このスライドは、「第五福竜丸被災事件」に直面した焼津の教師たちによって、1954年9月につくられたものです。

焼津中学の教師・塚本三男氏らとともにこのスライドの製作の中心となった大場悦郎氏は、当時、次のように語っている。
世界の歴史が大きな岐路にたたされたこの歴史的事実を、私たち焼津に住む者が何らかの方法と表現を通して残しておくことは、人間が人間として人間の命を限りなく尊重する立場から必要なことである。
それは将来において、この人類最大の不幸をくり返さぬことを約束するであろう。8月22日、第五福竜丸の船体が焼津港より東京に運ばれたとき、私たち教師は切実にそういう願いをもったものだった。
「死の灰」事件を契機に、原水爆禁止運動が一大国民運動に発展するなかで作られたスライドを紹介します。

再映にあたり、地元の教師たちが心血を注いだスライドの原型をこわさぬよう務めました。

製作・原水爆禁止運動の統一をめざす静岡県民準備会
ナレーション・篠みさを
音楽・松永勇次
監督・加藤貞夫
編集・静岡県平和委員会情宣部