8月15日(敗戦記念日) 2005・9・5 加藤
郵政民営化選挙の投票日を間近にして終戦記念日(8月15日)のお墓参りの話はいささか季節遅れとなったが、戦後60年の節目に私のお墓参りには特筆すべき出来事があった。
最近は小泉さんのワンフレーズに辟易しながら選挙の行方を見守っている。郵政の向こうにぼんやりと隠れて、気がかりな憲法や靖国、イラク自衛隊派遣などが透けて見える。郵政民営化はいいとして、この議論から外された部分も合わせて認知しようとしていることは心中穏やかでない。
ところで今年のお墓参りは、戦後60年目にして太平洋戦争の激戦地、あのニューギニアから届いた「小石と巻き貝など」を両親のお墓に入れることができたのだった。この小石を兄の遺品と思いお墓のふたをはずして中のお骨の脇に納めたが。このときやっと親子が一緒になれたように感じて思わず涙してしまった。このニューギニアの小石は旭川市内にお住まいのAさんからいただいたもので、Aさんの父親はAさんが生まれる前に招集され、ニューギニアの「ウエワク」で戦死と聞いています。その父の慰霊で訪れたニューギニアのジャングルや海岸から拾い集めた貴重な記念品の一部をちょうだいしました、Aさんは今年が最後となる慰霊団に参加してこの秋再び彼の地へ向かうと聞いたので、私は兄貴あてに手紙を書いて届けてもらった。手紙には両親の写真とその後の家族のこと、戦後の日本は平和だったこと、最近雲行きが怪しいこと、などをしたため冥福を祈った。Aさんにはあらためて深く感謝申し上げます。
宛先、 ニューギニア ホーランジア センタニ飛行場
野戦高射砲第66大隊 坂井清一 様
資料 センタニ湖を行く米軍の水陸両用輸送戦車隊(1944・4・27)尚米軍の上陸は4月22日。
ニューギニア戦史、ホーランジア、アイタペ米軍上陸作戦について・・・・・・。4月24日センタニ飛行場より撤退した現地司令官稲田少将の日記、「先般来、軍需集積、地上戦備強化をはじめしばかり、悉く後手となり、しかも昨日補給厰地帯直ちに放棄せられたるため、昨今両日集め得たる糧食給養、人員5000に対し半定量5日分に過ぎず。銃数650、小銃弾各20発、機関銃弾若干(各銃200発に満たず)なり。敵の来らざるを頼みとする雑兵なり」
食料は半分に減らしても5日分、銃を持つ兵は10人に1人、20発の弾丸で戦車を先頭に上陸した米軍と戦えるわけもなく、ジャングルへ撤退し、西方260kmのサルミに向かったが兵隊は栄養失調とマラリアで落伍しすべてがジャングルに消え失せた、この部隊の損耗率99.9%。 ホームへ戻る