えりもの森 裁判

  (平成17年)第25号 損害賠償請求事件  中  間  判  決


なお弁護団は 市川守弘,難波徹基,関根孝道,渡辺正臣,薦田 哲,籠橋隆明,龍山 聴,
 岩城 裕, 白倉典武
 の各氏がボランティアで参加してくださっています。(感謝)

平成19年2月2日判決言渡 同日原本交付 裁判所書記官

平成17年(行ウ)第25号 損害賠償請求事件

中  間  判  決

(原告および原告の訴訟代理人の住所氏名は略)

被告(住所 略)                                      北海道日高支庁長
細越良一

(被告の指定代理人の氏名は略)

 主        文

  本件訴えに対する被告の本案前の主張は理由がない。

 事 実 及 び 理 由

第1 当事者の求める裁判

 1 請求の趣旨
  被告は,脇田宏行に対し,50万円を支払うよう請求せよ。

 2 被告の本案前の答弁
  本件訴えを却下する。

第2 事案の概要

 本件は,北海道の住民である原告らが,北海道と協同組合との間で締結された売買契約及び保育伐併用事業請負契約は,条
例や条約等に反して違法であるなどとして,被告に,地方自治法(以下「法」という。)242条の2第1項4号に基づき,前記契
約締結当時の北海道日高支庁長個人に対する損害賠償の請求をすることを求めた事案であり,本判決は,被告の本案前の答弁
に基づき,本件訴えの適否についての判断をするものである。

 1 前提となる事実
   争いのない事実並びに後掲証拠及び弁論の全趣旨によると,次の事実を認めることができる。

  (1)当事者

   ア 原告らは,いずれも北海道河東郡上士幌町又は札幌市に住所を有する北海道の住民である。

   イ 被告は,北海道知事から,支庁に属する事務に係る債権の管理につき,執行の委任を受けている者である(法153
    条,北海道財務規則2条4号,12条1項12号,別表第1,北海道行政組織規則第3章)。(乙2ないし4)

  (2)監査請求等

   ア 原告らは,平成17年11月15日,北海道監査委員に対し,以下の北海道が被った損害につき,その補填のために必要
    な措置を講ずるよう請求する旨を記載した同日付け措置請求書を提出し,これらを証する書面を添えた監査請求(以
    下「本件監査請求」という。)をした。(乙1の1)

   (ア)北海道と日高森づくり協同組合(以下「本件協同組合」という。)との間で,平成16年10月26日に締結された幌
    泉郡えりも町宇目黒日高管理区150林班他に所在する道有林野の産物の売買契約(以下「本件売買契約1」という。)
    は,北海道森林づくり条例及び生物の多様性に関する条約(以下「生物多様性条約」という。)1条,8条,14条に違
    反する違法なものであり,この違法な受光伐を名目とした売買契約の締結又は履行により,森林が皆伐された。その
    財産的損害の算出は困難が伴うが,少なくとも森林の持つ公益的機能が損害を受けた。

   (イ)北海道と本件協同組合との間で,平成16年9月30日に締結された道有林日高管理区11林班他に所在する道有林野
    の産物の売買契約(以下「本件売買契約2」という。)及び同年10月4日に締結された道有林日高管理区11林班他を事
    業場所とする保育伐併用事業の請負契約(以下「本件請負契約」といい,これと本件売買契約1及び同2と併せて「本
    件3契約」という。)においては,本件請負契約により本来不必要な集材路を新設する工事を行っただけでなく,当
    該工事が生物多様性条約に違反する違法なものであり,かつ,本件売買契約2と本件請負契約は一体の事業として密
    接不可分であるから,両契約ともに違法性を帯びる。そして,これらの違法な契約の締結又は履行による間伐のため
    の集材路の新設により,ナキウサギの生息地が破壊され,森林の公益的機能が侵害され,その限度で損害が生じた。

   イ 北海道監査委員は,平成17年12月2日付けで,本件監査請求を下記の理由により不受理とした。(甲12)

