引っ越しから10日余りが経ちました。家の中は大分片付き、引っ越しウツ病(←言い張る)も治りました。真ん中2人も新しい保育所に通うことが決定。過酷な引っ越しで出来た私の目の周りのくまも薄れ、まだコルセットを巻いておりますが、ぎっくり腰も良くなりました。新しい生活が発進し、徐々にシフトアップしております。ここまでくればもう「落ち着きました」と人に言えるでしょう。
今回の引っ越しは18で実家を出た時から、数えてなんと10回目の引っ越しでした。独身の頃は本当によく引っ越しをしました。同じところに3日いるとヌシになってしまう私は、同じところに2年いると飽きてしまうという訳のわからないヌシでした。引っ越しは大好きでした。荷物が減って身の周りがすっきりし、さまざまなことを含めて生活をリセットする、文字どおりの「心機一転」は本当に気分がいいものでした。ですからダンナが転勤族であることを知ったときも(結婚してしばらくは知らなかった)「また何度も引っ越しができる」ととても喜ばしく思っていたのです。
しかしながら、今回は自分がもうひとり身ではない、ということを心身共に痛感させられた引っ越しでありました。つがいになり、繁殖するためにはどうしても地面に根を下ろす覚悟が必要です。我々が初めて根を張ったのは北海道の平取町でした。5年間。長い人生を考えればほんの一瞬かも知れませんが、その間に遺言のオーディエンスを生産し、一緒に飲んだくれてくれる「お友達」をゲットし、忙しい最中にもパソコンのキーボードやタイコやカラオケボックスでの手拍子など、いろいろなモノを叩いて楽しみ、「センセイ」から「主婦」へととりあえずは転身すべくその基盤を、暗中模索や見当違いや試行錯誤を繰り返しながらも築いた、そういう5年間でした。子供がたくさん生まれた分根も深く伸びていたはずで、それを今回いきなり他の土地に移しちゃったわけですから、冷静さを取り戻した今考えると相当の「植え痛み」を伴ったのはこりゃ当り前のことだったと納得できます。
はっきりいって、転勤が決まったあたりでは今回の引っ越しを完全になめてかかっておりました。うれしいなあ、また別なおウチを好きなようにアレンジする楽しみが出来た、といつものようにプラス面のみを意識し(もちろんそれで概ね正解だとは思いますが)、「住み慣れた土地を離れたくない自分」が抑えきれないほど大きな存在であったことに気付こうとしませんでした。「大好きなはず」の引っ越しで、体調を崩したり、精神的に不安定になったり、はっきり「イヤだ」と思ったり眠れなかったり泣いたりダンナに当たったり飲まずにはいられなかったりジャイアンツが3連敗したくらいでモノを投げたり(いや、これは当然か)、そういうネガティブな自分が顔を出すのは不本意きわまりないことであり、ワタシはどんなことでも面白がる人間デアル、と自分自身を決めつけている私にとって「それ」を直視するのは非常な苦痛でありました。しかし、自分を取り巻く環境がすっかり変わっていたこと、もしかしたら自分自身も変わってしまっているのかもしれないこと、家族を持ったら精神的にさえ完全に自由ではいられなくなるということなどをはっきりと認識できたのはやはり今後の自分にとっては収穫であったといえるでしょう。理想と現実の間には常にギャップがあるものですが、それを認めたがらない、というところが私の意外な弱点だったわけです。
私には「子供が大きくなったら家族解散宣言をしたい」というささやかな夢(?)があります。親だから子供だから兄弟姉妹だから、というこの世で最も根深い「しがらみ」が今だに非常にキモチワルイからです。お互いに寄りかかるのはよしましょうよ、と各人および自分に自立を促す意味での「解散宣言」をぜひともしたいのですが、今回の引っ越しによって掘り起こされたわが家の根っこは想像以上に複雑に絡まり合っており、これが原因で私はエライ目にあったわけですが、今後十数年かけてこのからみつく根っこをひとつひとつ「株分け」していくのが私の努めなのだという気がします。ま、放っといても自然にほぐれていくのが「正常な家族」なのでしょう。私の場合、子供のみならずダンナも株分けの対象だったりしますが。
殺人的とさえ言えた今年の夏もようやく終わろうとしています。「暑い〜」「痛い〜」「死ぬ〜」と大騒ぎで移り住んだサカナくさい町には雨がしとしとと降っています。
大変だったけど、これでまたひとつおりこうになったなあ。
死ぬまでにあといくつおりこうになれるのかなあ。
以前のようにパソコンに向かい始めた母親は遠い目で人生の深遠に思いを馳せたのも束の間、すでに新しい土地に新しい根を伸ばし始めているらしい「人間の幼生」にあっという間に現実に引き戻されてしまうのでした。
御愛読ありがとうございました
長女が転校生として小学校に通い始めました。私に似て環境適応能力の極めて高いムスメです。とりあえず楽しそうに通っておりますが、しばらく引っ込んでいたアトピー性皮膚炎が少々出ております。やはりストレスがあるのかも知れません。前のクラスは男子15人、女子20人の「かかあ天下クラス」だったのに対し、今度のクラスは男子10人、女子5人の「ひくてあまたクラス」だそうで、うらやましい。それにしても、少ないなあ子供。
