レイコのプライベートページをご覧になったことがある方は必ずこう言う。
「へ〜、レイコさんて結構、本を読んでるんだね」・・し、失敬な!!
私は子供達に「ママがいなけりゃ本屋を探せ」とまで言われている
自称「昔、文学少女だった女」だ。
小学生の頃から読んだ本は数知れず、
家の中では本ばかり読んでいるまさに文学少女だった。
私は本をとっても大事にしていた。
特に一番大事にしていた「金のおの銀のおの」という本。
装丁や挿し絵がレトロで、とても好きだった。
悔やまれるのは何度かの引っ越しで紛失してしまった事だ。
話題の「星の王子様」初回版。
母はミーハーなので話題の本を読ませたかったのだろう。
最初小さいモノクロ版の方を買って来てくれた。
しかし気紛れな母は、私に有無をいわさず
勤務先の同僚の持っていたカラー版と交換してきた。
「お嬢さんは小さいから読みやすいカラーの
大きい本がいいんじゃない、って言われたからねっ、それよこしなさいっ」
モノクロのほうが小さくて私は好きだったのに、、と、渋々差し出した淋しい思い出がある。
入院した時にお人形と一緒に買ってもらった「雪の女王」。
とっても素敵な人形を写真にした挿し絵は不思議ワールドで大好きだった。
これらの本は小学生だった私の机に飾っていつでも何度も読み返したものだ。
ハードな仕事を持った、つまり、子供にかまえないウチの母が
次に買い与えた「少年少女世界の文学全33巻」一巻に5.6作品入っている
そのハードな内容は本格的だった。それでも私はがんばって読んだ。
むずかしい「三国志」や「水滸伝」、「15少年漂流記」だって読んだ。
その中の「小公女」と「あしながおじさん」は、思いっきりあこがれて
(つまりシンデレラコンプレックスだった訳ですな。)
それぞれ計6回以上は読んだぞ。(笑)
小学生の頃は世界の美術という小さな全集も大好きだった。
母が夜勤で遅い日は妹と二人、淋しさをまぎらわすように
世界の画家の名前を暗記しあったものだ。
(のちに美大に行くのもその影響かもしれぬ)
もちろん、みんな御存じ小学館の「小学一年生」や、
学研の「科学」「学習」は毎月買ってもらっていたし、とっても楽しみにしていた。
惜しいのは、私の通った小学校はあまり自由に図書館の本を貸してくれなかった。
図書は学校や公共私設の財産だから、今のようにいつでも借りられる
システムにするには無理があったのだろう。クラスの
友達が「怪盗ルパン」や「ホームズ」が好きで、そこから借りて読んでいた。
中学時代はクラスの「読書数記録グラフ」でも常に1位をとってきたツワモノである。
その時2位に甘んじたある自称「文学少女」のクラスメイトはちょっと
いじわるそうにこう言った。
「へ〜あなたって結構、本を読むのね」・・って、同じじゃん。
中学生で読んだ一番の衝撃だった本は
その頃売れていた「飛ぶのが怖い」。
親友が貸してくれたものだ。
とっても大人っぽい内容だったが、
今で言うシンデレラコンプレックスの走りだったわけで、
かなり共感したものだ。
担任が薦めてくれた北杜夫、星新一、筒井康隆などもこの頃に読破した。
高校時代は授業中に文庫本を制覇するのが楽しかった。
片思していた他校の君が読書好きだったせいもあって、
今読んでいる本をさりげに、いやズバリと尋ねて
同じものを買って読んだものだ。(ああ・・・なんてかわいい私)
松本清張、田辺聖子、有吉佐和子、原田康子、渡辺淳一、佐藤愛子、伊丹十三、
山下洋輔、村上龍一、田中泰夫、野坂昭如、中上健一、平岩弓枝、村上春樹、
エトセトラトラ、、、いわゆる流行作家に専念していたようだ。
しかし、過去の人生の中で一番本を読んだのは言わずと知れた「育児期間中」だ。
特に下の子が生まれた頃はほとんど中毒症状を起こしており、朝でも夜中でも
おっぱいをあげながら読んでいたのだ。(ああ・・・なんて親な私)
この頃はどんなジャンルでも見境なく読んでいた。
遅蒔きながら夏目漱石、太宰治、志賀直哉、三島由紀夫
ありとあらゆる詩人の本、文芸作品を一番読んだ時期だった。
ミステリーもSFも歴史物も捕り物帖も大江健三郎さんも読んだ。
活字中毒だったので、新聞でも雑誌でもパンフレットだってかまわなかった。
その中で「林真理子さんが好きだ」と言ったら「やっぱりミーハーね」と、
言われるかもしれないが、言われてもいいっ!私は林真理子さんが好き。
衝撃のデビュー作『ルンルンを買っておうちに帰ろう』は、本当にカルチャー
ショックだった。今まで読んだエッセイストは皆一般的な女性ばかりだった。
男と上手くつきあうためのかけひきはこう、おしゃれに生活するにはこう、
もっともっと向上心を持って、もっともっと前向きに・・・
ポジティヴシンキングの押し付けのようなモノばかりで、
「またか、、」という思いで読んでいたものだが、そんなところに
「私はミーハーよー!芸能人もゴシップも大好き。お金も大好き。
お洋服も大好き。でも、コムデギャルソンのお店って入りずらい〜。
かっこいい男がいいわ。ひねくれてないもの。
業界人は嫌い。俺ってさ〜と、自分のことばかりじゃべるバカ男は嫌い。
男は知的なホワイトカラーがいいわ。
でも、私って思いっきりブスでデブだからモテないのよー。なのに、食べるの大好き、
いつも決意するダイエットも続かないし、怠惰な自分に腹が立つのー!
