島根、鳥取、京都  19・6・7〜12    加藤登

   出雲大社参拝  6月9日(土)
昨夜は夜半からの雨でホテルの窓から見上げる松江城が濡れている、食事の合間も小雨が降り続いていたが出かけるころから明るくなって、一畑電車の松江しんじ湖温泉駅に着くころには西の空に晴れ間が覗くようになった、気温も20度くらいで涼しい。


私鉄、一畑電車が松江しんじ湖温泉駅から出雲市をつないでいる、ハイヤーの運転手さんの話では赤字で大変らしい。一本だけ出雲大社前直行の特急が出ていると聞いていた、ホテルから車で5、6分、小雨が降っていたのでハイヤーを使った、いつものように運転手さんから旅の情報をもらいながら、赤字の会社にしてはしゃれた特急電車に乗り込んだ。曇り空のせいか宍道湖も暗く波打っていた。









  車内に入ってまず目に飛び込んできたのが天上に大きく描かれた神話のアニメーション。日本書紀に書かれている代表的な神話「国引き」です、八束水臣津野命(やつかみずおみつぬのみこと)は出雲の国が小さいので新羅と能登半島の方から国の一部を切り取り国来(くにこ)、国来(くにこ)と綱で引き寄せ島根半島の西と東に継ぎ足しました。そんな物語を思い浮かべながらおよそ一時間で出雲大社前駅に到着した。

電車を降りると左手に一の鳥居、右前方に二の鳥居が見えて緩やかな登りの参道を歩く。昨夜の雨に洗われて静かで美しい、電車で参拝の客はちらほら、多くは社殿左手の駐車場から入るので我々はゆっくりと歩いた。









駅からおよそ5分くらいで次の鳥居をくぐるといよいよ神域に入る、大きな松の並木を進むが何故か伊勢神宮にくらべて雰囲気が明るい。伊勢神宮の圧倒されそうな厳粛なものでなく、開放的な、庶民的な雰囲気だった。









拝殿、巨大なしめ縄のまえで記念撮影。このしめ縄は、周囲9m、長さ13m、重さ5トンで国内最大のもの。このしめ縄の垂れ下がった部分に硬貨を投げ入れると願いがかなえられるとされ、後方の女性も硬貨の投げ入れに挑戦している。中央部分は堅くなっているので周辺をねらうと吸い込まれるように入った。本殿を囲む回廊を一周した。現在の本殿は1744年造営の大社造り、桧皮葺きの屋根は何度か葺き替えられているが、こけむし古色蒼然としたたたずまいに圧倒される。

  

出雲大社本殿



   我々年代は「古事記」や日本書記」を正式に学習していなくても、戦時中の教科書で神話を歴史の一部として習ってきた。「国譲り」の話はオオナムチ神(大国主命)がアマテラスの使者(タケミカズチノカミ)との闘いで、ここに立派な神殿を造って自分を祀ってくれるなら引退してこの国を譲りましょうと承諾した、アマテラスはこれを歓び早速壮大な神殿を造り、先にこの地に派遣していたアメノホヒ神に仕えさせた・・・。このようにアマテラスの許可をうけてこの地に大国主命(おおくにぬしのみこと)を祀る社殿をつくったのが出雲大社の始まりとされる。銅像は大国主と因幡の白兎、物語は白兎海岸で。→


   小泉八雲・武家屋敷・松江城
             
出雲大社参道で出雲そばを食べ、再び一畑電車に乗って松江市内に戻った、帰りは各駅停車の普通電車で乗り換えもあり、スイチバックの一畑駅、高校生や地元の人々の会話を耳にしながら松江しんじ湖温泉駅に戻った。市内観光アルバムは下の写真をクリックして下さい。
            
    八雲記念館        武家家屋敷         松江城          お堀巡り

市内観光は小泉八雲記念館からはじまった。共通入場券を求めると920円(1150円)で買える。ハイヤーの運転手さんが親切に見学の要点、道順、松江城に入る道筋などを教えてくれた。

         鳥取砂丘と因幡の白兎    07・6・10

特急スーパーまつかぜ4号(80:05)で鳥取へ、改札口を出ると目の前に加藤様としたためたA4の白い洋紙を掲げた観光タクシーの運転手さんが出迎えてくれた。当初レンタカーで回る予定だったが、京都へ向かうJRの接続が悪く、時間にゆとりのないことがわかって観光タクシーを予約したのだった。
 50歳前後と思われる出雲出身の運転手さんが神話にまつわる様々な解説をしながらまずは白兎海岸へ向かった。

白兎神社前に立つ大国主命と因幡の白うさぎ像


白兎神社の前は大改造の最中で、道の駅と駐車場、そこから海岸へ向かって国道を渡る陸橋が架かり(まだ工事中)隠岐の島、撮影ポイントにも入れませんでした。この像は石膏なのかセメントなのか、出雲大社の銅像に比べ安っぽい感じでしたが白兎海岸の観光用には必要なのかと思いました。







 隠岐の島

ここには大国主に教えられ身体を洗った@真水の池、A蒲の穂綿(原文は蒲黄、花粉)、B身体を風にさらした丘の三点セットが揃っていました。パウダー状の蒲の花粉は止血剤、鎮痛剤などとして古代から使用されていたそうです。白兎神社のお参りを済ませて海岸へ出ると「隠岐の島」をバックに大黒さまの歌碑が建っています、懐かしく歌える年代はいくつからでしょうか。
     みなさん一緒に歌いましょう!
1、大きなふくろを肩にかけ   だいこくさまが来かかると

