死は誰にでも平等に訪れます。立花隆著「臨死体験」によると、死とは思ったほど怖いものでもないようです。私はこの本を読んで、死ぬのも悪くないな、と思い、それ以来あんなに怖かった飛行機もかなり平常心で乗れるようになりました。しかし、いまだに未知の世界であることに変わりはありません。死にゆくとき、人は何を考えるのでしょうか。できることなら、最期まで「人間」でありたいものです。
そこで、人間の特権である「遺言」を考えてみました。といっても「遺産の分配方法」などという生臭いものではなく、いわゆる「いまわの言葉」「最期の一言」です。できるだけインパクトのある、残された者達の心に残る、素晴しい一言を見つけようではありませんか。

警告:このページは長いので、お金のかかる方はいったん回線を切ってからゆっくりお読みになることをお勧めします。


「遺言」のための準備

その1:畳の上で死のう
まずは「大往生」であることが大前提になります。病に倒れたあげく意識不明のまま死んでしまっては何も言えませんし、気管切開などされてチューブをつけられても遺言は不可能です。もちろん事故死もだめです。今から健康管理を万全にし、安全運転を心がけ、海や山にはできるだけ出かけないようにしましょう。冬山登山などもってのほかです。バイクはやめて車か電車にしましょう。太っている人はこれを機会にやせましょう。会社では出世にこだわらず、健康を優先してください。いくら出世しても体をこわして遺言も出来ず死んでしまっては何にもなりませんからね。そう思えば出世した同期への嫉妬心など一瞬でかき消えてしまうでしょう。大丈夫、最期に笑うのはあなたのほうです。
しかしここで難しいのは「ボケ」との兼ね合いです。あまりに安穏な生活をしていると、早くからボケてしまいがちです。最期までクリアな意識を保つために、定年後は(主婦だった方は子育てが終わり次第)おのおの趣味や生き甲斐を見い出してください。もちろん、命を危険にさらすようなことは避けなければなりません。「山菜取りに夢中になる」「ゲートボールの勝ち負けにこだわる」「孫の運動会ではりきる」などは、あなたが思っているよりずっと危険です。用心しましょう。

その2:見取ってくれる面子をそろえよう
いくら大往生でも遺言を聞いてくれる人がいなければ何にもなりません。とりあえず結婚しましょう。子作りにはげみましょう。結婚しなくても、子供だけは作っておきましょう。そして、その子供が孫をたくさん作ってくれるよう、健康で性格のいい子に育てましょう。子育てがいくらつらくても、「これもあの一言のためだ」と思えば乗り切れることでしょう。

その3:最終的なイメージを考えよう
死後、どんな風に語られたいか、を考えておきましょう。たとえば「心のやさしい人だった」と言われたければそういう人生を送らなければなりません。「因業じじいだった」と言われたければ(結構こういう人いるもんです)それなりに人に嫌われる努力が必要です。「謎の多い人でねえ」と言われたいのなら、意味不明の行動や言動などを時折しておかなければなりません。いわゆる「伏線をはる」ということですね。長期間に渡ることだけに、最初にきっちりと具体的なイメージを決めておくことが肝心です。

その4:どんでん返しの有無を決めよう
最期の最期にどんでん返しというのもなかなか趣があるものです。これをどうするかも決めておきましょう。ありがちなのは、愛人、隠し子の存在を明かす、というものですが、いうまでもなくこれには大がかりな準備が必要です。しかもその愛人や隠し子に生前に出て来られては台なしですから、人選がすべての鍵を握るといっても過言ではないでしょう。今の時代ではなかなか難しいかも知れません。そこでお勧めなのは「いたちの最後っペ型」です。家ではおとなしく、いい父親であった夫が、最期に「結婚3年目ぐらいからずっと離婚を考えていた。とうとうできなかったな、ガクッ」などと言うのはかなりのインパクトがあり、死後しばらくは話題になる「遺言の成功例」のひとつにあげられるでしょう。特に努力しなくても奥さんの尻に敷かれていればいいわけですし(必然的にそうなっている人、たくさんいるでしょ?)、なんといってもぐうたら女房のだらしない寝顔をみながら遺言を考えるのはたまらなく楽しいではありませんか。
一方、女性の場合はいわゆる良妻賢母であればいいわけですが、これはかなり難しいでしょう。もう今の女性はそういう風に育てられていませんし、少なくとも私には絶対不可能です。それよりは子供に「あなたの本当のお父さんはね・・・」という形のほうが現実的ですし簡単です。女性にはこちらをお勧めしておきましょう。男性に不自由しない方は複数の子供がいて、それぞれ父親が違う、などという高度な技にも思いきって挑戦してみましょう。むろん、生前にバレてはいけませんし、「やっぱりね」などと言われても失敗です。計画には慎重かつ繊細な心配りが必要です。
また、「あの人が最期にまさかあんなことを言うなんて!」といったどんでん返しもあります。これは生前のイメージをしっかりと作り上げることが成功の鍵です。最期の最期にそれを打ち砕くことで、死後しばらくは遺族の話題の中心になれることでしょう。これにはイメージ作りの段階から「どのようなイメージを」「どのように壊すか」というしっかりとした計画が必要になります。