    「請求人(注:原告ら)が主張する森林の持つ公益的機能とは,水源のかん養,土砂流出の防止,二酸化炭素の吸収
    などの様々な機能をいうものであり,その数値化は,これらの機能が持つ価値を住民にわかりやすく示すため,貨幣
    価値に置き換えて年間額として試算したり,点数化したものなどであって,およそ地方自治法上,地方公共団体の
    「財産」とされるものではない。したがって,請求人の主張する森林の公益的機能の損害は,北海道の財産上の損害
    と認めることはできない。」

   ウ 原告らは,平成17年12月28日,本件訴えを提起した。

2 争点

 本件における本案前の争点は,本件訴えが適法な監査請求を経た訴えであるか否かである。

(被告の主張)

 (1)監査委員が監査請求を却下した場合,訴訟による救済措置があるかについては,監査請求そのものに真の瑕疵があ
   り,監査請求の却下が適法と認められる場合には,適法な監査請求前置を経たことにならないので,訴訟を提起しても
   訴え却下となると解される。また,措置請求書に不備がある場合であっても補正が可能であれば,補正させた上で受理
   しなければならないが,監査請求者が補正に応じないとき又は補正できない瑕疵があるときは,その監査請求は却下さ
   れる。

    本件監査請求は不受理とされているが,不受理は監査請求の要件を充たさないとして却下することと同義である。そ
   して,本件訴えは,【1】原告らが前記1(2)ア(ア)にいう損害,【2】同(イ)にいう損害,【3】本件売買契約1に
   おける伐採計画を超え権限なく過剰に伐採させたとする違法な過剰伐採により北海道の所有する樹木(財産)に生じた
   とする損害(以下「本件樹木損害」という。)の3つの形態の損害を補填するために提起されたものであるところ,以
   下のとおり,本件訴えは適法な監査請求を経ていないから却下されるべきである。

   ア 【1】及び【2】に係る訴えについて

     住民監査請求制度は,地方公共団体の執行機関又は職員の違法又は不当な財務会計上の行為又は財産の管理を怠る
    事実によって当該地方公共団体の被った損害を補填すること等を目的とするが,原告らの主張する北海道の森林の持
    つ公益的機能とは,水源のかん養,土砂流出の防止,二酸化炭素の吸収等の様々な機能をいうものであり,そのよう
    なものは地方公共団体の「財産」とはいえず,住民監査請求制度により補填すべき損害として予定されていない。

     したがって,北海道監査委員が,森林の公益的機能の損害は,北海道の財産上の損害と認められないとして,本件
    監査請求を住民監査請求制度に適合しない不適法なものと判断したことに違法はなく,前記【1】及び【2】にいう損
    害に係る本件監査請求の不受理は適法である。

     また,上記?及び?にいう損害に係る本件監査請求は,内容を審理するまでもなく,法定要件を欠き,補正できな
    い瑕疵があるから監査請求が不受理とされたものである。

  イ 【3】に係る訴えについて

     住民監査請求における対象の特定の程度については,対象とする当該行為等を監査委員が行うべき監査の端緒を与
    える程度に特定すれば足りるというものではなく,当該行為等を他の事項から区別して特定認識できるように個別
    的,具体的に摘示することを要し,監査請求書及びこれに添付された事実を証する書面の各記載,監査請求人が提出
    したその他の資料等を総合しても,監査請求の対象が右の程度に具体的に摘示されていないと認められるときは,当
    該監査請求は,請求の特定を欠くものとして不適法である(最高裁判所第3小法廷平成2年6月5日判決・民集44巻4号
    719頁)。本件監査請求においては,「過剰伐採?」との見出しの下に,「過剰な伐採が行われた可能性は高い」と
    その可能性が指摘されたにすぎず,過剰伐採による本件樹木損害は挙げられていないから,監査請求の請求の特定を
    欠く。

 (2)原告らは,【3】に係る訴えについての被告の主張は,監査請求不受理理由の追加的な主張であり,それ自体違法な主
   張であると主張する。しかし,住民監査請求の適格性は,監査請求受理の要件にとどまらず,住民訴訟における訴訟要
   件であり,その存否は裁判所で判断される事柄であるから,住民訴訟の段階での主張は制約されない。

(原告らの主張)

 (1)住民監査請求の制度として不受理という手続は定められておらず,不受理は,住民監査請求拒否処分と同義である。
   したがって,監査請求が不受理とされた場合は,監査委員が監査をしない場合として(法242条の2第2項3号),又は
  ,監査の結果に不服がある場合として(同項1号),住民訴訟を提起できるから,本件訴えは適法である。

