「環境ホルモン−撹乱される生命系」 1997.05.31
「環境ホルモン」という言葉が、ダイオキシン関連の情報ソースの中に度々
登場するようになってきている。環境ホルモンとは何か、この聞き慣れない言
葉の頭についている「環境」という響きに、ある種の安らぎ、心地よさを感じ
た人には申し訳ないが、その正体はまさに「地球生命系の危機」につながる作
用を持つ物質とも言える。「エンドクリン ディスラプター」、「内分泌撹乱
物質」とも呼ばれるこの物質たちの最右翼に、ダイオキシン類が名を連ねてい
るのだ。内分泌、すなわちホルモンの働きを撹乱(破壊)する物質に、どうし
て「環境」という接頭語がついているのか、それが今回のテーマでもある。
ダイオキシンという環境汚染物質がテレビや新聞で取り上げられる機会が、
今年に入って非常に多くなってきている。しかしながら、書店などでダイオキ
シンについての知識を得るべく書籍を探しても、残念ながらその正体を知るこ
とができる本はなかなか見つからないのが実際ではなかろうか。マスコミ報道
などでも、「ベトナム戦争で枯れ葉作戦として使用されたダイオキシン」など
という表現をつい最近耳にしたが、これはダイオキシンという物質についての
理解が報道分野においてさえもしっかりとできていない証しと言える。恐らく、
二重体児(シャム双生児)であったベトちゃん、ドクちゃんとダイオキシンの
イメージの強烈さが、こうした誤った理解の温床になっているのかもしれない。
正しくは、「ベトナム戦争で 枯れ葉作戦に使用された2,4,5−T系の枯葉
剤(農薬)の中に不純物として含まれていたダイオキシン」という表現でなけ
ればいけない。枯葉剤散布地域で、先天異常、妊娠異常が多発しているという
疫学調査結果が1970年に北ベトナムの医師トン・タト・ツン氏によってなさ
れた事から、枯葉剤中の混合不純物「ダイオキシン」の関与が明らかになって
いったわけだ。ダイオキシンが、「史上最強の毒物である」という表現の意味
を理解するすべを今の私たちはどれほど持っているだろうか。「母乳中からダ
イオキシン検出」というニュースに、ただ怯えるばかり、驚かされるばかり、
というのが「ダイオキシン問題そのものの問題」とも言えるかもしれない。
ダイオキシンという環境汚染物質に関心を持つようになってほぼ半年、イン
ターネットという「ツール」の恩恵にあずかりながら、まったくの門外漢の僕
は情報の海の中をサーチエンジンという羅針盤を頼りにダイオキシンという物
質の正体を求め続けてきている。最初は、国内にその情報を探し始めたが、成
果は惨憺たるものだった。キーワードを「dioxin」にして海外の情報サ
イトを検索したとたん、天地は一変にひっくり返ってしまった。「なんだ、こ
れは!」、学生時代、哲学の講義で「洞窟のイデア」を聴いたが、なるほど、
日本人が当たり前に暮らしている世界も「洞窟」そのものじゃないか。「井の
中の蛙、大海を知らず」、ダイオキシンという物質に関する情報は、ものの見
事に隠蔽されている、そんな思いがした。
それから半年、ダイオキシンに関する日本語による情報ソースはこの環境汚
染物質への関心の高まりを反映するかのように、着実に増えてきてはいるが、
ダイオキシン類(ポリ塩化ジベンゾダイオキシン、ポリ塩化ジベンゾフラン、
コプラナーポリ塩化ビフェニール)の基礎的理解を啓蒙的に行ってくれている
サイトの多くはボランティアの手によるもの、これが現状ではないかと僕には
思える。「ダイオキシン」という言葉ばかりが一人歩きして、いたずらに目に
見えない恐怖ばかりが助長されている。「素人は知らなくともよろしい」、環
境汚染物質の類が社会問題としてクローズアップされる時、日本では何故かこ
うした「蚊帳の外」的情報環境に「素人」は追いやられてしまってはいないだ
ろうか。
ダイオキシンについての情報検索を続けていくうちに、昨年(1996年)、
アメリカで "Our Stolen Future" という本が非常に大きな反響を呼んだこと
を知った。残念ながら邦訳がまだ出版されていないことも手伝ってか、この本
の事を知る機会は、ダイオキシン汚染に怯え始めた日本人のほとんどにまだな
いのが実際のところだろう。タイトルを邦訳するならば、「奪われた未来」と
いう事になるかもしれないが、1962年にレイチェル・カーソンが環境汚染
問題を告発した名著 "SILENT SPRING" (邦訳「生と死の妙薬」1964 後に
「沈黙の春」1987 青樹簗一訳 新潮社 )に恐らく匹敵する本かもしれない。
幸いにして、松崎氏がいち早くこの本についてwww上で紹介をされている。
自然界に次々に見いだされてくる魚類、は虫類、鳥類、哺乳動物の生殖行動異
常、そして人類にも生殖組織に表れ始めた異変の数々。こうした異変の原因を
探っていくと、生体で分泌されるホルモンに類似した作用を持つ物質の影響が
正常な組織分化や生殖システムにダメージを与え始めているらしいことが分かっ
てくるというのである。このホルモンに似た作用をする物質群こそが、冒頭で
紹介した 「環境ホルモン(エンドクリン撹乱物質)」なのである。この物質の
代表格として「ダイオキシン類」の関与が考えられている。
ダイオキシン類の毒性には、致死作用等の急性毒性とともに、クロロアクネ、
免疫力の低下、催奇性、発ガン性、そして生殖毒性といった慢性毒性が知られ
ている。そのメカニズムについては、目下さまざまな研究が進行している。ダ
イオキシンがごく微量で毒性を発現すること、そうした中で慢性毒性が生命系
の危機につながっていく、ダイオキシン汚染もこうした視点で見ていくことが
必要なのかもしれない。と同時に、ダイオキシン汚染にばかり目を奪われずに、
「環境ホルモン」の影響にも多大な関心を払っていく必要性を強く感じるので
ある。ダイオキシンはその代表格ではあるが、「環境ホルモン」と考えられて
いる物質は他にもたくさんあるのだから。
国内のwww情報源にも、国立医薬品食品衛生研究所のページに環境ホルモ
ンのページが誕生している。ホルモンは遺伝情報によって生体内で作り出され、
そのホルモンがまた遺伝情報の発現をコントロールするという精緻なメカニズ
ムをもって「生命系」を支えていると言える。そのメカニズムが、ダイオキシ
ンといった人類の経済活動の悪しき副産物たちによって壊されようとしている。
因果応報といってしまえばそれまでかもしれないが、利便と効率の贅を享受し
続けたツケは当人ばかりではなく子孫に重くのしかかっていくことを私たちは
真摯に受けとめねばならない。であればこそ、子供たちに回るツケをいかに小
さくしていけるかが、私たちの大きな責務とも言えるだろう。「環境ホルモン」
の接頭語としての「環境」の意味とは、「生存環境を自ら蝕む」ということで
あり、その当事者は利便と効率の贅に溺れた自分たちなのかもしれない。
COPY RIGHT 1997 Seiji.Hotta
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