同市は右同額の損害を蒙つたが、右は下松市長が同市の財産の管理を違法、不当に怠つているものであるとして、下松市の損害回復のため必要な措置を講ずることを求めるというものであつたこと、これに対する下松市監査委員の監査請求却下決定は、控訴人ら主張の国庫負担金請求権はいまだ下松市に帰属しておらず、地方自治法二四二条の監査請求の対象となる財産に該当しないこと、控訴人ら主張の一七一九万九〇〇〇円に関し適正化法所定の交付申請や不服申立をしなかつた事実は同条の財産の管理を怠る事実に該当しないことを理由とするものであつたことが認められる。そしで、右事実によれば、下松市監査委員のなした監査請求却下決定は、控訴人らの監査請求を不適法として却下したものではなく、その内容に立入つて、対象となる権利が監査青求の対象となる財産に該当せず、財産の管理を怠る事実も存在しないなど実体的な判断をなしたうえ却下決定をしたものであることが明らかであるから、下松市監査委員は実質的には監査請求を棄却する決定をなしたものとみるのが相当である。したがつて控訴人らは適法に監査請求を経たものとみるべきであるから、被控訴人の前記主張は失当である。」
この判決は、監査委員の住民監査請求を却下した理由が、監査請求の内容についての判断であるとしたものである。
したがって、監査委員の却下の理由が、形式的に適法な住民監査請求を不適法として却下したか、事実上内容に立ち入った上で却下したか、にかかわらず、いずれの場合にも住民訴訟が提起できるものである。
第2 不受理理由の根拠 1 本件の「不受理」の理由はなにか (1) 本件住民監査請求は、次の理由から「不受理」とされた(甲第5 号証) {1}「請求人が主張する森林のもつ公益的機能とは、水源のかん養、土砂流出の防止、二酸化炭素の吸収など様々な機能をいうものであり、その数値化は、これらの機能が持つ価値を住民にわかりやすく示すため、貨幣価値に置き換えて年間額として試算したり、点数化したものなどであって、およそ地方自治法上、地方公共団体の「財産」とされるものではない。したがって、請求人の主張する森林の公益的機能の損害は、北海道の財産上の損害と認めることはできない。」この文面はないが、「平成17年11月17日付け住民監査請求について判断したところと同様」という表現でこの理由を述べている。 つまり、「公益的機能の損害」は「財産上の損害」ではないので、地方公共団体の蒙った損害はない、としているのである。 また、答弁書5ページでは、この「不受理」理由に加えて、{2}北海道が認める地拵えの際の202本(支障木として内18本伐採と北海道は言っているが明確ではない)の伐採において「地拵え」とは成立木の伐採とは異なる行為であり、これにより道に損害が発生するものではないのであって、「売却価値のある立木が地ごしらえにより伐採されたとの主張は請求人の見聞に基づく推測」であり、また、{3}いつ地ごしらえのための伐採が行われたか不明である上、売買されてしまった可能性が高いと主張するのは請求の特定を欠く、と論じている。
以下、この3点について検討するが、不受理の通知では、?及び?についてしか明記していないのであるから、{3}の「請求の特定を欠く」とする理由は、監査委員の「不受理」の理由ではないので、このような60日を経過した後の却下理由の追加は、単純に監査期間を徒過したものとなるに過ぎないのであるから、却下理由の追加自体認められるものではない。以下、それぞれについて詳しく検討する。
2「公益的機能の損害」は「財産上の損害」ではないのか? 本件住民監査請求書では、まず問題となる請負契約を明記し、本件で問題となる財務会計上の行為を特定している。この財務会計上の行為は、「育林事業請負契約」である。これらの契約の締結、履行に違法があった、と主張しているのであるから、ここで問題となる北海道の財産は、北海道が所有、管理する財産である道有林であり、その道有林の違法伐採が監査請求の内容であることは明らかである。住民監査請求書を見れば、一目瞭然に、道有林野が違法に伐採され、その結果、損害が発生したと主張していることは容易に理解できる。 被告らが主張するのは、この違法伐採によって傷ついた道有林野の被害をどのように財産的に評価するか、という問題を勝手に「財産」と置き換えているに過ぎない。 (1) 森林(道有林野)の持つ価値 財産としての道有林野は様々な価値を持っている。