「Oh!157−病原性大腸菌が見た人間社会」 1996.11.06
病原性大腸菌「O157(オーひゃくごじゅうなな)」の爆発的な集団発生が、
日本中を震撼させた1996年。一部には、病原細菌テロ説までまことしやか
にささやかれたこの食中毒騒動、心配ばかりが先行して肝心のO157の素性
が「ベロ毒素」なる言葉の他はあまり知られていないのはどうしたことだろう
か。帯広のとある幼稚園で発生したO157食中毒でも、実際に発症家庭や発
症園児の兄弟姉妹に対する偏見行為が問題となった。弱者に対する思いやりよ
りも、危うきに近寄らず、さらに追い打ちをかけての「いじめ」が横行する‥。
マスコミの見出しを追うとこんな殺伐とした人間社会が見えてしまうが、実際
にそうした行動をとった人はそうは多くないのかもしれない。見えない「敵」
だからこそ臆病になるのは、人間が知能を発達させた証しでもあるし、わが子
をかばいたくなる親の心情は人間ばかりのものでもない。ただ、必要以上に警
戒させてしまうものとは何だろう。この夏、堺市で発生したO157食中毒、
「原因にカイワレダイコンの疑い」との報で、当のカイワレダイコンはもちろ
んの事、その他に野菜まで消費がガタ減りしてしまい、おかげで農産物の自由
化に対処するために野菜作に期待していたあちこちの農家が経済的打撃を被っ
てしまった。かく言うOMPも、そんな農民の一人だ。おまけに、今年の十勝
は夏場の記録的な日照不足(例年の7割)、頼みの綱だった野菜の価格低迷はま
さに踏んだり蹴ったりの「人災」に等しい。でも待てよ、そんな農家の食卓だっ
て、実は「なまもの」を敬遠していた家庭、結構多かったんじゃないだろうか。
農家の良さは、なんと言っても「食料自給(持久?!)」できるところじゃない
か。ところが、生活の質を消費支出の額で満足しようとする農家意識、ないと
は言えない気もする昨今である。試しに、農家の台所の冷蔵庫を拝見させても
らったら、その中に食品衛生法の表示義務によるところのシールやラベルがい
たる所にあることにびっくりするかもしれない。食べたくなくとも食べてしまっ
ている食品添加物、その表示法にも問題はあるが、書いてあるだけ良心的な食
品会社なんていう世相も恐いものがあるね。
そうそう、冷蔵庫といえば、「冷蔵庫に入れておけば安心」という感覚も今
回のO157禍が見せつけてくれた「常識の罠」だった。病原性大腸菌と一口
にいっても、実は5つの分類があるらしい。
1.毒素原性大腸菌
2.組織侵入性大腸菌
3.病原血清型大腸菌
4.腸管出血性大腸菌(Vero毒素産生性大腸菌)
5.腸管付着性大腸菌
もちろん、今回の集団食中毒の主役は4.の腸管出血性大腸菌の仲間であり、
その種類を表す血清O抗原のタイプが157番目に同定された型のもの、さら
に鞭毛の抗原型であるH抗原型が7のタイプのもの、これがO157:H7型
大腸菌の謂れである。ちなみに、「ベロ毒素」の「ベロ(Vero)」とはミドリア
カゲザルの腎細胞由来の細胞株のことで、それに壊死性の変化を与える毒素で
あることから名付けられている。溶血性尿毒症症候群(HUS)が起こる訳がこ
こにある。話が横道にそれてしまった。このO157の性質として、零下180
度でも死なない、それからわずか数百個の菌でも症状を引き起こすことがある
ほどの感染力を持つとされる。発症者の下痢便1グラム中に数億個、下痢便一
滴におよそ百万個もの菌があることを考え合わせると、感染のしやすさが理解
できるんじゃないだろうか。「寒くなってきたから食中毒は起きない」なんて
いうのも、どうやら当てはまらないのがこの病原性大腸菌O157である。
こんな恐い話が続くと、すっかり神経質になってしまって、何も食べられな
