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稚 内 | ![]() |
青 ⇒ オホーツクの海 緑 ⇒ 美しい大地 赤 ⇒ 人々の活気やフロンティア精神 自由にご使用出来ます。 ★稚内市のシンボルマークについて |
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日本の最北端に位置し,東はオホーツク海,西は日本海に面しています。 北は宗谷海峡をへだててロシア共和国.サハリンが望めます。 水産都市として知られ,水揚げ高も全国で高位置を誇り, 酪農業も盛んでタンパクの食糧供給地としての役割を担っております。 又,旧ソ連のペレストロイカにより情勢が変わり,ロシアとの貿易都市としても栄え, 稚内空港のジェット化により新産業.観光開発へ向けて大きく変貌しょうとしております。 |
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沿革 稚内は,アイヌ語「ヤム・ワッカ・ナイ」(冷たい水のある沢の意)から転訛した市名です。 「ヤム」→冷たい,「ワッカ」→水,「ナイ」→沢。 この地域は国際,国防上における北辺の要衝として重要視され, 1700年後期〜1800年前期(天明,寛政,文化)の頃から間宮林蔵、 最上徳内などの歴史的な人物が訪れています。 港湾として恵まれた地理条件と良い魚場に恵まれ、6村を管轄する宗谷村を上回る繁栄をしました。 明治33年稚内村、抜海村、声問村の区域をもって稚内村を設置、 翌34年にははやくも町政が施行されました。 明治38年の日露戦争後サハリンが日本の領有になってから稚内ー樺太間の定期航路を開設。 港は重要港として、当時東洋一を誇った築港工事が進められました。 大正に入ると鉄道建設も行なわれ、大正11年には天北線、15年現在の宗谷本線が開通しました。 連絡船も次々就航され、交通・運輸機関が整備された稚内は旭川以北における政治、 経済の中心と成っていきました。 市制施行されたのは、昭和24年、北海道14番目の都市となり、 昭和30年宗谷村を編入して水産業に支えられ今日に至っています。 |
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市役所所在地 〒097 稚内市中央3丁目13番15号 TEL 0162-23-6161 *** FAX 0162-23-4038 |
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”知っ得くコーナー” 世界の同緯度の都市
宗谷岬は、北緯45度31分14秒で日本最北端の地です。ここ稚内とほぼ同緯度の都市は中国のハルピン、イタリア・ミラノ、 カナダ・モントリオール、アメリカ・ポートランド、フランス・グルノーブル(同緯度)、 パリはもっと北の北緯48度58分。日本の最北端がパリより南なのです。 地図帳か地球儀で確かめて見てください。 | ![]() |