えりもの森 裁判

   (平成18年) 第19号 損害賠償請求事件 中間判決
なお弁護団は 市川守弘,難波徹基,関根孝道,渡辺正臣,薦田 哲,籠橋隆明,龍山 聴,
 岩城 裕, 白倉典武
 の各氏がボランティアで参加してくださっています。(感謝)

平成19年2月2日判決言渡 同日原本交付 裁判所書記官

平成18年(行ウ)第19号 損害賠償請求事件

中間判決

(原告および原告の訴訟代理人の住所氏名は略)

被告(住所 略)

北海道日高支庁長  
細越良一 

(被告の指定代理人の氏名は略)

主        文

  本件訴えに対する被告の本案前の主張は理由がない。

 事 実 及 び 理 由

第1 当事者の求める裁判

1 請求の趣旨
 被告は,細越良一に対し,50万円を支払うよう請求せよ。

2 被告の本案前の答弁
 本件訴えを却下する。

第2 事案の概要

 本件は,北海道の住民である原告らが,北海道と協同組合との間で締結された育林事業請負契約は,条例や条約等に反
 して違法であるなどとして,被告に対し,地方自治法(以下「法」という。)242条の2第1項4号に基づき,前記契約
 締結当時の北海道日高支庁長個人に対する損害賠償の請求をすることを求めた事案であり,本判決は,被告の本案前の
 答弁に基づき,本件訴えの適否についての判断をするものである。

1 前提となる事実
 争いのない事実並びに後掲証拠及び弁論の全趣旨によると,次の事実を認めることができる。

 (1)当事者
 
 ア 原告らは,いずれも北海道河東郡上士幌町又は札幌市に住所を有する北海道の住民である。

  イ 被告は,北海道知事から,支庁に属する事務に係る債権の管理につき,執行の委任を受けている者である
   (法153条,北海道財務規則2条4号,12条1項12号,別表第1,北海道行政組織規則第3章)。(乙2ないし4)

 (2)監査請求等

  ア 原告らは,平成18年3月30日,北海道監査委員に対し,下記の北海道が被った損害につき,その補填のために
   必要な措置を講ずるよう請求する旨を記載した同日付け措置請求書を提出し,これらを証する書面(本件訴えにお
   ける甲1ないし4と同一の書面。ただし,これらは支障木18本の伐採の事実を証する書面ではない。)を添えた監査
   請求(以下「本件監査請求」という。)をした。(甲1ないし4,乙1)

    北海道と日高森づくり協同組合(以下「本件協同組合」という。)との間で,平成17年4月28日に締結された
    道有林日高管理区内を事業場所とし,つるきり除伐,保育伐,植林及び植林のための地ごしらえ等の請負を内容
    とする育林事業請負契約(以下「本件契約」という。)は,地ごしらえのために立木184本を伐採し,支障木と
    して立木18本を伐採した点で,北海道森林づくり条例及び生物の多様性に関する条約1条,8条,14条に違反す
    る違法なものである。上記の伐採による財産的損害の算出は困難が伴うが,北海道の森林の公益的機能が損害を
    受け,また,少なくとも,伐採された立木の市場価格を1本1万円として202万円(202本分)の損害が発生し
    た。

  イ 北海道監査委員は,平成18年4月13日付けで,本件監査請求を下記の理由に
    より不受理とした。(甲5)

     「請求人(注:原告ら)が主張する「森林の持つ公益的機能」の損害については,平成17年11月15日付け住
    民監査請求について判断したところと同様である。」,「本件契約の内容である「地ごしらえ」とは,播種,天
    然更新の支障となる草本植物,低木類等について伐採,刈払いなどを行う作業で,その性格上,伐採木の発生が
    当然想定されるものであるが,成立木の伐採とは異なる行為であり,これにより道に損害が発生するものではな
    いのであって,請求書に示される限りにおいては,売却価値のある立木が「地ごしらえ」により伐採されたとの
    主張は,請求人の見聞に基づく推測の域を出るものではなく,添付の書類からもこのような事実をうかがうこと
    ができないから,損害と認めることができない。」

