敬老の日 07・9・17 加藤
今日は敬老の日、しかし「敬老の日」は9月15日という身体に染みついた理解からぬけきらない。長い間の習慣で年寄りは頭がかたいからだろうか、しかし敬老という祝日の意味をまったく別の理由で振り替えてしまうことに抵抗を感じている。私にも市役所からお祝い(金一封一万円)を民生委員の方が届けて下さいました、敬老会という行事への招待状も届き、たいへん有り難いことと感謝の気持ちで受け取りました。ただ自分としてはまだ若い気持ちなので、近所の一人暮らしのお宅を訪ねて庭の芝刈、オンコの選定などを済ませ、それから今年90歳になる恩師(昭和12年、小学1年のときの担任)を尋ねました。先生は7月にお庭で転倒して肩の骨折、最近ようやくギブスを外してリハビリ中だったが、少しやせた以外は耳も目も頭の方もしっかりしていて一時間ほど話し込み、次ぎの約束をして先生のお宅を辞したのだった。さてわが家に戻ると食卓テーブルの上に可愛いコスモスの花が飾ってあった、わが家にはコスモスは一本もないのでどうしたのかと尋ねてみると、玄関のピンポンがなるので出てみたら近所の小学2年生の女の子が二人(好美ちゃんとどこかのお孫さん)はにかみながら今日は敬老の日だからと言って差し出されたそうです。

「加藤さんのおばあちゃんにお花を届けよう」、そんな発想が7歳の女の子に、なにがきっかけで生まれたのかわからないけれど、この花を見ると心がなごみます、先生か親の示唆があったのかこの子たちが自分で考えたことなのか詮索することもないでしょう、このことが幼い女の子の胸に、そして我々老夫婦の胸にいつまでもさわやかな思い出として生き続けることは間違い有りません、感謝、感謝。
有り難うヒルマン監督 2007・10・3 加藤
日ハムがパリーグ2連覇を決めたとき、シンジラレナイがシンジテマシタに変わって多くの道民とともに歓びを爆発させたが、日本シリーズでは坊主頭にして選手を鼓舞した落合ドラゴンズに日本一の座を渡すことになった。ヒルマン監督はこの試合を最後に来期は米大リーグ・ロイヤルズの監督として指揮を取ることになっている。ヒルマン監督、日本での5年間お疲れ様、そして多くの歓び、感動を有り難う。自分にとっては身体がぎしぎしと痛んで落ち込んだとき日ハムの勝利がどれだけ癒しになり辛い痛みを和らげてくれたか計り知れません。しかしそんな個人的なことより、不況に悩み将来に希望を持てない多くの道民に夢と希望を与え元気づけてくれました。(写真は道新、朝日より)

日ハム敗因の一つに、ロイヤルズ監督就任挨拶で一時帰国した指揮官を非難する声もあったが、それは小さなことで、最後はドラゴンズの昨年の悔しさをバネにした勝ちたいがまさっていたのでしょう。特にどん底からはい上がった中村(紀)の執念にはすさまじいもの感じた。


さようなら・・・・・ヒルマン監督。さようなら田中幸雄選手。田中選手にはまだまだ頑張ってほしかったが日ハム一筋で2000本安打を達成し、ここで一度現場を離れて充電し、いつの日にか立派な指導者になって復帰して下さい。「北海道の皆さんは世界でイチバンデス」フアンサービスを心がけ札幌ドームを世界で一番マナーのいい球場に育ててくれましたヒルマン監督。ロッテの最終戦でみせた心温まる交流は目に焼き付いています。来期は主砲セギノールの退団、佐藤ピッチングコーチの退団も伝えられ淋しくなりますが、梨田新監督のもと一丸となって勝ち進む新生日本ハムファイターズを見せて下さい。ヒルマン監督さようなら、何時の日か再び北海道の人となって帰ってきて下さい。さようなら。
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