2000年9月分の掲示板です

掲示板に戻る

最初のページに戻る

 


じかん● Sat Sep 30 17:49:49 Japan 2000
おなまえ●七月くらら
メッセージ● 申し訳ありません。
送信ボタンは1度しか押してないはずなのですが、三重に投稿されてしまいました。
どうすればいいのかわかりませんので、お手数をおかけ致しますが、だぶってしまった分はどうぞ削除してくださいませ。
初めての書き込みで御迷惑おかけしてしまいまして申し訳ありません。
じかん● Sat Sep 30 9:26:11 Japan 2000
おなまえ●七月くらら
メッセージ● はじめまして。
司馬遼太郎作品の大ファンです。
司馬先生関連のHPを探しているうちにこちらへたどり着きました。
実は、私も個人HPを開設しているのですが、ぜひともこちらをリンク集に加えさせていただきたいと存じますので、宜しくお願い致します。
URLは
http://www.d6.dion.ne.jp/~miyako7/

メールアドレスは
kulara@d8.dion.ne.jp
です。
これからもちょくちょく拝見させていただこうと思っておりますので、宜しくお願い致します。
じかん● Sat Sep 30 9:25:49 Japan 2000
おなまえ●七月くらら
メッセージ● はじめまして。
司馬遼太郎作品の大ファンです。
司馬先生関連のHPを探しているうちにこちらへたどり着きました。
実は、私も個人HPを開設しているのですが、ぜひともこちらをリンク集に加えさせていただきたいと存じますので、宜しくお願い致します。
URLは
http://www.d6.dion.ne.jp/~miyako7/

メールアドレスは
kulara@d8.dion.ne.jp
です。
これからもちょくちょく拝見させていただこうと思っておりますので、宜しくお願い致します。
じかん● Sat Sep 30 9:25:00 Japan 2000
おなまえ●七月くらら
メッセージ● はじめまして。
司馬遼太郎作品の大ファンです。
司馬先生関連のHPを探しているうちにこちらへたどり着きました。
実は、私も個人HPを開設しているのですが、ぜひともこちらをリンク集に加えさせていただきたいと存じますので、宜しくお願い致します。
URLは
http://www.d6.dion.ne.jp/~miyako7/

メールアドレスは
kulara@d8.dion.ne.jp
です。
これからもちょくちょく拝見させていただこうと思っておりますので、宜しくお願い致します。
じかん● Mon Sep 25 11:46:49 Japan 2000
おなまえ●ケ香雲
メッセージ● とくめいさん へ
ご回答ありがとうございました。

1)海外労働者については、老人介護限定でない方が、私も嬉しいです。

2)少年犯罪については、確かに統計学上でも、団塊の世代の方が人を殺しているという記事(文芸春秋)で読みましたが、でもなぜ、いま子供の教育が問題になっているのですか?教えてください。

3)ついでに、もう一つ教えて欲しいのですが、一般日本人の相続税に対する、考え方、意見といったものはどうなんでしょうか?日本国民は、相続税が正当な税率(制度)だと思っているのでしょうか?

以上、よろしくお願い致します。
どなた様の意見でも歓迎致します。

じかん● Mon Sep 25 10:02:00 Japan 2000
おなまえ●遼太の父
メッセージ● 五輪雑感 5 − 市橋有里(2)

明暗くっきりのドラマの結末でした。高橋尚子の金メダルは立派で偉大ですね。しかし、市橋有里が27キロのアンザック・ブリッジで引き離されて、そこからさらに後続選手にもにズルズルと追い抜かれて、結局15位の惨敗に終わったのは意外でした。とても残念です。普通であれば、市橋有里があんな中盤で離されるようなことは決してなくて、増田明美が解説していたように、最後までくっついてゆくのが持ち味なのです。

新聞では、腹痛を起こして足が動かなくなったという話が出ていました。きっとロル−ペと同じように体調を崩していたのに違いありません。コンディションの調整の失敗ですね。ロス五輪の瀬古やソウル五輪の中山と同じパタ−ン。

しかし、これで市橋に対しては、さらに一層世間の風当りが強くなることでしょう。これから4年間のプレッシャ−は相当厳しいものになることは間違いなく、彼女のアテネ五輪出場へのハ−ドルは、他の選手以上に高くなったように思えます。

興味本位で意地悪な見方すれば、市橋は、彼女を世界選手権の後に早々と五輪代表に内定した陸連の面目を潰してしまったことにもなるわけで、今回の結果が出たあと、陸連の中に市橋に対して冷ややかな目で見る空気が出てくるかもしれません。市橋が今回メダルを取ることで、陸連は弘山晴美を代表選考で落としたことの責任をとることができたからです。次の五輪の代表選考は今回と同じ形式では通らないことでしょう。

代表内定問題のゴタゴタも、決して彼女本人に責任のあることではなく、また落ち度があったわけでもないのに、マスコミのバッシングに晒される。そして本番の失敗でまた叩かれる。不運ですね。高橋に光が当たれば当たるほど市橋が影になる。

でも、今の日本には、なぜか市橋的な個性を異常に忌み嫌って毛嫌いする風潮があるように私には思えてならない。それは、ここで何度も問題にしている反知性主義の思想傾向と無関係ではないように思う。市橋の個性や境遇を歓迎しない時代の空気がある。そのことを市橋は敏感に察知していて、だからカメラの前に出ると余計に固くなってマスコミを避ける。

私は、彼女に、今のスタイルを守ったまま、次のマラソンで高橋尚子に雪辱を果たしてもらいたいと思います。そしてアテネで女王に君臨してもらいたいと思う。時代に妥協することなく、反知性主義の空気に媚びへつらうことなく、毅然として、凛として、頂点を極めて欲しいと思っています。
じかん● Sun Sep 24 18:38:45 Japan 2000
おなまえ●とくめい
メッセージ● はじめまして,香雲さん(うちのパソコンでは文字が化けるの
で,正しいお名前かでなかったらごめんなさい)

1)老人介護への海外労働者受け入れ
   消極的に反対します.老人介護という限定に引っ掛かり
ます.一般に,将来の労働人口の相対的な減少という流れにあっ
て,労働市場の解放は可能的な選択であると思います.その意
味で福祉部門での外人労働者の流入はありだと思います.ただ
し,福祉はオーラルコミュニケーションの問題があるので,海
外の方があえてこの部門に流れることは現実的か,と思います.
少しそれますが,少なくとも都市部においての多文化傾向は大
歓迎です.

2)少年犯罪
   共時的,通時的,共に普遍的事象だと思います.いわゆ
るスピンアウトは,いつの時代にも一定数いると想像します.
ですので,改善というのは,根本的に難解な命題であると思い
ます.聞くところによると,少年犯罪は統計的には減少傾向に
あるそうです.また,マスメディアによる事件の極大化が,マ
ス,犯罪者共に影響を与え,そして今日の犯罪の質の変化につ
ながっているように思います.また,このようなことは,マク
ロに見れば,正,反,合の連鎖の一事象であるような気がしま
すが.

以上,素人意見で恥ずかしいのですが…
じかん● Fri Sep 22 17:55:46 Japan 2000
おなまえ●ケ香雲
メッセージ● 歴史に詳しい方々へ質問したくて、メイル致しました。

質問:1)日本では老人介護の問題が盛んに言われておりますが、介護のため海外からの労働者(メイドさんや看護婦さん)を受け入れてもいいとお考えですか?それとも、反対されますか?できれば、その理由もお聞かせください。

質問:2)少年犯罪は、日本特有の事件だと思われますか?また、改善するにはどれぐらいの時間が掛かると思われますか?

以上、ご意見をお聞かせください。


じかん● Fri Sep 22 17:43:43 Japan 2000
おなまえ●遼太の父
メッセージ● 五輪雑感 4 − 市橋と高橋

女子マラソン日本代表の3人が、今日22日に共同で記者会見をするという情報がありました。夜のニュ−スで見れるかもしれません。楽しみです。もう少し、高橋尚子と市橋有里のことを書きますと、どちらもいいお嬢さんですが、、二人は好対照のキャラクタ−なんですね。

高橋尚子はいつもニコニコした表情をしていて、いかにも天才を感じさせる。普段の表情が常に笑顔で、そして明るい。はきはきと前向きに話しをする。何も隠すもののない、隠す必要のない、天才の天真爛漫な明るさがそこにある。

その表情が走り始めると厳しくなる。走り方は、どちらかと言うと、あまり他のランナ−に注意を払うことなく、自分の走行の計画と調整に専念している。先行逃げ切りにせよ、後半追い抜きにせよ、風 のように他を圧倒して駆け抜けて行くわけで、駆け引きの勝負に持ち込もうとしない。自分のレ−スで勝とうとする。

市橋有里は違っていて、普段の表情は、もの静かでおとなしくて口数が少ない。控え目で、前に出ない。声が小さい。言葉を慎重に選ぶ。表情が固い。ほとんど笑顔がない。敢えて世間的尺度を使って言えば「暗い」感じすら漂う。特に、競技外の彼女の姿がテレビカメラに映るようになったのが、例の代表選考問題の後で、世間の冷たい視線を受けた後だっただけに、なおさらそういう感じがするのかもしれない。ストイックな空気の中で生きている。

そしてしかし、市橋有里は走り始めた途端に表情が明るくなる。高橋尚子と全く逆だ。パッと目が覚めたように表情が輝くようになり、黒い瞳が生き生きと弾みはじめる。そして駆け引きをする。バトルをやる。格闘技のマラソンを演じてゆく。ドラマを作り上げて行く。戦う相手に視線を投げつけ、ロ−ドの勝負を仕掛けてゆく。緊張感溢れた走りをする。

二人はだから全く違う。二人ともとてもいい子で大人だけれど性格が違う。あざやかなコントラストを見せている。結果はどうなるのだろう。ドラマの結末はどうなるのだろうか。
じかん● Fri Sep 22 12:14:58 Japan 2000
おなまえ●遼太の父
メッセージ● 五輪雑感 3 − 市橋有里

今回の五輪で最大の注目を集めているのがサッカ−と女子マラソンですが、特に女子マラソンに注目しているのは、われわれおじさん世代のようです。魅力があるのですね、一種異様な魅力というか、魅かれる世界がそこにあるわけです。3人の選手のそれぞれが違うキャラクタ−を持っていて、しかも3人のそれぞれが非常に魅力的だからですね。50代以上のおじさんから見れば、可愛いらしくてたまらない自分の娘のように見えているはずです。

高橋尚子。愛されるキャラクタ−ですね。実に愛くるしい。そして滅法強い。素直で、正直で、頑張り屋で、勝負強い。しかも天才。期待には必ず応えてくれる。おじさんが彼女を応援する気持ちはよくわかります。男だったら誰でもこういう娘を持ちたいと思うでしょうし、会社の部下にこういう子がいてくれたらと思うことでしょう。

しかし、私が応援するのは陸上エリ−ト市橋有里。

この子はいい。抜群にいい。五輪が近づいてきて、何回かテレビでインタビュ−の映像が出ましたが、落ち着いていましたね。闘志を胸に秘めて実に冷静に受け答えしている。選考問題のわだかまりはあるんだろうけれど、それは絶対に口にしない。しかし目は決意と闘志を雄弁に語っている。あの年齢で今の日本にあんな女の子はいませんね。希有と言うより奇跡だと思う。

この聡明でもの静かなお嬢さまの顔が、走り始めると変るんですね。静から動へ一変するのです。目がぐっと大きく開いて、表情もぐっと積極的になって、何かこう若返ったような感じで飛び跳ねてゆくんですね。動のあどけなさというか、懸命なあどけなさが出るわけです。

そして勝負を仕掛けてゆくのです。いつも自分の周りの選手の動きや状態をよく観察していて、勝負する相手の心理を読んで、読んだ情報をさらにレ−スの中で修正更新して、駆け引きをやって行くのです。負けず嫌いの性格がそこでよく出るのです。彼女の走りというのは、いつも絵に画いたような戦いであり、勝負のドラマであって、ただ自分のペ−スで走っているんじゃない。持久走ではなくて格闘技的なマラソンなのですね。このあたりの雰囲気は有森裕子とよく似ています。

ですから、彼女のマラソンというのは、その始めから終わりまでが実にドラマティックで、また美しくて、感動的な映画を一本見終わったのと同じ感じになるわけです。2年前の東京国際と昨年のセビリヤ世界選手権と2回走りを見ましたが、2回ともテレビの前に釘付けになったし、ゴ−ルの後で自然に涙が流れてきました。感動と感謝でいっぱいになってしまったわけです。こんな子がまだ日本にいたんだ、という感動であり、古代ギリシャのオリンピアの理想というのは、きっとこういうものなんだろうなという感慨です。
じかん● Fri Sep 22 11:04:03 Japan 2000
おなまえ●遼太の父
メッセージ● 五輪雑感 2

昨日の時点で日本の金は4個。それも全部柔道。国別では、米国 11、豪州 8 、中国 8、フランス 7、イタリア 7、オランダ 6、日本・ロシア・ル−マニア 4。

欧州勢がよく頑張っていますね。フランス、イタリア、オランダは素晴らしい。フランスとかイタリアは近年こんなに五輪で奮っていなかったと思いますが、バルセロナ大会あたりを転機として様子が変ったのでしょうか。次はアテネだから、これから欧州勢はもっと勢いがつくことでしょう。

日本は、できれば、米国、豪州、中国の次に来て欲しいところです。人口比からみても、経済力から考えても、フランスやイタリアに負けているようではだめ。特に韓国にはメダルで負けては絶対にいけない。それと競技種目で言えば、柔道だけに頼っている現状を何とか変える必要があります。

女子の水泳はずいぶんインプル−ブしてきました。これは私なんかの世代の感覚では驚きです。陸上と同じで、水泳は日本人には向いていないんじゃないかという感覚をずっと持っていて、前畑とか古橋の伝説が信じられなかったものでした。4年後のアテネ大会の女子水泳がたいへん楽しみです。日本の女子の体格や体力が欧米並みになってきたという事情もあるかもしれませんが。

レスリングと体操はぜひ復活させてもらいたい。戦略的なプログラムをすぐに立案構築して、指導者を探して、予算をつけるべきですね。自転車もアテネでは絶対に金じゃなきゃいけない。
それから、卓球、ア−チェリ−、ハンドボ−ル。このあたりの競技は、今から周到に準備して4年後を狙えば、十分日本が金メダルを狙える種目でしょう。これらを日本の伝統種目に仕上げてゆくべきです。卓球は、25年くらい前は、日本と中国が世界一でしたが、残念ながら五輪の種目に入っていませんでした。

こういう構想は、本来、政治的な指導者が立てて国民に訴えるべきなんでしょうね。文部大臣(になるべき人間)がビジョンを立てて、国内のいろんな体育協会や体育連盟と協議して、都道府県の教育委員会とビジョンをシェアして、人材を発掘育成しないといけない。時間もかかります。だから文部大臣なんていうのは、1年でコロコロ変っちゃいけないし、コロコロ変っても平気な人間を文部大臣なんかにしてはいけないんですね。

日曜日はいよいよ女子マラソンです。
じかん● Thu Sep 21 9:39:33 Japan 2000
おなまえ●遼太の父
メッセージ● 五輪雑感

しかし弱くなりましたね、五輪の日本。昔は柔道だけじゃなくて、レスリングやボクシングでもメダルを何個も取っていましたし、東京大会まで溯れば重量挙げでもメダルを取っていた。バレ−ボ−ルなんて男女ともメダルは当然で、決勝戦は日本対ソ連と相場が決まっていました。今大会は男女とも出場すらしていない。男子体操は日本のメダルの金城湯池で、団体、個人総合、種目別と、いったい幾つ金を取るのかしら、という具合でした。体操でもライバルはソ連だった。

今回の男子体操はを見ていて、まさに隔世の感と言うか、この四半世紀の日本の移りようをまざまざと感じさせられました。親父の威光で代表になった二世たちが無様な醜態を演じている。今の日本を象徴する姿です。たしかロ−マ大会か東京大会のときですが、肩の関節を脱臼した選手が一人いて、それでも肩に痛み止めの注射を打って演技して見事に団体で金を取ったという話が残っていますね。隔世の感とはこのことです。

野球とかソフトボ−ルとか競輪とか、日本に有利な種目が増えていっているのだから、普通に考えればメダルの数が増えても当然なんだけれど、逆に減っている。サッカ−が決勝ト−ナメントに出たというだけで大騒ぎしている。