    なお,上記の「平成17年11月15日付け住民監査請求について判断したところ」とは,森林の公益的機能は,
    水源のかん養,土砂流出の防止,二酸化炭素の吸収などの様々な機能をいうものであり,その数値化は,これら
    の機能が持つ価値を住民にわかりやすく示すため,貨幣価値に置き換えて年間額として試算したり,点数化した
    ものなどであって,およそ地方自治法上,地方公共団体の「財産」とされるものではなく,したがって,請求人
    の主張する森林の公益的機能の損害は,北海道の財産上の損害と認めることはできない旨の内容である。

  ウ 原告らは,平成18年5月9日,本件訴えを提起した。

2 争点

  本件における本案前の争点は,本件訴えが適法な監査請求を経た訴えであるか否かである。

(被告の主張)

  監査委員が監査請求を却下した場合,訴訟による救済措置があるかについては,監査請求そのものに真の瑕疵があ
 り,監査請求の却下が適法と認められる場合には,適法な監査請求前置を経たことにならないので,訴訟を提起しても
 訴え却下となると解される。また,措置請求書に不備がある場合であっても補正が可能であれば,補正させた上で受理
 しなければならないが,監査請求者が補正に応じないとき又は補正できない瑕疵があるときは,その監査請求は却下さ
 れる。

  本件監査請求は不受理とされているが,不受理は監査請求の要件を充たさないとして却下することと同義である。そ
 して,本件訴えは,【1】森林の持つ公益的機能の損害,【2】伐採木を適正な価格評価により売買していないために発
 生した市場価格に相当する損害の2つの形態の損害を補填するために提起されたものであるところ,以下のとおり,本
 件訴えは適法な監査請求を経ていないから却下されるべきである。

 (1)【1】に係る訴えについて
    住民監査請求制度は,地方公共団体の執行機関又は職員の違法又は不当な財務会計上の行為又は財産の管理を怠
   る事実によって当該地方公共団体の被った損害を補填すること等を目的とするが,原告らの主張する北海道の森林
   の持つ公益的機能とは,水源のかん養,土砂流出の防止,二酸化炭素の吸収等の様々な機能をいうものであり,そ
   のようなものは地方公共団体の「財産」とはいえず,住民監査請求制度により補填すべき損害として予定されてい
   ない。
    したがって,北海道監査委員が,森林の公益的機能の損害は,北海道の財産上の損害と認められないとして,本
   件監査請求を住民監査請求制度に適合しない不適法なものと判断したことに違法はなく,前記?にいう損害に係る本
   件監査請求の不受理は適法である。
    また,上記【1】にいう損害に係る本件監査請求は,内容を審理するまでもなく,法定要件を欠き,監査請求が不
   受理とされたものである。

  (2)【2】に係る訴えについて
    住民監査請求における対象の特定の程度については,対象とする当該行為等を監査委員が行うべき監査の端緒を
   与える程度に特定すれば足りるというものではなく,当該行為等を他の事項から区別して特定認識できるように個
   別的,具体的に摘示することを要し,監査請求書及びこれに添付された事実を証する書面の各記載,監査請求人が
   提出したその他の資料等を総合しても,監査請求の対象が右の程度に具体的に摘示されていないと認められるとき
   は,当該監査請求は,請求の特定を欠くものとして不適法である(最高裁判所第3小法廷平成2年6月5日判決・民集
   44巻4号719頁)。本件監査請求においては,地ごしらえのための伐採がいつごろ,何本されたかは不明であるも
   のの,伐採木は売却されてしまったという可能性が指摘されているにすぎず,さらに地ごしらえのための伐採木に
   ついては,「適正に評価され売買されていなければならないが,その事実は伺えない」との不明確な記述があるの
   みで,本件監査請求の添付資料に原告らが指摘又は記述するような事実は具体的に示されておらず,監査請求の請
   求の特定を欠いている。