 (2)本件監査請求の不受理が却下であるとしても,次の点で本件訴えは適法である。

  ア 本件監査請求は,住民監査請求の要件を充たしている。

  (ア)北海道監査委員は森林の公益的機能の損害は財産上の損害ではないとして,本件監査請求を不受理とした。

     しかし,道有林という北海道の財産は,違法な伐採や集材路建設によりその木材価値,水土保全機能,生活環境保
    全機能,生態系保全機能,文化創造機能といった価値,機能に応じた損害,すなわち森林の完全性が損なわれたこと
    による損害を受けた。また,森林の公益的機能については,その森林が森林法における保安林として指定されている
    場合,判例等で財産的価値が認められているところ,本件において伐採された地域の森林は保安林の指定を受けてい
    たから財産的価値を有する。しかも,北海道は,森林の公益的機能につき金銭的に評価しており,それによると北海
    道の森林の公益的機能として評価されるのは11兆1300億円であるから,本件の伐採面積に応じた額が損害額として算
    出されるし,また,本件における具体的な損害につき,152林班43小班における皆伐から予想される被害につき,最
    大流出量,土砂量,流木量等を算出することができ,予想される被害あるいはそれを回避するための代替施設設置費
    用等の金額は財産的に算出可能であり,その金額は森林の公益的機能の低下によって生じた損害となる。

     なお,原告らは,本件監査請求において,樹木が皆伐されてその樹種や数量等が不明であるため木材価格の総額を
    算出することができないから,経済的側面はさておいても,道有林という森林の持つ公益的機能が受けた損害の財産
    的評価をもって損害額として算出できると主張しているのであり,公益的機能が財産であるとは主張していない。

  (イ)住民監査請求の要件が具備されているのに監査委員がこれを却下した場合,住民訴訟は適法として扱われる(最高
    裁判所第3小法廷平成10年12月18日判決・民集52巻9号2039頁)。また,仮に,北海道監査委員が公益的機能をもつ
    評価対象としての森林とその価値評価としての公益的機能評価額との関係が不明確と判断したのであれば,補正を要
    求すればよいのであり,これをせずに却下をしたことは監査請求の制度をないがしろにするもので,「60日以内に監
    査をしなかった」場合に該当する。

  イ 本件監査請求に対する北海道監査委員の不受理の理由は,実際は,本件3契約により財産上の損害が発生していない
   として,内容について判断しているもので,実質的には監査請求を棄却する決定をしたと見るのが相当であり,適法な
   監査請求を経ているから,本件訴えは適法である(広島高等裁判所昭和63年4月18日判決・行集39巻3・4号265頁)。

 (3)ア 被告の主張する?に関する「請求の特定」の問題は,本件訴えにおいて追加されたもので,本件監査請求の際に
  は,不受理の理由とはなっていない。このような追加が認められれば,監査請求却下後に理由を見つけ出し,後に提起さ
  れた住民訴訟で争うことが認められることになり,住民監査請求制度を踏みにじることになるので,請求の特定性の問題
  を追加すること自体違法な主張である。

  イ 仮に,住民訴訟提起後に理由を追加主張することが許されるとしても,原告らは,財務会計上の行為につき本件3契
   約を挙げており,請求は明確に特定されているから,被告の主張は失当である。

    また,被告の主張が損害額が不明であるとの趣旨であるとしても,住民監査請求において金額を明示することまでは
   要求されていない。原告らは伐採による被害評価額については明示しており,北海道監査委員が金額の特定まで必要で
   あると判断したのであれば,原告らに補正を要求すれば足りるのであり,補正もさせずに不受理としたのは違法であ
   る。

第3 争点に対する判断

 1 前提となる事実並びに証拠(甲1,2,4ないし7)及び弁論の全趣旨によれば,以下の事実が認められ,これを覆すに足
  りる証拠はない(なお,括弧内の証拠番号等は,掲記事実を認めた主要証拠である。)。

 (1)本件売買契約1

   ア 北海道は,平成16年10月26日,本件協同組合との間で,以下の内容を含む本件売買契約1を締結した。(甲1)