こうしてみると、「よりよく死のう」とすることは結局「よりよく生きる」ことだというのがよくわかりますね。さて、とりあえず今できるのは最終的なイメージとどんでん返しの有無を決めることですが、大体お決まりになりましたでしょうか?それでは実際に例をあげて考えることにしましょう。


「遺言」の実際

その1:訓示タイプ
長年の経験を生かした、人生の達人でなければ言えないような一言であることがこのタイプの最大の特徴です。まさに遺言の王道といえるでしょう。長い人生の中で得た知恵と知識をフル活用し、遺族の心に響きわたる言葉を考えましょう。「人生は」あるいは「世の中なんて」という出だしにしておくと考えやすく、重みがあり、多少意味不明でもその場の雰囲気で名言に聞こえるという利点があります。このタイプは「いい人、どんでん返し無し」「りっぱな人、どんでん返し無し」「頑固者、どんでん返し無し」「甲斐性無し、どんでん返し希望」「無口な人、どんでん返し希望」など、幅広い方々に適応します。

例:
「人生は、結局のところ恥の積み重ねだなあ」
      遺族へのはげましも含んでいるところが秀逸と言えるでしょう。
「人生なんて、三途の川に沿って歩いているようなもんさ」
      まさに死に逝く人にしか言えない言葉ですね。
「世の中、金じゃないねえ」(あるいは「世の中、金がすべてだ」)
      ま、平凡ですが。
「人生、最期に帳尻が合うもんだ」
      私は幸せだった、悔いはない、という意味を言外に含んでいます。

失敗例:
「人生は商店街の三叉路に立つ電信柱のようなものだ」
      凝りすぎです。意味もまったくわかりません。
「人生たあ、人が生きることさね」 
      うーん、深読みしてくれれば結構いけるかもしれませんが。
「Life is loneliness」
        英語はよしましょうよ、英語は。

その2:告白タイプ
これは前述したように「実は・・・」というものです。人間誰しも人には言えない、もしくは言いたくないことを抱えて生きていますが、いまわの際になって初めて素直になれるようです。この心境は「どうせもう死ぬのだから」というすてばちな気持ちとはあくまで違うと考えています。もちろん今、これを読んでいるあなたなら長年あたためてきた計画通りの告白をすることになります。 このタイプはあらゆる「どんでん返し希望」の方に適応します。

例:
「実は浮気を1度だけしたことがある」
      「1度だけ」でどんでん返しのできる真面目な方向きです。
「実はあちこちに合計1億2千万の借金がある。後はたのんだぞ」
      生前はそんな素振りを見せないよう充分気をつけましょう。
「○○バラバラ殺人事件の犯人はわしだ。遺体の一部はこの家に・・・」
      完全犯罪のできる上級者向けです。もちろん時効にしておきましょう。
「いままでだまっていたが、この家の縁の下にシロアリが大量繁殖している。早くなんとかした方がいいぞ」
      葬式後の大騒ぎが楽しみですね。「早くいえよ〜、じいさ〜ん」なんて。

失敗例:
「実は30年前からかつらだったんだ」
        んなこたあ、とっくにばれてるに決まってます。
「実はこの美貌、整形だったのよう」
      もうしわくちゃですからなんのインパクトもありません。
「実は若い頃、山羊とやったことがある」
        それを言ってはいけません。

その3:感謝タイプ
「みんなのおかげで幸せだった。ありがとう」というものです。遺族に泣きながら見取って欲しいのなら、このタイプをお勧めします。いい人が最期の駄目押しに使用するもよし、偏屈じじいがどんでん返しに使用するもよし、当たりはずれのないトラッドなものだけに、その人気は今だ根強いものがあります。さあ、あなたも号泣する遺族にかこまれてこの世を去りましょう。

例:
「長いこと寝たきりで、すまなかったねえ」
      これで長年の嫁姑の確執も解消できますね。
「あ・・・り・・・がと・・・」
      シャイな方は言ったらすぐに死にましょう。照れ臭いですからね。
「ずっと言いたかった・・・おまえにありがとう、と」
      どんなにひどい夫でも、これですべてが帳消しでしょう。

