1999年開設当初から大人気「レイコのエッセイ」です。 モブログ風の『写真日記〜foto diaria』(2003年9月〜2004年2月)、 現在好評のブログ『musica de blog』(2004年7月より) の過去ログ、コメントも全てこちらで読めます。 左のメニューからどうぞ。
エルメスの奇跡

HERMES...なんていい響きだろう。
エルメス...なんて魅惑的な響きだろう。

と、いうわけで、日本人が一番大好きなブランド「エルメス」を
レイコも大好きだということは皆様もう御存じだろう。
ボッサ彦さんがレイコファンサイトの「レイコ観察日記」でも書いていたが、
私は「エルメス」の何が好きかと言うと、あの「オレンジ色の箱」が大好きなのだ。
深みがあって、鮮やかで、リッチで、固くて、
頑丈で、強くて、丸くて、柔らかい、、、
そういう柔軟なムードのあるオレンジ色の箱や袋、、、それを見ていると、ああ幸せ、、
なぜか心が落ち着くのだ。
これは、もう「エルメスファン」というよりも
「エルメス箱ファン」と言ってもいいだろう。
箱だけじゃなく同じくオレンジの袋もいい。
昔買ったエルメスのネクタイの袋に
子供の命名式で使った掛け軸を入れて保存しているくらいだ。
袋だけではない。実はリボンも好きだ。
このリボンを使って作ってもらったテッシュケースを
愛用していることを、今ここで打ち明けよう。
なんだかとってもボンビーな私。

今年の6月、東京は花の銀座に「エルメス銀座ー日本ー本店」がオープンした。
前日からケリーやバーキンを持ったオバ、、失礼!女性や、
ライオン柄のネクタイ姿の男性群、
はたまた業者さんの仕入に雇われた若いバイトの男の子などなど、、の長蛇の列、
オープン記念にたくさんの記念品が販売されると週刊誌、
月刊誌でもプレオープンに向けて大特集していたカイもあり、
狙っていたものを手に手にオレンジ色の紙袋を10個も20個も
持って出てきた人々にマイクを向ける報道関係者、皆さんも記憶に遠くないだろう。

さて、奇しくもエルメス日本本店オープンと
時を同じくして東京へやってきた私だが、
その騒動には知らぬ存ぜぬ涼しい顔で、見過ごしてきた
いや、正直に言うとクールなふりをして時を過ぎるのをじっと待っていたのだ。
なぜなら、私は人混みが大の苦手。渋谷とか新宿で、
人混みの中、目眩を起こしたことが何度もある。
そこで、ちょっとフィーバーがおさまるのを待とうと思っていたのだ。

札幌には、エルメス直営店が2店鋪しかなかった。
そう、パルコ西武と西武札幌店のふたつきり。
そのどちらも狭い店鋪でお客が5人もいれば「混んでる、、」と、
尻込みしたくなるくらいの規模、当然品薄だ。
それでも、私は大通りへお買い物に入ったら必ずパルコへ、
駅前に行けば必ず西武へ足を運んだ。
もちろん、いつも買えるものではないことは、皆さんもよく御存じだろう。
私も一昨年に「オーデコロン」を買っただけで、去年は布靴を買おうと思っていたが
すでにサイズが切れて手に入れることができなかった。
それでも今年はやっとの思いで安価な綿のバッグを一個買った。
ケリーやバーキンの類いは、高価すぎて買ったことはない。
大抵は、店員さんのシラーーッとした目線となるだけ合わさないように、
優雅なふりをしてウィンドゥショッピングするのみだ。
でも、いいの。見ているだけで幸せだから、、
特にあのオレンジの箱を店内で見かけたりすると、私の幸せ度は頂点に達する。
先日どこかの直営店で段ボールに一杯のオレンジの箱が入っているのを見つけ
とても興奮した。とても怪しい。

時は十数年前、またヨーロッパ旅行の時の思い出だ。
『結婚したけど子供はまだグループ』で
よく洋裁などをしながらおしゃべりしていた仲間に
「ヨーロッパ旅行に行ってくる」と、打ち明けたらば
即「じゃ、エルメスでスカーフ買っきて!」と、頼まれた。
ヨーロッパ旅行は純粋観光目的で、お買い物をする予定はあまりなかったのだが、
ふたつ返事に「うんオッケー!」と
すぐ引き受けるのも私が軽率な所以である。