訴状5ページで指摘しているように、北海道は、平成14年3月の条例第4号の制定までは、北海道道有林野事業特別会計条例によって、森林(道有林野)の、木材としての経済的価値しか評価していなかった。しかし、平成14年3月の森林つくり条例の制定によって、北海道自らが、森林(道有林野)の公益的価値という側面を全面的に重視する政策に変更した。この公益的価値は、北海道自身、甲第6号証の「森林機能評価基準」として認め、かつ同じく甲第7号証によって、「北海道における森林の公益的機能の評価額について」として、この価値を財産的に評価し、11兆1,300億円の年間価値と評価できるとしている。 甲第6号証、同第7号証にも明らかなとおり、北海道は「森林」の機能を分析し、「森林」の各機能に基づく価値を財産的に評価しているのである。つまり、公益的機能をもつ評価対象は、「森林」であり、この森林を評価した結果、公益的機能を有する面においてその価値を財産的に評価している。 (2) 監査請求の対象となる財産は「道有林」・損害額は公益的機能価値の評価額 監査委員及び被告らは、この北海道自らの考え方に従って判断すれば、{1} 本件住民監査請求の対象となる財産は、道有林野であり、また、{2} 違法な伐採による損害の計算において、北海道の森林全体がもつ公益的価値の評価額「11兆1,300億円が、伐採面積に応じた割合において」損害を受けたものであると主張していることは当然に理解できるところである。 また、違法な伐採が明確な202本については、木材価値としての金銭的評価を明確にしている。 ア 道有林は北海道の財産である 本件で原告らが問題としている道有林は、北海道が整備、管理する北海道の財産であり、この点で争いはないであろう。北海道自ら、「道有林は「北海道有林野」の略称で、北海道が所有し整備・管理を行っている森林です。」(甲第13号証)と述べている。北海道が行う具体的な道有林の整備、管理の方法については、北海道森林づくり条例を受けて制定された「北海道有林野の整備及び管理に関する規程」(平成14年4月1日訓令第17号)により、知事の策定する基本計画(同規程5条)に基づいて行われる。 ところで、原告らのなした本件監査請求は、{1}北海道がなした受光伐名目での道有林の伐採、売り払い契約、保育伐併用事業請負契約をそれぞれ挙げ、{2}これらの契約の違法性を主張し、{3}最後に北海道の蒙った損害について言及するものである(乙第1号証の1)。原告らが主張する違法な伐採行為あるいは違法な集材路の建設行為の対象となっているものは、道有林を構成する森林の樹木であり、あるいは道有林を構成する土地そのものである。 本件では、監査委員及び被告らは、原告らが主張している職員の違法行為によって侵襲された対象である道有林について、それが「北海道の整備、管理する財産」であることを、殊更に無視するものである。 イ 道有林の機能 (一) 財産の価値、機能に応じた損害 そもそも北海道がその所有する財産が第三者によって侵襲され、北海道が当該第三者に損害賠償請求をする場合、その損害をどのように評価し、損害額を算定するのであろうか。例えば、北海道の庁舎が第三者によって違法に壊された場合を考えてみる。まず、{1} 思いつくのは庁舎を修繕するに要する費用であろう。これは破壊される以前の建物そのものの価値の回復と考えられる。また全損の場合には、破壊される前の建物価値を固定資産評価証明書あるいは不動産鑑定によってその価値を確定することになる{2} 次に、破壊された庁舎が使用できないために他に賃借等をした場合にはその賃借料も損害になる。これは破壊された建物の使用価値ないし使用するという機能が損なわれたことによる使用価値相当分と考えることができる。{3} さらに、庁舎の破壊によって業務ができず、その結果、何らかの支障があれば業務遂行の機能が害され、それが損害として算定される可能性があり、{4} その業務が行えずかつ職員に賃金を支払えば、その賃金相当額も損害になりうる。{5} 破壊された庁舎が、道庁赤レンガ庁舎のような観光客が訪れる歴史的建造物であれば、この記念物的価値あるいは観光的機能が害されたことによる損害も考えられる。 つまり、北海道の財産が侵襲された場合、その損害をどのように評価するのか、はその財産の様々な価値あるいは機能に応じて算定することになる。 (二) 道有林の価値、機能 a 木材価値 従来、森林窃盗などにより、立木を違法に伐採(誤伐・盗伐)した場合、立木の経済的価値だけに注目し、当該立木の木材価格を損害算定の目安としていた。