(原告らの主張)

 (1)住民監査請求の制度として不受理という手続は定められておらず,不受理は,住民監査請求拒否処分と同義であ
  る。したがって,監査請求が不受理とされた場合は,監査委員が監査をしない場合として(法242条の2第2項3
  号),又は,監査の結果に不服がある場合として(同項1号),住民訴訟を提起できるから,本件訴えは適法である。

 (2)本件監査請求の不受理が却下であるとしても,次の点で本件訴えは適法である。
  ア 本件監査請求は,住民監査請求の要件を充たしている。

  (ア) 北海道監査委員は森林の公益的機能の損害は財産上の損害ではないとして,本件監査請求を不受理とした。
    しかし,道有林という北海道の財産は,違法な伐採や集材路建設により,その木材価値,水土保全機能,生活環
    境保全機能,生態系保全機能,文化創造機能といった価値,機能に応じた損害,すなわち森林の完全性が損なわ
    れたことによる損害を受けた。また,森林の公益的機能については,その森林が森林法における保安林として指
    定されている場合,判例等で財産的価値が認められているところ,本件において伐採された地域の森林は保安林
    の指定を受けていたから財産的価値を有する。しかも,北海道は,森林の公益的機能につき金銭的に評価してお
    り,それによると北海道の森林の公益的機能として評価されるのは11兆1300億円であるから,本件の伐採面積
    に応じた額が損害額として算出されるし,また,本件における具体的な損害につき,152林班43小班における皆
    伐から予想される被害につき,最大流出量,土砂量,流木量等を算出することができ,予想される被害あるいは
    それを回避するための代替施設設置費用等の金額は財産的に算出可能であり,その金額は森林の公益的機能の低
    下によって生じた損害となる。

 (イ)また,原告らは,本件監査請求において,地ごしらえのために伐採された立木の市場価格相当額が損害となると
   し,北海道日高森づくりセンターが原告らの問いに答える形で152林班43小班における伐木本数を回答した書面等
   を添付するなどしており,推測に基づくものではない。

 (ウ)住民監査請求の要件が具備されているのに監査委員がこれを却下した場合,住民訴訟は適法として扱われる(最
   高裁判所第3小法廷平成10年12月18日判決・民集52巻9号2039頁)。

  イ 本件監査請求に対する北海道監査委員の不受理の理由は,実際は,本件契約により財産上の損害が発生していな
    いとして,内容について判断しているもので,実質的には監査請求を棄却する決定をしたと見るのが相当であ
    り,適法な監査請求を経ているから,本件訴えは適法である(広島高等裁判所昭和63年4月18日判決・行集39
    巻3・4号265頁)。

 (3)ア 被告の主張する【2】に関する「請求の特定」の問題は,本件訴えにおいて追加されたもので,本件監査請求
    の際には,不受理の理由とはなっていない。このような追加が認められれば,監査請求却下後に理由を見つけ出
    し,後に提起された住民訴訟で争うことが認められることになり,住民監査請求制度を踏みにじることになるの
    で,請求の特定性の問題を追加すること自体違法な主張である。

  イ 仮に,住民訴訟提起後に理由を追加主張することが許されるとしても,原告らは,財務会計上の行為につき本件
    契約を挙げており,請求は明確に特定されているから,被告の主張は失当である。

第3 争点に対する判断

 1 前提となる事実並びに証拠(甲1,2,8)及び弁論の全趣旨によれば,本件契約について以下の事実が認められ,
  これを覆すに足りる証拠はない(なお,括弧内の証拠番号等は,掲記事実を認めた主要証拠である。)。

  (1)北海道は,平成17年4月28日,本件協同組合との間で,以下の内容を含む本件契約を締結した。(甲1)

     事 業 名  日高団地育林事業
      事業場所道  有林日高管理区内(152林班43小班を含む。)
      事業期間  着手 平成17年 4 月29日
      完成 平成17年11月30日
      請負代金額  5271万円