安い団体旅行だったから、やっと自由になれたその短い時間で、
お目当ての物を買い物するなど、
もともとが「ノンビリゆっくりカメ派」の私にはできない芸当だった。

「エルメス本店」を添乗員さんが指差した瞬間、私は我が目を疑った。
そこには黒山というか、黒イモというか、玄関が半開きになるほど
お客様で超満員のエルメスのお店が、、
恐れながら入っていくと、大きな大きな長〜いワゴンに積まれた
スカーフとただただ懐かしい日本人の山。
渋々ついてきたダンナはクルッと後ろを向き
「オレ玄関の外にいるから」と出て行こうとしている。
「えぇぇぇぇ!だって、自分のじゃないんだよー、
頼まれてたんだから買っていかなくちゃー」と、
袖を思いきり引っ張って中へ進もうとするが、全く入れない。
日本のワゴンセールを更にメチャクチャにした感じなのだ。
どうやらワゴンの中は「スカーフ」でいっぱいらしいのだが、手が届かない、入らない、、
だいたいワゴンにぐちゃぐちゃに入ったエルメスのスカーフなんて、あなた、、、欲しい?

どうやら混雑の原因はエルメスの店員にあることに
気がついたのは30分ほど経過してからだった。
「ノン!ジャポネ!ノン!イングリッシュ!」店員はずっとそう叫んでいる。
「なにぃ?日本語はもちろん英語もだめなの〜?」
どっちみち英語だって怪しい私は途方に暮れた。
「じゃー、ここまで来てここまで待って買えないのぉ?」
日本人がどうしても大好きなエルメスを買いたいけど、買えない、、いえ
買わせてもらえないという残酷な状況がこの混雑を生んでいるのだ。
ダンナは「もうやめろ、やめろ!フランス人はプライド高いからな!
英語もダメじゃ話にならん!」と、
オヤジ口調で本気で出て行こうとしたその時だった。

「どうしたの?何がほしいの?スカーフ?3枚ね。オッケーまかしておいて!」
まるで、天から降りてきたように
美しく聡明そうな日本の女の子がひとり、私に話し掛けてきた。
そして、あれよあれよと言う間に流暢なフランス語で店員と交渉し、
美しいオレンジ色の箱に入った
スカーフ3枚を、私はいつのまにか手にしていた。

唖然として、呆然として、御礼の言葉が上手く出てこない、、、
そして、その女の子はまた神様が隠したように、
人混みに消え、それっきり戻ってこなかった。
私とオヤジのダンナは、なんだかキツネにつままれたような、天狗にあったような、
いえ、もっと神秘的な、、そう羽衣を羽織った天女を見たような気持ちになった。
「ね、今の子誰だったの?」「しらん、、」「日本人だよね」「たぶん、、」
「何?どこいったの?」「わからん、、」「いなくなったよね」「いない、、」

こうして「エルメスの奇跡」は起こったのである。
そこにいた黒山の日本人のなかで、私だけがスカーフを手にすることができた。
しかも3枚も。(注:チャッカリそのうち1枚は自分のもの)

あの女の子は、一体誰だったのだろう、、と、今でも時々思い出すことがある。
私とエルメスを結び付けてくれた女神様?天使?天女?
世の中、まったく不思議なことだらけだ。

日本に戻り、スカーフを広げ喜んでいる友人達の顔を見て、
このスカーフを買ってこれたことが
奇跡であることを、どうやって説明しようかと考えていた。
「やっぱり本物は違うね〜」子供のように首に巻き、無邪気に喜ぶ日本人、、、
こんなに喜ぶのだから、フランス人もいじわるしないでたくさん売ってくれたらいいのに、、

そうして、、十数年が過ぎ、ブランド好きな日本人が 無邪気にエルメスを買い続け、
エルメスの売上貢献率世界第一位を勝ち取った2001年、
堂々としたガラス張りの日本的な建築様式のエルメスビルが銀座に建った。

「さてとそろそろ人込みも一段落したかな?」
と、ようやくこの夏、銀座まで足を伸ばしたレイコ、、、
「ああ、、銀座、、嬉しいな!ランランラン♪何をお買い物しようかな!」
そうして4時間、、田舎から上京したばかりのレイコは
エルメス銀座店を探しに探したが、
結局エルメス銀座がどこにあるのか検討もつかないまま、
銀座の街をウロウロトロトロ、
時だけが過ぎ、日が暮れ、夜になり、気がつけば他のデパートも閉まり、
結局何ひとつ買えなかったのである。

「私って、ほんと、とろいんだぁ〜」半泣きで夜のバスを乗り継いで、
家路についてしまった。
もちろん一段とオヤジ化したダンナはいつものようにこう言った。
「また、何も買えなかったんだろ」

「エルメスの奇跡」は、起こらなかった。

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