北海道新幹線試乗  2016/6/10
   
   昨年の秋のある集まりで新幹線が話題になっていた、北海道に新幹線がきたら乗ってみようと言い出した者がいてこの青森までの小旅行が実現した。
 はじめは「ねぷた見物」だったが8月はホテルの確保が無理だとわかり、繰り上がりのこの季節になった、しかし新緑の津軽はさわやかで快適だった。気候よし、お天気良し、仲間よしのこの小さな旅をたのしむことが出来た。
 
 
     駅前、ねぷたの家  ワ・ラッセ

 以前郊外の山の中にあった観光施設が倒産したため、青森市が文化観光交流施設としてオープンしたらしい。制作を体験できるコーナーもあった。
歴史を学ぶことも出来る。


 田村麻呂賞が無くなった経緯も説明されていた。
   二日目はレンタカーでこの度の観光のメイン五所川原市へ向かう。
運転は最も信頼の出来るF君、8人乗りワンボックスに6人はゆったりで快適、郊外の国道はニセアカシアの白い花に囲まれていた。 
            立佞武多の館 
 高さ23m、重さ19トン、高さはエレベーターで4階まで上がって顔の位置まできて上から眺めると良く理解できます、ただし高所恐怖症の人は上に上がれません。重さ16トンは想像もつかないが、重心が低いので倒れる心配は無いそうです。

 明治時代すでに、この高さのものが作られていたが電線の普及で高さが制限され、しだいに背の低いねぷたになっていったらしい。
 1996年、台座の図面や写真をもとに復活させ1998年から祭りの名を「五所川原立佞武多」として90年振りに復活させた、、、、。と観光案内パンフに記載されていました。
 館の入館料は大人540円でした。


 現在のこの山車のコースで、電線をどのように始末したのか、地下に埋設されたのか聞き漏らしてしまった。
    五能線、(木造駅)きづくりえき
 写真は駅に張り付いた「遮光器土偶」です。
昔、旅番組か雑誌のグラビア写真で見たことはあったが、この度はびっくりポン。強烈な印象を受けました。竹下登内閣のとき「ふるさと創生」で配った一億円で作ったそうです。亀ヶ岡遺跡から出土した片足のない土偶がモデルです。この遺跡から発掘された土器や魚介類の骨、木の実などから縄文時代後期の豊かな生活様式が忍ばれるようです。
 司馬遼太郎の「北のまほろば」を読み返しています。司馬さんは必ずしもこの巨大な土偶にはなんとなく賛成ではないようでした。
 司馬さんが「北のまほろば」で津軽を取材したころ、山内丸山遺跡は発掘調査の始まったばかりで、   
  北海道南茅部町の「中空土偶」はまだ見つかっていませんでした。
 北東北と南北海道の縄文遺跡群を歴史文化遺産としてユネスコへ登録予定だったが、何かまだ調査不十分で申請が見送られたという新聞記事が記憶に新しい、南茅部の中空土偶は丸顔の美人です、亀ヶ岡遺跡の土偶はなぜにゴーグル(遮光用のメガネ)をかけているのか調べていません。 
 もう一つ、縄文遺跡群世界遺産登録に南茅部の遺跡が含まれていません、なぜ、何故。この度の私の調べでは解りませんでした。


 黒石市から十和田湖「子ノ口」へ向かう途中、外輪山の一番高いところからの大パノラマ。
  十和田湖畔、休屋でのんびり休憩して、、、、。 
  新緑の奥入瀬をぬけて酸ヶ湯到着。

食事、休憩、入浴(男性のみ)
散策、私の10年前の記憶では建物の傷みも目立ちいかにもひなびた温泉宿だったが、改装が進んで綺麗になっていた。(造り、外観はそのままで)
   酸ヶ湯は大勢の登山客、団体客で賑わっていた、  温泉宿はここもご多分に漏れず中国人観光客でいっぱいだった。


 さて午後も適当な時間となって酸ヶ湯を後にする、途中「かやの三杯茶」で小休止、一杯飲めば一年、二杯飲めば二年、三杯飲めば死ぬまでの命が保証されると表示されたありがたいお茶を堪能して帰路についた。

    三日目、午前9時。
K子さんの見送りで青森駅を後にした、特急券なしで新潟行きの特急に乗ったがOKらしい。
  新青森で乗り換える、この北海道新幹線はすべての座席が指定席で、近距離のグリーン車は利用できない。 土曜日のせいか座席は6割程度が埋まっている、来るときはガラガラだった。
 新函館北斗の乗り換えは大変だった、乗り換えの混雑不便さは無視。新幹線はあくまでも札幌に向かって一分一秒を争っている、しかし現在はここが終着だから全員が一旦おりてエスカレーターを上って下りて函館行きか札幌行きに乗り換える、、だけどホームもエスカレーターも狭くて利用しにくい。
 すべてのお客さんをここで乗り換えさせるようには出来ていない。田圃の中に忽然と現れたこの駅が北海道の玄関口になる予感はしなかった。乗り換えの不便さは10年後に札幌まで開業した時点で解消
 するが函館は無視されたままだ。道民の一人として函館を北海道の玄関として残してほしかったと思う、新幹線を少しUターンさせてJR五稜郭駅まで持って行けば函館観光のお客さんも直接観光地へ降り立つことが出来たし、なにより駅名を「新函館」として北海道の玄関になったと思う。(勝手な雑感、苦言)
 苦労して乗り換えた札幌行き特急はグリーン車だったので快適だった、新幹線は静かで揺れもなく速い、でもゆったりとくつろぎの旅にはこちらの方が快適だった、幹事さん有り難う。 
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