平成11年1月

ひこうきこわい

 昨年は羽田空港に2つの航空会社が新規参入しました。夏に羽田ー福岡線に就航した「スカイマークエアラインズ」と暮れに羽田ー札幌線に就航した「AIR DO(エア ドゥ)」です。どちらも正規の運賃が大手3社より格段に安いことを売り物にしています。先日このAIR DOに羽田から乗ったのですが、搭乗口はいっちばんはじっこで、そこをくぐると5分ほどバスに乗せられ、空港の、なんか必要以上に遠いなあ、と思うくらいこれまたはじっこに駐めてある飛行機まで行き、タラップ(全日空のやつを拝借)を上ってやれやれようやく搭乗。黄色と空色のストライプに「試される大地、北海道」というキャッチフレーズがペイントされたAIR DO機のすぐとなりには、尾翼にきらめく星のスカイマークエアラインズの同型機が、日本航空のタラップを耳のあたりにくっつけて駐まっていました。新入りである2機のボーイング767は羽田空港で肩身の狭い思いをしている(に違いない)者同士、空港のはずれで仲良く寄り添い、励ましあっているように見えました。
がんばれ、新航空会社。

 さてさて、わが家の長女、次女、長男の3人が通う保育所も年末から10日間ほどお休みになります。恐怖の冬休みです。わが家の4匹の子育ては正直なところ保育所があるからなんとかなっているのが実情でして、事実連休などがあると2日目には必ず子供らのあまりにご無体な行動にイライラしっぱなしで、思わず手や足が出ることも少なくない。夏休みは外に追い出せるのでそれほどイライラしなくて済むのですが、外気温が一日中氷点下という冬休みには赤ん坊連れで出かけるのも大変(ていうか、イヤ)なので、仕方なく子供も親も一日中家の中にいることになります。おもちゃの取り合いなどの「もめ事」は平均して10分に1回。16畳の居間にまんべんなく散らかるおもちゃや紙類。それを次々に口に入れ「グエッ」となって乳ゲロをあちこちに撒く三女。奥の押入れからま〜だ何か出そうとしている長男。大量のクレヨンをぶちまけて創作活動にいそしむ次女。ストーブの前でごろごろしながら「ちゃお」だの「名探偵コナン」だのを読みふける長女。精神の安定を保つべく不本意ながら「自己」を完全に捨て去り、焦点の合っていない目つきで大量の洗濯物を干している最中、床に落ちていたおもちゃの指輪を踏んづけ、その余りの痛さに思わず怒鳴る私。

「っかたづけなさ〜〜〜い!!」


子供らの返事はなし。平然とページをめくる長女。ブッチリと音を立ててキレる私。逆上して怒鳴り散らす、マンガ本を取り上げる、手ごろな高さにある長男の頭を叩く、寝転がっている次女を蹴飛ばす、ああ、いけない、と思いつつも自分で自分を抑えられないカルシウム不足の私、そういえば最近牛乳飲んでなかったっけ。