ああ・・早くホワイトカラーの男性と結婚したーーーい。」と、
大声で叫んだのが林真理子さんだった。
そのあまりに開放的なそして、スピード感のある文章に「こ、これは!!
林真理子、ただものではない・・・」と、今は亡き妹と笑いながら
交互に読み返した思い出深い一冊だ。
それから続く『幸せになろうね』からえんえん著書を読み続けていった私は
読むたびにその才能は本物という確信を抱いていったものだ。
ただのエッセイストでもコピーライターでもない。林真理子は、本物の
小説家であった。のちに書くことになる江利チエミさんの生涯に仕立てた
『テネシーワルツ』などは、個人的に傑作だと思っている。
一冊書くごとにすばらしい才能が大きく花開いていく様子がリアルタイムに
感じ取れたのも、その頭の良さと仕事の早さであちらこちらから
執筆の依頼が殺到したそうで、色々な週刊誌や月刊誌
(「アンアン」「週間文春」等ありとあらゆる雑誌)に
エッセイを書いておられ、
いつも一緒に世の中を生きてきた実感があったのだろう。
ついにはあの「アグネス論争」まで展開した林さんだが、あの時は
林さんの深い筆さばきに感動したものだ。頭がいいっ!いい女だ!
そして・・ご存じのとおり、林真理子さんは何度か直木賞候補に上がり
とうとう念願の直木賞を『最終便に間に合えば』と『京都まで』で受賞。
あの時は本当に嬉しかったな・・・
まるで自分の本当のお姉さんのことのように嬉しかったものだ。
私は「林真理子さんは魔女だ」と言おう。
彼女は今までずっと欲しいものを口に出して生きてきた。
(正確に言うと執筆という職業についてからだが)
そして、そのほとんどを手に入れている。
小説が認められること、大金が入ること、芸能人や著名人のお友達、直木賞、
シャネルスーツをオーダーで作ること、ホワイトカラーの素敵なダンナ様、
かわいい子供、日本の伝統文化に触れる生活、おしゃれなマイホーム・・・美貌・・
(最近本当に実に美しくなってきたと思う・・大人の女の魅力だ。)などなど
思い出してもきりがないくらいだが、「欲しい欲しい」と言っていたころから
知っている一読者の私は本当にそれらを手に入れた林真理子さんが
キラキラと輝いてみえる。「良かったね」と、言ってあげたくなる。
林さんは魔女だからあたりまえだという納得もする。
死にたくなるほど過酷な運命だった過去も、すべて帳消しにしてしまうほど
すばらしいものを次々と手に入れてきた彼女。
彼女が努力して努力してそれらを手に入れたとしても、それは
林真理子という魔力を持った女への、神様からの贈り物なのだ。
そして、いくつになっても変らないミーハーごころと博識を気取らない
チャーミングな性格は、「奥様は魔女」のサマンサを彷彿とさせる。
本当に頭の良い女は「頭いいぶらない」ものなのである。
本屋に生まれ育った林真理子。かつては目立たない文学少女だった林真理子。
本を読んで読んで読んで、今の成功を手に入れた現代の魔女、林真理子。
昔文学少女だった私は強く願う。「そういう人に私もなりたい。」