四国八十八箇所霊場遍路の旅日記 その1
平成14年11月9日〜12日
旭川市 加藤 登
11月8日(金曜日)
旅は便利で速くなった、11月8日(金)午後3時55分旭川空港をでて、伊丹〜神戸(三宮)〜徳島と乗り継いで午後10時に眉山会館にはいった。
四国八十八カ所遍路旅は以前から胸中に秘めながら、椎間板ヘルニアの手術以後ほとんどあきらめていたが、昨年、讃岐のお墓参り以後、希望がふくらみ夏頃からインターネットで資料を集めて準備した。しかし最後まで足、腰に不安を感じながらのスタートだった。
11月9日(土曜日)
8時過ぎニッポンレンタカー徳島営業所。車は出発前にインターネットで予約しておいた。セット料金で他社より格安、カーナビ、遍路地図など付いてサービス料金だった。
営業所に着くとデミオ(マツダ)がまっている、手続きを済ませ、カーナビの入力を練習して早速でかける。
8:30。カーナビは目的地に向かって最短距離を行こうとするが、自分はあらかじめ国道55号へでて吉野川大橋を渡るとすぐ高速(徳島自動車道)にはいって藍住ICから行くと決めていたので。この先左折です、コースを外れています、リルートします、300m先左折です。
この相棒は何かといちいちうるさい。

1番札所霊山寺に着いた、駐車場は人影もなく静かだ、なんだこれ、拍子ぬけした。
お土産やさんのような売店で身支度をととのえる。移動は車なので編み笠と杖はやめた。(杖はあったほうがいい)値段も結構高い。境内に入ると人が多くてびっくりした、緊張したがなんとかお参りして納経所へまわると、こちらが正面駐車場で大型バスやマイクロバスが駐車している。納経所も混雑している、白衣に朱印をもらってドライヤーで乾燥している人もいる。私も朱印第1号をもらって駐車場へ戻った。そうか、自分は反対方向から来たので裏の駐車場だったんだ、納得して極楽寺へ向かった。9:00
2番極楽寺、県道12号をいまきた方へ戻る、カーナビには行き先を教えなかった。朱塗りの門をくぐって境内に入ると人影が少ない。弘法大師お手植えの長命杉が印象に残った。樹齢1100年以上といわれている。
極楽寺の長命杉![]()
3番金泉寺へ向かう。
小高い丘の上で朱色の仁王門がめだつ、大師堂の奥に井戸があった、自分の姿が鮮明に映ると長寿と伝えられている、そっとのぞいてみた、何か仕掛けがあるかのように自分の姿がくっきりと映った。
ここで団体遍路のからくりがわかった、静かな境内で数人の遍路しかいないのに納経所は大きなスポーツバックをもった青年が二人、何十冊もの納経帳を積み上げている「おいおいそれくらい自分でやれよ」と思いながら待たされた、境内に人影がなくとも納経所は混み合っている。話に聞いていたので納得した。

4番大日寺、途中高速(徳島自動車道)下の道端で鈴なりの柿の木を見つけて写真を撮った、北海道人はこんな風景にも心ひかれる。仁王門にむかって急な階段を上る、森に囲まれた荘厳さを感じさせるいい雰囲気のお寺で。ここでであったご夫婦の歩き遍路さんもいい感じのご夫婦だった。
再び高速の下をくぐってまっすぐ降りてくると2kmくらいで
5番地蔵寺の横へでた。境内に樹齢800年の大イチョウがある。
4、5歳の女の子が母親と祖父に連れられてお参りしている、極楽寺から一緒だったこの子が,すんだきれいな声で般若心経を暗唱している,その姿と声に聞きほれてしまった。自分はふりがなを目で追いながら、声を出すのも恥ずかしくぶつぶつと、それらしくお参りして先をいそいだ。11:00

