黒岩重吾さんの作品

 かなり前に読んだ「天の川の太陽」が多分はじめて読んだ作品だったような気がします。壬申の乱を描いたこの作品で黒岩重吾さんに興味抱いていろいろ読みすすめていきました。いわゆる古代史の世界を小説にする作家はあまりいませんから、わたしにはうれしいかぎりです。黒岩重吾さんの作品は歴史小説といってもかなり創作が多く(わからないことばかりの時代でから当たり前)、半ば時代小説とも言えるかもしれません。

『天の川の太陽』 中公文庫
 黒岩重吾さんがはじめて古代史に取り組み、吉川英治文学賞を受賞した作品です。この作品が扱った壬申の乱は名前はよく知られていますが、実際どんな事件だったのかまでは知らない人が多いかと思います。大化の改新で有名な天智天皇(中大兄皇子)の弟である大海人皇子(のちの天武天皇となった)が天智天皇の死後に起こした日本の古代史上最大の大乱と言っていいでしょうか。この作品を読むまであまりこの時代に興味がなかったのですが、これをきっかけに天智、天武、持統(天武の皇后でその死後に即位した)といった時代に興味をもつようになり、ちょうど時代が連続する永井路子さんの「美貌の女帝」などの作品にすんなり入り込むことができました。

『天翔る白日 小説大津皇子』 中公文庫
 天武天皇の長子として生まれ(年上の高市皇子がいますが母の血筋が低いため長子として扱われていません)、そして文武に優れた人物であったのにかかわらず悲劇の最後を遂げた大津皇子の物語です。大津皇子の母は天武天皇の皇后である持統天皇の姉で天智の娘である大田皇女です。本来なら天武の皇后になる血筋の女性でしたが早くに亡くなったためにその妹であるのちの持統天皇が皇后となりました。(当時の系図は非常に複雑でわかりにくい)天武、持統のあいだに生まれた草壁皇子を後継者とするために大津皇子は持統により罠にはまり謀殺されたと考えられています。(このようなことは当時はよくあることだったんですね)

『落日の王子 蘇我入鹿』 文春文庫
 蘇我入鹿といえば大化の改新で中大兄皇子と中臣鎌足らにより殺されたことはあまりにも有名です。しかし、蘇我入鹿が実際どんなことをした人物なのかよく知りませんでした。学校で習う歴史のなかでは中大兄皇子が英雄で蘇我入鹿が悪役といった感じが何となくあるのですが、この小説ではその蘇我入鹿が主人公です。大きな野望に向かって突き進む彼はあくまで悪役ではありません。最後は中臣鎌足らの手で野望は潰え去る結末となるのですが、のちに蘇我氏以上に権力を手中にする藤原氏の祖である中臣鎌足の方が上手だったということなのでしょうか。

『聖徳太子 日と影の王子』 文春文庫
 聖徳太子はむかし(?)のお札に肖像が印刷されていたので一見親しみ深い人物と思いますが、さて何をしたどんな人なのか。十七条の憲法、冠位十二階、仏教への厚い加護なんかが有名ですが、その人物像はよくわかりません。もちろん歴史に残る聖徳太子像の多くは真実とは違っているのでしょうから、この作品もほとんどが作者の考える聖徳太子像ということになります。この作品の中では聖徳太子は「厩戸皇子(うまやどのみこ)」として登場します。「落日の王子」へつながる蘇我氏の勢力拡大の時代に皇太子となった厩戸皇子の理想(野望?)と権力者蘇我馬子との確執を描いています。

『紅蓮の女王 小説推古女帝』 中公文庫
 この作品は黒岩重吾さんの歴史小説の中ではもっとも早く出版されたものです。(最初に取り組んだのは「天の川の太陽」ですが。)炊屋姫(推古天皇)は欽明天皇と蘇我稲目(蘇我馬子の父)の娘との間に生まれた皇女で敏達天皇の皇后となった人物です。皇后であった彼女が夫に先立たれ、そののち自ら推古天皇として立ち上がるまでをその愛欲、蘇我馬子との葛藤などを通して描いています。

『弓削道鏡』 文春文庫
 作者も本書のあとがきで述べているようにこの小説の大半はフィクションです。永井路子さんが「氷輪」で描いたのと同じ時代を扱っていますが、その解釈にはかなりの隔たりがあるようです。単に男性作家、女性作家の視点の違いといったら乱暴でしょうか。すでに中年といえる年齢に達していたとはいえ、生涯独身であった孝謙天皇が愛の炎を燃やし、愛した男を法王へそして皇位へと突っ走ったのも女帝もただの女性だったと言うことなんでしょうね。

『北風に起つ 継体戦争と蘇我稲目』 中公文庫
 天皇家は万世一系とされますが、その初期には王朝の交代があったのではと言われています。その中でもこの小説で取り上げる継体天皇は謎の多い人物で「日本書紀」では応神天皇の5世の孫とするなど、ここで王朝交代があった可能性が高いとされます。この継体天皇(男大迹王)が大王位につくまでを作者独自の説で展開し、それとともに、継体天皇の大和入りを助けた蘇我稲目がのちの蘇我全盛時代につながる礎石を築いていくさまを描いています。

『斑鳩王の慟哭』 中公文庫
 斑鳩宮の王、厩戸皇太子(いわゆる聖徳太子)とその長男山背大兄王を主人公に斑鳩宮の終焉を描いた作品で、ここでは「聖徳太子」「落日の王子」「紅蓮の女王」で先に描かれた登場人物たちが登場しています。少し前に話題になった丸山古墳(奈良県橿原市)が欽明天皇を葬った檜隈大陵であるという考証をもとに、欽明天皇の娘で厩戸が皇太子であった時期の天皇である推古女帝の権力を改めて見直した作品となっています。ちょっとこの説明ではとくわからないかもしれませんが、この頃の大王家の血縁関係は非常に複雑で簡単には説明できそうにありません。古代史の新たな発見が相次いでいますが、そこからこのような作品が生まれてくるとは古代史はおもしろいですね。他の作家にも期待したいです。

『鬼道の女王』 文藝春秋

『磐舟の光芒』 講談社文庫

『天風の彩王』

『茜に燃ゆ』 中公文庫

『白鳥の王子 ヤマトタケル』 角川書店

 

 

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