2000年5月分の掲示板です

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じかん● Wed May 31 18:40:16 Japan 2000
おなまえ●じゅんこ
メッセージ● 以蔵様
現在の教育の現場についてのお話ですが、大変、根の深い問題ですね。もちろん「原因」があって「結果」があるわけですが、私は教育評論家でも精神科医でもないので、一人の親としての感想ですが宜しければ参考までにお読み下さい。

あまりに書きたい事が多いので、特に身近な視点からのお話ですが。
ここ数年、学校や地域の親達との接触の中で痛切におもうのは、親じたいが非常に幼稚になってきましたね。親としての自信や逞しさに欠けている反面、子供を所有物のように扱う人が多いのには驚きます。

親にとって都合のいい子(手のかからないおとなしい子、優等生の子、言う事をよく聞く子、容姿のいい子、人に自慢のできる学校に行ってる子など)がいい子でかわいいという、有言無言の圧力をかけている人が少なくなくて、もちろんその子にとってそれが自然の持ち味なら何の問題もないのですが、子供自体が精神的に見放されたくない恐怖からそれを演じているとしたら、当然限界がきますわね。中には、うちの子には反抗期が無いと自慢している親もいて、オヤオヤってところですね。

親の愛情って無償のもので、対価して与えるものじゃないですよね。醜かったり、出来が悪かったり、手がかかったりすればするほど、不憫でかわいいと思うんですがね。(うちの子の様に)

そして最近多いのは、あたり前の道理や常識さえ持ってない親。その子供は見ていてかわいそうですよ。こんな事くらい親が教えていれば、と思う場面も多いですね。些細な事の様にみえても子供にとっては心の傷や自信喪失に繋がり、性格に大きく影響してきますし、まずモラルが何であるかわからないでしょう。

先日、教育機関主催の討論会に出席してのですが。10代の子供を持つ親は、昨今を賑わしている事件については、加害者、被害者など事件に巻き込まれてもおかしくない、明日は我が身と感じているのが大多数でした。子供を取り巻く環境もですが、我が子ながらどこか恐いものを感じているのが本音でしょうね。
まずはこの辺で。



じかん● Wed May 31 12:00:17 Japan 2000
おなまえ●更紗
メッセージ● 古い話で恐縮ですが
管理人様が、徒然日記で遠藤周作さんの「叛逆」について書いておられましたが、
これは読売新聞で連載されていたものでしょうか?
「だし」さんという奥さんが登場したのですが、違いますか?
私は途中まで連載を読んでいたのですが、新聞を替えてしまって最後を読み損なって
しまい気になっていた作品なのです。
信長がものすごーく怖かったような気がする・・・。
読んだ方、いらしたら感想をお聞かせ下さいませ。
じかん● Wed May 31 11:04:00 Japan 2000
おなまえ●遼太の父
メッセージ● 井上忠夫さんを悼む − 美しいロマンティシズムとダンディズム −

ブル−コメッツの井上忠夫(大輔)さんが自殺してお亡くなりになった事件が報じられています。お体の具合が悪かったそうですが、とても残念です。

ブル−コメッツって、私にとっては、替え歌になって茶化された『ブル−シャトウ』の記憶だけで、ずっと長い間、単なる「なつメロ」のひとつでしかなかったのですが、3年くらい前ですかね、テレビ東京のなつメロの歌番組でブル−コメッツが登場して、当時の曲を演奏したのを聞いたときに、「なんていいサウンドなんだろう」とその新鮮さに感動しました。

サウンドがいいのです。独特のロマンティックなサウンドがあるんですね。『北国の二人』とか『すみれ色の涙』という曲があるのですが、詞も曲も、これ以上ロマンティックという言葉がぴったり似合う音楽はないと思えるものです。

オルガンとギタ−とフル−トと、そしてドラムの音が、あのブル−コメッツ独特のロマンティックでファンタジックなサウンドを盛り上げるのですが、決して今の感覚で言うところの「厚い」サウンドではなく、逆にまた物足りなさを感じる「薄い」サウンドでもありません。言葉で表
現しようとすれば、そうですね、凛々しくてきらめきと大人の甘さがあるサウンドなのです。