くなってしまいそうだが、実際には大人が感染しても症状が出ない場合もあり、
アルコール消毒や摂氏75度以上で殺菌されるしまうのは、他の細菌と変わる
ところはない。
この程度の知識は、インターネットのO157関連リンクのどれかを紐解け
ばすぐに手に入れられる。幼い子どもたちが食中毒の餌食となってしまうとこ
ろに、ひょっとすると大人たちはもっと関心を払わねばならないんじゃないだ
ろうか。講談社から出ている「笑うカイチュウ 寄生虫博士奮闘記」藤田紘一
郎著には、実に示唆に富む洞察が述べられている。アレルギー疾患を抱える現
代人の増加は、実は食物の衛生状態が良くなりすぎてしまったせいではないか
という考察である。すなわち、昔は無農薬、人糞の肥やしが野菜では当たり前
だったし、その結果としてカイチュウなどの寄生虫感染もこれまた普通だった。
寄生虫の排泄物が体内で抗原となって、大量の「非特異的」「不活性」な免疫
グロブリンE抗体を人間に作らせる。そうすると、アレルギー反応を引き起こ
すヒスタミンやセロトニンなどの化学物質を放出する好塩基球、肥満細胞の表
面がこうした不活性な免疫グロブリンで被われてしまい、アレルギー原因物資
のスギ花粉やダニと死がいといった抗原と一緒になった抗体がとりつけなくなっ
てしまう、つまりアレルギーは起こらないというわけだ。子どもたちが病原性
細菌に弱いのは免疫システムが十分に機能しないからでもあるが、ひょっとす
るときれいすぎる「食事」がかえってその機能の発達を弱体化させているよう
な気がしてならない。ひ弱な子どもたちをますますひ弱にしてしまう食生活。
もちろん、それが「現代的」スマートさなのかもしれないし、常識なのかもし
れない。風邪をひけばすぐに抗生物質のお世話になる、これだってスマートさ
の一つじゃないかな。でも待って下さいよ。メチシリン耐性黄色ブドウ球菌感
染症という、とても厄介な病院内感染症が問題になった理由はなんでしたっけ。
効果てきめんの抗生物質の多用によって、抗生物質が効かない菌が生き残って
しまい、対処に頭を抱えてるんですよね。
そういえば、農家が作物の病害虫といたちごっこをするはめになったのは、
農薬を使うことによって、結局は農薬に耐えられる菌や虫たちを「選抜」しつ
づけていることによるのでした。新しい農薬が出る。何年もしないうちに効果
が出にくくなる。農家は新しい農薬の登場を期待する。農薬会社は、新しい農
薬の開発に明け暮れる。だから、作物と農薬の関係はずっと続く。。。
どうすれば、農家はこのジレンマから抜けられるのか、なんだかO157た
ちが農家や消費者さんたちをせせら笑ってるような感じがしちゃいますね。社
会の構造はどんどんと「都市の拡大」という形で「文化的な暮らし」をシンボ
ライズしてきましたが、その一方でありふれたバイ菌からも笑われてしまう程
ひ弱な人間たちの「人間改造」が進行しちゃったんじゃありません?
ひ弱な人間たちにとどめをさそうと、虎視たんたんとO157の次の座を狙っ
ているバイ菌たちが控えている、嘘だと思うでしょ、思いたいでしょ。実は、
ベロ毒素を作り出す遺伝子は細菌を出たり入ったりしているバクテリオファー
ジというやつによって「運ばれている」可能性が指摘されてるんです。つまり、
今は何の病気を引き起こすことのない細菌たちが、ある日突然、O157と同
じ「武器」を手に入れて人間社会を攻撃してくるかもしれない。人間たちは、
自分のために良かれと思ってやっていることが、長い目で見れば「たくさんの
敵を増やしている」ことに早く気が付いて、できるところから「食いあらため
ていく」べきじゃないかな。食と農が歪めば、敵は次から次ぎへと押し寄せて
くるような気がしてならないんだけれども。
COPY RIGHT 1996 Seiji.Hotta
ホームページへ