その他の作品 

 わたしの好きな歴史小説作家は他にもたくさんいます。そのうちの一部をご紹介しましょう。その他の項に入っていますがどれも大好きなものばかりです。

 

井上靖
 
歴史小説以外の有名な作品も多いですが、やっぱり好きなのは歴史小説ですね。「しろばんば」「あすなろ物語」「闘牛」など歴史小説以外にも好きな作品はあります。井上靖さんは北海道旭川市の生まれです。ここはわたしの育った町なので親近感がありますね。とは言っても井上靖さんがいたのは一歳まで。

『天平の甍』 新潮文庫
 これはわたしが歴史小説好きとなる原点となった小説です。これほどに想像力をかきたててくれた作品は未だにありません。遣唐使として唐に渡った僧たちの苦難の道を描いています。この作品はむかし映画化された(?)ようなのですがまだ見たことがありません。

『蒼き狼』 新潮文庫
 モンゴルをまとめ一代にして世界帝国の基礎を作ったチンギスハーンの物語です。部族長の息子として生まれながら早くに陰謀で父を亡くし、長い不遇の時代を乗り越え世界に勇躍していく様は圧感です。信長もそうであるように残虐といわれて非難されることのある人物ですが、わたしはこういう英雄も好きです。きっとその時代でも人を惹きつける魅力があったのではないでしょうか。

『敦煌』 新潮文庫
 西田敏行、佐藤浩一が主演で映画になったことのある作品です。わたし自身は映画はなかなかの出来映えだったと思っています。おぼえている方はいるでしょうか。

『おろしや国酔夢譚』 文春文庫
 これも映画になった作品ですね。映画では緒方拳がたしか演じていた主人公は大黒屋光太夫。難破のすえロシアに渡り、苦難のすえ時の女帝エカテリーナに謁見した人物です。

『楼蘭』 新潮文庫
 表題作である「楼蘭」をはじめとする西域ものを中心にした短編集です。楼蘭は漢の西端の町である敦煌からさらに西、玉門関、陽関を出た場所にありました。さまよえる湖、ロブノールの畔にあった小国家で、今世紀はじめにヘディンによって発見されたことで有名です。確かこのヘディンの話はその昔、学校の国語の教科書に載っていて見たような・・・。漢民族の国家そして匈奴に挟まれ、強国に振り回される悲哀はぐっときます。

『真田軍記』 旺文社文庫
 表題作の真田軍記を含む八作の短編集です。他に信長を主人公にした「桶狭間」、永井路子さんも扱っていた佐治與九郎(お市の方の三女であるおごうが最初に嫁いだ夫です)を主人公にした「佐治與九郎覚書」などが納められています。作品のほとんどは歴史の中にわずかに垣間みえる人物を作者の想像を膨らませ描いています。人間性あふれて描かれた登場人物たちに心を打たれました。

『額田女王』 新潮文庫
 額田女王を中心として、中大兄皇子(天智天皇)、大海人皇子、中臣鎌足らが登場します。大化の改新から白村江の海戦、壬申の乱と激動の時代を描いた作品です。

『風濤』 新潮文庫
 平成13年のNHK大河ドラマは北条時宗、言わずと知れた元寇の時代です。この「風濤」は同じ元寇の時代を日本やモンゴルではなく、高麗からの視点で描いた一風変わった小説です。随所に漢文が散りばめられていてわたしにはかなり読みにくかったんですが、非常に興味深く読み終えました。30年もの間、モンゴル軍に国土を蹂躙されたのちに降伏し、そして疲弊しきった高麗に出された日本出兵の過酷な命令。歴史をいろいろな面から見ることの大切さをしみじみと感じました。

 

津本陽
 まだ津本陽さんの小説はほとんど読んでいませんが、これから少しずつ読みすすめたいと思っています。

『下天は夢か』 講談社文庫
 あまりにも有名な大ベストセラーですね。説明の必要はないでしょう。わたしのもっとも好きな歴史上の人物である織田信長の一生を描いた作品です。全四巻ですが一気に読みすすめてしまう勢いのある小説です。