歌はラブソングなのですけど、何と言うのでしょうか、その歌の中心テ−マは人間じゃないのですね。情景なのです。ドイツとか北ヨ−ロッパとかの深い森を連想させるような自然情景が詠み込まれて、そこが愛の舞台なんですね。その舞台情景こそがブル−コメッツのロマンティシズムの主題であり中核なのです。

愛し合う大人の男女は登場するんだけれど、決してその二人はアップになることはなくて、二人の表情とか会話とかが映し出されずに、ただ遠くから影だけが見えているのです。そして曲が歌い上げる大きなスクリ−ンには、美しい森と湖が映し出されているわけです。愛を包むロマンティックな自然情景こそが主人公なのですね。そして、すみれとか赤い薔薇とか、そういう花もたくさん出てきます。

・雲が流れる湖のほとり、貴女は花に埋もれて眠る
・森と湖(いずみ)にかこまれて、閑かに眠る青い古城

いいですよね。こういう古典的なロマンティシズムを曲で表現して伝えてくれるア−ティストはいまは誰もいません。最近のア−ティストたちのボ−カルというのは、自分の歌の下手さを隠すために、曲の貧しさをごまかすために、わざと声にクセをつけてヒネって歌うのが多いのです
が、時代ということもあるかもしれませんが、ブル−コメッツはまっすぐに正面から歌い上げていました。

ブル−コメッツのサウンドのロマンテイシズムは、井上さんの心のロマンティシズムそのものだったのだろうと思います。井上忠夫と三原綱木。二人は年をとってもダンディ−で、ナイ−ブで、そして清潔感があってカッコよかった。眼がキラキラしていた。80年代以降の腐り果てた日本の文化状況と全く対照的な、美しくて輝いているものでした。

ご冥福をお祈りします。
じかん● Tue May 30 9:47:21 Japan 2000
おなまえ●遼太の父
メッセージ● 皇国史観のお話

何が「皇国史観」なのかという問題は、わかりやすいようで本当は結構わかりにくい問題だと思いますね。

この言葉が使われるときは、「あなたの歴史認識は皇国史観のものだ」とか、「あなたの国家観は皇国史観にもとづくものだ」というような言い方で、ひどく批判的に言われるわけで、言われ
た方は、その言葉に否定的なニュアンスを持っていますから、「そんなことはない」と懸命に打ち消そうとします。

だから、皇国史観という言葉は、どちらかと言うと、フラットでニュートラルな学問用語、歴史用語ではなくて、ネガティブでエモーショナルなニュアンスのこめられた政治用語という響きがあるようにも思われます。

一般の表象としては、戦前の日本人が軍国主義一色の全体主義的な社会のなかで、体制から半ば強制的に信奉させられていた虚偽の歴史認識体系という具合に了解されているのではないかと思います。非現実的で、非実証的で、狂信的で、ヒステリックなイメ−ジの歴史観。

しかし、この上の了解で気になるのは、皇国史観=戦前の歴史認識という具合に時間的に割り切って考えて、戦後はそれはもうなくなったとみなすことですね。それを戦前の時間と空間だけに限定づけて押し込んでしまって、終わったもの、過去のもの、断絶されたものとして納得する思考法です。

私は、皇国史観とは何なのか、他人にも自分にもなかなかうまく説明できないのですが、しかしそれをあれこれ難しく言わずに、誰にでもわかる言葉で、一言で要約して簡単に言ってみろと言われたとき、いちばん的を得た表現が、すなわち、

日本という国は天皇を中心にした神の国である

この一言ではないかと思います。

日本の歴史を、天皇を中心とする神の国の歴史として定義し、その意義を積極的に肯定して主張する考え方です。古事記以来の古くて長い伝統的な歴史観ですね。天平から奈良朝にかけて確立され、その後のときどきの政治権力によって、時に大いに利用されて鼓吹され、また時に、警戒されて厳しく規制(弾圧)された歴史観・国家観(つまりイデオロギ−)です。

