大雪山国立公園の問題

大雪山国立公園,上士幌町幌加地区における皆伐についての質問状
                             2006年5月8日

北海道森林管理局長 亀井 俊水 様
十勝西部森林管理署東大雪支署長 長崎屋 圭太 様

                          十勝自然保護協会会長 安藤御史

大雪山国立公園,上士幌町幌加地区における伐採についての質問状

 昨年,大雪山国立公園内の上士幌町幌加地区(東大雪支署164林班)において大規模な皆伐が行われ,現在,全山丸裸の無残な姿をさらしています(写真1).この地域はいうまでもなく大雪山国立公園特別地域(第3種)です.国立公園におけるこのような森林の取り扱いに私たちは限りない怒りを覚えます.
今日,環境問題は人類にとって喫緊の課題となっています.このためわが国は,1993年に生物多様性条約締約国となりました.生物多様性条約は,生物の多様性の保全,つまり生態系や生息地を保全することを目的としています(同条約第1条).わが国がこの条約を締約したということは,行政にとって生態系や生息地の保全が責務になったということであり,自然保護の枠組みのなかで開発行為をしなければならないということを意味します.

同条約第6条は,生物の多様性を保全するため,国家的な戦略あるいは計画を作成することと,部門別あるいは部門にまたがる計画や政策に生物の多様性の保全を組み入れることを義務づけています.
このため政府は1995年に生物多様性国家戦略を,2002年に新・生物多様性国家戦略を策定しました.
国家の一部門である林野行政においても1996年に林野庁から「自然保護等公益的機能の発揮をめざした森林施業の推進について」との通達が出され,2001年にこれまでの林業基本法を変えて森林・林業基
本法を制定し,その第二条に自然環境の保全を規定しました.そして新・生物多様性国家戦略では「国有林においては、野生動植物の生息・生育環境の保全等自然環境の維持・形成に配慮した適切な森林施業を推進する」と明記したのです.
【写真1.大雪山国立公園内の上士幌町幌加地区(東大雪支署164林班)の大規模な皆伐】

また国立公園行政については,自然公園法第3条に国や地方公共団体の責務として「生態系の多様性の確保と生物の多様性の確保」が加えられました.これまでの自然公園法は保護と利用がなかば対等に位置づけられていましたが,2003年4月からは生物多様性の確保つまり保護が前提となり,その枠内での利用が許されるということです.つまり生物多様性を損なう国立公園内での森林伐採は許されないということです.新・生物多様性国家戦略でも「自然環境保全地域や国立国定公園等は,わが国における生物多様性保全施策の骨格をなすものといえます.これらの地域では,生物多様性の保全に向け,より一層の施策の強化を図ります」と明記しました.

このような国内外の生物多様性保全の流れについてはすでにご承知とは思いますが,このような潮流を踏まえ,貴職に以下の質問をいたします.なお,この質問および貴職からの回答は報道機関にも公開し,当会のホームページにも掲載いたしますことを申し添えます.

 質問1.今回われわれが問題としている164林班については,大量の風倒木が発生したため処理したとの風説があります.風倒木の発生はきわめて自然な現象であることは論を待たないでしょう.北海道の森林がいつから今日のような林相になったかはまだ十分明らかではありませんが,少なくとも後氷期以降(およそ1万年前以降),現世のような林相が形成されてきたと考えられます.
【写真:皆伐された斜面を国道から見る】

この間多く風倒木が発生してきと推測されますが,ここ百年の和人による略奪林業が進行するまでは良好な森林が維持されてきました.このことからもわかるように風倒木の発生が森林の二次的崩壊をもたらすことはありませんでした.もし,風倒木処理のために全山丸裸にしたというのであれば,そうしなければならない理論的根拠を明らかにしていただきたい.

 質問2.風倒木の発生が太古から続いてきた現象であることから,生態系にとって意味のある現象であることは,貴職も理解できるでしょう.風倒木は多くの場合,穿孔性昆虫のハビタットとなります.この穿孔性昆虫がキツツキ類にとって重要な意味を持っていることも容易に理解できるでしょう.北海道森林管理局がクマゲラの餌木を残すとの方針を打ち出したのもこのことを根拠にしています(北海道新聞2006年2月20日付夕刊および4月26日付朝刊).生態系の一要素であるキツツキ類の採餌木となる風倒木をすべて森林帯から運び出すということは生態系の多様性の確保・生物多様性の確保への無知といわなければなりません.生物多様性保全という今日行政に課せられた枠組みからみて,164林班で行われた行為が妥当性に欠けることは明瞭です.この点について貴職の見解を明らかにしていただきたい.

 質問3.ミユビゲラは政府により絶滅危惧A類に指定されているキツツキです.このミユビゲラはわが国では大雪山系でのみ確認され,十勝三股および幌加地区がその主要な生息地となっています.当然のことながらこのミユビゲラにとっても風倒木はクマゲラ同様重要な意味を持ちます.ミユビゲラの保護はクマゲラ(絶滅危惧類)以上に緊急の課題であることは政府の見解からも明らかです.ミユビゲラの生息地域において風倒木をすべて森林から運び出すことはミユビゲラの保護にとって重大な問題です.

 また, 幌加地区は政府により絶滅危惧B類に指定されているキンメフクロウの繁殖地です.このフクロウはわが国では北海道中央部の針葉樹林帯にごく少数が生息し,過去に繁殖が確認されているのは幌加地区を含め3箇所に過ぎません.キンメフクロウの生息地域において皆伐が行われることは,彼らの生息に大きな打撃となる可能性が高いといわざるを得ません.
このような皆伐がミユビゲラとキンメフクロウを保護する上で望ましい行為ではないと我々は認識していますが,貴職の見解を明らかにしていただきたい.

 質問4.我が国の風景を代表するに足りる傑出した自然の風景地が国立公園に指定されています(自然公園法第2条第2項).そして,国等の責務として自然公園法で以下のように規定されています.

   第3条  国、地方公共団体、事業者及び自然公園の利用者は、環境基本法 (平成五年法律第九
        十一号)第3条 から第5条 までに定める環境の保全についての基本理念にのっとり、
        優れた自然の風景地の保護とその適正な利用が図られるように、それぞれの立場にお
        いて努めなければならない。
      2  国及び地方公共団体は、自然公園に生息し、又は生育する動植物の保護が自然公園の
        風景の保護に重要であることにかんがみ、自然公園における生態系の多様性の確保そ
        の他の生物の多様性の確保を旨として、自然公園の風景の保護に関する施策を講ずる
        ものとする。
あのように全山丸裸にする行為は,国立公園の選定根拠である傑出した自然景観を著しく破壊するものであり,自然公園の保護を義務付けられている政府機関が行ってはならないことです.このことについて貴職の見解を明らかにしていただきたい.

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