さて、私の母は岩手県の宮古市という海辺の町の出身なのですが、実は今度住むことになった門別町厚賀の町並みや雰囲気、夕方になると吹く風などが宮古のそれと非常に似ていることに気付きました。子供の頃、大人数のいとこやおじさん、おばさんに囲まれて海や岸壁で一日中遊んでいた宮古の夏休み。スイカやかき氷や花火や盆踊りや墓参り。母が田舎の出身だったおかげで「正しい夏休み」を思う存分堪能できたあの頃。すっかり忘れていた遠い記憶を見事に呼び覚ましてくれたのは風の匂いでした。嗅覚が記憶と特別密接に関わっているというのは本当らしいですね。そういえば、つわりの最中に使っていた石鹸や化粧品の匂いって今だに「おえっっ」ときそうな気がします。脳に刻みこまれた匂いは一生ついて回るのでしょう。
とまあ、こんなことを書いていたら、宮古のイトコからメールをもらいました。ありがとう由紀ちゃん。ご無沙汰してます。元気そうでなにより。それから由紀ちゃんにここを教えた清裕くん。メールくらいよこしなさいね。(←私信)
4日前にはかなり回復していた私の気分も、中日ー巨人3連戦で一気に急降下。テレビに向かって「おしりナップ」を投げつけたりして。夜もよく眠れないし酒量は増えるしでウツ病寸前のような気がします。この場合、やはり「引っ越しウツ病」ということになるんでしょうか?ならない?しかし、ホント、たのむわ、ジャイアンツ。
皆様、ご無沙汰しておりました。想像以上に大変だった子連れ引っ越しを乗り越えて、私は生きております。ようやくHPの更新に着手できましたので、引っ越し当日から現在までの激動の日々を振り返ってみたいと思います。
8/12、引っ越し当日は朝のうち曇りだったものの、昼頃からしっかり暑くなりました。台所の荷造りに予想以上に時間を取られ、出発寸前にはなんと次に入る人がこっちへ到着してしまうというウスノロぶり。「荷物を運び出してから、ゆっくりとお掃除をしてもらおう」と思っていたので、事前には「シャレにならない部分」のみの掃除に止めておいたのですが、予想外の展開に「ヤバイっっっ。早いとこ逃げよう!」と子供を連れて出発。業者はソレっとばかりに荷物を運びこんでしまうはずですから、手伝いの人がいくらがんばったところで、おそらくあんまりきれいにならなかったでしょう。いやあ、悪かったなあ、ホント。
新居(とはいえ築30年近いシロモノ)に到着後は皆さんがとりあえず無茶苦茶に荷物を投げ込んでくださったおかげで、後が大変でした。夜の11時まで、ダンナとビールを飲み飲み(なんで飲むかね?)荷解き。とりあえず居住できる空間は確保できました。疲れた・・・はずなのですが、まだ興奮状態であまり眠れません。ここでグーグー高いびき熟睡できるダンナが本当にうらやましい。ま、これでダンナもこういう時に眠れない体質だったら2人共倒れしてしまいますからね。ノーニューロンなダンナで本当によかったです。
8/13、なんと2年ぶりの生理がやってきました。4児の母はとうの昔に生理痛など卒業している(←ちと悲しい)のですが、忙しい最中にはやはり不愉快です。手足もパンパンにむくんでいます。生理中だからなのか、引っ越し疲れなのかは不明。あ〜あ〜こりゃまいったなあ、などとちんたらしていたら、やってしまいました。
8/14、腰が痛くてよく眠れず、朝からなんだか心身が一致していないようなボワーンとした感じです。体ももちろん疲れているのですが、それ以上にココロも疲弊しているようで、なんだかため息をついては涙がこぼれます。おまけに他の獣医が「お盆休み」を取っているため、ダンナは早々と仕事に行ってしまいました。ダンボールだらけの雑然、いやいまだ騒然としている家の中で、片付けはとりあえず後回しにするとしても、それぞれ違ったバージョンでうるさい4人の子供の世話を不自由な体でしなければならない、となったらやはり泣けてくるのが自然でしょう。ここで泣かずにがんばってしまうと体やココロを壊してしまうわけですね。「泣きたいときは泣く」。これは私がひそかに実践している健康法です。泣くと非常にスッキリするのは女性の皆さんならご存じでしょう。泣きたくても泣けない男性の寿命が最近の不況による自殺で縮んだというのも頷ける話ではあります。男の人もどんどん泣けばいいのにね。
8/15、まだまだ腰は痛いです。疲れています。が気分はやや上向き気味。私はその昔「同じところに3日いるとヌシになってしまうヤツ」と友達に言われたことがあります。環境適応能力が非常に優れている、と褒められたのだと思いますが(そうか?)南極から日本に連れてこられたペンギンだとか、アルムの山からフランクフルトに連れてこられたハイジだとか、異人さんに連れられて行っちゃった赤い靴はいてた女の子だとか、そういう人達よりは環境の変化は小さいよなあ、と涙ぐましい程強引な例を用いて自分を励ましつつ、確かに「3日目」にはすでに新しい家に慣れてしまったような気がします。しかしつっぱり棚を付けたりつっぱり棒をかましたり(←実はマニア)、いろいろとやりたいことがあるのに体が動かないというのは、せっかちな私にとって非常にもどかしいことです。ま、ここはぼちぼちいくしかないなあ、とダンナが本棚に並べたマンガ本を読み始めたら止まらなくなりました。「友子の場合」読み返したらあらためて面白かったよ、はるかさん。(←私信)