教育基本法を改正して宗教教育を導入する前に、初等教育の体育教科を抜本的に改造しなければいけないのでしょう。最近の小学校の運動会では、かけっこのときに、足の遅い子に配慮して、スピ−ドが同じ子同士で走らせています。ひどいところでは、ゴ−ルでの結果が同じになるように足の遅い子をトラックの前の方から走らせている。つまり走る距離に差をつけている。恐るべき悪平等教育。

その思想が、つまり生徒たちの能力差を明らかにしようとしない教育が、単に体育だけでなくて、算数にも及び、国語にも及んでいる。全体の基準とそれにもとづく個別の評価を曖昧にして、無理に「個性を重視する」スロ−ガンばかり唱える教育がはびこってしまっている。足の速い子は運動会で英雄になるのが当然なのです。彼の天賦の身体能力が年に一度の桧舞台で祝福されてしかるべきなのです。絵のうまい子は展覧会で金賞を取るのが当然でしょう。

この20年ほど、金メダルなんて取らなくていいとか、五輪は選手が勝手に楽しめばいいとか、国威発揚のための競技じゃないとか、学者や評論家がいろんな理屈を言って、それに便乗した文部省が手抜きをしてきたわけですが、その結果が今の現状です。今の日本の若者たちは学力も低下しているけれど、運動能力もどんどん低下して、世界の水準がら立ち後れて行っていますね。特別な選手だけを選んで金で強化トレ−ニングするやり方もあるけれど、やはり全体のレベルを底上げすることを考えないと。
じかん● Sun Sep 17 15:39:50 Japan 2000
おなまえ●秦太
メッセージ● 優子さま。
「大河ドラマファンの部屋」でも同様のことをお書きになってましたね。
『武田信玄』に寄せる思いの程がひしひしと伝わってきます。
しかし、あちらのBBSでも返答を受けておられたように、
こういう依頼にはちょっと問題があるんですよね。お気をつけ下さいませ。

私も、先月までやっていた再放送を毎日ビデオに撮って、熱心に視聴しておりました。
時代考証が確信犯的におざなりであるとか、特に後半はストーリーが陰惨にすぎるとか、
色々突っ込み所はあるんですが、そんな指摘を跳ね除けるだけの力を持った、
重厚な人間ドラマであったと思います。
とりわけ八重役の小川真由美さんの怪演には『葵』の淀殿の祖型を見るおもいです。

ビデオは随時重ね撮りしてしまいましたので、残念ながら個人的にもお力になれません。
あいにく岡山県在住でもないですし。
いったん再放送されてしまった以上、三たび放送されることは当分ありえないでしょうが、
近年の情報通信技術の目ざましい進歩をみると、レンタルビデオショップの出現で
誰でも昔の映画を観られるようになったように、いつかきっと昔の大河ドラマをいつでも
観ることが出来るようになるでしょうから、気長にお待ちになってはいかがですか。

じかん● Sat Sep 16 23:03:57 Japan 2000
おなまえ●優子
メッセージ● はじめまして。
突然ですが、この間まで再放送していたNHKの大河ドラマ「武田信玄」を、
岡山県在住の方で、全50回すべて録画している方はおられませんか。
どうしてもどうしても見たいんです。
おられましたらどうか次のメールアドレスまで連絡ください。
お願いします。
fwis0848@mb.infoweb.ne.jp
じかん● Sat Sep 16 9:50:57 Japan 2000
おなまえ●花子
メッセージ● 小林氏が岩国出身と書きましたが広中憲治の勘違いだったと思います。すいません。管理人さんできたら消しておいて下さい。
じかん● Fri Sep 15 18:08:30 Japan 2000
おなまえ●花子
メッセージ● 岩国の錦帯橋あたりは、整備されて公園になっていますが、桜並木と家並みはあまり変わっていません。岩国は三角州の良いところをほとんどbaseに取られ土地が無く道路整備がなかなか進みません。ただ今沖合移設工事中。
NHKアナウンサー目加田さんの昔のおうちもあの辺ですね。
じかん● Fri Sep 15 11:41:19 Japan 2000
おなまえ●じゅんこ
メッセージ●
>遼太の父様
さすが、我が町のように歩いていらっしゃるだけあって精通されていますね。
神田は以前から行きたくて、知の歴史が詰まった、古本屋独特の匂いの凝縮されたイメージが有りましたが、新刊関係には思いが行き届きませんでした。
紹介していただいた書店の特長を念頭に入れながら、古本屋も含めて時間の許す限り周ってみようと思います。
ご親切、有り難うございました。

>花子様
私の父方の本家が山口県は岩国ですが、小林氏が岩国とは知りませんでした。
本家は錦帯橋の近くの武家屋敷の集落の中に有りますが、小学生の頃、住人である親類は「釘一本、打てれない重要文化財に指定されて住みにくい」と言っていたのを思い出します。
時間の止まった様なあの辺りは、今も変わってないのでしょうか。

食欲の秋ですね。コーヒーのお話が出ましたので、お勧めの入れ方をひとつ。
スーパーで求めるお手頃価格の豆でもグーンと美味しくなります。
こだわりは、水とドリッパーと温度。
水は深海水、私は室戸沖のを愛用しています。
ドリッパーは焼しめの陶器、なんといっても備前焼が最高に美味しくできます。以前、知人の万古焼の陶芸作家に作っていただいて使用していましたが、備前と比べるとやはり劣ります。
ここで言う温度は、コーヒーカップの方です。熱湯を注ぎ3分以上暖めて下さい。最後まで風味を損なわずに美味しくいただけます。ちなみにコーヒーカップは、厚みと重さの頃合いが手にあった、高山の渋草焼の物を愛用しています。

備前焼が出てきましたが、ビヤカップに使用すればこれも数段美味しくなります。
泡がクリーミーに立ち、油料理と一緒にいただく時も、不思議と泡が消えず最後まで美味しくいただけます。
秋の名月を見ながらしみじみと飲む日本酒の季節ですね。ここは山口の萩焼、特に口当たりの良い白萩がお気に入り。
んー、歳を重ねた分だけこだわりが増してゆき、我ながら困ったものです。
じかん● Thu Sep 14 21:55:22 Japan 2000
おなまえ●花子
メッセージ● はー、疲れた
久しぶりにのぞいたら、読み疲れてしまいました。
口を挟む余地なし?
前に司馬遼太郎の「21世紀を生きる君たちへ」が出ていましたね。これが英日で本になっていました。私は青少年の国際交流の手伝いをしていてこの夏も1000名以上が海を渡って、ホームステイ体験をしてきました。この本を見つけて、おみやげに是非今度から持たせようと思いました。

小林氏は確か山口県岩国市出身。米軍基地があります。
どこでどう発想したのかなーといつも感じてます。

じかん● Thu Sep 14 17:36:23 Japan 2000
おなまえ●遼太の父
メッセージ● じゅんこ様 − 神田

これはどうも。神田はとても楽しいところです。広い東京のなかでは狭い一角ですが、何といっても世界一の古本屋街です。新刊関係だとお勧めは3軒です。

岩波ブックセンター1F

神保町交差点の南西角第一勧銀の横にあります。岩波書店の直営店ですので、岩波の本が基本的には日本でいちばん揃っているところになります。ゆっくり本を読めます。私はここで岩波の新刊をチェックして、それから人文社会関係の専門雑誌(月刊・季刊)を読んで、最後に岩波文庫を買って帰ることにしています。第一勧銀の入っているビルには岩波ホ−ルがあります。いい映画をやっています。

東京堂書店 神田本店

神保町交差点の南東側に渡って、すずらん通りを歩いて一分、右側にあります。ここの1階正面の新刊コ−ナ−がお勧めですね。立花隆が一週間に一度は必ず来て、新刊に目を通してゆくスペ−スです。それほどゆっくりはできませんが、ここは重要だと私も思います。新刊はここですね。2階3階と人文社会関係の本がたくさん揃っています。2階3階はきわめて閑かでいいところです。無駄なもの無意味なものが少なくて、言うならば図書館的な品揃です。確かなクオリティの高さがあります。

三省堂 神田本店

新刊がたくさんあって、何が今売れているか日本で一番よくわかるところなんですが、本と同じくらい人が多い。人の洪水です。ガサガサして、とてもゆっくり本を手にとる余裕がありません。ここはダメです。で、1階はポスして一気に4階に上がりましょう。4階はいいです。人文社会関係、質的にも量的にも充実していて、そして新しいものがよく入っている。簡単に言えば、思想関係で最新の流行というものがよくわかります。この4階は三省堂らしさがよく出ていると思います。

新刊関係の大きな本屋として、あと東京でお勧めなのは、八重洲の八重洲ブックセンタ−と、池袋のジュンク堂池袋店ですね。二つとも私のお気に入りですが、ジュンク堂はゆっくりできて上の階でコ−ヒ−も飲めますけれど、八重洲ブックセンタ−はビジネスマンで溢れかえっていて、ゆっくりはできません。八重洲ブックセンタ−も昔はもっと品揃がよかったのですが、だんだん時代の波に洗われてゆきます。ゆっくりはできないんですが、これが東京の本屋だぞっていう、そういう感じはいちばんするんですね。お客は仕事で必要な本を探しに来ているんです。東京の人間の慌ただしさ、ダイナミックス、単位時間あたりの生産量の多さというか、そういうものをよく感じさせてくれるところです。

神田は、本屋がいっぱいあるので、コ−ヒ−屋もそれなりにあります。東京で不便するのは何と言ってもコ−ヒ−で、美味しいものをゆっくり味わえる店がありません、15年前くらいからでしょうか、ドト−ル(タイプの店)が席捲し、最近はそれをスタ−バックスがリプレイスしています。筑紫哲也のニュ−ス23で筑紫と谷村新二の対談のときにテレビに出た喫茶店が神保町交差点の近くにあって、谷村がよく来て壁に落書きを書いたりする席があるのですが、そこへよく行きます。
じかん● Thu Sep 14 10:11:05 Japan 2000
おなまえ●じゅんこ
メッセージ● 遼太の父様

来月、上京しますが、時間があれば神田へ行こうと思っています。
お勧めの書店なり散策の仕方なりありましたら、教えていただけませんか。
じかん● Thu Sep 14 9:48:09 Japan 2000
おなまえ●遼太の父
メッセージ● 本屋のお話

下でご紹介しました『憲法と戦争』、『台湾人と日本精神』を立ち読みしたのは、神田の東京堂書店です。立花隆がよく来るところで有名です。で、神田の大書店の店頭に置いてある新刊なんだから、全国の小さな本屋にも必ずあるだろうと思うと、これが全くそうではないんですね。最近は、本屋の本の品揃は本屋によって全くバラバラだし、地方というか、少し離れた郊外の書店というのは、新聞の読書欄で紹介された新刊など完全に無視して営業をしています。

ロ−カルでマイナ−な本屋の一般的な営業形態というのは一つの共通するパタ−ンがあって、彼らが営業収入を依存している商品群は、雑誌とコミック本、PC・ゲ−ム関係、参考書と問題集、ハウツ−本とビジネス本、文庫本、趣味・旅行・地図関係という具合です。その陳列の一角にほんの少し文芸とか歴史なんていうのがあるわけですが、殆どまともな分量がない。

得るものがないので立ち寄ることもないのですが、たまにそういう店に行ってみると、歴史関係のところでは自由主義史観関連のものが多いですね。いやになるほど、圧倒的なシェアをキ−プしている。藤岡信勝の本はどこでも置いているし、西尾幹二や小林よしのりだけでなくて、その二番煎じ三番煎じみたいなのがわれもわれもとゴロゴロうじゃうじゃ出てきて商売してる。気持ちが悪くなります。

で、その本屋ですが、ちょっと奥の方に大きなコ−ナ−があるのですね。日本最大の某政治宗教団体のですね、主にその指導者様のご著作ですが、これが大変な冊数置いてあるのです。ビジネスコ−ナ−の陳列なんかよりはるかに大きかったりするわけです。

買う人がいるんですよね。売れるから置いてあるんです。その本屋にとっての貴重な営業収入の一部であるわけです。3、4年前と比べて着実に本の売行きが増えているということでしょうか。自由主義史観と某学会本。ロ−カルの普通の小さな本屋で売れている「思想署」の実体です。

で、新聞広告で知ったテリ−伊藤と佐高信の書いた某学会批判本を探していたのですが、それは近所の小さな本屋では(案の定というか)置いていません。神田の東京堂や三省堂には山積みなんですが、ロ−カルな書店には置いてない。何かいろいろ考えさせられますね。日本はやはり病んでおかしくなってしまっているなと痛感させられます。

じかん● Wed Sep 13 12:59:58 Japan 2000
おなまえ●遼太の父
メッセージ● 中台問題のイマジネ−ション (2)

次は私が江沢民、あるいはその後継者だったらどうするかですね。どういう戦略で台湾の回復、すなわち中国の最終的国家統一を図るのか、ケ小平の遺命を実現するのか、どういう手を打つべきかという問題です。非常に難しい問題です。ケ小平は、改革開放政策と社会主義市場経済と、そして最後は一国家二制度という政治の魔術を駆使して、歴史的な香港返還を実現しました。

ある種の飛躍が必要ですね。簡単に言えば、一党独裁をやめて多党制の民主主義議会を保障しなくてはならないし、自治区を共和国にして独自の議会と憲法を持たせて、さらにその共和国の国連加盟を実現させて、中華人民共和国自体がEUのような中華共同体になる必要があります。その上で台湾の民衆が中国と統一するかどうか意志を問う直接住民投票を実施する必要があるでしょう。

そういう決断と構想が中国の指導者にできるかどうか、実際には非常に困難であろうと思います。が、中国が経済大国になり、国民の所得が増えてさらに生活が豊かになっていけば、自然にそういう考え方が支配的になるし、為政者の側は、それに対処する構想を予めプログラムしておく必要があります。そうでないとまた何かの機会に天安門事件のような大きな動揺を引き起こすことになります。

中国政府は、今でもやっているでしょうが、香港の華僑資本を介して台湾の親中国人脈とさらに積極的に接触するべきですね。在米の中国系人脈とも対話をするべきです。単に台湾回復に向けて政治工作するだけでなくて、新しい民主主義中国の国家体制のビジョンについて大胆に協議すればいい。彼らの全部が反共主義者で中国の共産党政権の転覆を狙っているというわけではないでしょう。

じかん● Wed Sep 13 12:59:21 Japan 2000
おなまえ●遼太の父
メッセージ● 中台問題のイマジネ−ション (2)

次は私が江沢民、あるいはその後継者だったらどうするかですね。どういう戦略で台湾の回復、すなわち中国の最終的国家統一を図るのか、ケ小平の遺命を実現するのか、どういう手を打つべきかという問題です。非常に難しい問題です。ケ小平は、改革開放政策と社会主義市場経済と、そして最後は一国家二制度という政治の魔術を駆使して、歴史的な香港返還を実現しました。

ある種の飛躍が必要ですね。簡単に言えば、一党独裁をやめて多党制の民主主義議会を保障しなくてはならないし、自治区を共和国にして独自の議会と憲法を持たせて、さらにその共和国の国連加盟を実現させて、中華人民共和国自体がEUのような中華共同体になる必要があります。その上で台湾の民衆が中国と統一するかどうか意志を問う直接住民投票を実施する必要があるでしょう。

そういう決断と構想が中国の指導者にできるかどうか、実際には非常に困難であろうと思います。が、中国が経済大国になり、国民の所得が増えてさらに生活が豊かになっていけば、自然にそういう考え方が支配的になるし、為政者の側は、それに対処する構想を予めプログラムしておく必要があります。そうでないとまた何かの機会に天安門事件のような大きな動揺を引き起こすことになります。

中国政府は、今でもやっているでしょうが、香港の華僑資本を介して台湾の親中国人脈とさらに積極的に接触するべきですね。在米の中国系人脈とも対話をするべきです。単に台湾回復に向けて政治工作するだけでなくて、新しい民主主義中国の国家体制のビジョンについて大胆に協議すればいい。彼らの全部が反共主義者で中国の共産党政権の転覆を狙っているというわけではないでしょう。

じかん● Wed Sep 13 9:24:33 Japan 2000
おなまえ●遼太の父
メッセージ● 中台問題のイマジネ−ション (1)

中台関係の問題ですが、ここでイマジネ−ションを最大限に膨らませて、問題解決の方向性を検討してみましょう。今回は、私が陳水扁ならどういう国家戦略と国際戦略を立てるかのシミュレ−ションです。