  そこにいなばのしろうさぎ  皮をむかれて赤はだか

2、だいこくさまはあわれがり  きれいな水に身をあらい
  がまの穂わたにくるまれば うさぎはもとの白うさぎ

3、だいこくさまの言うとおり   きれいな水に身をあらい
  がまの穂わたにくるまれば うさぎはもとの白うさぎ

4、だいこくさまは誰あろう    おおくにぬしのみこととて
  国をひらきて世の人を    助けなされた神さまよ
作詞・石原和三郎  作曲・田村虎蔵

因幡の白兎・・・・日本の神話より。
 説話、大国主には多くの兄弟(八十神)がいた。八十神が因幡のヤガミヒメを妻にしようと出かけたとき、八十神はオオナムジ(大国主)に荷物を全部持たせた。気多(けた)の岬に着くと、丸裸の兎が伏せっていた。八十神は「お前の身体を治すには、海水を浴び、高い山の上で風に当たっていると良い」と教えた。兎がその通りにすると、海水が乾くにつれて皮がひび割れ、さらに傷がひどくなった。

兎が痛みに苦しんで伏せっていると、そこに遅れてオオナムチがやって来た。オオナムチが何があったのかと問うと、兎はこう答えた。「私は淤岐嶋にいて、こちらに渡ろうと思ったが渡る手段がないので、海の和邇(わに)に「お前と私とでどちらが仲間が多いか競争しよう。出来るだけ仲間を集めて気多の岬まで一列に並びなさい、私がその上を走りながら数えて渡るから」といった。(わに)は言われたとおりに一列に並び、私はその上を跳んで行って、地面に下りようとする時に「お前たちは騙されたんだよ」と言うと、(わに)は私を捕らえて皮を剥いでしまった。先ほど通りかかった八十神に言われたとおりにしたら、すっかり傷だらけになってしまった」。

オオナムジは兎に、河口へ行って真水で体を洗い、そこに生えている蒲の花粉(蒲黄)を取ってその上で寐ると良いと教えた(蒲の花粉は傷薬に良く使われた)。兎が教えられた通りにすると、体は元通りに治った。この兎は、後に兎神と呼ばれるようになった。兎はオオナムジに「ヤガミヒメは八十神ではなくあなたを選ぶでしょう」と言った。



このように陸上の動物が水中の動物を騙して川を渡ると言う説話は、東南アジアやインドなどによく見られるそうです、観光ハイヤーの運転手さんの解説は和邇(わに)は山陰地方ではサメのことをワニと呼ぶそうです、大国主はお嫁さんをさがしながら薬を持ってきたのでしょうと説明してくれました。白兎神社にお参りして鳥取砂丘へ向かった。

白兎神社

鳥取砂丘

行きは良い良い、帰りは辛い・・・・。
砂丘へ向かう観光客の多さにびっくり、海側の砂丘は無数の蟻の行列だった、運転手さんの説明では、昔はどこかこの近くにもっと規模の大きい砂丘があったが開発で姿を消したそうです、生活者には厄介な砂、土木業者には貴重な資源、砂防林で砂の飛散を防いだり、らっきょう畑になったり、砂の山がこのような観光資源なるとは考えなかった時代の話でしょう。・・・・・・運転手さん安全運転と様々な解説を有り難うございました。


山陰本線の旅
鳥取から浜坂温泉までは各駅停車の鈍行、山の斜面は梨畑、平地は田植えが終わったばかりの水田、ときに海を眺めて高校生と同席の旅でした。浜坂温泉途中下車、ここから大阪行きの特急はまかぜ4号、グリーン車の乗客は二人きりで城崎まで乗り合わせた乗客はいませんでした。本当に山陰は静かです。

 

さすが城崎温泉は京都の奥座敷、京都ー城崎間は特急が何本も走っています。浜坂に比べると駅も駅前も賑やかに混雑しています、きのさき8号、特急グリーン車はほぼ満席でした。17:05京都着。RIHGA ROYAL HOTEL KYOTO に安着。


興正寺・山門

東寺・五重塔

新幹線、京都駅 ひかり370

上野駅、16:50・寝台特急 北斗星

6月7日(木)関空から始まったこの度の旅行は、8日、丸亀・坂出をレンタカーでまわり、岡山から松江に移動して、旅の本命「神話の国、島根・鳥取」を堪能した。松江の宿、サンラポー・むらくもに2泊、静かで清潔で観光地に近く、後にアンケートを書いてすばらしい記念品を頂戴しました。小学生のころ習った神話を当時の人々の生活や権力争いに置き換えながら懐かしく見て回りました。京都は興正寺、西本願寺にお参りし、最後に四国遍路旅の最後と思い東寺を尋ねたところ、お遍路はここが最後ではなくここから始めるものですと、たしなめられた。大日如来を中心にした数々の仏像にお参りして京都をあとにした、新幹線で東京駅、北斗星で上野駅をたって、寝台夜行を含む5泊6日の旅を無事終えました・・・・・。

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