    売  買  物  件       北海道有林野の産物
    売 買 物 件 の 所 在    幌泉郡えりも町字目黒日高管理区150林班他
    売買物件の所在する面積      56.48ヘクタール
    売買物件の種類及び数量      立木 2360本    2723.09立方メートル
    売 買 代 金 額        273万円
    売買物件の搬出期限        平成18年10月26日

   イ 北海道は,平成16年11月16日,本件売買契約1に基づき上記売買代金額を領収し,本件協同組合は,同日,同契約
    に基づき,上記売買物件を受領した。(甲2)

 (2)本件売買契約2

   ア 北海道は,平成16年9月30日,本件協同組合との間で,以下の内容を含む本件売買契約2を締結した。(甲4)

    売  買  物  件       北海道有林野の産物
    売 買 物 件 の 所 在    浦河町上杵白・様似町新富・旭・えりも町近浦・歌別・庶野・目黒・新冠町明
                     和道有林日高管理区11林班他

    売買物件の所在する面積      74.08ヘクタール
    売買物件の種類及び数量      立木 1万1455本    2362.37立方メートル
    売 買 代 金 額        840万円
    売買物件の搬出期限        平成18年9月30日

   イ 北海道は,平成16年10月20日,本件売買契約2に基づき,上記売買代金額を領収し,本件協同組合は,同日,同契
    約に基づき,上記売買物件を受領した。(甲5)

 (3)本件請負契約

   ア 北海道は,平成16年10月4日,本件協同組合との間で,本件協同組合を請負人とする,以下の内容を含む本件請負
    契約を締結した。(甲6)

    事 業 名   明和ほか保育伐併用事業
    事業場所   道有林日高管理区内
    事業期間   着手 平成16年10月 5 日    完成 平成17年 2 月28日
    請負代金額   954万9750円

   イ 本件協同組合は,平成17年2月18日,本件請負契約に基づき,請負事業を完成させた。(甲7)

2 上記認定の事実及び前提となる事実に基づき,争点につき検討する。

 (1)住民監査請求及び住民訴訟について

   ア 法は,第2編第9章第9節(237条ないし241条)において普通地方公共団体の財務について規定し,同第10節(242
    条ないし242条の3)において住民による監査請求及び訴訟について規定している。

     法242条の2第1項は,住民訴訟について,普通地方公共団体の住民は,法242条1項の規定による住民監査請求をし
    た場合において,同条4項の規定による監査委員の監査の結果等に不服があるとき,監査委員が同条4項の規定による
    監査等を同条5項の期間内に行わないとき等は,裁判所に対し,同条1項の請求に係る違法な行為又は怠る事実につ
    き,訴えをもって法242条の2第1項1号ないし4号所定の請求をすることができると定めている。

     したがって,法は住民訴訟について監査請求前置主義を採用しており,住民訴訟は適法な住民監査請求をした住民
    が監査の結果に不服があるときあるいは監査委員が所定の期間内に監査を行わないときなどに限って提起することが
    でき,適法な監査請求が前置されていない場合はこれを提起することができないことになる。

   イ また,法242条は,住民監査請求について,住民が当該普通地方公共団体の被った損害を補填するために必要な措
    置を講ずべきことを請求できると定めている。

     この住民監査請求の制度は,普通地方公共団体の財政の腐敗防止を図り,住民全体の利益を確保する見地から,当
    該普通地方公共団体の長その他の財務会計職員の違法若しくは不当な財務会計上の行為又は怠る事実について,その
    監査と予防,是正等の措置を監査委員に請求する権能を住民に与えたものであり,住民訴訟の前置手続として,まず
    当該普通地方公共団体の監査委員に住民の請求に係る行為又は怠る事実の違法,不当を当該地方公共団体の自治的,
    内部的処理によって予防,是正させることを目的とするものである(最高裁判所第2法廷昭和62年2月20日判決・民集
    41巻1号122頁)。そして,法が一般監査における財務監査(法199条1項)やいわゆる事務監査請求による監査(法75
    条)のほかに住民監一査請求に基づく監査を認めたのは,住民監査請求の対象とする財務会計行為が直接に当該普通
    地方公共団体の財産の増減に関係するものであり,財務行為についての具体的な行為規範が法第2編第9章に明確に定
    められていることから,監査委員による監査に加えて,単独の住民による監査請求及びその後の住民訴訟による司法
    統制を認めることが住民参政を強化することに寄与し,しかも,そのことによって住民全体を代表する議会や執行機
    関に対する不当な干渉や圧迫となるおそれがない,すなわち,間接民主制との調和が崩れる心配がないという点にあ
    るものと考えられる。