歴史的に見て、このイデオロギ−は盛衰を反復して繰り返しています。

徳川政治体制の安定期や戦後日本の平和主義・民主主義の下では規制あるいは禁止の対象となって長く雌伏していますが、幕末には徳川幕藩体制を打倒しようとする革命のイデオロギ−(尊皇攘夷思想)となって志士を奔走させました。革命のイデオロギ−は、富国強兵のイデオロギ−となり、そして最後は侵略と統制の全体主義イデオロギ−となりました。

その皇国史観のイデオロギ−反復運動が、また活発に動きはじめているわけです。有珠山の噴火活動みたいなものですよね。地下で不気味にうごめいていたものが、いよいよ地上に白い噴煙を上げて見せはじめたということでしょう。

皇国史観が、ある政治勢力に担がれて、イデオロギ−として動き始めるときは、必ず復古の動きとなります。現体制を否定してそれ以前に復古しようという動きになります。武家支配を打倒して王政復古させる、民主憲法を否定して大日本帝国に戻る、そういう動きになるわけです。
じかん● Mon May 29 19:37:23 Japan 2000
おなまえ●めぐみ
メッセージ● しつこいおばさんと思われるかもしれませんが、もう一回だけ。
遼太の父さんが指摘されたようにこの国の現状について首相をはじめ私たち国民の認識の甘さを危惧しています。
日本人が抱いている天皇に対する感情と諸外国とのそれはかなり開きがあると思います。民族的アイデンティティの具象化といった意味で日本人が共有する天皇観(これは若い世代でもそう違わないことがわかって興味深かったですが)は、外国人には理解できないでしょう。極端に言うとエンペラーヒロヒトに始皇帝やローマ皇帝に近いイメージがあるのではないかと想像します。もはや日本人の間だけで暗黙の了解をしていればいい時代は終わり、外国人にもわかるような表現をしていかなければなりません。首相の安易な発言に、同胞同士「わかったわかった」ですまされない立場にこの国はなってしまったのですから。
皇国史観の世に戻るわけはないと安心していて大丈夫ですか?歴史上天皇自身が権力を持ったことはほとんどなく、天皇の名を借りた権力がこの国を動かしてきたのではなかったでしょうか。戦前の国民も決して積極的に右傾したのではなく、いつのまにかうねりに飲み込まれたのではないかと思いますよ。
そして再び形を変えてうねりが近づいている気がしてなりません。同じ轍を踏まぬよう、若い世代には特にしっかり目を開いていてほしいのです。

じかん● Mon May 29 19:10:11 Japan 2000
おなまえ●キドラウスキー
メッセージ● 若い時から司馬遼太郎小説のフアンでした。子育て、仕事でここ10年、めっきり読書をしていませんでしたが、この頃ではあくせく働いてばかりいないでのんびり読書でもしようという気持ちになり、またまた司馬遼病再発です。今は「菜の花の沖」をよんでいます。いつも思うことは
主人公の人間的な魅力、おもしろみ、人とのかかわりにおける役割などの描写の巧みさです。
読むたびに主人公のにわかファンになってしまいます。司馬遼太郎が亡くなったことは私にとってはあまりにも寂しく、心にぽっかり穴があいたかのようにたよりない出来事でした。今私は
いわゆるベンチャーとして建築の世界で新しい企業形態の確率をめざしつつ手探りの毎日を送っていますが、司馬遼太郎小説は商人、人間としての生き方の参考書として非常に価値あるものです。いつか仕事が軌道にのり、文化的な活動ができるようになったら、何らかの形で司馬遼太郎の世界を広く理解できる活動を興したいとひそかに考えています。何かいいアイデアのある人は是非アクセスしてくださいね!  mmichiko@d8.dion.ne.jp


じかん● Mon May 29 19:08:53 Japan 2000
おなまえ●以蔵
メッセージ● じゅんこ様

>真面目にひたむきに生きている人間がむくわれる社会であって欲しいですね。
>その為には、微力ではあっても多角的視野に基ずいた、日々の個々の内的、外的努力が必要ではないでしょうか。