道有林の森林を違法に伐採した場合も、従来はこの立木の経済的価値だけに注目していたといって良い。前記した庁舎破壊の例で言えば、建物価格である。 しかし、現在では北海道自らが道有林という財産について、様々な価値あるいは機能を認めている(甲第9号証、同第11号証、同第13号証)。以下、それをまとめておく。基本的には甲第9号証にまとめられている。 b 水土保全機能 森林は良質の水を安定して供給する機能が認められている。また地すべりや山崩れなどの山地災害を防止する機能も認められている。林野庁などは「森は緑のダム」などという言い方で、安定した飲料水供給や森林の保水機能を表現している。 c 生活環境保全機能 森林は、二酸化炭素を吸収し、地球温暖化を緩和させる機能を有することは常識である。森林の持つ防風機能、飛砂防止機能は、とくに本件で問題となっているえりもでは有名である。半世紀ほど以前に、えりもの森林を伐採したために、砂地が広がり(砂漠化)、砂嵐が常態化した。そのため漁業も衰退していった。住民たちは、森林を回復させるために植林をはじめ、半世紀継続して植林した結果、砂嵐もなくなりサケも帰ってきたといわれている。 d 生態系保全機能 森林生態系とは、ある森林において、動物・植物・微生物などがそれらを取り巻く環境との間や生物との間で、物質・エネルギーをやり取りしながら一定の構造を保つシステムである。樹木だけで、林床の植物や動物がいなければ、森林生態系として森林が存在することはない。前記した様々な森林の機能は、結局は森林生態系の存在があってはじめて存立する機能である。日本は生物多様性条約を批准することによって、このような森林生態系の重要性を認識するとともに、その保全を国家的義務とした。 e 文化創造機能 北海道は「森の文化」とは、森林を保全しながら有効に利用していく知恵や、その結晶としての技術、制度、生活様式の総体をいい、「森の文化」を創造する機能は、今後の北海道の森林に期待される役割のひとつである、とする。 本州などでは、これらの機能は歴史的に明らかである。秋田県大館のまげわっぱ、箱根の寄木細工などの伝統技術、文化は、数百年間の地域における文化の創造である。 ウ 道有林の価値、機能に応じた損害評価 a 公益的機能の評価額 道有林は、前項のように様々な価値や機能を有し、違法に森林が伐採された場合には、単に立木の経済的損害にとどまらず、それぞれの価値、機能に応じた損害が発生することになる。いわば、森林の完全性が損なわれたことによる損害と言うことができる。先に述べた庁舎破壊の例で考えれば、使用する機能に応じた損害あるいは歴史的建造物としての価値、機能に応じた損害であり、これらは鑑定等をすることによって損害額の算出をすることになる。 この損害額を算出するためのいわば「鑑定方法資料」となるものが、甲第11号証の「北海道における森林の公益的機能の評価額について」である。機能の名称は甲第9号証とは異なるが、内容は同じである。それぞれの機能に応じて評価額を算出している。そして北海道の森林の評価額の総額は、11兆1,300億円と見積もっている。 b 評価手法は国の行政でも同一である 甲第14号証は林野庁長官が平成14年8月に設置した「大規模林道事業の整備のあり方検討委員会」が、平成16年2月に提出した報告書である。大規模林道は、現在は緑資源幹線林道と名称を変えているが、70年代に林野庁で計画された総延長2,488キロメートルの舗装道路網で、建設主体は独立行政法人緑資源機構が行っている。林野庁は平成12年12月に閣議決定された「行政改革大綱」に基づき、大規模林道の建設予定区間について、その整備のあり方を第三者委員会に検討を委ねた。甲第14号証は、この通称あり方委員会が、林野庁長官に対してなした報告書である。北海道では、3路線の大規模林道が建設ないし建設予定となっているが、全国の建設予定区間のうち、2路線3区間が検討の対象となった。本件伐採現場から2キロメートルほど離れた場所に平取・えりも線様似えりも区間があるが、その延長上にある平取・えりも線様似区間及び平取区間が検討対象になった。 あり方委員会では、建設予定の大規模林道の建設による費用対効果を主要な目安として検討している。この費用対効果分析中の効果としての「便益」として森林の持つ機能ごとの評価、算出をしている。 