中国が台湾の回復(解放)を国家的悲願としていて、江沢民がケ小平から託された神聖な遺命であることについては下に述べたとおりです。香港返還を実現させたように、必ず台湾の回復を実現しようとするでしょう。

しかし、現在の台湾の路線、李登輝や陳水扁が進もうとしている台湾の方向性は、かつての蒋介石時代の国民党の路線、すなわち中華民国による大陸回復の路線ではないわけです。そこからはきっぱりと決別して、新生台湾国として国際社会に独立しようとしていることですね。中華文明と手を切り、中国と手を切ろうとしているわけです。そこがキ−ですね。中国の国家的正統を中華人民共和国に認めて歴史を清算することを独立戦略の核心に据えるわけです。

可能性として次のようなものがあるかもしれません。

1、国名を台湾共和国と変える。
2、国旗を青天白日旗から別のものに変える。
3、国語を台湾語とする。
4、故宮博物院に保管しているすべての所蔵品を北京に移す。
5、蒋介石墓所を破却し、遺骨と遺品を南京歴史博物館へ移管する。
6、国民党を解散する。
7、新憲法を制定し、中華民国の歴史的終焉を前文に明記する。
8、中華人民共和国との間で中台善隣友好条約を結ぶ。

こういう提案を陳水扁が中国政府に持っていったらどうなるだろうか、ということです。この条件でも、中国政府が台湾独立を簡単に受け容れるとは思えませんが、新生台湾にとっては相当に大胆な国家戦略の立案ではあります。私が陳水扁だったらこれをトライしてみますね。独立達成への国際戦略は次のとおり。

1、まず、この提案とプログラムについて米国(政府・議会)の承認を得る。
2、米国仲介の非公式チャネルで中国政府と極秘に交渉を開始。
3、台湾の国民投票にかけて、圧倒的賛成多数で可決成立させる。
4、周辺国から同意を調達する。日本、韓国、シンガポ−ル、フィリピン、ロシア。
5、ASEAN首脳会議で台湾独立支持の公式声明。
5、英仏独からの承認をとり、国連総会に承認決議案を提出する。
6、中国政府と正式に交渉、承認を得る。条約調印。
7、独立宣言。新憲法発布。

まずまずのアイディアだと思いますが、問題は中国ですね。これでは結果的にケ小平の遺命の放棄になりますし、建国以来の悲願の不成就になりますし、国家のメンツが潰れることになります。さらには国内の辺境自治区の分離独立問題に飛び火する可能性が出てきますから、とても簡単にはイエスと言うことはできないでしょう。したがって1の段階、米国にこの提案を打診した時点で、中国からの武力威嚇を含んだ猛烈な巻き返しがきて、米国がこの提案を承認しないという事態になる可能性が高いと言えるでしょう。
じかん● Wed Sep 13 3:32:38 Japan 2000
おなまえ●しんぺい
メッセージ● 創氏改名について
考えてみましょう。
「創氏改名とは、皇民化政策の一環として、朝鮮人から固有の姓を奪い
日本式の名前に強制的に変えさせた。」
と、教科書で確か習いましたよね。
僕もずっとそう思っていました。でも、違うようですね。
創氏改名という政策は、朝鮮、台湾で1940年に施行された
わけでありますが、しかし名前を日本式にしろ、
って強制されて事ではなかったんですね。
「洪思翊中将」はご存知ですかね?
朝鮮半島出身で、陸軍大学に進学し、昭和19年に陸軍中将に昇進し、
そして東京裁判で、連合国軍側に処刑されてしまった人です。
この人は、朝鮮名のままですね。しかも陸軍で中将まで昇進してますね。
戦前に朝鮮人としては始めて(唯一?)衆議院議員になった
「朴春琴」という人がいます。
東京4区で立候補し、当選したそうです。
1932年、1937年と2期、約9年間、議員を勤めてます。
この人も朝鮮名のままですね。しかも国会議員。
あれ?日本人名強制じゃないの?って思っちゃいますね。
創氏改名が「朝鮮人の固有の姓を奪い、日本名を強制した」
では、なかったんですね。
じゃあ創氏改名ってなんだろう?って事になるんですが、
結論から言うと、ただたんに朝鮮人の戸籍制度も日本人の戸籍制度
と同じにしよう、ってことなんですね。
当時の日本の家族制度は「家」単位で、その長を「戸主」といって
家族は全員戸主と同じ「氏」(うじ)を名乗ったんですね。
結婚によって夫の「家」に入った妻は、夫の氏を名乗り、
逆に、養子にいって妻の「家」に入った夫は「戸主」となって
妻の氏を名乗ったんですね。
生まれた子供はもちろん両親と同じ氏だから、家族全員が同じ氏を
名乗る事になりますね。
日本人の名前の構造は「氏+名」ということになるんですね。
これに対して朝鮮の場合は「宗」(そう)と呼ばれる先祖祭祀を中心
とした男系の血族集団だったようです。
この血族集団を識別するための表示が、一族の始祖の発祥地を表す
「本」(本貫・貫籍)と男系血縁系統を表す「姓」だそうです。
広い意味での「姓」は、この「本」と「姓」の両方を合わせたもので、
この広義の「姓」が同族であるか否かを識別する基準となってたんですね。
広義の「姓」を「同本同姓」ともいって、
これを同じくするものが「同族」(同宗)だそうです。
日本と異なる最も大きな点は、姓不変、で姓は結婚や養子縁組しても
一生変わらないんですね。
だから、夫と妻が別の姓であるのが普通みたいです。
子供は父親の姓を名乗るようです。現在もそうなんですよね。
よって、朝鮮人の名前の構造は「本+姓+名」ということになります。
んで、創氏改名ですが、これは朝鮮の本や姓をどうこうするものでは
なかったらしく、本や姓とは別に、日本式の氏の制度を朝鮮にも導入しようと
いうものだったみたいです。
決して、姓をなくす廃姓でもなければ、姓を変えさせる改姓でも
なかったようですね。
戸籍簿には「氏+名」と「本+姓+名」の両方が記載されたらしいです。
創氏改名は届け出る形で行われたようで、これを「設定創氏」っと言うそうです。
この場合、届け出できるのは戸主だけで、戸主がまとめて家族全員の分を
届け出なければならなかったそうで、そのさい自分の姓以外の朝鮮の姓に
変えることは出来なかったようです。
届け出なくても罰則規定はなかったそうで、届け出なかったものについては
それまでの戸主の「姓」を「氏」としたようです。
これを「法定創氏」っと言ったそうです。
届け出の期間は6ヶ月ほどだったそうですが、その間に全朝鮮の
戸主数の約80%ほどの創氏改名の届け出があったそうです。
日本人名を名乗ったのは、多少の強制があったようなのですが、
メリットもあって、自発的に名乗った人もそれなりにいたそうですね。
だから80%もの人が日本人名を名乗ったんですね。
ちなみに、台湾では日本人名になったのは、
わずか2%だったそうですよ。
当時は内地や満州へ移住する人が多かったようなのですが、
やはり日本人名の方が差別を受けにくかったようなんですね。
しかしながら、洪思翊や朴春琴のこともあるんで、
一概には言えませんがね。

この「創氏改名」にはもちろん賛否両論あるでしょうが、
朝鮮人の固有の姓を奪い日本名を強制した
っていうのは、誤解であるわけですね。
今回の教科書にはどう書いてあるのでしょう?




じかん● Tue Sep 12 16:52:57 Japan 2000
おなまえ●遼太の父
メッセージ● ダグラス・ラミス 『憲法と戦争』(晶文社)

読書の秋ですね。この掲示板では「左翼偏向新聞」としてえらく評判の悪い朝日新聞ですが、その朝日の日曜日の読書欄にこの本の紹介が載っていましたので、さっそく本屋で見つけて立ち読みしてきました(朝日新聞には個人的には不満だらけですが他にマシな全国紙がないため止む無く学生時代から購読を継続)。これも1時間ほどあれば全部立ち読みできる分量です。

非常に面白いですね。憲法9条の歴史的意義について、これだけ積極的に正面から論じている文章というのは、最近ではかなり珍しくて、特に日本人が書いたもののなかでは、ほぼ皆無状態になっています。民主主義思想が信念になっている外国人だからこそここまで書けるのかしら、と思ってしまいましたが、著者は津田塾大学の政治学教授(女性ですかね)。他の著書に『イデオロギ−としての英会話』(晶文社)、『ラディカル・デモクラシ−』(岩波書店)などがあります。

政府による9条の解釈改憲の経緯や新ガイドライン法による完全な空文化の仕上に対する憤りをこめた批判、それからカンボジアPKOでの自衛隊の「国際貢献」の虚構性の暴露など、読ませるものがありますが、それ以上に、軍隊が合法的に殺人する組織であることの原理的な説論や、戦争を正当化する国家の権利の原理論的由来(ホッブズ論)など、勉強になる部分ががたくさんあります。議論が対話的で、ソクラテスの問答体の伝統を思い起こさせます。欧米の政治学、特に英米系のは基本的にこういうスタイルですね。

後半の部分で、「もし北朝鮮が攻めてきたらどうするのか」というよくある議論に対して、If Gameという論理把握で、ぐいぐいとその非論理性を崩してゆくところなどは実に圧巻です。その論破構造は、下で私が岡本行夫の議論に対して試みたものと基本的に同じものでした。要するに、戦争が始まったらそこで終わりなのだ、という思想ですね。国家が戦争を始めてしまったら、市民はもうそれに巻き込まれて犠牲になる以外ないのだという立場です。そして、そこから「もし北朝鮮が攻めてきたら」という仮定に対して一つ一つ現実的な分析と検証を加えてゆくわけです。

いいですね。
めぐみ様、じゅんこ様、花子様、機会があればぜひご一読を。
じかん● Tue Sep 12 15:12:55 Japan 2000
おなまえ●遼太の父
メッセージ● 蔡焜燦 『台湾人と日本精神』

「台湾紀行」で老台北として出てくる人で、台湾のベンチャ−ビジネスの経営者かつ同じ本省人である李登輝の友人。小林よしのりの漫画にも最近よく登場して、李登輝と小林の対談を仲介した男になっていますが、彼の著書が非常に面白いです。「台湾紀行」での李登輝・司馬遼太郎対談や李登輝「台湾の主張」の裏話などが出てきます。

そうじゃないかなと薄々感じていましたが、やはり、李登輝の「台湾の主張」は、原文が日本語で書かれていたものでした。李登輝と蔡焜燦が二人で話し合うときは、終始日本語のみであるとか。二人の「日本精神」へのコミットの強さがよくわかる内容です。そして台湾の人々のアイデンティティの問題を強く考えさせられますね。

蔡焜燦は、自分のことを台湾に帰化した日本人であると思っていて、台湾は中国の一部ではなく、台湾人は中国人ではないと激しく主張しています。単に共産中国が嫌いだというだけでなく、中国そのものに何のアイデンティティも感じていない、中国を自分の先祖だと認めていない書き方ですね。中国の歴史や文化に何の未練も持っていない。蔡焜燦のような人間が台湾では多数なのだという言い方です。

だから、蔡焜燦の場合は、当然ながら台湾独立論。中国から完全に独立した親日の、ひょっとしたら公用語に日本語を採用するのではないかとさえ思われるような、独立台湾の方向性ということになります。

彼らの「日本精神」への郷愁の感情はそれなりに理解できますが、しかし、私の予想としては、それがそんなに長続きするものなのかどうか、李登輝や蔡焜燦たちの日本統治時代の経験者の世代を超えて、末永く続いて行くものなのか。この「日本精神」への郷愁の裏側には、国民党一党独裁の50年間の恐怖政治の記憶があるわけで、特に、本省人の知識層を蒋介石が虐殺した2・28事件の記憶が横たわっています。日本礼賛の言葉の裏側には、言論の自由が得られた解放感と祝祭感が満ち溢れているように私には感じられます。民主化の喜びですね。

現在の台湾人の日本賛美は、いずれ日本幻滅になってゆくことでしょう。台湾民主化の一時的なブ−ム現象として終わって、再び台湾人の自分探し、アイデンティティの模索が始まるように思います。蔡焜燦よりはるかに若い世代である総統の陳水扁の、小林に対する醒めた対応が、そのことをよく象徴しているように思われます。日本統治時代がひたすら美しくまばゆく見えるのは、半世紀間にわたる蒋一家国民党による専制支配が苛烈だったことの裏返しの心理作用です。

しかし、それにしても台湾の人々は、これからどういう方向に進むのでしょう。中国文化から完全に決別した東アジアの新民族による独立国の伝統の創生か、それとも中国5千年の歴史を正統に継承する中華民国の民主主義的再生か。台湾が中華文明の継承者であることを放棄することは、すなわち大陸の社会主義中国に完全にその正統継承者の地位を譲り渡すことを意味します。孫文の正統的継承者が毛沢東でありケ小平であると認めることになります。果たしてそれで本当にいいんでしょうかね。
じかん● Tue Sep 12 12:03:08 Japan 2000
おなまえ●遼太の父
メッセージ●
中国政府にとって、台湾の回復、彼らにとっては台湾の解放ですが、これは建国以来の国家的悲願です。中華人民共和国の神聖な国家目標であり、この目標を放棄するということは絶対にありえません。

香港、マカオの回復も同様であり、政治家ケ小平はそれを見事に実現しました。香港返還を渋る英国に対して、ケ小平は人民解放軍の香港突入も辞さずと決意を示し、サッチャ−を怯ませました。さしもの鉄の女も、不倒翁の鋼鉄の意志の前に香港返還に応諾せざるを得なかったわけです。

台湾回復は、ケ小平が後継者江沢民に託した遺命です。そして一国家二制度は、それを実現させるためのケ小平らしい智恵でもありました。江沢民は、ケ小平から託された遺命を存命中に実現しようとするでしょう。もし存命中に適わなければ、それを後継者に託すことでしょう。

台湾と中国は歴史的に違うとか、文化が違うとか、議論があります。李登輝もそう言っています。確かにその要素はあるでしょう。しかし、それを言い出せば、香港も同じ論理になるはずです。香港の歴史と文化を作ってきたのは、この1世紀間の英国人と英国支配下の中国人であり、大陸の中国人ではないし、まして中国共産党ではありません。しかし現実に香港は中国政府に返還され、香港の市民はそれを受け容れました。

もし中国が改革開放政策をとらず、市場経済を採用せず、文革時代と同じ統制と貧困が続いていたなら、きっと香港市民は中国への返還を拒絶していたことでしょう。ケ小平の一国家二制度の提案がなければ、サッチャ−も返還に逡巡したことでしょう。中国自身が変わることと指導者の政治的智恵によってそれが実現されたと言えます。

政治は可能なるものの技術である。

台湾と中国の統一も、(香港のときの一国家二制度と完全に同じではないでしょうが)きっと似たような形態で実現が進むことでしょう。もしも台湾の人々が自分自身を中国人であると認識、自覚するならば、まずは何があっても外国からの介入や干渉は避けなければならないところであり、中国人どうしで問題を解決することが至上命題となるはずです。したがってここは中国人どうしの智恵の発揮しどころなのですね。

じかん● Tue Sep 12 11:06:21 Japan 2000
おなまえ●遼太の父
メッセージ●
民進党の陳水扁が総統になったからと言って、すぐに台湾独立かと騒ぎ立てるのは、小林のように知的素養の無い、思慮分別の無い日本人のすることでしょう。そういうことはありえない。総統に就いてからの陳水扁は、ぐっと発言に慎重になり、中国政府に向けて中台首脳会談を呼びかけるなど中華民族の国家統一に向けて平和攻勢をかけています。

流石ですね。陳水扁は頭のいい男です。そして優秀な政治家です。いい男が指導者になりました。中国政府も、手強い男が来たなあと思っていることでしょう。われわれが思っているほど。中台関係というのは単純なものではないんですね。陳水扁は、総統就任と同時に、すぐに北京との間で意思疎通するチャンネルを作ったでしょうし、中国政府も新しい民進党チャンネルを開拓したことでしょう。水面下では様々なやり取りがあります。

台湾は、国連に加盟していない国で、いわば国際政治全体の中でモグリの国家です。71年の国連総会決議で国連から追放された国ですから、北朝鮮とはずいぶん事情が違います。国際社会の中で台湾が独立国として生き残る道というのは、実際にはきわめて困難であると言わざるを得ません。現状は、日本を含めて世界中のほとんどの国が「一つの中国」の原則を認めていますね。つまり、台湾は中華人民共和国の一省だと国際社会が認めているわけです。