『夢のまた夢』 文春文庫
 こちらも戦国の人気者豊臣秀吉を主人公にした作品です。この作品は新聞に連載中に読んでいました。「下天は夢か」の信長もこの秀吉も名古屋弁(?)をよくしゃべりますね。特に信長が方言をしゃべっているのはテレビでも聞いたことがないのでは・・。なんか不思議な感じ。

『乾坤の夢』 文藝春秋
 前の二つと三部作と言っていいんでしょうか。信長、秀吉とくれば次は徳川家康です。わたし自身は結局最後に天下を手中にしたこの人物はあまり好きではありません。

『乱世夢幻の如し』
 下克上と言えばこの男、松永久秀が主人公です。小説の中では最初足利義輝に仕え、のち三好長慶さらに織田信長と主人を変え、最後は華々しく彼らしく死んでいきます。信長を裏切り信貴山城で有名な茶道具とともに爆死したのは有名ですね。その彼の前半生をどのくらいが真実でどこまで創作なのかはよくわかりませんが、よく知られた後半生との繋がりにおいて説得力十分に描き出しています。これを読んでもやはり際立つのは信長の凄さです。

 

陳舜臣

『チンギス・ハーンの一族』 集英社文庫 全四巻
 チンギス・ハーンから元のフビライ・ハーンそしてフビライ以後の衰退までを描いた大長編です。チンギス・ハーンは興味深い人物だったのですが、不勉強のためチンギスの世界帝国とフビライの中華帝国としての元との繋がりをこれを読むまでよく知りませんでした。元寇についてもよく理解できました。最初の来襲はフビライがまだ南宋を滅亡させる前だったんですね。

『中国の歴史』 講談社文庫
 これは小説ではありませんが、なんとおもしろい。わたしは高校では世界史をとっていないので、中国史はまったくわかりませんでしたがこれを読んで勉強させてもらいました。歴史の楽しさは学校の教科書ではわかりませんね。

『耶律楚材』 集英社
 すでに滅んだ遼の王族の末裔である耶律楚材が主人公です。チンギスハーンの側近として、ブレインとして活躍した人物です。烈火のようなチンギスハーンを操った軍師としての彼の知謀の深さは一読の価値あり。井上靖さんの「蒼き狼」と両方とも読んでみて下さい。

『諸葛孔明』 中公文庫
 言わずとしれた三国志の人気者。劉備の軍師諸葛孔明の一生を描きます。三国志ものでは三顧の礼以前の孔明はでてきませんから彼の生い立ちを知ることはのちの彼の行動を理解する助けになるかもしれません。三国志は大好きで少し変遷があるのですが、今は曹操がもっとも好きな人物です。

『小説十八史略』 講談社文庫

 

北方謙三 

 ハードボイルド作家であった北方謙三さんですが近頃は歴史小説ファン、三国志ファンにも人気がでてきているようです。(わたしはまだ北方三国志は読んでいませんが。)作品の舞台はいずれも太平記の時代頃で、これまであまり取り上げられなかった題材が多くこの時代のファンにはこたえられないものとなっています。黒岩重吾さんの描いた壬申の乱もそうですがこの南北朝時代もタブーとされて古い作品は存在しないのですね。

『武王の門』 新潮文庫
 北方謙三さんのはじめて歴史小説に挑戦した傑作です。後醍醐天皇の皇子である懐良親王は幼くして九州の土を踏み、長い戦乱の世をくぐり抜けていきます。この辺りの歴史にはまったく疎くてこの作品がどの程度まで歴史に基づいているのかよくわかりませんが、かなり創作なんでしょうか。主人公がやや現実離れしているような気もしますが、これが北方歴史小説の最高傑作と思います。
 この作品の合戦描写は秀逸じゃないでしょうか。

『破軍の星』 集英社文庫
 はじめて読んだ北方作品です。主人公は北畠顕家。大河ドラマ「太平記」では後藤久美子が演じていた異色のキャラクターですね、憶えていますか。後醍醐天皇による建武の新政の時代、十六歳で陸奥に下向し、のちに兵を挙げ一時は足利尊氏を敗走させた人物です。村上源氏の血をひく公卿の家に生まれた彼がこのような力を発揮できたのは不思議な気がします。

