私は学生時代を北海道で過ごしたため、大雪山には何度となく足を運びました。数ある峰々は、それぞれに美しく、短い夏には山一面を高山植物が埋め尽くします。今回はこの最高の季節に、念願のクワウンナイ川〜トムラウシ〜十勝岳〜富良野岳のロングコースの縦走を行いました。
クワウンナイ川の入り口は、天人峡温泉の整備された駐車場の直前から忠別川沿いの林道を登りはじめます。入口付近の林道は近年の台風のによる大水でですっかり流されており、わかりにくいばかりか、危険箇所もありますので十分な注意が必要です。
崩落箇所をいくつか渡ると、広い林道が続きます。いつのまにかにクワウンナイ川との合流を過ぎ、眼下に流れる渓流の源は、すでにトムラウシから注がれているはずです。
林道が広い河原と同じ高さになるところが、ポンクワウンナイ川との出合で、右手がクワウンナイ川、今回はこちらに足を進めます。
ここらは当分単調な広い河原歩きが続きます。何度も渡渉をしながら進みますが、源頭の水源は、大雪のきびしい冬に降り積もった雪解け水ですから、夏とはいえ、一日中浸かっているにはつめたすぎます。
今回は、釣りなどで使う胴付という腰まで防水された長靴みたいなものを使用しました。これは、荷物になり、通気性がないため、とても蒸れますが、冷水の激痛に、あるいは感覚を失うよりはましで、私はよく使います。靴底もフェルトばりで滑る岩にはとてもよく利きます。
計画では今日の幕営地は化雲沢の出合を予定していましたが、出発が少し遅れたこともあり、時間も午後5時を回っていたので、その少し手前の河原にテントを張りました。
食事もそこそこにあっという間に夢路につきました。
渓流の音に起こされると、あたりには霧が立ちこめていました。白い霧は、黒々と鈍い光の岩と、時折無秩序におかれた流木以外のすべての景色をを覆い隠しています。また、勢いよく流れる渓流の轟音すら飲み込んでしまいます。
3時間ほど歩いたでしょうか、突然眼前に大きな滝が現れました。魚止めの滝です。左側を踏み跡を難なく高巻きすると、更に大きな滝が行く手を遮ります。高巻きの踏み跡が見つかりません。無理矢理草付きを登ると、何とか踏み跡を見つけましたが、すくに崩落がありました。スパッと道が切れ落ちています。遥か眼下には目指す沢音が聞こえます。薮漕ぎで更に登るしか方法ありません。
薮は北海道特有のネマガリダケです。背丈は3〜4メートルあり、太さも2〜3センチメートルあります。実に見事に密集して、また、弾力もあります。それが、容赦無く攻撃してきますから、、いつものことながら、閉口します。
視界のきかない、ネマガリダケのジャングルを行くと次第に沢音が大きくなります。沢音を道しるべに進みます。突然視界が開け、想いもよらないすばらしい光景が、眼前に広がりました。
とても広い、まぶしい空間が視界のなかに飛び込んできました。沢一面にシラウオが飛び回るように、みずもが輝いています。沢底は数キロメートルにわたり平板な一枚岩が続きます。水は沢幅一杯に流れますが、中央部をのぞき、表面を流れる程度です。これが、川底の凹凸で、ごく小さく無数の白波を立て、木々のこずえからもれる光に反射してこの光景を作り出します。
ここが滝の瀬十三丁です。光に満ちあふれる、ナメが続きます。沢底の一枚岩には快適なフリクションがあり、まったく心配ありません。とても解放的な沢が続きます。いくつかの小滝は卷くことも、直登ることもできます。水量の割に深い淵も多く、今日のこの様相からは想像できませんが、増水時は恐ろしい状況になるのでしょう。
1時間ほどで快適なナメ歩きを終えると、黒4ダムの大放水を思わせるような見事な滝にあたります。ハングの滝です。ここは真ん中の尾根にはっきりとした踏み跡があり、迷うことはありません。急な踏み跡で高度をあげると、最後に10メートルほどの垂直な壁があります。ここにはフィックスが残置してありましたが、少し怪しかったので、荷物を置き登りました。ホールドはたくさんありますので問題はありま せん。上部で確保を行いまず荷物を引き上げましたが、山行開始直後でもあり、たいへん重たく、一汗かきました。
沢にもどり、更に足を進めます。階段状のやさしい滝を越える頃には、いつのまにかに水量も減っています。沢の両岸には、ヤチブキの鮮やかな黄色の花が眼にまぶしく飛び込んできます。植生のも変わり始めたことがわかります。吹く風も、さわやかな高山の風に変わりました。
更に水量は減り、沢幅がひとまたぎほどになると、化雲岳の裾野に広がる、広大なお花畑が出現します。一面の高山植物、特にチングルマの淡乳白色の大群落は実に見事です。踏み跡はしっかりしていますが、花々が踏み跡にも咲いていますので、注意深く歩きました。クワウンナイ川の源頭は、もう眼の前です。