 という目を覆わんばかりの悲惨な事態を未然に防ぐ目的で、今回の冬休みは目一杯、東京の実家に帰省(寄生)することにしました。ダンナは仕事の関係上大晦日の夜にならないと上京できないので、行きは私と子供達だけで飛行機に乗るという無茶を決行。かねてから私が乗りたかった「全日空、ポケモンジェット」を「これなら子供らも飽きないだろう」という名目で予約。実際これにして大正解でした。朝の便にもかかわらず子供が結構乗っていたので、はなから騒がしくて気が楽だったし、スチュワーデスさんも子供へのサービスを心がけているのか、乗るときも降りるときも一番やっかいな長男の手をひいてくれたし、おやつの「ポケモン なかよくミニつぶあんぱん」はパッケージに描かれているピカチュウとヒトカゲが、思わず「カーワイーイ」と叫んでしまうくらいラブリーで、しかもおいしかったし、機内限定販売の「ポケモンウオッチ」もゲットしたし。結局私が一番楽しんでたような気もしますが。
 一方、年明けの帰りにはダンナも一緒なので前述したAIR DOをぬかりなく予約しておきました。日航や全日空だと大人は割引運賃が設定されていて、場合によってはAIR DOと同額くらいになる(しかし予約変更できなかったりして不便)のですが、子供の運賃は安くならないので、わが家のように子供が多い場合、AIR DOだとすさまじく安上がりになるのでした。おしぼりや飲み物は出ませんが、あのサービスが1万円以上と考えればむしろこちらから願い下げたいというものです。AIR DOでも子供がぐずるなどの必要な場合は飲み物をサービスしてくれるらしいですし、機内で客室乗務員さん(制服がオーバーオールでスッチーとは言い難い。それに男の人もいた)に長女と次女をトイレに連れていってくれるよう頼んだら、快く引き受けてくれました。安いからといってサービスが悪いという訳ではありません。羽田空港でははじっこをあてがわれちゃってるもんで乗り降りがちょっと不便ですが(新千歳は問題なし)その分なんてったって安いんです。今後はAIR DOをできる限り利用することに決めました。がんばれ、AIR DO。

 さて、私の実家は東京板橋、ダンナの実家は群馬薮塚、住んでいるのは北海道日高平取、という事情で飛行機に乗る機会は結構多いわけなんですが、私、実は飛行機に乗るの、母になって以来大嫌いになってしまったんです。昔は見るのも乗るのも大好きだったんですけれど。やはり「命懸けで守らなくてはならないものを得た」ということによる心境の変化なのでしょうか。そんな訳で、今では飛行機に乗るときは毎回「覚悟」を決めて乗っております。飛んでいる間中、肩に力が入っています。最近そのことに気付いたので、意識的に肩の力を抜くようにしたら、ずいぶん飛行機疲れがなくなりました。また、乗っている間、何度も「落ちるのでは」という不安に駆られますが、その度にいろいろな理屈や小技を駆使して不安解消に勤めています。今回はそのあたりを書いてみましょう。羽田ー札幌間、1時間ちょいのフライトをどう乗り切るか。私と同じく飛行機が苦手な方、よろしかったら参考にしてください。

 まずは離陸前にシートベルトを締めながら「飛行機は絶対に落ちない乗り物である」ということを何度も自分に言い聞かせます。統計学的に言えば、「ある事象が起こる確率が100万分の1以下である場合、この事象は絶対に起きないと表現してよろしい」というわけですが、飛行機が墜落事故を起こす確率はまさに100万分の1以下であるそうです。ですから絶対に落ちたりしません。最も安全な乗り物なのです。大丈夫です。日本航空の飛行機は時々落ちたりしますが、それ以外の飛行機は大丈夫です。私は日本航空は利用しないので絶対に大丈夫です。シートベルトも緩めで大丈夫。ああ、よかった。統計学、ありがとう。

 しかし、この安心も長くは続きません。飛行機は離陸のために滑走を始めてからものの数秒で「ここから落ちたら絶対即死」という高さに達してしまいます。物理的に安全な状態から、あっという間に命が危うい状態に晒される訳です。この環境の急変に人心が乱れないわけがありません。急に便意をもよおしたりするのもこの頃です。しかし落ち着きましょう。次なる作戦はこうです。
「中東とか東南アジアとか、ああいういいかげんな国の飛行機でさえめったに落ちないのに日本の飛行機が落ちる訳ないっしょ〜」と考えるのです。ここは北海道弁で考えるのがポイントです。「ないっしょ〜」という楽天的な響きがこれほど効果的な時もそうないでしょう。ご存じの方も多いでしょうが、暑い国の人々はものすごくいいかげんです。テキトーです。怠け者です。そういう国では、当然そういう人間が飛行機を操縦したり整備したりしているはずですが、落ちない。ネジが一個余っちゃったけど、これは神の思し召しだね、とか言ってばっくれているに決まっている。なのに落ちない。それを思えば勤勉で、神経質で、責任感の強い日本人が操縦したり整備したりしている日本の飛行機が落ちるわけないっしょ〜。お茶にうめぼし、お味噌にお醤油、まぐろの刺身に安全な飛行機ってか、ああ、日本人でよかったっしょ〜。
 ここで予期しておきたいのは、機長や副操縦士が外国人である場合ですね。国内線でもわりとよくあることなので。今回乗ったAIR DO機もそうでした。「当機の機長はカナダ人ナントカ・・・」と放送があったとき、思わず「だ、だ、大丈夫だよね、毎日欠かさずメープルシロップなめてる人だし」と自分を無理やり納得させたのですが、後で考えると何が大丈夫なんだか・・・それ以前に、なめてないっつーの。しかしわざわざ名前の前に「カナダ人」と入れるのも変な気がするぞ、AIR DO。