甲第14号証の費用対効果分析の試算結果(参考3)を見ると、「森林整備経費縮減等便益」として、「森林整備促進便益」を挙げ、その中に「水源かん養便益」「山地保全便益」「環境保全便益」を挙げている。つまり林野庁長官が設置したあり方委員会では、大規模林道建設により、水源涵養機能、山地保全機能、環境保全機能が増加するという試算をし、その効果を金額で見積もり、これらを併せた全体の効果額と建設事業費や建設後の道路維持費の費用と比較している。 この試算結果表の2枚目が、様似区間であるが、水源かん養便益として金2,361,000,000円、山地保全便益として金1,158,000,000円、環境保全便益として金3,445,000,000円、これらの総額は約70億円と試算している。 林野庁は、国家事業である大規模林道建設について、その当否を判断するにあたり、費用対効果分析を行い、その際に水源涵養機能、山地保全機能、環境保全機能の増加分を金銭的に評価しているのである。北海道が森林の公益的機能の評価額を算出しているのも同じ評価手法である。重要なのは、これらの公益的機能が増加し、あるいは減少した場合に、それらを金銭的に評価していること、またこの評価手法はすでに大規模林道建設の当否を判断する手法として林野庁が使用していることである。 エ まとめ 以上から明らかなことは、本件において違法な伐採や、違法な集材路の建設によって、道有林という北海道の財産が侵襲を受け、その結果として、道有林という財産の様々な機能及び価値(これらは利益とも表現できる)が損害を受けたものである。しかもその損害は北海道自らが、また林野庁でも金銭的に評価する方法が確立しているのである。 監査委員は、原告らの住民監査請求に対し、「公益的機能は財産ではない」という原告らが述べていないことを理由に、あるいは公益的機能が受けた損害を「損害でない」として、損害論の内容を判断して、違法に住民監査請求を「不受理」にしたものである。被告らは、同じくこの監査委員の違法な「不受理」を前提に本案前の主張をしているが、このような被告らの主張は到底容れられるものではない。
(3) 202本(支障木として内18本伐採と北海道は言っているが明確ではない)の伐採において「地拵え」とは成立木の伐採とは異なる行為であり、これにより道に損害が発生するものではないのであって、「売却価値のある立木が地ごしらえにより伐採されたとの主張は請求人の見聞に基づく推測」なのか? ここでは、監査委員は二つの理由を述べる。一つは「地ごしらえ」は成立木の伐採ではないこと、したがって売却価値のある立木の伐採ではない、二つは立木の伐採事実は請求人らの推測であるから証拠がない、と理由である。 ア 立木とは何か(前提事実) 甲第18号証は、北海道水産林務部道有林課の各地の森づくりセンターが、道有林の整備・管理を行う際の「道有林の森林施業指針」である。(案)と記載されているが、現在では案ではなく、施業指針そのものとなっている。32ページに立木の径級区分があり、胸高直径が6センチメートル以上を立木と表現し、それ以下を幼樹と表現している(更新木の区分)。つまり北海道は、胸高直径6センチメートル以上は、売買価値のある立木として、整備、管理しているのである。 イ 「地ごしらえ」とは何か これは植栽のための準備作業(同21ページ)を言い、監査委員の述べるように狭義では「草本植物、低木類等について、伐採、刈払いなどと行う作業」であり、広義では「表示された」あるいは「選木基準によった」立木を伐木すること(甲第9号証、第2の1(1))を含み、この場合伐採するかどうかは厳密に表示(公極印・・・第2の1(1)のウ)されるか、選木基準によって選定された立木に限定される。 ウ 日高森づくりセンターの回答 北海道道有林課日高森づくりセンターが、原告らの問いに答えて、152林班43小班における伐採本数を回答したものが甲第3号証である。{3}及び{4}に対する回答として、地拵え分として184本の立木を伐採したことを認めている。 エ 結論 以上アないしウから、日高森づくりセンターは152林班43小班において、地ごしらえのために、184本の立木を伐採した事実が存在すること、この地ごしらえのための伐採は、「成立木の伐採」と異なるかどうかは断定できないこと、にもかかわらず監査委員は「成立木」の伐採ではなく、売却価値のある立木の伐採ではないと認定し、不受理としたことが明らかである。 