6番安楽寺、
7番十楽寺も急いだ。吉野川右岸の平地、収穫を終わった田圃にかこまれて1kmくらいで並んで建つ。このあたりは戦国時代(1573〜1592)長宗我部軍の兵火にかかり焼き払われ、後に再建された歴史をもつ(資料)。山門は比較的新しい、なぜか二つのお寺とも白と朱の中国風で美しい。
安楽寺山門前![]()
8番熊谷寺は県道へでないで広域農道を走って、歩き遍路さんを何人か追い越しながら進む。
狭い道を対向車を気にしながら上がっていくと広い駐車場へでた。そこには大型観光バスが5、6台駐車してお参りを済ませたお遍路さんが弁当を食べている。仁王門へ向かう参道も混み合っていた。11:30
スピーカーからお経が流れる、団体のお遍路さんと行きかうときは階段がいっぱいになって進めない。団体さんの朱印係りはお参りとは別行動なので、納経所に人影はなく、多宝塔が美しく印象的だった。
団体さんを追い越すためにも先を急いだ。前方の田んぼの中に山門が建っている、農道をきて横からはいったせいか気がつかなかった。
熊谷寺、駐車場

9番法輪寺、12:10. いぐさのわらじ「厄除け健脚お守り」を買った。弘法大師作の寝姿の仏像は5年に一度の開帳、わらじが奉納されている、松葉杖でお参りした人がこの参道で急に足が軽くなり歩けるようになったと伝えられる。草もちを2個買った、旅の案内で紹介された草もちでおいしい、切幡寺へ行く前の腹ごしらえ。ここでも歩きの遍路さんをたくさん追い越した。
法輪寺本堂![]()
10番切幡寺、狭い道を上って仁王門の内側に駐車場があった。 ここから333段、若い子が大きな荷物背負ってどんどん上っていく、旅立ち前一番心配だった難所を自分のペースでなんとかお参りできてうれしかった。ここで二人組のおばさんに声をかけた、一人はかぼちゃ顔、もう一人はニガウリ顔、どの寺でもお参りのあと納札箱をのぞいてかき回している。その意味がわかった、金、銀の納札をさがしていたのだという、まだ見当たらないようだ、金は100回だという。ええ、ほんと。自分も覗いてみたが緑(7回まで)、赤(24回まで)はたくさんあったが。それにしてもお遍路100回とは・・・・。
切幡寺仁王門![]()

11番藤井寺、巨大なわらじの山門。ここでも「お足お守り」を買った。門前で果物などを並べてお店を出しているおばあさんも腰が痛い、膝が痛いといって丸いすに腰掛けてしばらく話し込んだ。門前で暮らしていてもご利益だけでは腰の痛みはとれないらしい、「同病相哀れむ」で話がはずんだ。
駐車場のおじさんに相談して12番焼山寺へ行くのははやめた、88カ所中最大の難所は明日の早朝にして今日は13番から17番へ向かうことになった。おじさんもこれから行けば17番まで終わると言って学童寺バイパスをすすめてくれた。13:50.藤井寺山門![]()
国道192号を徳島方面向かう。最近開通した学童寺バイパスを抜けるとき悲惨な交通事故に出会って緊張した。トンネルをぬけて鮎食川(あくいがわ)を渡ると下流方面へ左折して進む。
国道ぶちに
13番大日寺が建っていた。駆け足でお参りをすませ、また急ぐ。
14番常楽寺への道が狭い、カーナビを頼りに近づいた。丘の上に建つ境内は独特の雰囲気で、庭は褶曲をうけた地層がむきだしでごつごつ。今も侵食を受けて変化しているらしい。

15番国分寺への道も古い町並みで狭い。山門前を通り越してしまったがUターンもできずようやく引き返してきた。境内はすごい歴史を感じる、勿論全国66カ所の国分寺の一つ、なんと表現したらいいのか、異質な臭いがした。このあたりも戦国時代長宗我部軍の激戦地で、焼失を免れた古いお堂が残る今にも風化してしまいそうだ。なんとなく足が止まってゆっくりお参りした。3:40.
国分寺大師堂
16番観音寺は歩き遍路用の狭い道にはいりこんで苦労した、狭い十字路はハンドルの切り替えしでようやくまわったこの寺も住宅地の真ん中で町並みにとけ込んでいる。かつては国分寺あたりとともに阿波の国の中枢をなしていたが今は田舎町らしい住宅街だ。 さて、ここまでくればもう大丈夫。
最後の
17番井戸寺は観音寺の車の進入で苦労したのですこしはなれた駐車場から歩いた。境内はお遍路でにぎわっている。大型バスが2台、団体さんは宿坊へ泊まるらしい。般若心経も大きな声を出して読み上げた。途中駆け足で回ったことを反省しお詫びしながら、ゆっくり心静かにお参りして一日が無事終わったことに感謝。4:30.
井戸寺山門
夕闇せまる徳島市内はひどく渋滞していた。
戻る 進む