 さて、飛行機も「最も危険な時」と言われる離陸を無事終え、成層圏に向けて上昇していきます。この上昇時は大抵揺れます。まだシートベルト着用サインは消えません。席でその揺れに身を任せるしかないわけですが、この時は開き直って「死」について考えましょう。これが案外と心を落ち着けてくれます。
 参考文献は、「Let's 遺言」の冒頭で触れていますが、立花 隆著「臨死体験」です。これによれば、死ぬというのは結構気持ちいいコトらしい。もし、今飛行機が落ちたら、痛みなど全く感じないで死ねるはずだし、長患いするよりよっぽどいいや。子供はちょっとかわいそうだけど、家族一緒だし、子供に先立たれたりするよりずっとまし。それにあの世は「お花が咲いていて、大きな川があって、死んだおじいちゃんが迎えに来てくれる」ところだそうだし、全然怖くないや。うん。
 と、こんな具合に持っていきます。大分落ち着いてきましたね。ありがとう、立花 隆さん。アニメの吹き替えはヘタだったけど、あなたの著書は役に立ちます。もうすぐベルト着用サインも消えます。安定飛行に入れば一安心。それまでもうひと思考。
 統計学的にいえば、この後空港から家までの車のほうがずっと事故る可能性が高いわけだよね。車の事故は悲惨だよね。誰かが生き残るし、痛い思いもするし。だからまず絶対にないことだけど、もしこの飛行機が落ちたとしても、車で事故るよりずっといいような気がするなあ。うん、そうだよな。そうそう、落ちれるもんなら落ちてみやがれってんだ、ベーロィ。
 と、タンカを切ったところでベルト着用サインが消えます。ほっと一息。

 機内はにわかに活気づきます。客室乗務員がうろうろし始めます。おしぼりや茶菓(これ、ちゃか、って読むの?)のサービスがあれば、それでかなり気が紛れます。ない場合は持参したアメ玉でもしゃぶったり、ハンドバックの中をかきまわしてみたり、とにかく何でもいいからゴソゴソすること。私はこのときかならず時間稼ぎに子供のオムツを替えることにしています。飛行機の狭いトイレにもちゃんとオムツ替えができるよう、台が取り付けられています。これで10分程時間が稼げます。ああ、早く着かないかな。
 お茶を飲み、お菓子を食べ、ニュースなどを見て楽しみますが、安定飛行中でも結構ダイナミックに揺れたりします。いったん消えたベルト着用サインがまたついたりして。これ結構怖いですね。しかし大丈夫。そういう時の得策があります。
 「今、私は列車に乗っている」と思い込むのです。のぞみでもやまびこでもあずさ2号でも、なんでもいいですから「列車の揺れ」と思い込みましょう。「次は〜はままつ〜はままつ〜」なんて頭の中でアナウンスしてもいいですね。もちろん、妙なダミ声で。要は集中力と自己暗示です。レッツ・トライ。うまくいけばあら不思議。足が地に付いているような気がしてきます。
 それ以外には「無理やりトイレに行く」というのもじっとしているよりいい場合があります。揺れていても水平飛行中なら「ちびりそうなもんで」と言えば絶対行かせてもらえます。本当にちびらないよう気を付けて行きましょう。
 あとは乗務員の顔色を観察する、というのもいいですね。結構揺れていても乗務員の方々は通路をうろうろしたりしています。その人達が相変わらず笑顔でいるのならまず大丈夫。しかしこの方法はほどほどにしないといけません。私は以前、かなり揺れた時にスチュワーデスさんをずっと観察していたのですが、彼女達が真剣な顔でひそひそ話を始めるのを目撃し、大変怖い思いをしました。その時は、