仮に中台で紛争が起こったとき、米国は台湾を支援して軍事行動を起こそうとするでしょうが、そのときは、これまでのような、湾岸戦争からコソボ紛争に至る米国右ならえの多国籍軍が簡単に組める状況にはならないでしょう。またそれ以上に、米国企業から中国大陸に投資している莫大な資産設備への危険が生じて、本当に軍事行動を起こせるのかどうか。しかも中国は国連安保理の常任理事国当事者です。

厳密に考えていけば、中台問題の解決というのは、平和的な話し合いでの解決方法以外にありませんね。中国政府が台湾独立を認めるか、あるいは両者が合意して統一国家を作る以外にない。その二つのうち、どちらかでしょう。陳水扁もそう考えているに違いありません。だから話し合いを呼びかけているわけです。水面下ではもう話し合いが始まっているかも知れない。もし対話が本格的に始まっているとすれば、石原慎太郎や小林よしのりは、カムフラ−ジュに利用されて踊らされた哀れなピエロということになりますね。

何と言っても同じ中国人どうしですからね。小林に躍らされるほど中国人は馬鹿じゃない、ということでしょうか。
じかん● Tue Sep 12 9:52:20 Japan 2000
おなまえ●遼太の父
メッセージ●
陳水扁総統と小林よしのりの対談の様子が小林の漫画で紹介されていましたが、結果は軽く一蹴と言うか、適当にあしらわれていた様子でした。まあ当然のことだと思いますが、陳水扁の本心としては、この対談はあまり気乗りがしなかったのでしょう。

「朝まで生テレビ」によく出ていた金美齢が仲介して対談をセットしたようですが、あの金美齢が台湾政府の政府顧問に就いているとは知りませんでした。ワイドショ−で芸能コメンテ−タ−をしていますが、あまりに軽っぽいと言うか、台湾政府の底の浅さと言うか、人材不足と言うか、日本という外国に対する脇の甘さを感じてしまいます。

同じ事は、実は李登輝についても感じることで、77歳にしてあの若々しさは素晴らしいものですが、逆にあまりに言動や行動が軽すぎる。本当に深く物事を考えて言っているのかどうか怪しんでしまう部分が著作の中でも何個所かありました。あの岩波インテリジェンスを果たして本物だと認めてよいのかどうか。

思うに、ようやく民主化されたという解放感というのが一つあるのでしょう。思っていることを何でも自由に言えるようになったという解放感。日本人が1945年に体験した世界ですね。これが一つ。はしゃいでいるわけです。一人一人が長年胸の奥で溜めていた思いを一気に吐き出そうとしている状況のように見えます。ハレの時代です。

もう一つは、やはり焦りでしょう。日本の世論をドライブするのだったら何でも機会を捉えてやろうということでしょうが、しかし、小林との対談は効果としては完全に失敗で、李登輝の心情的な味方であった多くの日本の李登輝ファンをすっかり失望させてしまいました。小林に箔を付けてやっただけで、李登輝の方は評価をおおいに落としてしまったわけです。このことはあとあと高くつくでしょう。

台湾の方でも、総統選挙の後で、敗北した国民党支持者が李登輝に辞任を迫って抗議行動を起こしています。李登輝のカリスマがはじめて剥げ落ちた瞬間でした。未だに国民的な人気を保持してるとはいえ、金権問題の疑惑もあって、李登輝の今後というのは案外政治的に予断を許さない状況にあります。台湾は、まだ民主化の激動期なんですね。

陳水扁の小林への対応は理性的で常識のあるものだったと思います。激動期の中にいる国家元首がへんな火遊びをしてはいけません。小林は身の程を知るべきですね。一介の日本のタレント漫画家が国際政治の壮士気取りはいけません。そういうのは落合信彦くらいに任せておいた方がいい。陳水扁が小林に会うことは二度とないでしょう。君子危うきに近寄らずです。

じかん● Tue Sep 12 2:26:29 Japan 2000
おなまえ●しんぺい
メッセージ● 三光作戦
三光作戦の記述が教科書から削除されたんですね。
よかったですね。
だいたい三光作戦とはなんなんでしょうか?
日本書籍の教科書には、
「日本軍は…『焼きつくし、殺しつくし、奪いつくす』
 三光作戦をおこない、民衆におそれられた。
 こうした事実は日本国民に知らされなかった」
と、かかれていたようなのですが、
ここでの3つの尽くすがなぜ、3つの光なんでしょうかね?
明らかにこれは、日本語ではありませんね。
そう、もちろん中国語ですね。
「焼光(サウクァン)」焼き尽くす
「殺光(サアクァン)」殺し尽くす
「搶光(チャンクァン)」奪い尽くす
だそうです。
この「三光」とは中国人が愛用する言葉だそうで、
中華人民共和国の「中国人民述語辞典」には、蒋介石の国民党軍が
人民を殺害する為に使ったスローガンと書かれているそうです。
んで、台湾、中華民国の「中共述語彙解」には、共産党軍のスローガンとして、
地主を粛清するための清算闘争の用語、
「分光(フェンクァン)」分け尽くす
「吃光(ツウクァン)」食い尽くす
「用光(ヨンクァン)」使い尽くす
として、中共の闘争のスタイルだと教育していたらしいです。

中国人が、やってたことを、日本軍がやってたこととして、
教科書は、ウソを教えていたんですね。
困ったもんでしたね。削除されて当然ですね。



じかん● Mon Sep 11 20:21:59 Japan 2000
おなまえ●しんぺい
メッセージ● いまさらながら、神の国発言について
んで、批判対象となっている部分です。
他の良いことを言っている発言を無視して、この部分だけ
というより、ここの部分のとある一言により、
マスコミや野党は森さんを批判していたんですね。

*****
多大なる御努力のもと、「昭和の日」などの制定を致しましたり、
今の天皇のご在位のお祝いを致しましたり、陛下御即位五十年、
六十年のお祝いを致しましたり、
ま、ややもすると政府側、いま私は政府側におるわけでございますが、
若干及び腰になることをしっかりと前面に出して、

日本の国、まさに天皇を中心としている神の国であるぞ

ということを国民の皆さんにしっかりと承知をして戴く、
その思いでですね、私達が活動して三十年になったわけでございます。
比較的私達の同期というのはしぶとくて、結構国会に残っておりますのは、
神様を大事にしているから、ちゃんと当選させてもらえるんだなあと
思っているわけでございます。
*****

ここを読んだだけでも、「皇国史観」や「大日本帝国憲法」
「国家神道」を復活させようとか、日本国憲法の「国民主権」や
「信教の自由」の原則に反するような事はまったく言っていませんね。
そう思ってしまった人は、ほんと想像力が豊かすぎる人としか
言いようがありませんね。
日本は天皇を中心とした国、であることは間違いないですよね。
憲法第1条は、もちろん知ってますよね。

第1条 天皇の地位
 天皇は、日本国の象徴であり、日本国民統合の象徴であって、
この地位は、主権の存する日本国民の総意に基く。

ですね。
天皇が国の中心であるということを、主権が国民にあるという
ことは、まったく別のものです。日本は立憲君主国です。
総理大臣は、われわれ国民の選挙で選ばれた議員によって指名されて、
そして、それを天皇が任命するわけですね。
法律は、われわれ国民の選挙で選ばれた議員が議会で成立させて
天皇が公布していますよね。
天皇と国民は、国の権力を争いあってるわけではなく、
主権の国民の総意によって、天皇が国民統合の象徴、中心であるわけですね。
演説の全文を読んでもらえると分かると思いますが、
決して森さんは、主権を天皇に戻したいとか、そんな大それたは
言っていませんよね。

石原さんは、森さんの発言について、神々の国、
といえばよかったんだと言っています。
まさしく、日本は神々の国、であるわけですからね。
それは、神に守られているとか、そんな大それたことではなく
国民達が、神々とともに暮らし生きている国、という事ですね。
日本の八百万の神と、キリスト教やイスラム教の一神教では
神の概念からして違っているわけですね。
天皇を中心としている神の国、と言ったからといって、
キリストのように、天皇を崇拝しろって言ってるわけではないですよね。
小泉八雲が「神国日本」で日本を、神の国と言ったんですよね。
日本人は、山とか川とか、そこらじゅうに神を作りだし拝み、
家に神棚を置き拝み、自分の先祖を神として奉り、
国の為に戦ってくれた人達を神として奉って、拝んでいるから、
生活に神様というものが欠かせないから、そう言ったんですね。
今年は初詣には行きましたか?
車に安全運転のお守りはついていませんか?
受験の時に、神社に御参りに行きましたよね?
安産のお守りを貰いませんでしたか?または祈願しに行きましたよね?
厄除けに行きませんでしたか?
きっとそれぞれ、御参りした神社は違っていますよね。
日本人は、神々とともに生き暮らしている、神々の国であるわけですね。

まさしく日本は、
国民主権の天皇を中心とした国であり、
神々とともに生きている国であるわけですね。


そろそろ、こういう言葉の揚げ足をとるのは
ほんと、やめたいものですね。
なにも得るものがないですからね。

言葉狩り〜祭りの後で
深い泉の国


じかん● Mon Sep 11 20:16:25 Japan 2000
おなまえ●しんぺい
メッセージ● いまさらながら、神の国発言について
考えてみましょう。
森総理の発言内容、全文をちゃんと読んだことありますか?
神社オンラインネットワーク連盟のページより
こちらです
http://www.jinja.or.jp/jikyoku/kaminokuni2.html

いかかでしょうか?
マスコミや野党が批判していたような、「皇国史観」や「大日本帝国憲法」
「国家神道」を復活させようとか、日本国憲法の「国民主権」や
「信教の自由」の原則に反するような事は言っているでしょうかね?
まったく、言ってませんよね。
この発言の全文をちゃんと読んで、そのような事を言い出すような人は、
妄想癖があって、とても思い込みが激しい人達としか思えませんよね。


以下はとても良いことを言っていますね。

******
要は私は、人の命というものは私はお父さん、お母さんから戴いたもの、
もっと端的にいえば、神様から戴いたもの、神様から戴いた命はまず
自分の命として大切にしなければならないし、人様の命もあやめてはいけない。
そのことがまずもって基本にないといけない。
その基本のことが、何故子ども達が理解していないんだろうか。いや子どもたち
に教えていない親達、学校、社会の方が悪いんだといえば、私はその通りだと思う。

申し上げなかったけれども、みんな自然を大事にしよう、水を大事にしよう、
とっても良いことだと思います。思いますが、地球社会、共生の社会というなら、
人の命というのは、どこからきたのか考えよう、この人間の体というものほど、
神秘的なものはない、これはやはり神様から戴いたものということしかない、
みんなでそう信じようじゃないか。神様であれ、仏様であれ、天照大神であれ、
神武天皇であれ、親鸞聖人であれ、日蓮さんであれ、誰でもいい、宗教というのは
自分の心に宿る文化なんですから、そのことをもっとみんな大事にしようよという
ことをもっとなんで教育現場でいわないのかな、信教の自由だから触れてはならん
のかな、そうじゃない信教の自由だから、どの信ずる神、仏も大事にしようという
ことを、学校の現場でも、家庭でも、社会でもいわなければならないよということ
をもっと、私は、もっともっと、日本の国のこの精神論からいえば一番大事なこと
ではないかとこう思うんです。
*****


いやー、いいですねー、とても良いことを言ってますよね。
このような事を、命というものの大事さを、尊さを
親や先生達がしっかりと教えてゆき、そして
子供一人一人がしっかりと理解することが出来たならば、
最近の少年達の、人を殺して見たかった、などというだけの
ホント何も考えていないような、まったく無責任な
凶悪な犯罪はなくなっていくのではないでしょうかね。
森さんは、そのことを言いたかったんですね。
マスコミが批判しているような事は
まったく言っていないのは、分かりますね。


じかん● Mon Sep 11 17:20:50 Japan 2000
おなまえ●遼太の父
メッセージ●
ですがまあ、反知性主義の横行にも根拠がないわけではなくて、時代の反映というか、必然性というところも多いにありそうです。右翼ではないですが、オウム真理教に代表されるようないかがわしい宗教ブ−ムがそうですし、カルトブ−ムや超能力ブ−ムがそうですね。時代の不安がそれを蔓延らせているのでしょうが、それだけでなくて、一つは正統的な学問世界への不信感、もう一つは日本人、特に若者の知的レベルの低下の現実があるのだろうと思います。

どっちが分かりやすいかと言われれば、そりゃあ文字で書かれた文章よりも小林よしのりの漫画でしょう。知的レベルを低下させた今の若者にとって、小林の漫画くらいがちょうど具合よく理解できる歴史認識なのでしょうし、また、今の若者のジコチュ−主義のメンタリティに、小林のエスノセントリックな日本主義がうまくぴったり適合するのだろうと思います。

困ったものです。西尾や小林の主張は単純でわかりやすいですからね。日本が絶対に正しい。日本人は歴史的に何も誤りを犯していない。日本人は戦後、米国とソ連によってマインドコントロ−ルをかけられて自虐史観に陥ってしまった。日本が韓国や中国に侵略したという歴史認識は共産主義者が作り上げた陰謀である。云々。とにかく徹頭徹尾、日本と日本人の歴史の正当化であり美化です。反省の契機が全くない。

小林たちの「戦略」が用意周到なのは、彼らが若者を洗脳のタ−ゲットに据えていることですね。われわれのような手間のかかるおじんは相手にしていない。洗脳しやすいのをきっちり狙っていることです。「若者の教組」の地位を手に入れること。この手口もヒトラ−とよく似ている。

人間は理性を失うと狂気になる。それを回避して人間としての理性の能力を維持させるには、やはり最低限の知的訓練というか、知性水準の獲得と維持が必要なのでしょう。そういう意味でも学力低下はおおいにまずい。小林の漫画にストレ−トに洗脳されるのではなくて、自分の頭で歴史の本を読んで考える頭脳であって欲しいものだと思うのですが。

じかん● Mon Sep 11 15:57:06 Japan 2000
おなまえ●遼太の父
メッセージ●
死んだ人間のことをあれこれ言っても、二度と生きてかえってくるわけではありませんが、司馬遼太郎が生きていた時代というのは、今から考えれば、非常に日本が安定していて、安心感があった時代だったと言えると思います。彼の存在が日本を安定させていたということなのでしょう。

司馬遼太郎を読んでいる間、考えていたことは、もし彼が死んでしまったら、自分は、それから日本は、この先いったいどうなってしまうのだろう、ということでした。私はそのことが常に気がかりでしたね。しかし、結果は予想をはるかに越える大きなものでした。

自由主義史観運動について言えば、右翼の街宣車ががなり声上げるのを見て、気分よくなる人間が一人もいないように、知性を欠落させた右翼の政治プロパガンダの書きなぐりというのは、これ以上醜いものはありませんね。日本での右翼思想というのは、三島由紀夫のような若干の例外を除いて、歴史的に常に反知性主義の代名詞であり、教養のない人間の自己顕示欲の発露でありました。小林よしのりは漫画表現の才能はありますが、残念ながら学問的な素養ゼロで、したがって常識と良識のある大人の市民のところには全く説得力が及ばないわけです。

また、右翼なる立場というのは、もともと権力志向の並外れて強い人間が、左翼に挫折して一転して辿り着き、しがみつく立場であり、いずれにしても、人類の歴史的発展に貢献する知的実績を、何らか認められたという前例がありません。その思想的特徴は、一言で言えば、ファナティ
シズムであり、エゴイズムであり、エスノセントリズム(自民族中心主義)であり、他者への視点の欠落であると言えるでしょう。事実、右翼結社の多くは、その実体は暴力団であって、右翼の街宣車で威嚇の声を発している若い運動員も、日頃は暴力団の組員として盛り場で非合法行為に精を出している連中に他なりません。それはわれわれにとっては常識の範疇でしょう。戦前の軍国主義の時代というのは、実際にそういう連中が権力を握っていたわけです。

ドイツのナチスについても同じ事が言えるでしょう。テレビでよく見るスキンヘッドのネオナチというのは暴力団ですね。右翼、ナチズムという思想を看板にした暴力団です。ヒトラ−は暴力団の親分。自己顕示欲と権力欲の異常に強い学問的素養ゼロの男でした。暴力団の親分が合法的にワイマ−ル憲法下のドイツで権力を掌握したわけです。彼の思想には中身なんか全然なくて、ユダヤ人への憎悪と共産主義への嫌悪のみでした。ユダヤ人というところを中国人に変えると、小林よしのりそっくりになります。学問的素養はゼロでしたが、演説は抜群にうまくて、不況下で不平不満を持っていた(知性のない)ドイツ大衆の心理にうまくつけこんで、共産主義の撲滅とユダヤ人の殲滅とスラブ人の奴隷化を約束して支持を獲得したわけです。
じかん● Mon Sep 11 12:34:43 Japan 2000
おなまえ●しんぺい
メッセージ● しっぱい(^^;
こうかな?