  (2)本件協同組合は,平成17年9月9日から同月15日まで,本件契約に基づき,152林班43小班における育成天準
   備地ごしらえをし,その際,立木184本を伐採した。なお地ごしらえとは,植栽のための準備行為で,全刈,筋
   刈,穴押し(機械地ごしらえ)等の方法がある。(甲2ないし4,甲8)

 2 上記認定の事実及び前提となる事実に基づき,争点につき検討する。

 (1)住民監査請求及び住民訴訟について
   ア 法は,第2編第9章第9節(237条ないし241条)において普通地方公共団体の財務について規定し,同第10節
   (242条ないし242条の3)において住民による監査請求及び訴訟について規定している。
     法242条の2第1項は,住民訴訟について,普通地方公共団体の住民は,法242条1項の規定による住民監査
    請求をした場合において,同条4項の規定による監査委員の監査の結果等に不服があるとき,監査委員が同条4項
    の規定による監査等を同条5項の期間内に行わないとき等は,裁判所に対し,同条1項の請求に係る違法な行為又
    は怠る事実につき,訴えをもって法242条の2第1項1号ないし4号所定の請求をすることができると定め
    てる。したがって,法は住民訴訟について監査請求前置主義を採用しており,住民訴訟は適法な住民監査請求を
    した住民が監査の結果に不服があるときあるいは監査委員が所定の期間内に監査を行わないときなどに限って提
    起することができ,適法な監査請求が前置されていない場合はこれを提起することができないことになる。

  イ また,法242条は,住民監査請求について,住民が当該普通地方公共団体の被った損害を補填するために必要な
    措置を講ずべきことを請求できると定めている。

     この住民監査請求の制度は,普通地方公共団体の財政の腐敗防止を図り,住民全体の利益を確保する見地か
    ら,当該普通地方公共団体の長その他の財務会計職員の違法若しくは不当な財務会計上の行為又は怠る事実につ
    いて,その監査と予防,是正等の措置を監査委員に請求する権能を住民に与えたものであり,住民訴訟の前置手
    続として,まず当該普通地方公共団体の監査委員に住民の請求に係る行為又は怠る事実の違法,不当を当該地方
    公共団体の自治的,内部的処理によって予防,是正させることを目的とするものである(最高裁判所第2小法廷昭
    和62年2月20日判決・民集41巻1号122頁)。そして,法が一般監査における財務監査(法199条1項)やいわ
    ゆる事務監査請求による監査(法75条)のほかに住民監査請求に基づく監査を認めたのは,住民監査請求の対象
    とする財務会計行為が直接に当該普通地方公共団体の財産の増減に関係するものであり,財務行為についての具
    体的な行為規範が法第2編第9章に明確に定められていることから,監査委員による監査に加えて,単独の住民に
    よる監査請求及びその後の住民訴訟による司法統制を認めることが住民参政を強化することに寄与し,しかも,
    そのことによって住民全体を代表する議会や執行機関に対する不当な干渉や圧迫となるおそれがない,すなわ
    ち,間接民主制との調和が崩れる心配がないという点にあるものと考えられる。

  ウ 上記のとおり,住民訴訟が適法となるためには適法な住民監査請求が前置されていることが必要であり,住民監
    査請求が不適法である場合は,その後に提起された住民訴訟も監査請求前置の要件を充足していないことにな
    り,不適法となると解される。
     そこで,住民監査請求が適法であるための要件について考えるに,第1に,法242条1項は,請求をすることが
    できる者を当該普通地方公共団体の住民に限定し,住民は違法又は不当とする行為を特定し,証すべき書面を添
    付して,上記行為等によって当該普通地方公共団体が被った損害を補填するために必要な措置を講ずべきことを
    請求するものとし,同条2項は,請求できる期間を原則として当該行為のあった日又は終わった日から1年以内に
    限っていることからすれば,これらの請求者ないし請求期間等に関する事項が監査請求の要件となる(なお,法
    施行令172条,法施行規則13条)。第2に,法242条1項の文言及び上述した住民監査請求の制度趣旨からすれ
    ば,その対象となるのは,同項所定の財務会計上の行為又は怠る事実(以下,併せて「財務会計行為等」という
    ことがある。)に限られ,かつ,当該財務会計行為等は当該普通地方公共団体に補填されるべき財産上の損害を
    被らせるようなものであることも要件となる(客観的にみて財産的損害を与える可能性のない行為は財務会計行
    為等に当たらない。)というべきである。