『陽炎の旗』 新潮文庫
 「武王の門」の続編といえる作品です。虚構のヒーロー足利頼冬(足利尊氏の息子でありながら疎まれ、尊氏の弟直義の養子となった直冬の息子という設定)と「武王の門」の主人公懐良親王(後醍醐天皇の息子)の孫という設定の竜王丸を軸として南北朝統一に向けた男たちの葛藤を描いています。北方謙三らしさをいかんなく発揮した作品といっていいでしょうか。南北朝時代ってなかなか理解しにくい世界ですね。50年以上にもわたって天皇が二人存在し、南朝方についていたものも後世に勢力を維持しているのはどういう訳なのか?(これも歴史小説ではなく時代小説ですね。)

『悪党の裔』 中公文庫
 「破軍の星」で北畠顕家を描いたのとほぼ同じ時代を扱います。主人公は播磨の悪党・赤松円心。これに楠木正成、大塔宮護良親王、足利高氏の3人を絡め倒幕に向かうそれぞれの生き方を独自の解釈で表現しています。悪党というのが一体何なのか、よくわからない人は是非とも一読を!合戦の場面はいかにも北方作品という感じです。

『道誉なり』 中公文庫
 一連の南北朝ものの中の一作品です。主人公はもちろん佐々木道誉、その道誉を中心に足利尊氏、直義、高師直、楠正成、大塔宮らとの確執、友情なんかを北方作品らしく描いています。他の小説にも登場する北畠顕家、懐良親王、赤松円心なんかもちょこっとですが登場します。ばさらとして有名な道誉が北方風に仕上がっています。

 

堺屋太一

『豊臣秀長』 文春文庫
 一般への知名度はやや低いかもしれませんが、この小説を読んで秀長ファンになった人は相当いるのではないでしょうか。(大河ドラマ「秀吉」の高島政伸を見て好きになったという人もいるかもしれませんが・・・。)彼が秀吉よりも長生きしていれば関ヶ原の結果はなかったのではと言う人もいるくらいです。秀吉の家臣というと石田三成、加藤清正ら比較的あとの時代の家臣が有名ですが、前野長康、一柳直末ら初期の家臣はなぜかマイナーですね。豊臣政権を支えた人物もおもしろいですが、秀吉とともに泥のように働いてきた股肱の臣にももっと日があたってほしいです。
 なんとまあ堺屋太一さん、大臣におなりになってしまいました。最高の補佐役になれるのでしょうか、期待しましょう。

 

隆慶一郎
 隆慶一郎さんの作品は歴史小説とはちょっと違っていますから、番外編に含めた方がいいのかもしれません。どれも主人公は実在の人物ですが内容は史実とはかなりかけ離れていますよね。

『一夢庵風流記』 新潮文庫
 今はちょっと落ち目らしい週刊少年ジャンプを読んでいた人はよくわかるでしょう。わたしは小説も好きですがまんがもやめられません。信長麾下ではばさら者として有名な前田利家の血筋にあたる前田慶次を主人公にした物語です。歴史にはほとんど残っていない人物で作者がかなりの想像を加えて書き上げたものです。これがまんがで有名になってからは光栄のシュミレーションゲーム「信長の野望」にもこの人物が登場するようになりました。

『捨て童子・松平忠輝』 講談社文庫

 

大佛次郎
 
最近あまりメジャーとは言えない作家ですね。ちょっと年輩の方は良く知っているんでしょうか。

『源実朝』 徳間文庫
 この作品は昭和20年、ちょうど終戦を挟んで執筆された古い作品です。実朝を主人公にした他の作品は読んだことがありませんが、あるのかな。どんなことをした人物かあまり知られてはいませんが、この作品では、政治から逃避し和歌、管弦に親しんだ一見ひよわな実朝にも源氏の血が流れていたことをおもしろい視点で描き出しています。

 