それも中国の圧力により参加が出来なくなったらしいですね。
こういう弾圧の事実を喋られると中国としては困るからですね。


じかん● Mon Sep 11 12:32:02 Japan 2000
おなまえ●しんぺい
メッセージ● 李登輝元総統の作戦
李登輝元総統は、日本に来たがっていますよね。
それで、靖国神社にも参拝したいと希望しているようですね。
しかし李元総統の来日を外務省、というか河野外相が認めておらず
来日はなかなか実現が難しそうですね。
なんかちゃんと忘れてしまったんですが、外務大臣にはそういう
権限があるそうですね。
昨年、李元総統と石原さんが対談をした時にもそういう
来日出来るように、便宜を図ってくれるよう、お願いをしたようですし、
陳総統の総統就任式に参列した石原さんに陳総統が、李元総統の
来日が実現するよう、便宜を図ってもらえるようにお願いしたんですよね。
なぜ外務省が来日を認めていないかというと、それは中国が圧力を
かけているからですね。
最近、陳総統がアメリカに訪問したようなのですが、その時にも
アメリカを抗議をしてましたよね。
河野外相はものすごい親中派ですからね。
中国を訪問する際に、台風の影響かなにかで
一時台湾へと飛行機が退避した時に、飛行機の中から一歩も外に出ることなく、
飛行機の出発を待ったらしいです。
理由は2つの中国を認めない、中国への義理だてだそうです。
そしてそれを自慢下に中国の外相に語ったらしいですね。
バカですよねー、そこまでコビを売って、何が得られるだ?って感じですね。
ダライ・ラマが今年の4月か5月ころに来日していたのはご存知でしたか?
マスコミはまったく報道していなかったから知らないでしょうね。
ひっそりと来て、ひっそりと京都のどこかの大学で講演して、
ひっそりと帰っていったんですね。
本当は、石原さん他、政治家との対談や、著名な言論人との
対談などが予定されていたらしいのですが、これもまた外務省の圧力で
中止されたんですね。一切政治的な発言をしないという条件で、
来日を許されたようです。
その外務省の圧力は、もちろん中国の圧力によるものですね。
世界宗教会議というものにも、ダライ・ラマの出席が予定られていたようなので
すが、
それも中国の圧力により参加が出来なくなったらしいですね。
こう
いう
弾圧の事実を喋られると中国としては困るからですね。
同じように、李元総統に台湾の独立に関することを、いろいろと喋られると困る
ので、
李元総統に来日して欲しくないのでしょう。だから圧力をかけているのですね。
親中派である河野さんが外相であるかぎり来日は難しいのでしょうね。
そこで僕が勝手に考える所としては、李元総統の日本来日作戦として、
日本の世論に訴え出ることを考えたのではないのでしょうか?
んで、もちろんかなりの親中国の朝日新聞他、左系統のマスコミには
頼めないのでしょう。なにしろ朝日新聞は、
李元総統の記事を載せたのですが、よろしいでしょうか?
と中国に、わざわざ聞いて、中国に、
肯定的な意見は載せないように。
と指示されているんですね。
朝日新聞は、日本政府にはもちろんそんな事はしませんよね。
逆に政府が、ちょっとでも記事の内容に口出ししようものならば、
言論弾圧だ、報道の自由を侵しているとか、大騒ぎするでしょうね。
なんなんでしょうね?これって。それはともかく、
たのむべきは、産経新聞、新潮社などなど
右系統マスコミ出版社なのでしょうね。
んで、もちろん左よりの進歩的知識人言論人には頼めませんね。
そういう人たちは、だいたい中国様々ですからね。
やはり、右よりの知識人言論人に頼むしかないんですね。
しかしもし司馬先生が生きておられたら、もしかしたら司馬先生に
お願いしたのかもしれませんね。
司馬先生は、右にも左にも影響を与えている人ですからね。
そこで白羽の矢が立ったのが、小林よしのり先生なのではないのでしょうかね?
最近、若者に限らず老若男女、右よりの人からリベラルな人達まで
かなりの支持を受け、かなりの影響力を持っていますからね。
もっとも朝日や左よりの人達には、忌み嫌われてますがね。
そのような事情を李元総統は、調べ知っていて対談をしたのでしょうね。
さすがになかなか、したたかですよね。感心しますね。
そしてまた8月末に、小林先生は台湾に渡り、なんと今度は
陳総統との対談を実現しましたし、また李元総統との対談を行ったようですからね。
その前回の対談の模様がマンガに載った時に、それにまるで合わせたように、
小学館文庫から「角間隆」著の「李登輝 新台湾人の誕生」が出版された
のもきっと狙った事なのでしょう。ちなみにこの本の解説を小林先生が
書いておられますね。やっぱり、なにか狙ってるとしか思えませんね(^^)
したたかですね。
この本もそれなりに売れてるようですね。
ちなみ去年出した李元総統の「台湾の主張」も結構うれたようですね。

この僕が勝手に考えた(^^)李登輝元総統の策略がみごと成功し、
来日が実現するといいですね。
そしたらきっと、ここから何かがより良き方向へと変わってゆくでしょう。


李登輝総統の志
台湾人に生まれた幸福


ついでながら、こまかい事ですが、オリンピックは、

84年 ロサンゼルス五輪
88年 ソウル五輪

です。


じかん● Mon Sep 11 12:09:45 Japan 2000
おなまえ●遼太の父
メッセージ● じゅんこ様

なるほど、よくわかります。全く同感ですね。「21世紀に生きる君たちへ」は、何度も読みま
した。最初に読んだのはいつだったか、『この国のかたち』に入っていたのか、それとも『風塵抄』だったか、ちょっと忘れましたが、まだ司馬遼太郎が存命中の時だったと思います。

あの中で、残念だけれど自分はもう君たちと同じ21世紀の街角には立ってないだろう、生きていないだろう、というくだりがあって、最初に読んだとき、その部分に引っ掛かるものを感じたことを覚えています。今思うと、何らか死の予感なり、自覚なりがあったんだろうな、と思います。

96年3月の大阪ロイヤルホテルでの「司馬遼太郎さんを送る会」でも、参列者全員にこの文章が渡されて、会場で朗読されたように覚えています。感傷の度合は確かに時間の経過とともに小さくなってはいますが、「21世紀を生きる君たちへ」について考えはじめると、すぐに4年前に意識が戻ってゆきますね。

日本人にとって、司馬遼太郎を失ったことはあまりに大きなことだったと思います。司馬遼太郎を失って、われわれは狂気と錯乱の時代に突入しました。もう誰もそれを制止することができません。
じかん● Mon Sep 11 10:47:04 Japan 2000
おなまえ●じゅんこ
メッセージ● 遼太の父様
お返事有り難うございます。
山折哲雄は宗教家というより、個人的には宗教学者と思ってきましたが・・・。
私の頭の中では、司馬遼太郎というのは思想家の枠の中にどうしても納まりきれないものがあるわけですね。おっしゃる通り神道とか仏教という既成の宗教に距離を置いた目をもっています。
その他の宗教についても非常に客観的に観ていますし、かなり踏み込んだ知識も有りますね。
その上で、彼独特のスケールと温かみをもって神仏を語ってもいます。

思想家の枠に入らないなあと、決定的に感じたのは大坂書籍版「小学国語」の六年生向けに書かれた「21世紀に生きる君たちへ」を読んでからなんですね。読んでいらっしゃらなかったら恐縮ですが、内容はもとより、何度読んでも胸に込み上げるものがあって、崇高さに感じ入ってしまうわけです。

じかん● Mon Sep 11 9:09:24 Japan 2000
おなまえ●遼太の父
メッセージ● じゅんこ様

こんにちは。ごぶさたしております。宗教家としての司馬遼太郎というのは、面白い見方だと思いますが、どうでしょうか。

山折哲雄なんかは明らかに宗教家と呼んでいいですよね。梅原猛も自分では哲学者と称していますが、神道政治連盟の議員懇談会に呼ばれてスピ−チしたりしていますから、宗教家と呼んでもいいのかもしれません。

しかし司馬遼太郎と宗教というのは、ちょっと距離があるようにも思います。少なくとも、神道とか仏教といった既成の宗教からはかなり距離がある人ですよね。

ついでなので、少し書いておきますが、『この国のかたち』などを見ても明らかですが、司馬遼太郎は、国家神道に対しては、相当に強烈な拒絶感を持っているのがわかります。特に昭和期のそれについてはアレルギ−的な拒否反応を示しています。そのあたりのところを、自由主義史観の連中はどう見ているんでしょう。

藤岡信勝は、自由主義史観立ち上げのときに、左右両翼のイデオロギ−に偏向しない(司馬史観に基づく)自由主義史観、などと言って盛んにPRしたんですけれど、最近の西尾幹二とか小林よしのりの主張は、明らかにその枠を破って、太平洋戦争肯定論までつき進んでいます。化けの皮が剥がれたという感じでしょうか。

米国との戦争はやむを得なかった。日本民族にとって正義の戦争であった。アジア解放の戦争であった。敗北はしたけれど戦ってよかった。今度戦争をしたら必ず勝利してやる。と言い、昭和の軍国主義を否定する司馬遼太郎の歴史認識は間違っている、などと大っぴらに言っています。藤岡と西尾の間でどういう調整をしているのか知りませんが、現在の自由主義史観運動の主流がそこ(西尾・小林)にあるのは間違いないようです。

歴史修正の波がついに最後の一線まで超えたかな、という感じですね。土曜日の朝刊には、今度の中学校の新しい歴史教科書から、「従軍慰安婦」の記述が消えてしまったという記事がありました。「三光作戦」の記述もなくなっているとか。時代を感じますね。村山談話の頃は、日本の加害責任をきちんと見ようという動きが主流だったんですが、あっと言う間に変わってしまいました。

あの頃は、政府文部省が率先して、日韓あるいは日韓中で共通の歴史認識の下に共通の歴史教科書を作ろうという積極的な動きがあって、村山内閣の官房長官だった武村正義が司馬遼太郎と緊密に相談しあっていたものですが、司馬遼太郎が死んで、神の国発言となって、何だか隔世の感がします。
じかん● Fri Sep 8 15:35:41 Japan 2000
おなまえ●じゅんこ
メッセージ● 遼太の父様
めぐみ様同様、舌を巻くような健筆ぶり興味深く拝読させていただいております。
遼太の父さんは司馬遼太郎を思想家と捉えていらっしゃるわけですね。非常に貧しい読書量の中からで恐縮ですが、わたくし個人的には、今までの枠に捕らわれない、五感と思想から来るセンスでもって、氏の言われる神仏と会話し、呼応した類まれなる宗教家ともみていますが・・・。

じかん● Fri Sep 8 13:39:46 Japan 2000
おなまえ●遼太の父
メッセージ● めぐみ様

おひさしぶりです。本屋で立ち読みしてきただけでうろ覚えなんですが、新書館から出ている桂英史著の『なぜ司馬遼太郎を読むのですか』だったと思います。間違っていたらごめんなさい。1時間もあれば、斜め読みでほぼ全部立ち読みできる分量です。

司馬遼太郎関係の本には、(ここでは書いていませんが)それなりに目は光らせているつもりです。が、それはいずれ時を得てと思うところがあって、ここではあまり話題にしてきませんでした。それと、司馬遼太郎関連本は、量はたくさんあるけれど、突っ込んで話題にすべき中身のあるものがなかったという事情もあります。

この本は、そういう意味では、ある程度インパクトがあります。特に、(私の勝手な推察で申し訳ありませんが)めぐみ様の問題意識には、かなり接近・交錯するものがあるのではないかと想像しますね。司馬遼太郎の昭和天皇論につての指摘もなかなか厳しいものがあるし、なにより司馬遼太郎を批判的対象としてト−タルに捕捉している点が面白いところです。

司馬遼太郎が、晩年にこれからの日本の行く末を案じる発言していたことをとらえて、国民的文学者として論壇の最高の位置にあって、そういう日本の状況をつくりあげてきた最大の責任者が司馬自身だったのではないか、と、その「無責任ぶり」を痛烈に批判したりしています。

がしかし、読んで思うのは、下に書いたような、社会学とか、現代思想とか、批評とか、そういういわゆるアカデミ−の当世流行文化の底の浅さですね。著者は司馬遼太郎をある程度読んでいるし、なかなかいいところをついているのですが、知的な構成力というか、知的厚みが全然ないんですね。ポイントはついているけれど、文章に作品性や学問性がない。読み込ませない。

もっと言えば、批判対象である司馬遼太郎に対する丁寧で科学的な観察姿勢がない。粗雑ですね。つまり、本当のところは分かっていない。司馬遼太郎の本質的なところを理解していないということでしょう。司馬遼太郎が単なる歴史小説家からここまで巨大な思想家になったのは1980年代のことです。私も、おそらくめぐみ様も、司馬遼太郎を精力的に読み始めて、引き込まれて行ったのは、きっとこの時期ではないでしょうか。それはブ−ムに乗せられたからじゃない。心の琴線に触れる素晴らしいものがあったからであり、そしてまた、他に心をうつものが無かったからですね。

人は誰でも、自分とは何かといつも考えています。どう生きるべきなのか悩んでいます。答えを探しています。日本人とは何なのか、どう生きるべきなのか。いろいろな答えの中で、いちばん説得力があって、いちばん多くの支持を受けたのが、この時期の司馬遼太郎だったということだと私は思っています。

じかん● Fri Sep 8 11:10:35 Japan 2000
おなまえ●めぐみ
メッセージ● 遼太の父様
口を挟む隙のないような最近の健筆ぶりですが、司馬さんを批判した最近の本とはなんでしょうか。私も読んでみたいと思います。


じかん● Fri Sep 8 9:17:04 Japan 2000
おなまえ●遼太の父
メッセージ●
司馬遼太郎を批判している立場というのは幾つかありますが、ある纏まったグル−プの一つとしては、アカデミ−に在籍して、社会学などにしがみついている軽薄な連中というのがあります。カルチュラルスタデディ−ズだのポストモダンだのを商売にして、軽口を叩きながら適当に遊んでいる連中ですね。学問の世界を芸能界に変えて、タレント興行して稼いでいる連中です。

いま日本の大学生の学力低下問題が深刻な問題としてクロ−ズアップされていますが、実際に大学の中を覗いて見ると、レベルが下がっているのは学生だけではなくて、学者の方も極端にレベルが下がっていることに気がつくはずです。そちらの方はほっかむりして、学生ばかりに大学の低レベル化の責任を転嫁しているように私には見えます。

日本の学問は本当にダメになってしまいました。心ある日本人の多くが司馬遼太郎に心をよせる理由の一つは、この日本におけるアカデミズムの崩壊と密接な関係があるのであり、だからこそまた、形骸化して腐敗堕落したアカデミ−の側が司馬遼太郎を忌み嫌うという構図が出来上がるのでしょう。わかりやすい図式です。

最近、メデイア論の立場から司馬遼太郎を批判しているものを読みましたが、皮相的ですね。説得力がない。制度化されることで世間的に見せかけの権威を持っているだけの「社会学」や「助教授」という制度を物神崇拝して、その官僚機構からの制度的権威の反射光で非制度の世界にある司馬遼太郎やわれわれ読者を小馬鹿にしている。「社会学」の仲間連中にはウケるでしょう。しかし、そんなものでは自由主義史観運動に対する対抗力には全くなり得ない。

マックス・ウェ−バ−やカ−ル・マルクスがなぜ今でも説得力を持つのか、いまだに多くの人々に読まれ続けるのか、世界中の知性の栄養源として無限の耐用年数を維持できるのか、彼らは何もわかっていない。二人の著作を読めばわかりますが、膨大な歴史的知識の宝庫です。そこに歴史の海がある。歴史的知識のないものは学問とはいえないし、そういうものは読む価値がないし、説得力がないんですね。