「なんか今日の揺れ方、変よねえ」
「うん、ちょっとヤバいってカンジ」

なんて会話を想像しておびえていましたが、本当は

「先輩、24Bのお客様、酔っ払ってるみたいで」
「あらそう、困ったわねえ。なるべくそっちに行かないようにしなさい」

もしくは

「先輩、機長と副操縦士が口論してるんですけど」
「ああ、あの二人仲悪いのよ。いつものことなの」(・・・オイ)

なんつー会話だったに決まっています。「機上の人」の精神状態はどうも被害妄想の気があるようです。そんな訳で乗務員の方々にお願い。私語はなるべく笑顔でたのんます。あと出来れば機長と副操縦士は「仲良しペア」にしていただけるとうれしいです。

 そんなこんなで脳味噌フル回転にもくたびれてきた頃、「皆様、当機は着陸に向け徐々に高度を下げております」といったアナウンスが入ります。ああ、もうすぐ着く。うれしい。ここまでくればしめたものです。なぜかこのアナウンスを境に恐怖感がぐっと薄らぎます。暗いトンネルの中を歩いていて、ようやく出口の光が見えた、という感じでしょうか。実際はこのアナウンスから着陸まではかなり時間がありますが、後は一気に「もうすぐ」で乗り切りましょう。雲の海を突き抜け、眼下に陸地や海が見え、シートベルト着用サインがつく頃になると、着陸に向け機体のあちこちで不審な動きが増えます。下降しているはずなのに急にあわてて上昇したり、床の下の方で妙なモーター音がしたり、主翼のフラップを入れたり出したり変な格好にしたり、その度に「うわっ今の何だ?」と思いますが、大丈夫です。着陸態勢を整えているだけです。もうすぐ、もうすぐ。風の強い日などは揺れますが、もう目的地はすぐそこです。窓の外を見て「ここから落ちたら即死だなあ」なんて思うかもしれませんが、大丈夫、もうすぐ着くんですから。ああ、滑走路が見えてきた、がんばれ機長、嫌な奴かもしれないけれど、今だけは、今だけは副操縦士と力をあわせて「最難関」と言われる着陸をクリアしてくれ、頼む、そうだ、そこだ、いいぞ!!その調子だあああ!!!

 と頭の中で大騒ぎしているうちに「ドンッ」と軽い衝撃があり、大音響の逆噴射と共に機体は無事空港に到着します。ゆっくりと向きを変え空港ビルに向かって地面をひた走る飛行機の中、降りる支度をしながら
「そうそう、飛行機ほど快適で安全な乗り物はないんだもんねえ」
とこの時だけは心底納得している私。いやあ、今回も命拾いしたした。

 さて、飛行機嫌いの皆さん。参考になりましたでしょうか。言っときますが、私は飛行機に乗る度にほとんど毎回ここに書いたような精神活動を行っています。今回の文章は大げさでもなんでもなく、掛け値なしの事実です。ですから私は飛行機に乗った後はいつも妙な興奮状態で、その後どっと疲れが出て背中や肩が痛くなります。つらいです。次からはあらかじめ湿布を貼って乗ってみようかな。なにかいい方法あったらぜひぜひ教えてください。マジで。


おまけ 「AIR DO 生き残り戦略」
注意 くだらないので多忙な方は読まないでください。

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