杉本苑子
 
永井路子さんに並ぶ著名な女流歴史小説作家です。これまであまり多くの作品を読んではいませんでしたが、これからは少しずつ触れていきたいと思います。

『穢土荘厳』 文春文庫
 奈良時代、聖武天皇の即位頃から東大寺大仏の開眼までを描いた大河ものです。長屋王家の資人であった二人を中心に据え、そこからこの時代、聖武帝周辺の人々、藤原氏の人々を作者らしく描いています。永井路子さんの「美貌の女帝」「氷輪」と時代は完全に重なっています。歴史小説の二大女流作家である二人の視点の違いを読み比べるのも興味深いでしょう。

『汚名』 講談社文庫
 主人公は本多正純、この人物を知っているでしょうか。徳川家康の重臣であった本多正信の嫡子にあたり、自身も家康に重用され辣腕を振るった人物です。家康の死後、有名な宇都宮吊り天井事件で失脚したのですが、その主人公をかつてない解釈で描いています。

『散華 紫式部の生涯』 中公文庫
 紫式部を主人公にした唯一の作品と言われています。かなり謎に包まれた人物(この時代の女性はみんなそうかもしれませんが)である紫式部がいかなる人生を送り、「源氏物語」という大作を世に送り出すことになったのかを丹念に描き出しています。時代は言うまでもなく藤原道長が権力を手中にしていく頃ですから、永井路子さんの「この世をば」と同時期をかなり違った視点から見ていることになり興味深いものがあります。宮廷での華やかな生活とともにに当時の庶民の悲惨な暮らしも対照的に描いており非常に力の入った大作を思います。間違いなく杉本苑子さんの代表作と言っていいんじゃないでしょうか。

『壇林皇后私譜』 中公文庫
 壇林皇后とは平安時代初期の嵯峨天皇の后であった人物です。橘奈良麿の孫にあたる橘嘉智子が本名(?)です。奈良麿が時の権力者藤原仲麻呂に対して起こそうとしたクーデターで失脚し、主流をはずれ不遇だった橘氏から皇后に成り上がった嘉智子を主人公としています。時代がちょうど永井路子さんの「王朝序曲」と重なり合います。「王朝序曲」の主人公藤原冬嗣も登場しますがそのイメージの違いはなかなかおもしろいと思います。橘嘉智子も藤原冬嗣もどう描こうとも政争で多くの人を陥れたことは事実ですけどね、やはり主人公はよく書かれているのかな。

『新問はずがたり』

『風の群像』講談社文庫
 杉本苑子さんは吉川英治氏に長く師事されていたそうです。ちょうどその期間にあの有名な「私本太平記」が執筆されていたのです。それからかなりの年月をおいて杉本苑子さんが太平記を題材にしたのはどういう心境だったのでしょうか?
 太平記ものを読んでいつも思うことですが、南北朝というのは訳のわからない時代ですね。出てくる人物はクセモノばかり、足利尊氏がいったいどんな人物だったのか? 考えれば考えるほどわからなくなってしまいます。

 

番外編

『元禄御畳奉行の日記』 中公文庫
 これは小説ではありませんが、わたしの愛読書の一つであります。題名の通り元禄時代(江戸時代の一部です)、尾張徳川家の中級武士(もう少し下か?)でのちに御畳奉行に出世した朝日文左衛門の長年にわたる日記を神坂次郎さんが一般向けにやさしく解説したものです。酒好き女好きのいい加減な男なのに日記だけはまめにつけていたとは。こんな不真面目な日記が300年も経って有名になるなんて本人が知ったら何と言うでしょう。たまに仕事をして他は遊んでばかり、それでも御畳奉行に出世して大坂へ畳買い付けの接待旅行と読んでいて笑いが止まりません。

『問はず語り』 岩波文庫
 杉本苑子さんが小説としての作品を書いていますが(『新とはずがたり』というタイトルです)、元々は鎌倉初期の筆者が自分の人生を綴ったものといわれています。ただ、これには異説もあり源氏物語を意識した自伝風小説とも言われているようです。内容はかなりショッキングで自伝とするとかなりの問題作でしょう。院の妻となりながら西園寺の貴公子と不倫をし、さらに別の皇族とも関係を持ちます。わたしはこれはどうも作り話なのでは(100%かどうかは別として)とおもっています。(学問的にではありません。)

 

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