梅原猛に説得力があったのは、彼の思想の中に大いなる歴史世界があったからです。歴史を知り考えることができるから、われわれは梅原猛や司馬遼太郎を読むわけですね。歴史のストックのかけらもない「社会学者」が、いくら現代思想のタ−ムを振り回して知ったかぶりを言っても、それは所詮、タレント評論家と同じなのです。

その人間の著作に、それが小説であれ、評論であれ、学術書であれ、何であれ、そこに豊かな歴史的世界があるか、歴史認識があるかどうか、歴史的センスがあるかどうか、それは何ページか読めばすぐにわかるものです。歴史を知らない人間が、いくらメディア論の方法的立場で司馬遼太郎を批判しても、それは人々の共感を呼ぶことはないんですね。

じかん● Thu Sep 7 22:27:51 Japan 2000
おなまえ●
メッセージ● 国とは何か、民とは何か、それが私の卒論のテーマでした。新しい国と民の発想が生まれてほしい
じかん● Thu Sep 7 14:55:42 Japan 2000
おなまえ●遼太の父
メッセージ● 日露国境線をめぐる思想遍歴

ロシアとの間での国境線の画定の問題についてですが、少し雑論を述べます。私がこれまで、それについてどう考えてきたかの遍歴のお話です。基本的には、日本政府が戦後一貫して主張している線、択捉島とウルップ島の間に画すというので異存ありませんし、現実に問題解決されるときは間違いなくそうなることでしょう。

1、1970年代

私が高校生から大学生くらいのときに考えていたアイディアというのは、カムチャツカ半島とシムシュ島の間に国境線を引くというものでした。その根拠は次のようなものでした。

日本は1951年のサンフランシスコ平和条約の調印によって、かつての大日本帝国の時の領土であった千島列島をたしかに放棄したけれど、しかしよく考えてみれば、まず第一に、ウルップ島からシムシュ島までの千島列島というのは、決して軍国主義日本が武力による侵略で他国から奪い取った領土ではない。1875年の千島樺太交換条約によって平和的に日本の領土として確定されたものである。

さらに第二に、サンフランシスコ平和条約には、日本の交戦国であり、千島列島問題の当事者であるソ連が参加調印していない。戦後の日ソ間の領土帰属問題は、日ソ間の平和条約交渉において改めて協議決定されるべきであり、その場で、サンフランシスコ平和条約の「千島列島放棄」条項が修正が言及されても構わないはずだ。

日本が帝国主義的に侵略して植民地支配した地域、台湾、中国、東南アジア、南洋諸島等々は、当然放棄の対象となるだろうけれど、千島列島はその対象にはならないはずだという論理です。もともと千島樺太交換条約は、ロシアからの強い要求によって締結されたもので、日本から言い出したものではありません。南下政策絶頂期の帝政ロシアが、何としても樺太を領土化しようとして、強引に日本に押しつけてきたものでした。

『翔ぶが如く』でも出てきますが、この千島樺太交換条約の経緯が、その後の西南戦争勃発の遠因になっています。征韓論派による「政府の弱腰外交」批判の論調がさらに過激になり、不平武士が対露強行策を政府に迫って決起するという事態に繋がっていったわけです。もしも西郷の薩軍が勝利して明治政府の転覆に成功していれば、ただちに彼らは対露強硬姿勢を明らかにして、朝鮮半島に軍事展開していたことでしょう。

2、1980年代

大学を卒業して社会人になった頃に考えていたアイディアというのは、1と全く違う考え方で、将来、日ソ平和条約が結ばれて、四島が返還されたら、そこは先住民族のアイヌの土地にすべきである、というものでした。アイヌ自治区としての四島、そして時を経て、可能ならばアイヌ独立共和国の建国、さらに情勢の変動に応じて、千島列島全体とサハリン全島のアイヌ独立共和国化。そういうことを考えていました。

最近、和田春樹が出した著作の中で、これと似たような提案を見つけました。ちょっと意外でしたが、私は彼より15年以上先んじて、そのアイヌ自治区(自治国家)のアイディアを持っていたことになります。日露通好条約以前の状態に返すべしという考え方でした。アイヌモシリを無法に奪い取った責任を償い、アイヌ民族から生活と言語と文化を奪い取った謝罪をこめて、返還後の千島列島をアイヌに返すべしという考え方だったのです。

当時の私は、実のところを告白すると、前にもちょっと書きましたが、梅原猛に少なからず思想的に影響されていた若者の一人でした。したがって当然ながら、あの縄文=アイヌ論の日本人論にも大きな魅力と説得力を感じていたことは間違いありません。恥ずかしい話だとは思いますが。

3、1990年代 − 現在

そして今、1からも2からも抜け出て、年齢的にも肉体的にもすっかり老人になった私がいます。今の私の国境線論はどんなものでしょう。正直に言って、あまり明確なものではありません。ふらふらと揺れます。自由主義史観の連中のヒステリックな雄叫びには鳥肌が立ちますが、
無意識的にも彼らのナションリズムに影響されているのでしょうか、ひょっとしたらポ−ツマス条約の線でもいいのではあるまいか、というアイディアが頭をよぎることもあります。

そしてまた、梅原猛的歴史観の影響が残っているのでしょうか、どうしても、先住民族の問題というのが頭を過って、たとえばあの初発の日露通好条約のライン、つまり樺太は両国雑居地とするという、いわば脱近代主義的、脱近代国際法的なアイディアに心を動かされることもあります。しかし、その両方とも、本当の自分の考え方と断言できるものではない。いわば浮気的なアイディアに過ぎません。

あるのはただ、70年代という時代をくぐり、80年代という時代の洗礼を受けて、年老いて生きている自分という存在だけであり、断言できる国境線の立場というのも、「粘り強く四島返還の声を上げ続けるべし」という司馬遼太郎の遺言のみです。

じかん● Thu Sep 7 10:34:30 Japan 2000
おなまえ●遼太の父
メッセージ● 学力低下

昨夜の民放の番組で、日本の若者の学力低下の問題をやっていました。くだらない番組だと思いつつ、ついつい見入ってしまうのは、やはりこの問題を深刻に感じていて、高い関心を持っているからだろうと思います。マスコミの報道のなかには多少センセーショナルなものもありますが、しかしそれでは片付けられない悲惨な現実があるのも間違いない事実のようです。

番組の中で、白い世界地図を見せて、フランスはどこにあるのか答えさせる問題(1)と、冷戦時代に二つの世界のリ−ダ−であった二国を答えさせる問題(2)が「社会」の問題として出ました。100人に訊いて、(1)の不正解者が52名、(2)の不正解者が72名だったと思います。不正解率の多さにも驚きますが(やらせでなければ)、それ以上に異常に感じたのは、番組が、(1)の問題を中学生レベル、(2)の問題を中学2年レベルだとしていたことでした。

フランスがどこにあるのか中学校に入るまで知らない、なんて本当にあるんでしょうか。日本の子どもが小学校6年生にもなってそんな常識もなくていいんでしょうか。米ソ冷戦の歴史事実は中学2年になるまで知っていなくていい知識なんでしょうか。唖然とするばかりです。もしそれが本当なら、日本の小学生が身につけておかなければいけない社会科の知識って一体どのレベルなんでしょう。

番組では文部官僚が出演して、これから指導要領を改正するという話をしていましたが、その内容たるや、週休二日制にあわせて教科内容を現在よりさらに3割も削減するという恐ろしいものでした。誰が見ても、ますます子どもの学力を低下させる方向での指導要領改訂です。文部省は一体何を考えているんでしょう。まさに発狂しているとしか思えない。

スタジオに来ていた日本の大学生たちが言っていたのは、

四字熟語なんて、もう俺達には必要ないし、日常生活で使わないし、言葉というのは時代によって変っていくものなんだから、これからの日本語には四字熟語はなくなっていくものだ。だから四字熟語なんて覚えなくていい。

という議論でした。まともな日本語も知らないくせに、妙な屁理屈だけは一人前に言って自分を正当化します。呆れますね。悪戦苦闘とか支離滅裂とか千差万別とか一石二鳥とか意味深長とか広大無比とか意気消沈とか軽薄短小とか森羅万象とか、幾らでも日常の会話や文章の中で使っている言葉でしょう。四字熟語がなくなって日本語から消えたら、日本語の表現はどうなるんですか。番組では三位一体とか出ていましたが、このレベルの四字熟語は教養とかそういうものではない。常識であり、言語生活の基礎です。彼らの主張をそのとおりに実行したら、日本人の言語は幼稚園児のレベルになることになります。

彼らは、同じように、数学についても、

分数なんて、別に全員ができなくても日常生活で使っていうわけじゃないんだから、数学に興味のある人間だけがやればいい。私は音楽に興味があってミュ−ジシャンになりたくて、そっちの勉強をやっているんだから、自分はそれでいい。数学は好きで興味のある人がやればいい。

なんて言っていました。どういう日常生活なのか知りませんが、それなら、掛け算の九九も算数に興味のある人間だけが知っていればいいのでしょうかね。ス−パ−でものを買えばバ−コ−ドで計算して正しいお釣を返してくれるし、自動販売機も計算を間違ったりしないから、足し算や引き算も興味なけりゃ覚える必要ないって話になるんでしょうか。

実は、連中の言っている自己正当化の屁理屈 − 個人の興味による教育の自由 − は、彼らが編み出したオリジナルの思想ではなくて、実際に学校の現場で教師たちによって言われていることであり、文部省が進めている「個性重視の教育」の思想であり、そして「ゆとりの教育」の根幹をなす考え方なんですね。そこが大問題なのです。文部省と日本の教育学者の主流の考え方が、そういう「イヤなら無理に知識を詰め込まなくていい」という前提なのです。

背景には、戦後日本の教育システムに対する批判意識があります。

曰く、詰めこみ教育で、知識偏重で、個性を重視していなかった。
曰く、偏差値教育で、受験教育で、各自の個性や能力を無視していた。
曰く、子供が理解できなかったのは教師の教え方が悪かったせいだ。

これらの議論がすべて間違っているとは言いませんが、いまの凄まじい学力低下の現状を見ると、たとえ詰め込みで知識偏重であったとしても、われわれの時代の教育の方が、今の低レベルな教育よりよかったのではないかと思います。今の文部省の進めている教育路線というのは、
結局、子供に勉強しなくていい、国語も数学もやらなくていい、好きなマンガを読んでゲ−ムで遊んでいればそれでいい、と言っているだけなんですね。個性、個性なんて言って、いつまで子供を甘やかして、無能力者に育ててゆくつもりなんでしょう。ひどい無責任だと思いますね。

じかん● Thu Sep 7 8:55:20 Japan 2000
おなまえ●遼太の父
メッセージ● 『ロシアについて』

司馬遼太郎の著作のなかに『ロシアについて』というのがあります。たしか1985年頃の出版だったと思います。ゴルバチョフが登場してペレストロイカが始まる直前の時期だったと思いますが、とても印象深くて、私はいまだに名著だと思っています。

勃興したロシアが、東漸してシベリアの諸汗国を滅ぼしながら、ウラルを請え、遂に太平洋にまで到達し、そこからラッコを追いかけて千島列島沿いに南下し、徳川日本との出会いに至るプロセスを丹念に追いかけています。私にとって、ロシア史、それから日露交渉史の基礎知識をよく提供してくれた一冊でした。

当時は旧ソ連時代末期、ペレストロイカの前ですから、北方領土問題も、ソ連が一方的に「日ソ間に領土問題は存在せず」としたきり、返還はおろか交渉の糸口さえ全く見えない重苦しい時代でした。司馬遼太郎は、最後の結論部分で、どんなに時間が長く経っても、ここは日本の領土であるということを国民が粘り強く主張し続けよとメッセ−ジしていたと思います。それから、ヤルタ会談から発生するこの北方領土問題というのが、世界史的に連鎖した問題の一環であり、モンゴル人にとっても無関係ではないのだという指摘もあったように思います。

それから15年、歴史は大きく動いて、ソ連が崩壊し、領土問題も解決に向けて前進しましたが、私の感覚としては、何か歴史が一巡したというか、激動、安定、激動、安定という形で廻る歴史の循環が一回転して、再び「安定」の時期に入ったかな、という感じがします。つまり、動かない、問題が前に動かなくなる時期に入ったのかな、という感じですね。

再び歴史が動くのには、もう少し時間がかかるのではないかと思いますね。ロシアの方で再び激動が起きるのか(ロシア連邦の崩壊とか)、それとも日本の方がガラッと変るのか(憲法改正、再軍備、軍国主義化)、よくわかりませんが、そういう激動が、また北方領土問題にインパクトを与えてゆくような気がします。

北方領土問題が固定して動かなくなる「安定」の時期というのは、また、ロシアが東アジアに関心を失ってヨーロッパの方ばかり向いている時期でもあります。プーチンははっきりと、ロシアはヨーロッパの一国であるという位置づけを宣言していて、経済発展もEUや米国との関係強化のなかで達成して行こうと考えています。スタッフもみな欧州の方を向いています。アジアには特に関心がないようです。

ロシアがアジアの方に目が向く時期というのは、ロシアのアイデンティティが揺らいで、新しい可能性を模索する時期だということですね。ゴルバチョフのときがその典型でした。司馬遼太郎も書いていたと思いますが、ロシアというのは、日本から比べればまだ若い国ですね。広大なシベリア全土を版図として組み入れてまだ200年経っていない。いろんな試行錯誤や反動や激動がまだありそうな予感がします。

じかん● Wed Sep 6 15:08:13 Japan 2000
おなまえ●遼太の父
メッセージ● 沈黙の土地、沿海州

ロシアとの問題を考えるとき、いつも思うことなのですが、日本海の向こう側にある極東ロシアの沿海州のことですね。ウスリ−江と日本海の間に広がるシベリア極東の大地です。ここは一体どういうところなのだろうという漠然とした思いを、子供の頃からずっと持っていました。

2年ほど前に、TBSが特集番組を制作して、緒形拳がずっと日本海を一周するというドキュメンタリ−が放送され、その中で沿海州の切り立った断崖が続く海岸線の映像が出ました。それが初めて見た沿海州の空からの映像でしたが、それまでソ連崩壊後でさえも、ウラジオの町や港とかを除いて、沿海州の映像らしい映像はほとんど出たことがなかったのではないかと思います。

情報がきわめて少ない土地なんですね。情報が少ないだけでなくて、関心もきわめて少ない。日本人の多くが関心を払っていない。しかし考えてみればそれは異常な話で、日本海という内海を挟んだ向う岸なんですよね。ヨーロッパで言えば、地中海を挟んだ向こう岸の北アフリカの位置の土地です。

この土地は不思議な土地で、たしか20世紀に入る直前に、清から、南下する帝政ロシアに割譲された経緯があったと思いますが、それまではほとんど歴史に登場することがありません。ずっと沈黙しているんですね。ロシアがここを奪ったのは、不凍港(ウラジオストク)が欲しかったからだと思いますが、清の方は、ウスリ−江の西側(内陸部の満州平野)の方が重要で、東側なら人も住んでないし、山ばかりだからまあいいやという感覚だったのかも知れません。

今、地図を見ても、ウラジオストクとナホトカ以外はあまり町らしい町がないですよね。オリガという小さな町の名前がありますが、それくらいでしょうか。ほとんど人が住んでいないんじゃ
ないかという感じがします。沿海州全体が海岸線まで全部びっしり森林地帯で、農業ができる平野が全くなく、それから人の飲み水を提供する河川も流れてないのかもしれない、と予想したりもします。沿海州の面積は日本全土よりも広いと思いますが、人口はいったいどれくらいなのか。

ロシア革命に対する干渉戦争であるシベリア出兵のとき、日本軍は極東共和国を攻め潰して一気にバイカル湖まで進軍しようとしますが、いちばん日本に近い土地である沿海州を確保するという戦略は立てませんでした。石原完爾の満州事変のときも、これは当然かもしれませんが、ソ連領沿海州は作戦範囲から外されています。ソ連との正面戦争を画した辻政信のノモンハン事件の謀略でも、獲物(目的)はモンゴルと東シベリア全体で、ウスリ−江以東の沿海州を攻略しようとは全くしていないんですね。

日本軍にとってあまり魅力がなかったということなのかもしれません。清国からも関心を持たれず、日本からも関心を持たれず、またロシアからも港と海以外には関心を持たれなかった土地、それが近代史の中の沿海州です。そして戦後もひっそりと沈黙を続け、今なおひっそりと沈黙したままの土地なんですね。日本海の向うからは何も音が聞こえて来ないのです。