   ウ 上記のとおり,住民訴訟が適法となるためには適法な住民監査請求が前置されていることが必要であり,住民監査
    請求が不適法である場合は,その後に提起された住民訴訟も監査請求前置の要件を充足していないことになり,不適
    法となると解される。

     そこで,住民監査請求が適法であるための要件について考えるに,第1に,法242条1項は,請求をすることができ
    る者を当該普通地方公共団体の住民に限定し,住民は違法又は不当とする行為を特定し,証すべき書面を添付して,
    上記行為等によって当該普通地方公共団体が被った損害を補填するために必要な措置を講ずべきことを請求するもの
    とし,同条2項は,請求できる期間を原則として当該行為のあった日又は終わった日から1年以内に限っていることか
    らすれば,これらの請求者ないし請求期間等に関する事項が監査請求の要件となる(なお,法施行令172条,法施行
    規則13条)。第2に,法242条1項の文言及び上述した住民監査請求の制度趣旨からすれば,その対象となるのは,同
    項所定の財務会計上の行為又は怠る事実(以下,併せて「財務会計行為等」ということがある。)に限られ,かつ,
    当該財務会計行為等は当該普通地方公共団体に補填されるべき財産上の損害を被らせるようなものであることも要件
    となる(客観的にみて財産的損害を与える可能性のない行為は財務会計行為等に当たらない。)というべきである。

     そして,上記要件を充足していない住民監査請求は不適法であり,監査委員はこの請求について監査する義務を負
    わない(最高裁判所第3小法廷平成2年6月5日判決・民集44巻4号719頁参照)から,当該請求を却下することができ,
    この場合に当該請求を不受理とすることは却下と同様の意義を有すると解すべきである(もっとも,上記要件の不充
    足が補正できるものであれば,住民監査請求の制度趣旨に照らし,監査委員はこれを補正させたうえで当該請求につ
    いて監査するのが相当であるが,住民が補正の機会を与えられながらこれをしないときは,監査請求を却下すべきで
    ある。)。

     他方,住民監査請求が要件を充足しているにもかかわらず,これを充足していないものとして当該請求を却下する
    ことは違法であり,当該請求をした住民は,直ちに住民訴訟を提起できるのみならず,同一の財務会計行為等を対象
    として再度の住民監査請求をすることも許されると解される(最高裁判所第3小法廷平成10年12月18日判決・民集52
    巻9号2039頁)。

 (2)本件監査請求についての検討

   ア 上記事実によれば,本件監査請求は,北海道の住民である原告らが,請求の1年以内の時期に行われたとする本件3
    契約(道有林野の産物についての本件売買契約1,2及び道有林を事業場所とする本件請負契約)の締結又は履行は違
    法であり,これによる財産的損害の算定には困難が伴うが,少なくとも森林の持つ公益的機能が損害を受けた(ある
    いは森林の公益的機能が侵害され,その限度で損害が生じた。)とし,これらを証する書面を添えた措置請求書を提
    出して行ったものであるところ,本件監査請求が上記(1)ウの第1の要件を充足しないものであるとの主張及び立証
    はない。

   イ 次に,本件監査請求が上記(1)ウの第2の要件を充足しているといえるか否かについて検討する。

   (ア)原告らは,上記のとおり,本件監査請求において,本件3契約の締結又は履行は違法であり,これによって損害
    が発生した旨主張しているところ,本件3契約は,北海道を一方の当事者とする契約であり,道有林野を構成する土
    地及び樹木は法237条1項所定の北海道の財産であり,これらについて本件3契約を締結又は履行する行為は法242条1
    項所定の契約の締結又は履行に当たり,住民監査請求の対象となる財務会計行為等に該当する。