    そして,上記要件を充足していない住民監査請求は不適法であり,監査委員はこの請求について監査する義務を
    負わない(最高裁判所第3小法廷平成2年6月5日判決・民集44巻4号719頁参照)から,当該請求を却下するこ
    とができ,この場合に当該請求を不受理とすることは却下と同様の意義を有すると解すべきである(もっとも,
    上記要件の不充足が補正できるものであれば,住民監査請求の制度趣旨に照らし,監査委員はこれを補正させた
    うえで当該請求について監査するのが相当であるが,住民が補正の機会を与えられながらこれをしないときは,
    監査請求を却下すべきである。)。

     他方,住民監査請求が要件を充足しているにもかかわらず,これを充足していないものとして当該請求を却下
    することは違法であり,当該請求をした住民は,直ちに住民訴訟を提起できるのみならず,同一の財務会計行為
    等を対象として再度の住民監査請求をすることも許されると解される(最高裁判所第3小法廷平成10年12月18
    日判決・民集52巻9号2039貢)。

(2)本件監査請求についての検討

  ア 上記事実によれば,本件監査請求は,北海道の住民である原告らが,請求の1年以内の時期に行われたとする本
    件契約(道有林を事業場所とする育林事業請負契約)の締結又は履行は違法であり,これによる財産的損害が生
    じたとし,これらを証する書面(ただし,支障木18本の伐採の点を除く。)を添えた措置請求書を提出して行っ
    たものであるところ,本件監査請求が上記(1)ウの第1の要件を充足しないものであるとの主張及び立証はな
    い。

  イ 次に,本件監査請求が上記(1)ウの第2の要件を充足しているといえるか否かについて検討する。

  (ア)原告らは,上記のとおり,本件監査請求において,本件契約の締結又は履行は違法であり,これによって損害
    が発生した旨主張しているところ,本件契約は,北海道を一方の当事者とする契約であり,道有林野を構成する
    樹木は法237条1項所定の北海道の財産であり,これについて本件契約を締結又は履行する行為は法242条1項所
    定の契約の締結又は履行に当たり,住民監査請求の対象となる財務会計行為等に該当する。

     もっとも,普通地方公共団体を契約の一方当事者とする契約であっても,それが財務事項を直接の目的とする
    ものでないときは,財務会計行為等に該当しない場合がある(最高裁判所第1小法廷平成2年4月12日判決・民集
    44巻3号431頁,同平成10年11月12日判決・民集52巻8号1705頁参照)が,本件契約が財務事項を直接の目
    的とするものでないとする主張及び立証はない。

  (イ)a 上記のとおり,住民監査請求の対象となるのは当該普通地方公共団体に補填されるべき財産上の損害を被
    らせるような財務会計行為等に限られる(客観的にみて財産的損害を与える可能性のない行為は財務会計行為等
    に当たらない。)というべきところ,被告は,北海道の森林が持つ公益的機能(水源のかん養,土砂流出の防
    止,二酸化炭素の吸収等の様々な機能)は地方公共団体の財産とはいえず,住民監査請求制度により補填すべき
    損害として予定されていないとして,本件監査請求は不適法である旨主張する。