じかん● Wed Sep 6 11:51:09 Japan 2000
おなまえ●学生
メッセージ● いたち小僧の正体を探っています!!誰か分かる方がいらっしゃったら是非教えてください!
じかん● Wed Sep 6 10:21:13 Japan 2000
おなまえ●遼太の父
メッセージ● で、私が総理大臣だったらですが、

プ−チン大統領訪日に合わせて、事前にロシア専門家と経済専門家でプロジェクトチ−ムを編成して、21世紀のロシア極東の経済開発計画のホワイトペ−パ−を作成させて、それを首脳会談の席で彼らにプレゼンテ−ションしましたね。

ナホトカの港湾開発、サハリンの資源開発、ウルップ島の観光開発、ウラジオストックのIT基地開発など個別テ−マの未来構想を絵にして見せて、さらに極東ロシア全体のマクロ経済の発展モデルを提示して見せるわけですね。この地域の生産と所得を倍増させてロシア国内での経済先進地域にする構想を見せつけるわけです。

もう一つは、留学生の交換です。日露間でなかなか問題が進展しない理由の一つは、それを主体的にやろうとする人間がいないことがあります。ロシア側に親日家のが少ないし、日本側にも高田屋嘉兵衛や大黒屋光太夫のような人物がいません。二国間をブリッジして二国間のために働こうという人間がいないのです。

極東ロシア在住の優秀な若者を、大量に留学生として受け入れるべきですね。ロシア系だけでなく、ブリヤ−トやヤク−トなどのシベリア原住民の若者を多く受け入れるようにすればいい。将来、二国間の平和と安定のために働いてくれる人間を作るべく積極的に投資することです。

それと、プ−チン大統領と膝を交えて話したいのは、前に書いたようなヨ−ロッパの戦後処理の問題を含めたト−タルな歴史認識の問題ですね。つまり、フィンランドとの東カレリア問題とか、ドイツとの東プロイセン問題とか、そういう問題をロシアとして今後どう処理してゆくのか。スタ−リンによる戦争犯罪についての戦後責任を、これからロシアはどう始末してゆくのかという問題です。ソ連による負の遺産の後始末です。

これまでは、それらの問題は、第二次大戦の戦勝国という立場を掲げることで、顧みられることはなかったわけです。カチンの森虐殺事件についてはゴルバチョフが正式に謝罪しましたが、他にもまだ残っている問題があるわけですね。戦勝国側の戦争犯罪と戦争責任という問題は、まだ歴史的に問題解決されているとは言えないわけです。ヨ−ロッパでは、特にソ連による戦争犯罪の問題があります。アジアでは、米国の原爆投下による非戦闘住民の大量虐殺という問題があると言えるでしょう。

警察官僚出身で、強いロシアを掲げて国内の安定を第一目的にしているプ−チンには、そこまでのイマジネ−ションや政治哲学はないかもしれません。しかし側近のなかには、そのへんの話ができる知性がいるでしょう。そういう意味では、ゴルバチョフの周辺にはヤコブレフとかメドヴェ−デフとか優秀な知識人がたくさんいました。

プーチン大統領の側近に、歴史認識と政治哲学を持った優秀な知識人が欲しいですね。そして、もう一人、東アジアの経済専門家が欲しい。その二人がいれば、日本の北方領土交渉もずいぶん違った展開になるのではないかと思います。もちろん日本側に、彼らと話せる知識と素養を持って、ともに協力共同できる人間がいないといけないということになりますが。

じかん● Wed Sep 6 10:03:54 Japan 2000
おなまえ●遼太の父
メッセージ●
昨夜10時のNHKニュ−ス番組に、久し振りに青山学院の袴田茂樹が登場して、「2000年までの領土問題解決は日露両国間の約束だったはずだから、それをロシアが勝手に反故するのなら、もう交渉などせすに、お帰りくださいと言って帰国してもらえばいい」と発言していました。もっともな言い分だと思います。外務省は、国内向けに、会談の意義とか進展とか成果ばかり無理に強調して演出しようとする傾向があります。その手の内を向こうに読まれてしまっていますね。

私は、エリツインのクラスノヤルスク提案は、実は見せかけの日本を欺く芝居だったと考えています。領土返還の意志など彼には少しも無かったにもかかわらず、そういう素振りをうまく見せて、日本から経済支援を引き出したんでしょう。単なる経済支援だけだったのか、ひょっとしたら何らかの賄賂みたいなものが外務省からエリツインに渡されていたかもしれません。これは邪推ですけれど。

エリツインは日本人を馬鹿にしていましたね。何年か前にニュ−スステ−ションで、モスクワに飛んだ久米宏がエリツインと独占インタビュ−した映像がありましたが、あのときエリツインはチュ−インガムをクチャクチャ噛みながら、久米の質問に不真面目に答えていました。怒った久米が、「エリツインさん、さっきからクチャクチャ噛んでいるのは何ですか?」 と突っ込むシ−ンがありましたが、エリツインの対日姿勢の何如をよくあらわす映像だったと思います。

最高権力者であり国家元首であるエリツィンが決断すれば、別に2000年でなくても、97年のクラスノヤルスク時点で平和条約締結はできていたはずなのです。そんなものは一瞬でできます。条約文の起草など2時間もあればすぐにできます。3年もかけて詰めなくてはいけない問題など何一つありませんでした。クラスノヤルスク合意は、エリツインの仕掛けた罠であり、詐欺ですね。詐欺だと知ってか知らずか、外務省と橋本龍太郎はそれに乗って踊ってはしゃぎました。

政府自民党と橋本龍太郎の本当の目的は、「平和条約締結の合意」の成果を強調して、国民に期待を抱かせて、内閣の支持率を上げることだったと私は睨んでいます。思い出していただきたいのですが、97年秋というのは、金融機関の不良債権問題が危機的状況を迎えて、山一証券と北海道拓殖銀行が倒産したときであり、98年夏に参議院選挙を控えた時期でもありました(結局、その選挙で橋本自民党は敗北しますが)。伊豆の川奈で二人で太鼓を叩いておおはしゃぎして見せた(98年春)のは、明らかに参院選挙向けのパフォ−マンスだったと言えるでしょう。

エリツインの陰謀ですね。それも、つまらない底の浅い陰謀です。外務省と自民党政府は、外交下手なんて単純なものじゃなくて不真面目だと思いますね。外交に対する真剣さが全然ない。政権維持のために外交を売っている。こんな調子だと、ロシア人は、日本人が本当に四島返還を要求しているのか訝って考えはじめることでしょう。

じかん● Tue Sep 5 16:03:01 Japan 2000
おなまえ●遼太の父
メッセージ●
プ−チン大統領の訪日に関連してですが、ここ首都東京では、昨日から、ものすごい数の右翼が全国から終結して抗議行動をやっています。例の大型トラックを改造した街宣車が何十台もくりだして、ラウドスピ^カ−でがなり声を上げています。異様であり、物騒であり、邪魔であり、実に不愉快な光景です。

ロシアの北方領土占拠に抗議して行動する愛国思想の持ち主だったなら、同じように、沖縄の米兵の婦女暴行事件に抗議して、沖縄の米軍基地の前でがなり声を上げて欲しいものですが、彼らは決してそういうことはしません。攻撃の鉾先は、常に中国やロシアや北朝鮮です。ニセモノの愛国主義ですね。

また、プ−チン大統領の訪日に合わせたかのように、東京は昨日からぐっと涼しい気候になりました。雨がしとしと降り、最高気温も25度ほどに下がっています。何やら一気に秋めいてきました。ほんの3日前の土曜日にはこの夏の最高気温を記録して、このままずっと真夏が続いて、とてもこういう日が来るとは思えなかったのですが、あっと言う間にチェンジしました。

2000年までに平和条約締結というのは、エリツインの気まぐれ半分のリップサ−ビスで、エリツインはそれまでに自分が大統領職を辞めることを予め見越して、適当に日本を喜ばせる事を言っただけなんですね。政治家として非常に無責任な行動だったと思います。また、そのことを知ってか知らずか、日本国内向けに「平和条約」の成果を吹きまくっていた外務省と御用マスコミのあり方も批判されなくてはいけないでしょう。

つまりプーチンは、無責任なエリツインが残した面倒くさい置き土産の尻拭いをさせられているわけですね。嫌な役回りですが、エリツインの指名で後継者にしてもらった以上、日本に頭を下げるのも仕方ないというところでしょうか。ペレストロイカの頃は、領土返還の期待が大きく膨らんでいましたが、宴の後と言うか、またすっかりその期待が萎んでしまった感じがします。

またしばらく、この問題は先送りですね。当面、何年間かは進展は無いんじゃないでしょうか。私の見るところ、プ−チン大統領の在職中は領土返還は無理だろうと思います。彼は有能な政治家だと思いますが、ゴルバチョフやエリツインのような、自ら時代を変えてゆくよう政治的理念を持っているタイプではなさそうです。

じかん● Tue Sep 5 9:30:24 Japan 2000
おなまえ●遼太の父
メッセージ●
北方領土の問題についてですが、今回は、少しロシア側に立って、何故それを簡単に日本に返還できないのかについて考えてみたいと思います。

ソ連時代、つまり冷戦の頃の言い分として、日米安保条約の問題があって、もし島を日本に返還したら、そこに米軍の基地が建設されるんじゃないか、そうなれば極東ソ連にとって大きな軍事的脅威になる、という主張がありました。56年の日ソ共同宣言で、一度は二島の返還を約束しておきながら、ソ連が急に態度を変えてそれを反故にしたのは、60年の日米安保改定延長の問題があったと思います。

ソ連が崩壊した現在、そういう軍事的な問題は全くなくなっていますから、さっさと返してくれたらいいと思うわけですが、ロシア側はなかなかそれを決断しようとしません。ロシア側の現在の言い分は、(公式見解ではありませんが)日本に四島を返還すれば他の地域での領土問題に飛び火するからというものです。

日本との北方領土問題以外にも、ロシアは隣国との間で似たような種類の領土問題を抱えているようで、仮に日本に四島を返還すれば、それじゃあこっちにも返してくれよ、と請求される恐れのある地域が幾つかあるということなのでしょう。ロシア連邦内部でのロシア共和国と他の共和国との間の領土問題や境界線問題というのも沢山ありそうですが、対外的なところでも歴史的な問題を含んでいる地域がヨ−ロッパに幾つかあります。

その一つが旧ドイツ領東プロイセンで、ポ−ランドとリトアニアに挟まれたバルト海沿いの地域です。地図で見ればわかりますが、ロシア連邦の飛び地になっていますね。第二次大戦大戦のときにソ連軍が侵攻、占領して、大戦後に南北に分割、南をポ−ランド領とし、北をソ連領にしてしまいました。

おそらく国際法上は、ドイツとの間の条約なり協定で何らか決着をつけているだろうと思いますが、ここは世界史で出てくる、中世以来のドイツ騎士団領であり、プロイセン王国の神聖な東方領土であった地域ですので、ドイツ人の民族感情としては容易ならざるものがあることでしょう。

上の問題と関連して、ポ−ランドとベルロシア・ウクライナ間での国境問題というのが潜在的にはあります。39年に独ソ不可侵条約を締結した後、ナチスドイツはポ−ランドに侵攻、これが第二次大戦の始まりですが、同時に東からソ連軍がポ−ランドに背後から侵入して独ソでポ−ランドを二分割します。戦後、スタ−リンは、戦勝国としてこのとき奪った領土と国境線をそのまま固定させ、それが今日まで続いています。

さらにもう一つ。第二次大戦のどさくさに紛れてソ連がフィンランドとの間に起こしたソフィン戦争。そのとき奪った旧フィンランド領東カレリア地方ですね。どういう条約なり協定によってこれが現在国際法的に正当化されているのか知りませんが、これは明らかなソ連の侵略戦争で、本来ならフィンランドに返還されなければならないはずの領土と言えます。いずれそういう歴史的局面が来ることでしょう。

北方四島の問題は、そういう意味で、日露二国間の戦後問題であると同時に、第二次大戦後の戦後処理をめぐる世界史的な問題でもあります。
じかん● Mon Sep 4 13:17:04 Japan 2000
おなまえ●遼太の父
メッセージ● シドニ−五輪

オリンピックのことを考えると、自分が本当に年寄りになったことをしみじみ実感させられます。この現実の社会の中で、世代的に真ん中というよりも、寧ろ後ろの方というか中高年グル−プですね、そういう集合に入ってしまっている自分を感じるわけです。

あまりに多くのオリンピックを見てきたと言うか、これまで見てきたオリンピックの数よりもこれから見るオリンピックの方がきっと少ないだろうというような、そういうもの悲しい感覚で
す。

84年 ソウル五輪
88年 ロサンゼルス五輪
92年 バルセロナ五輪
96年 アトランタ五輪

自分自身の感覚で言うと、ソウル五輪から後が早かったですね。さっさっさっと通り過ぎて行った感じがします。バルセロナ五輪のマラソンで有森裕子さんがエゴロワと死闘を演じたのがありましたが、あれからもう8年も経ったとは、とても信じられない。

今回の楽しみは女子のマラソン。天才高橋尚子に期待していますが、応援しているのは市橋有理。2年前の東京女子マラソンでの感動的な走りが忘れられなくて、ずっと応援を続けています。彼女が走り出すと、レ−スが終わるまで、一瞬も席を立てなくなるんですね。見せるものがあるのです。

前回のアトランタの時も、女子マラソンの日本代表3人の間でいろいろと葛藤のドラマがありましたが、今回はあのとき以上に物凄いものがあって、日本の女子マラソンってどうしてこんなに高度で、壮絶で、凄味があって感動的なんだろうといつも思います。

飽食驕慢、腐敗退廃、痴呆化と堕落化ばかりが進んで自信喪失と自己不信におちいっている日本社会の中で、女子マラソンの世界だけが異常に高い精神性と倫理性を屹立させて、われわれ日本人の士気を鼓舞してくれている。そういう感覚を持っているのは私一人だけではないと思います。

じかん● Mon Sep 4 10:37:26 Japan 2000
おなまえ●遼太の父
メッセージ●
プ−チン大統領の訪日があって、新聞を読んでいるうちに、また、『菜の花の沖』でも読もうかな、という気分になったりします。残念ながら、2000年中の平和条約締結はなさそうですね。私は、クラスノヤルスクのときから無理だろうなと思って見ていました。演出過剰じゃないかと疑って見ていたのです。あんなに簡単に領土返還があるはずがない。

北方領土返還が実現するための可能性というか、条件というのは次の三つくらいじゃないでしょうか。

一つの可能性は、ロシアに優秀な指導者が出て、彼がロシア国民を説得することですね。四島占拠の不当性をロシア人自身に説明して、日本からの巨額の経済援助と交換すること。その決断ができる指導者の出現ですね。これは、日本人から見れば簡単そうに見えますが、実際には非常に難しい問題だと思います。

これまでのロシアの指導者の中でそれができる可能性を持っていた唯一の男がゴルバチョフでした。彼はソ連の指導者として初めて来日しましたが、当然、四島返還、平和条約の決意を持っていたのでしょう。そうでなければ来日する意味がない。しかし来日がようやく実現したとき、経済の混乱と周辺共和国の離脱問題が重なって、ゴルバチョフは政治の実権をほぼ失っていました。

残念だったと思います。実に逆説的な話ですが、ペレストロイカが成功して、ソ連の経済と政情が安定して、ゴルバチョフの時代がさらに続いていれば、北方領土は日本に返っていたに違いありません。経済問題と民族問題がもう少し安定して推移していれば、ゴルバチョフが彼のカリスマで、国民を説得してくれていただろうにと思うわけです。

二つ目の可能性は、ロシアが経済的に発展し、西欧や米国のように市民社会が成熟して、ロシア市民のなかから自然に四島返還の声が上がり、それが支配的な国民世論になることです。ロシア人が経済的に自信をつけて、領土問題や過去の歴史について理性的に対応判断できるようになるときということです。しかし、この可能性の実現までには、相当時間がかかりそうに思います。

三つ目の可能性は、政治的な変動が起きてロシア連邦が解体し、極東地方がモスクワの政府から分離独立し、独立したその国が日本の経済援助と交換に四島の主権を放棄するという可能性ですね。その昔、ロシア革命の際に極東共和国という国家が一時的に建国された歴史的経緯がありますが、そういうものがもう一度できる可能性です。

仮に、もしシベリアのサハ共和国がロシアからの分離独立を宣言して、それが国際社会で認められるような、そういう事態にでもなれば、地政力学上、バイカル湖以東のロシアもモスクワから離れて別国家を建国する方向に向うでしょう。イギリスとオ−ストラリア、イギリスとカナダのような関係になる可能性があります。

