
1日目 13/10/29 新千歳〜関空〜近鉄奈良〜猿沢荘
猿沢荘
千歳、10:45分発のJAS704は満席だった。関空で帯広から到着のO君と待ち合わせ、昼食のあと奈良へ向かった。奈良との接続が悪いのに驚きながら、シャトルバスには1時間も待ち時間があったので電車に飛び乗った。 大阪までは阪急、難波から近鉄と乗り継いで奈良に着いたときは夕闇せまる時刻になっていた。
とりあえず東大寺にお参りして、帰りは街路灯にゆれる町並みを見ながらあるいた、興福寺の境内をぬけ、ライトアップされた五重塔を見上げながら無事猿沢荘へ到着した。
猿沢荘でクラス会
昭和30年3月卒業、皆さん還暦を迎えている。当時の生活から今日の奈良でのクラス会を夢見た人は勿論いない。多くの仲間は卒業式の翌日に就職のために旅立っていった。中卒で自宅を一歩出たら住み込みしかない時代、店員も職人見習いも、 定時制進学もすべて住み込み住まいだった。他人の飯を食って大人になった彼らのたくましさの原点はここにある。
この教え子たちと、自分にも格別の思い出深い猿沢の池のほとりで興福寺の五重塔をながめて飲む酒はうまい。
東大寺は閉門寸前に飛び込んでのお参り。
2日目 13/10/30 長谷寺〜石舞台〜飛鳥寺
長谷寺
朝食のあと、市内観光の皆さんと別れて明日香村へ向かった。案内は奈良へ来て30数年になる教え子のU君、橿原市で酪農の手伝いから自立して食肉店を持ち、大変な頑張りで経営を安定させ財を築いた頑張りやさん。彼の成功の秘密に部落差別をまったく知らなかったこと、日本にそんな差別が有ることも知らず純粋にすんなりこの社会に入り込んで信頼を受けたことが大きいと思った、車の中で若い頃の苦労話を聞きながら桜井の市街をぬけてまもなく長谷寺に着いた。
長谷寺は真言宗豊山派の総本山、天武天皇の代、西暦686年の創建。たびたび火災にあっているが、その都度再建され、西国33ケ所第8番札所となっている。仁王門から本堂に続く回廊には楕円形の灯籠がリズミカルにつづく。本尊は十一面観世音菩薩、8m余。我が国最大の木造佛である。境内は春の牡丹と秋の紅葉が美しいところ。山モミジがまだ青々としていた。家内安全を祈願して山を下りた。
2001年の大晦日、紅白の終了と同時にはじまった「行く年、来る年」の除夜の鐘がこの長谷寺から始まった、灯籠に灯りがともり、階段の両脇にあんどんがゆれて幻想的な雰囲気のなかで除夜の鐘を聞きながらこの旅を回想し2002年の初春を迎えました。
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