松本城 長野県松本市丸の内4-1 |
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松本城は室町時代末期、永正元年(1504年)、信濃国守護小笠原氏が築城。当時は深志城と呼ばれていた。天文19年(1550年)武田信玄は小笠原長時を追放し、重臣馬場信春を深志城代とし信濃進出の拠点としたが、長篠の合戦以降徳川家康の後ろ盾により小笠原貞慶により城を取り返し、以降松本城と呼ばれるようになった。 それ以降は石川氏、小笠原氏、戸田氏、松平氏、堀田氏、水野氏と城主が交替し最後には戸田氏が9代この城を居城とし、明治維新を迎える。 大天守、渡り櫓、小天守は関ヶ原の合戦前後に完成したと見られ、現存の天守の中で最も古いとされている。明治維新で城全体が解体の危機に瀕したが、街の有識者により解体がまぬがれ、明治の大修理・昭和の解体修理を経て今に至っている。 姫路城、彦根城、犬山城とともに4大国宝の一つである。 |
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