以上、三つの可能性。私が期待するのは第一の可能性ですが、なかなか難しいでしょうね。ロシアが変わる前に、日本の方がどんどん貧乏になって、今言われているような大型の経済援助なんてできなくなるんじゃないか、財政状況が逼迫して、何兆円規模のお金なんてとても出せなくなるんじゃないか、とそう思ったりもしています。
じかん● Mon Sep 4 9:09:10 Japan 2000
おなまえ●遼太の父
メッセージ● 山口の花子様

たしかにあの海岸は雰囲気いいですよね。私も気に入っています。桂浜の竜王崎から仁淀川の河口にかけての西に真っ直ぐ伸びる砂浜の海岸線だと思いますが、いい感じですよね。私はあそこから見る太平洋が、いちばん太平洋らしくて好きなんです。海と空の明るくて濃い青、それから打ち寄せる白い波。これが太平洋って感じがしますね。

まあ、高知の人にとっては、龍馬というのは、単なる歴史的な英雄ではなくて、いまそこに生きて歩いているような存在なのだろうと思います。歴史的な実在の人物というよりも、むしろドラマや映画の人気者の主人公ですよね。寅さんとかドラエモンとかいった感じの存在なのではないでしょうか。それはまた、決して高知の人だけに限ったことでもなくて、桂浜を訪れている若い観光客のほとんどが、漫画の「お−い竜馬」や司馬遼太郎の「龍馬がゆく」の主人公に会いに来ているようにも見えます。

武市半平太とか中岡慎太郎とか板垣退助とかになると、高知の人も、花子さんがおっしゃっているような、山口の人にとっての桂小五郎や伊藤博文と同じような歴史的存在として向き合っているように思います。どうしても龍馬というのは特別な存在になってしまうんですよね。あまりにもドラマティックで魅力的な人物ですから。龍馬の人生というのは、本当にやましいところが一点もないんですよね。完璧に物語の主人公になれるというか、「実はこうだった」というよう
な、負の部分が後で暴かれるということが全くないですよね。どこまでも快活で、颯爽として、溌剌で、正直で、前向きで、ユ−モラスで、不思議な存在です。

あの大西郷が心底惚れ込んだというだけで、その人格がどういうものだったか想像できます。西郷があれほど惚れ込んだ男は、龍馬だけじゃないでしょうか。もし龍馬が生きていれば、西郷も死なずに生きていたんじゃないかなと、そんなふうに考えることがあります。お互いに心から信頼しあい、そして共に語り合うのを楽しみにしていた関係のように見えますね。

じかん● Sun Sep 3 16:14:45 Japan 2000
おなまえ●山口の花子
メッセージ● 遼太の父様
お礼が遅くなりましたが高知で、どろめ、さえずり(鯨の舌)なんとか貝(オレンジの巻き貝)おいしい鰹のたたき(自宅で食べる気にならなくなってしまいました)など竜馬ファンの小さなお店でいただいてきました。桂浜の太平洋に面した長い海岸線、いいですねー。いつも湖のように優しい瀬戸の海を見ているモノで、男性的で日本離れした感じがしました。ゴールドコーストの海岸線に少し似てますね。確かに若い観光客が多いなと感じました。それと、ホテル竜馬とかリバティとか、自由灯など竜馬やその時代がらみのネーミングが多く笑ってしまいました。お店の人に「山口の人は維新の人の名前を使ったりしないよね」と言われ、確かに「伊藤博文亭」とか松陰亭とか旅館小五郎とかほとんどありません。
高知の人にとってそれだけ竜馬が親しみやすい存在であり、未だに竜馬様々のところがあるんでしょうね。
1泊2日のあわただしい滞在でしたがおかげで名物を食べ損なわずにすみました。ありがとうございました。
県立竜馬博物館は地下の展示物がよかったですね。

じかん● Fri Sep 1 18:34:25 Japan 2000
おなまえ●遼太の父
メッセージ●
最近の日本の情勢を見ていると、たしかに中国問題というのが重要な関心事になっていて、中国をどう捉えるのか、中国の歴史と文化をどう見るのか? 日本と中国のこれまでとこれからをどう考えるのかというのが、大きな思想的問題になっているように感じられます。しかしとにかく、私は何度も書いていますが、あのファナティックな政治屋連中というのが大嫌いで、「司馬史観」を標榜しつつ司馬遼太郎の世界と全く無関係な偏向的なナショナリズムや復古的なミリタリズムを鼓吹している人たちを見ると、鳥肌が立ってしまう性分ではあります。

とりあえず、上の問題を考えるにあたっての、私自身の基本的観点を三点ほど述べることにいたしましょう。

まず第一に、中国の古典文化というのはわれわれ日本人にとっても、かけがえのない貴重な古典であるという事実、これを認めるということですね。日本の文化と中国の文化は全く異質なものであるというのが、あの連中の一貫したテ−ゼですが、そんなことはありえない。われわれの体内には中国の古典文化が遺伝子として編み込まれています。日本文化にとって中国オリジナルなものはすでに不可分のものとして一体化している。

イギリス人やドイツ人にとっての古典が、ホメロスであり、ソクラテスであり、プラトンであるように、われわれの古典は、杜甫であり李白であり、司馬遷であり、四書五経であります。イギリスやドイツの人間にとっての伝統的教養がラテン語であったように、われわれ日本人にとっての教養も漢籍であったわけです。奈良朝以来、男子の公文書はすべて漢文表記形式であり、その文化的伝統は、ずっと幕末明治にまで続いています。

そして、豊穣で高度な中国の古典文化に対するわれわれの態度というものは、常に憬れであるべきだろうし、感謝であるべきであろうと私は思っている。司馬遷に憬れ、杜甫に憬れ、李白に憬れ、王義之に憬れ、彼らに終生コンプレックスを抱きつづけるのが、日本の知識人たる者の条
件であると思う。夏目漱石がそうだったように。わが司馬遼太郎のペンネ−ムは何処から来たか。

日本人が自らの内なる中国文化を否定することは、英国人やドイツ人がギリシャロ−マ文化を自らのものとして否定することに等しいでしょう。

第二に、たとえどのように社会主義の思想や政治運動が否定的な評価を受けたとしても、そして中国の社会主義に民主主義的な契機が欠落していたとしても、その体制は中国人が自らのものとして20世紀に選んだものであること。その事実を認めるということですね。相手の立場を認めるということです。

はじめから完成した民主主義を国家体制として獲得享受できる民族などありませんね。それぞれの民族は具体的な歴史のなかで、それぞれ躓づきながら独自の発展を遂げてゆくもので、いろんな紆余曲折、試行錯誤を経験するものでしょう。こうでなければならないという普遍的な基準などあり得ない。日本人が中国の文革の失敗を嘲笑するのは簡単だけれど、日本は無益な戦争で300万人の自国民を犠牲にしている。

中国の社会主義を全体主義であると言うのなら、戦前の日本のあの政治体制は一体何だと言うのか。全体主義ならわれわれも十二分に経験している。しかも選択的に経験している。中国の文革も日本の軍国主義も、決して正当化できないものだけれど、それは民族の歴史的経験であり、それがあって現在のわれわれの平和な社会があり、また改革開放の中国がある。

内戦のとき、中国の民衆は蒋介石の国民党を選ばず、毛沢東の共産党を選ぶ。結局のところ、米国もそれに介入できなかった。もしそれを、単なる共産党の軍事攻勢であると米国が判断していたなら、きっと米国は国民党を助けて最後まで反撃していたことでしょう。民衆の支持が国民党を離れて共産党に向いたのは、抗日戦のときの実績にもとづく。そして建国された人民共和国が50年の歴史を経た存在として現実にある。その事実を認めること。

第三に、大陸中国と台湾は、いつの日か必ず平和的に一つの中国として統一し、互いの20世紀の歴史的経験と財産を共有しあい、協力共同するようになるだろうということ。その日を信じるということ。その日が必ず来て、海峡をはさんだ対立と緊張が溶け、すべての中国人が民主主義と市民社会の原理の下で自由に生活するようになるだろうということ。孫文と魯迅が天国で静かに微笑む日が来るだろうということ。その日まで、日本は無用な介入や干渉や挑発をせず、厳粛に過去の過ちを反省し、基本にもどって、日中平和友好条約と一つの中国の原則を守っていかなければならないということ。

以上、中国問題を考える際の、私の三つの基本的スタンスです。
じかん● Fri Sep 1 12:03:20 Japan 2000
おなまえ●遼太の父
メッセージ●
しかし、李登輝が本当にやらなくてはいけないのは、小林みたいなのを煽てて持ち上げることではなくて、逆に、中国人として小林や西尾みたいな危険な論調を厳しく叱責することだと思いますが、李登輝周辺にもいろいろ事情があり、立場があってのことだったのでしょう。香港返還が一国家二制度であっさり実現し、クリントンの訪中などもあって、多少焦りを感じているのかもしれません。

が、それだけでなく、李登輝自身のなかで自分のアイデンティティについての問題というか、自分は何人なのかという、そういう問題が少しあるように私は感じています。つまり、小林などの言説というのは、きわめて強烈な反中国イデオロギ−であり、中国否定の議論であり、普通の中国人が聞いたら無条件に反発を感じるはずの暴論だと思うわけですが、李登輝があのように小林と会談するのは、単に大陸に対する政治的立場というだけでなく、やはりアイデンティティとしての台湾人という考え方があるのでしょう。

つまり、台湾人と中国人の分離の意識があり、新しい台湾人という生き方の模索があるのだろうと思いますね。実際に、李登輝自身が少年時代から青年時代にかけて日本の教育環境のなかで育ってきて、自分自身の人生と思想を確立させてきたことと大いに関係があるに違いありません。

そのことは、きっと李登輝以外の台湾の人々でも同様であって、歴史的伝統的な中国人ではなく、新しい台湾人として自己認識し、自己確立している人が少なからずいるのだろうと思います。それは独立台湾の内面的基礎を構成するものになります。

しかし、本当にそれでいいのか。中国ではなく、中国から分離独立した台湾としての国民国家の建設でいいのか、そのあたりは難しい問題だと思いますね。独立台湾というのは、中華民国としての台湾の自己否定でもあります。台湾はこれまで、中国の正統を継承してきたのだという自負があったわけで、大陸の中国は偽物であり、台湾の中国こそが5千年の歴史的伝統を継承する本物の中国であると自認してきたわけですね。正統ですから、最も中国人らしい中国人がそこにいなければならないことになります。生粋の中国人のアイデンティティが台湾の人々の内面に確固としていなければならないことになります。

たとえば漢字にしても、大陸では大胆な略字体にしてしまっていますが、台湾では正統の漢代以来の漢字をなお使用しているといわれています。

最近、この1、2年、小林や西尾たちがキャンペ−ンしているのは、中国文化と中国歴史に対するあからさまな否定と攻撃です。中国史に対して無用な言いがかりというか、攻撃を繰り返していますね。社会主義中国に対する政治的批判ではなくて、中国の歴史そのものに対する一方的で偏見に満ちた誹謗中傷を続けています。中国には公はないとか、私のみであるとか、漢民族の歴史は古代で終わっているとか、中国に対して因縁をつけているとしか言いようのない卑劣な批判をやっています。学問的素養ゼロの小林が公だの私だの偉そうに言うのも目障りなんですが、たとえ素養ゼロでも言っていいことと悪いことがあるように思うわけです。

公がない、公共心や公共道徳がないのはどっちでしょうね。中国人でしょうか、日本人でしょうか。中国人ならば、中国の歴史をあのように不当に侮辱されたら怒るのが当然だと思いますが、李登輝を含めて台湾の人々がそのあたりをどう思っているのか、本当のところを詳しく聞いてみたいものだと思います。小林や西尾の言説を受け容れるということは、中国人による中国の自己否定だと思えるわけですが、それでいいんでしょうか。
じかん● Fri Sep 1 10:06:15 Japan 2000
おなまえ●遼太の父
メッセージ● 李登輝

「東アジアには母国語以外に英語と日本語を操ることのできるもう一人の偉大で優秀な指導者がいます。言うまでもなく、韓国の金大中大統領ですね」 と下で書きましたが、実はもう一人、立派な指導者がいますね。台湾の李登輝前総統です。「台湾紀行」以来、ずっと注目して見ていましたが、PHPの「台湾の主張」もなかなか興味深い内容でした。

第一章に「私の思想遍歴」というのがありますが、これが実に面白い内容でした。猛烈な読書家で、きわめて優秀な頭脳の持ち主だということがよくわかる。思想家でありながら技術者であり、卓越した行政家でありつつ有能な政治家でもある。マルクス経済学を基礎としたダイナミックでシャ−プな社会認識の手法を持ちつつ、キリスト教の信仰をがっちりと持ち、聖書とゲ−テを縦横に論じ、さらに中国古典になじみ、魯迅以来の中国近代の知識人の苦悩をよく了解し得ている。岩波文庫700冊を少年時代に読み込んだ豊かな感性と教養を知的根底に持つ。77歳の現在なお現役の学究の徒であり、岩波書店の社会科学系新刊講座を丁寧にフォロ−してゆく社会科学研究者である。

まあ一言で言って、こんな素晴らしい知性というのはちょっと他に見当たらないくらい、私から見て、きわめて憬れの、尊敬の対象となる理想的知性であり、また親しみを覚えます。最近の日本の若者や学者や評論家、まともな知的訓練の経験もなく、知的なパ−スペクティブやバックヤ−ドやホ−ムランドを持たず、ただ自己陶酔的に自由主義史観のイデオロギ−を連呼するだけの連中よりも、彼の方が、はるかに私にとって近しい存在であり、同じ知的共同体に属する大先輩であると感じるのです。

抜群に優秀で多才な頭脳と、純粋で多感で良心的な内面。77歳の今でも、話す言葉は20代の青年のように若く、文章には知的な情熱と問題意識がほとばしっている。まさに、日本の戦後民主主義の知性そのもの。1930年代の日本の最良の知的空気をいっぱい吸い込んで育った良心的知性。李登輝が、もし戦争が終わった後に、台湾に帰らず、京都帝国大学に残って農業経済学を続けていたなら、あるいは宇野弘蔵や内田義彦のような、戦後の日本経済学を代表する偉大な巨人になっていたかもしれません。

農業経済学。それはつまりは地代論であり、(本の中で彼が論及していたように)再生産論であり、地主小作制研究であり、戦前の日本経済学が世界的に高度な水準を誇っていたといわれていた学問領域に他なりません。

本の中で、日本に対する警告なり助言なりを、愛情いっぱいの気持ちで論じていましたが、どれも正鵠を射たものばかりでしたね。技能ではなく精神が重要なのだ、現代の日本人は知識や技術を統合する精神を失っているのだと主張していましたが、彼の言うとおりでしょう。その李登輝が安易に小林よしのりと会って、小林のマンガの宣伝に使われる失敗を演じてしまったのは、私
にとって実に残念なことでした。

それからまた、彼の毛沢東論は、まああれでいいだろうと思いますが、ケ小平論が落ちていますね。そして社会主義市場経済についての理論的認識が弱い。何故なんだろうと不思議に思うほどそれを見ていない。あれだけきちんと農業経済学を勉強している男なんだから、中国の社会主義市場経済が理論的にどういうもので、それがどういう社会科学的来歴を持つものかを理解していないはずはないわけで、それを敢えて見ないのは、やはり彼の国民党の前総統という立場が
なせるものなのでしょう。偉大な知的巨人である李登輝ですら、知的学問的自己と政治的立場のバランスに逡巡しているように私には見えます。そこがまた愛せるところではあるんですが..。学者としての李登輝が社会主義市場経済の理論的本質に気づいていないはずがない。

小林なんかと話すんじゃなくて、できれば意を決して江沢民と話をしてもらいたいものですね。もし何年か後、江沢民が実権を後継者に譲って象徴的な元首の位置にでも隠居をしたら、たとえば京都あたりで、二人がお忍びで会って話し合ってみたらいい。京都が駄目ならサンフランシスコでもいい。私も、もう日本人で、この人間とどうしても話してみたいというのは一人もいませんが、李登輝とは一度会って話を聞いてみたいものだと切に思います。魯迅論、毛沢東論、そして経済学論、日本論、司馬遼太郎論。

李登輝。魅力的な男です。男が嫉妬心を抱く男ですね。司馬遼太郎との対談もよかった。