原告らは、実際に原告らは胸高直径6センチメートル以上の立木の伐採を確認しているのであり、そのことを監査請求書に明記している(5ページ)。監査委員の判断は、184本の地ごしらえによる伐採が、どの程度の被害になるのかを「認定」したうえで「道に損害が発生するものではないから」と結論して「不受理」としたもので、請求の内容について判断を行っていることが明確である。また、原告らは、日高森づくりセンターからの回答を証拠として提出しているのであるから「推測に基づく」ものではない。 (4) 請求の特定の問題 前記のとおり、被告らは{3}いつ地ごしらえのための伐採が行われたか不明である上、売買されてしまった可能性が高いと主張するのは請求の特定を欠くとして「不受理」理由を述べる。本件訴訟において追加されたもので、監査請求の際に、「不受理」とされた理由にはなっておらず、監査請求前置主義との関係では、自治体側が、60日以降に追加した「不受理」ないし却下理由は、認められるものではない。なぜなら、このようなことが認められれば、とりあえず却下し、あとから理由を見つけ出して、提起された住民訴訟で争う、という住民監査請求の制度を踏みにじる結果となるからである。まして、「不受理」ないし却下決定は、形式的要件具備の判断であるから、後日にその理由が追加されるということ自体がありえないことである。なぜなら監査委員は形式的要件すら、慎重に吟味していなかったことを認める結果となるからである。 このように、請求の特定性という理由を追加すること自体が違法な主張であると考えるが、以下、一応の反論をすることにする。 本件住民監査請求にかかる財務会計上の行為 前記したとおり、これは明確である。北海道が自ら認める202本の伐採(支障木として18本、地こしらえの際に184本)というのは、これらの契約の履行にあたり、違法に伐採したものである。 被告らが答弁書6ページ言わんとする趣旨が不明であるが、最高裁平成2年6月5日第3小法廷判決を挙げている。ただ、この判例は、住民監査請求において、その対象となる財務会計上の行為は、どの程度特定されていなければならないのか、についての判例である。本件では、すでに述べているとおり、財務会計上の行為について、3つの契約を挙げており、明確に特定されている。したがって、この趣旨で特定性に欠けるという主張は明らかに当たらない。
3 結論 以上検討した結果、本件住民監査請求を「不受理」としたことは、監査委員の違法な行為であり、したがって本件住民訴訟は、地方自治法242条の2第2項1号「監査の結果に不服がある」場合、ないし同項3号の「60日を経過しても監査を行わない場合」に該当し、被告らが主張する本案前の抗弁は全く当たらないことが明確である。 そもそも、住民監査請求は、「住民訴訟の前置手続として、まず監査委員に住民の請求に係る財務会計上の行為又は怠る事実について監査の機会を与え、当該行為又は怠る事実の違法、不当を当該普通地方公共団体の自治的、内部的処理によって予防、是正させることを目的とするものである」(前記最高裁判決)。したがって、監査委員は住民監査請求書の補正が一見して不可能でないかぎりは、監査をはじめなければならない。本件では、補正命令すら発することなく、簡単に本件監査請求を「不受理」とし、あまつさえ住民訴訟において「不受理」を理由に「訴えの却下」まで求めている。このような北海道監査委員及び被告らの姿勢は、行政のあり方としてあってはならないものである。被告らの姿勢は、「何が何でも請求の内容には触れたくない」というなりふり構わぬ姿勢であるが、これは住民からの財務会計上の行為についての違法、不当な指摘に対する一方的な拒否であり、このようなことが認められれば、どのような場合でも住民監査請求を「不受理」にして住民訴訟において「訴えの却下」を求められることになってしまい、住民の行政に対する監視、是正要求が、ことごとく認められないという憲法の地方自治の本旨を否定する結果となってしまう。 原告らは被告らに対し、早期に本案についての答弁することを要求するものである。