失敗例:
「こんなに大きな床ずれも冥土のみやげになるわね。ありがとう○子さん」
      最期まで嫁イビリではご自分の格を下げてしまいますよ。
「ここまで長生きできたのも、ひとえにミケのおかげだよ」
      たとえ本心はそうでも、これでは遺族がしらけてしまいます。
「あなたのおかげで波乱に満ちた人生を送らせていただきました」
      嫌味にしか聞こえません。

その4:最期のお願いタイプ
「私が死んだら・・・してくれ」というものです。有名なものに「骨を海に撒いてくれ」があります。最期ですから、大抵のことは遺族がかなえてくれることでしょう。死後どうしてもして欲しいことがあれば、この時まで言わずにおくのが賢い方法です。長年の恨みを晴らしたい場合などは無茶なお願いをして遺族を困らせることができます。また、「わがままな人」で通したい方はこれが最期の「わがまま」になります。その名に恥じない「わがまま」なお願いを考えておきましょう。このタイプは生前のイメージとの兼ね合いでたくさんの方に適応しますが、いいイメージを大事にしたい方にはあまりお勧めできません。

例:
「墓には赤い薔薇をたくさんそなえてね」
      これを言って許される人はそういないかも知れませんね。芸術家の方に。
「遺産は全部慈善団体に寄付してくれ」
      これも定番ですね。遺書もあらかじめ書き換えておいてください。
「毎年、命日には桃をそなえてちょうだいな」
      かろうじて「いい人」向けのささやかなお願いといったところです。

わがままな人、変わった人向けの例:
「棺桶に掛ける布はペイズリーの柄にしてくれ」
      「ヒョウ柄」「迷彩色」など、好みのものにしてもらいましょう。
「葬式の時の垂れ幕はトリコロールにして欲しい」
      「紅白」という訳にはいきませんからね。これならなんとか。
「戒名には”@”を入れてくれ」
      ロカビリーなあなたなら”ボビー”とか”ジョージ”でどうぞ。
「墓石はミッキーマウスの形にしてちょうだい」
      かわいいものにしましょう。お孫さんの喜ぶ顔が目に浮かびますね。
      

失敗例:
「火葬は絶対いや!」
      「そんなこと言われても、法律だもんなあ」と焼かれるのがオチです。
「遺体はハイチに運んで、ゾンビとして生き返らせてくれ」
      怖すぎます。せめて「化けて出てやる」くらいに抑えましょう。
「南極点に埋葬してくれ」
      冗談にもほどがあります。同様に「月」や「火星」もペケ。

その5:謎の言葉タイプ
「謎の言葉を残して死にたい」こう思っている人、いませんか?遺言というよりは「ダイイング・メッセージ」と言ったほうがいいでしょう。これには大きく分けて2つの型があります。あらかじめ謎の答えを用意しておいて(あるいは事件の真相などでも可)、遺族にそれを解かせるもの。もうひとつはずーっと謎のまま残るもの、です。前者は遺産の隠し場所などを暗号にし、いまわの際に口走ればいいわけです。あまり長いものだと言い終わらないうちに息が絶えてしまいますから、なるべくコンパクトにまとめておきましょう。後者は特にそういうしこみは必要ありませんが、時が時だけに「謎」っぽい言葉でないとうわごとと間違われてしまいます。気をつけましょう。このタイプは「妙な人」「変な人」「よくわかんない人」「頭のよすぎる人」などに適応します。そういうイメージがないと聞き流されてしまう危険が大きいので、「真面目な人」「いい人」はたとえどんでん返し希望であっても手を出さないようにしましょう。

例:
「赤鬼、青鬼、辰巳の方で出会う大木の下に我有り」
      クラシカルでよろしいですね。いかにも宝が埋っていそうです。
「2、4、13・・・2、4、13・・・」
      繰り返すのがポイントです。何かを必死に伝えようとする感じで。
「高柳源蔵だ・・・あいつなら全部知ってるはずだ・・・」
      架空の人物ならそれらしい名前にしましょう。

失敗例:
「ときだれた なおしくれ あおじんわ とうだのこ めけけで」
      昔のドラクエじゃないんですから。それに誰も覚えられません。
「みえこ・・・みえこ・・・」
      どーせ昔の女でしょ!と遺族をあきれさせてしまいます。
「バケラッター!!!」
      錯乱状態としか思えません。


「あなたの遺言」募集のお知らせ

さて、ここまでくればあなたの遺言のイメージもかなり形になってきたことでしょう。お決まりになった方はぜひメールで教えてください。傑作はこのページで紹介させていただきます。練りに練った最期の一言をお待ちしています。

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