     しかし,上記事実からすれば,原告らは,本件監査請求において,森林の持つ公益的機能自体が北海道の財産
    であると主張しているのではなく,違法であるとする本件契約の締結又は履行によって,北海道が,その財産で
    ある道有林野の樹木が伐採されたことによって損害を受けたとし,その財産的損害の算出は困難を伴うが,少な
    くとも,北海道が平成16年4月27日付けで作成した「北海道における森林の公益的機能の評価額について」
   (甲7)における年間評価額合計11兆1300億円のうち伐採面積に応じた割合の損害,又は,伐採された立木202
    本の市場価格相当の損害が発生した旨主張しているものと解することができる。そして,本件契約が違法又は不
    当である場合,それが客観的にみて北海道の財産である道有林野に損害を与える可能性のない行為であるとはい
    えないから,上記被告の主張は理由がない。

    b また,地ごしらえにより立木が伐採されたとの点については,仮にそれが違法に行われたものであれば,北
    海道の財産である道有林野に損害を与える可能性のある行為であることは明らかである。被告は,地ごしらえの
    伐採がいつごろ何本されたか等が不明であり,監査請求における請求の特定を欠いているなどと主張する。

     しかし,本件監査請求における措置請求書(乙1)とこれに添付された書面(甲2ないし4)によれば,原告ら
    が152林班43小班において,平成17年9月9日から同月19日までの間に地ごしらえのために立木184本が伐採さ
    れたと主張し,その事実を証する書面を提出していることが明らかであり,上記主張は理由がない。
     したがって,本件監査請求は適法というべきである。

  (ウ)上記事実によれば,原告らは本件監査請求において,本件契約を摘示して財務会計行為等を他の事項から区別
    して特定認識できるように個別的,具体的に摘示している。一方,法は住民監査請求について訴訟におけるよう
    な請求の趣旨及び原因の明確な摘示を要求しておらず(民事訴訟法133条2項2号参照),監査委員は,住民から
    上記(1)ウの第1の要件を充足した請求がされることによっていわば特定の疑惑が提示され,監査の端緒がもた
    らされたときは,その財務会計行為等の違法性又は不当性の存否について,住民の主張する事由以外の点にわ
    たって監査することもでき,違法又は不当と判定したときに講ずべき措置等についても,住民の請求するところ
    に拘束されるものではない(最高裁判所第2小法廷昭和62年2月20日判決・民集41巻1号122貢参照)から,仮
    に,北海道監査委員が本件契約の締結又は履行を違法であり,損害が発生していると判定し,損害賠償請求の措
    置をとるべきであると判断したとしても,その損害額を原告らの主張に基づいて算定しなければならないもので
    はない。
     したがって,上記被告の主張は理由がない。
     その他に本件監査請求が不適法であると認めるべき事情は見当たらず,被告のその他の主張を容れることはで
    きない。

  ウ 以上によれば,本件監査請求は適法というべきであるところ,北海道監査委員はこれを不受理とした。
    この不受理がいかなる趣旨かは必ずしも判然としないが,それが本件監査請求を不適法として却下する趣旨であ
   れば,上記のとおり,その却下は違法であるから,原告らは直ちに住民訴訟を提起することができるところ,本件
   訴えはその住民訴訟として提起されたものであるから適法であることになる。また,上記不受理は,北海道監査委
   員が北海道に財産的損害が生じていないとの実体的判断をして本件監査請求に理由がないと結論したもの,あるい
   は北海道監査委員が本件監査請求があった日から60日以内に監査を行わない旨を明示したものとも解し得るが,原
   告らは,いずれの場合においても住民訴訟を提起することができ(法242条の2第1項,242条4項,5項),本件
   訴えはその住民訴訟として提起されたものであるから適法であることになる。

3 以上によれば,本件訴えは適法であり,被告の本案前の主張は理由がないから

主文のとおり中間判決する。

(口頭弁論終結の日 平成18年10月13日)

札幌地方裁判所民事第5部

      裁判長裁判官                               笠井勝彦
           裁判官                              馬場純夫
           裁判官                              矢澤雅規



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