4 求釈明に対して 被告らは、本件訴えと17年事件(以下25号事件)という)との関係について、釈明を求めている。 原告らは、平成17年25号事件において、第1に、376本の立木の伐採が北海道が定める受光伐という方法ではない伐採による違法な伐採であり、まずこの376本の損害の填補を求め、第2に、この伐採の過程で数百本という立木を伐採しているため、この伐採による損害の填補も求めている。 次に、北海道日高森づくりセンターによれば、18年19号事件において、地ごしらえのために184本、また支障木として18本の合計202本の伐採を認める。したがって、本件では少なくとも違法な地ごしらえによる伐採による184本(ないし202本)について、訴えを提起しているものである。 では、25号事件の376本を越える立木と本件19号事件での202本はどのような関係に立つのか?この点こそが北海道が一番曖昧にする点である。 1 そもそも北海道は伐採本数を隠している 原告らが25号事件の前置としての監査請求をした平成17年11月15日時点において、原告らは152林班43小班における伐採された立木の本数について判らなかった。監査請求書(乙第1号証の1,6ページ)において、「過剰伐採?」とあえてクエスッチョンマークをつけたのはそのためである。計画上は376本の伐採計画であったが、実際はそれ以上であったからである。 原告らが北海道道有林課及び日高森づくりセンターに対し、再三にわたって質問した結果、同年12月16日に、同センターが、同小班において売り払い分として376本、地拵え分として184本の伐採事実を認めるに至った(19号事件の甲第3号証、同第4号証)。原告らは、ここではじめて「地拵え」での立木伐採という事実を知った。そもそも、地拵え作業では、立木の伐採はないものと説明されていたので、この184本の伐採自体が違法であると判断したのである。 ところが、その後本年5月に日高森づくりセンターによる調査書類を情報開示請求して入手したところ、この北海道の202本の伐採という説明も虚偽であることが判明した。 確かに、平成17年11月21日付復命書(甲第10号証)によれば、152林班43小班(10伐区)では、売払木376本、地拵木184本、となっている。しかし、同月22日の復命書(甲第11号証)では、同小班での伐採本数は地拵木250本となっているのである。 北海道は、同年12月16日のファックスで地拵えで184本の立木を伐採したと認めながら、それより前の11月22日に地拵えによる立木の伐採本数は250本であることを調査復命していたのである。これは北海道による意図的な伐採本数隠しである。 ところで、平成18年4月29日、十勝自然保護協会が同小班における伐採による伐根が何本になるかを調査した。雪の下に隠れて数えられないものも考えれば、この本数は実際の伐採本数より少ないはずである。それでも、伐根は、738本に上った。北海道の復命書記載本数と依然100本ほどの差が発生している。 このような状況において、正確な伐採本数が明らかにできない以上、木材価格相当額の算出もできないこととなっている。しかも、受光伐による伐採とその売払い契約の履行として何本伐採したのか、その後の育林事業としての地拵えとして何本伐採したのか、つまり契約ごとの伐採本数が不明である。 本件では、376本の伐採自体が、北海道の定めた森林づくり条例、それに基づく基本計画に反すると主張しているが、さらに376本以上の伐採があれば、契約の履行過程での誤伐、盗伐となるものであり、違法であることは明確である。ただ本数が不明なため、過剰伐採が受光伐による伐採なのか、地拵えとしての伐採なのか、特定できないだけである。
2 原告らの請求 原告らの請求は、25号事件の契約の履行として伐採した本数については、25号事件の違法行為として、19号事件の契約の履行として伐採した本数については、本件における違法行為として、それぞれ損害の填補を求めるものである。 また、地ごしらえによる伐採が、いつ行われたのかについて、北海道は明確な回答をしておらず不明のままである。
そこで、被告らに対し、釈明を求めるものである。 {1} 25号事件の契約の履行として伐採した本数を明らかにせよ。 {2} 19号事件の契約の履行として伐採した本数を明らかにせよ。特に仕様書に明記された伐採木として表示された立木ないし選木基準によって選木された立木は何本か、この表示ないし選木はどのような方法で行われたのか。 {3} 25号事件の契約履行と19号事件の契約履行は同一時期に行われたと見るのが自然であるところ、それぞれの契約に基づく伐採時期を明らかにせよ。
以上の釈明に対する回答によって、被告らの釈明に対する回答を行うものとする。 |
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