平成21年・年頭の辞        加藤

 何とも気の重い「年の初め」を迎えた。なぜ戦争を止めさせることが出来ないのか。イスラエルのパレスチナ自治区ガザへの空爆のことだ、ハマスがロケットを打ち込むから、空爆は正当な報復手段だと主張しているが、圧倒的な戦力で押さえ込むことが平和への道筋だとしたらとんでもない思い違いだと言いたい。庶民のささやかな平和への願いなんて何の意味も持たないとしたら虚しい。
 ところで昨年はめちゃくちゃに忙しかった、このホームページもまったく手がつけられなかったので、今年こそ心の旅路を充実させたい。まったく展望のない閉塞感のなかで明るい話題を見つけて、前向きに生きていこうと思います。
 体調もあまり良くはないが、病とは仲良くつきあって過ごすように努めます。   ホームへ戻る



                 オバマ大統領就任式

 2009年1月21日(平成21年)、現地時間20日正午、オバマ氏はワシントンの連邦議会議事堂前で就任式を行い、第44代大統領に就任した。
 我々は戦後(昭和20年)、アメリカ民主主義を手本としてきわめて自由な社会を生きてきましたが、しかし自由と平等の本家アメリカには、すさまじい人種差別の有ることも知っていたから自分が生きている間に黒人大統領が誕生するとは思いもよらないことだった。この事実を目の当たりに見て、米国人ほどの高揚感はないが、人生、長生きしていると新しい歴史の展開に遭遇し、いささか希望に向かって生きる力をもらったような気がする。

新聞記事によると、父はケニアからの黒人留学生、母はカンザス州生まれの白人。2つの大陸から来た二人が太平洋の真ん中のハワイで出会い、オバマ氏が生まれた。
 だがその両親が離婚、母はインドネシア人と再婚し6歳の彼は母と二人インドネシアに移り住んだ。ここではイスラム教徒の友達と遊び、後に(71年)祖父母の住むハワイへ一人でもどり、名門小学校に入る。日系や中国系、白人、黒人、先住民が一緒に暮らす多様性の島で異なる人種、民族に寛容な「アロハ・スピリット」は自然に身についたという。
 その後シカゴ南部の黒人貧民街で住民の生活改善に関わり、96年、35歳でイリノイ州議会上院議員に初当選、政界に踏み込んだ。


     ブッシュさんと負の遺産
 9・11以後のアメリカは、単独行動主義に走り、国連を無視して、テロとの闘いを旗印にイラク戦争を始めた、中東イスラムの国に「民主主義国家」を作るためには武力行使も必要と攻め込んだが、結果は泥沼にはまりこんで抜け出せないでいる、オバマさんはイラク駐留米軍を16ヶ月以内に撤退させることを公約しているのでここは注目したい。
 もう一つの中東紛争、イスラエルのガザ侵攻にはオバマさんも沈黙を守っている、国連の即時停戦の決議には、ただ一人アメリカは棄権した。米国がイスラエルのわがままを容認する限り世界からテロを根絶することは出来ない。
 圧倒的な戦力を持つイスラエルが、アメリカ新大統領就任の間隙をぬって、爆撃と地上戦で街を破壊し、1000人以上の民間人を殺し、新大統領就任式のその日に、戦争を中止しました、はい撤退しましたと宣言して、何事もなかったようなそぶりは許せない。ユダヤとパレスチナ人との共存は武力では達成できないことを理解し、アメリカはそのことに手を貸さない限りこの地域の平和は望めないだろう。
 いま、世界がオバマ大統領に注目している。

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