     もっとも,普通地方公共団体を契約の一方当事者とする契約であっても,それが財務事項を直接の目的とするもの
    でないときは,財務会計行為等に該当しない場合がある(最高裁判所第1小法廷平成2年4月12日判決・民集44巻3号
    431頁,同平成10年11月12日判決・民集52巻8号1705頁参照)が,本件3契約が財務事項を直接の目的とするものでな
    いとする主張及び立証はない。

   (イ)a 上記のとおり,住民監査請求の対象となるのは当該普通地方公共団体に補填されるべき財産上の損害を被ら
    せるような財務会計行為等に限られる(客観的にみて財産的損害を与える可能性のない行為は財務会計行為等に当た
    らない。)というべきところ,被告は,北海道の森林が持つ公益的機能(水源のかん養,土砂流出の防止,二酸化炭
    素の吸収等の様々な機能)は地方公共団体の財産とはいえず,住民監査請求制度により補填すべき損害として予定さ
    れていないとして,本件監査請求は不適法である旨主張する。

     しかし,上記事実からすれば,原告らは,本件監査請求において,森林の持つ公益的機能自体が北海道の財産であ
    ると主張しているのではなく,違法であるとする本件3契約の締結又は履行によって,北海道が,その財産である道
    有林野の樹木が伐採され,あるいは間伐の集材路が新設されたことによって損害を受けたとし,その財産的損害の算
    出は困難を伴うが,少なくとも,北海道が平成16年4月27日付けで作成した「北海道における森林の公益的機能の評
    価額について」(甲11)における年間評価額合計11兆1300億円のうち伐採面積に応じた割合の損害が発生した旨主張
    しているものと解することができる。そして,本件3契約が違法又は不当である場合,それが客観的にみて北海道の
    財産である道有林野に損害を与える可能性のない行為であるとはいえないから,上記被告の主張は理由がなく,本件
    監査請求は適法というべきである。

      b なお,上記事実によれば,原告らは本件監査請求において,本件3契約を摘示して財務会計行為等を他の事項
    から区別して特定認識できるように個別的,具体的に摘示している。一方,法は住民監査請求について訴訟における
    ような請求の趣旨及び原因の明確な摘示を要求しておらず(民事訴訟法133条2項2号参照),監査委員は,住民から
    上記(1)ウの第1の要件を充足した請求がされることによっていわば特定の疑惑が提示され,監査の端緒がもたらさ
    れたときは,その財務会計行為等の違法性又は不当性の存否について,住民の主張する事由以外の点にわたって監査
    することもでき,違法又は不当と判定したときに講ずべき措置等についても,住民の請求するところに拘束されるも
    のではない(最高裁判所第2小法廷昭和62年2月20日判決・民集41巻1号122頁参照)から,仮に,北海道監査委員が本
    件3契約の締結又は履行を違法であり,損害が発生していると判定し,損害賠償請求の措置をとるべきであると判断
    したとしても,その損害額を原告らの主張に基づいて算定しなければならないものではない。
     したがって,上記被告の主張は理由がない。

      c その他に本件監査請求が不適法であると認めるべき事情は見当たらず,被告のその他の主張を容れることはで
    きない。

   ウ 以上によれば,本件監査請求は適法というべきであるところ,北海道監査委員はこれを不受理とした。
    この不受理がいかなる趣旨かは必ずしも判然としないが,それが本件監査請求を不適法として却下する趣旨であれ
    ば,上記のとおり,その却下は違法であるから,原告らは直ちに住民訴訟を提起することができるところ,本件訴え
    はその住民訴訟として提起されたものであるから適法であることになる。また,上記不受理は,北海道監査委員が北
    海道に財産的損害が生じていないとの実体的判断をして本件監査請求に理由がないと結論したもの,あるいは北海道
    監査委員が本件監査請求があった日から60日以内に監査を行わない旨を明示したものとも解し得るが,原告らは,い
    ずれの場合においても住民訴訟を提起することができ(法242条の2第1項,242条4項,5項),本件訴えはその住民訴
    訟として提起されたものであるから適法であることになる。

3 以上によれば,本件訴えは適法であり,被告の本案前の主張は理由がないから,主文のとおり中間判決する。


(口頭弁論終結の日 平成18年10月13日)



札幌地方裁判所民事第5部

    裁判長裁判官                             笠井勝彦

    裁判官                                馬場純夫

    裁判官                                矢澤雅規


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