その通りです。共感していただいてとても嬉しいです。

「現在の教育の現場」については無知なところが多く、新聞、マスコミ報道について
嫁と驚愕する毎日です。思考的について行けない事件報道ばかりなのですが、
教育の現場について宜しければ教えて頂きたいです。
少なくとも私の経験では辛い事も有るが楽しいところが学校だった気がします。
「それは、強者だったから弱者の気持ちなどわからない」と言われれば
否定できないかもしれません。
学校の先輩に「胸で風を切って歩け」と教えられてきました。
(根が単純なのかもしれません。それで小学校も中学校も教師に噛み付いて
ぶん殴られました。(笑))

話がそれましたが、「生活が安定して、受験戦争が久しくなり(?)、
ゆとりが出来た(本当?)から、問題が吹き出してきたのか」って思いたくなります。
もちろんこれは表面的なことだけである、真相は覆い隠されているのだと思います。
あまり、仮定で憶測を論じたくないので宜しかったら教えてください。

じかん● Mon May 29 19:07:03 Japan 2000
おなまえ●キドラウスキー
メッセージ● 若い時から司馬遼太郎小説のフアンでした。子育て、仕事でここ10年、めっきり読書をしていませんでしたが、この頃ではあくせく働いてばかりいないでのんびり読書でもしようという気持ちになり、またまた司馬遼病再発です。今は「菜の花の沖」をよんでいます。いつも思うことは
主人公の人間的な魅力、おもしろみ、人とのかかわりにおける役割などの描写の巧みさです。
読むたびに主人公のにわかファンになってしまいます。司馬遼太郎が亡くなったことは私にとってはあまりにも寂しく、心にぽっかり穴があいたかのようにたよりない出来事でした。今私は
いわゆるベンチャーとして建築の世界で新しい企業形態の確率をめざしつつ手探りの毎日を送っていますが、司馬遼太郎小説は商人、人間としての生き方の参考書として非常に価値あるものです。いつか仕事が軌道にのり、文化的な活動ができるようになったら、何らかの形で司馬遼太郎の世界を広く理解できる活動を興したいとひそかに考えています。何かいいアイデアのある人は是非アクセスしてくださいね!  mmichiko@d8.dion.ne.jp


じかん● Mon May 29 18:16:22 Japan 2000
おなまえ●じゅんこ
メッセージ● 以蔵様
丁寧な、お返事有り難うございます。以蔵様が、けしてちゃかして発言したのでは無い事はよく分かりました。
どうも、過激なヒステリーおばさんにとられているようですが、お気に召すとか召さないとかの問題ではなく,事に対する意識の温度差、世代差の認識の確認、また貴方なりの独自のご意見をお聞きしかったのです。

現在の教育の現場において、「教育の自由と放棄」と言う言葉は、以蔵様がいわれている様な取り方も、もちろんですが,もっともっと退廃的で病的な問題としてとられています。たとえば親のネグレクトによる未就学、小学校の学級崩壊、学校、教師の資質的、構造的問題、さまざまな問題を内包した不登校等、これら1つ1つに権利と自由と義務と責任の4つがついてまわっているわけです。この4つの主張の仕合ではどこかに歪みがきますよね、特に弱者に。

従姉妹さんのお話は大変お辛い事でしたね。
私の住んでいる地区は、大きな医療施設があり、老人医療施設も兼ね備えているので、そこで働く方が大勢いらっしゃいます。先日も従姉妹さんの様に悩んでいる方とお話をしたばかりです。
とても、やりきれない気持ちで聞いていました。簡単にいえば、誠意有る者がむくわれなく、責任感の強い人間が押しつぶされるのが現状の様ですね。
昨年、親友の子供さんが15歳で自殺しました。大変ショツクでした。親友も未だ立ち直れず、後おいしないかとハラハラしています。とても責任感の強くまじめで優秀な子でした。私としても彼女ら親子に、義務だ権利だ責任だなんてとてもいえませんよ。「自殺大国日本」いやな響きですが、本当にそれだけ病んでいるのが現状です。

真面目にひたむきに生きている人間がむくわれる社会であって欲しいですね。

その為には、微力ではあっても多角的視野に基ずいた、日々の個々の内的、外的努力が必要ではないでしょうか。



じかん● Mon May 29 14:26:47 Japan 2000
おなまえ●遼太の父
メッセージ●
今の若い人たちが、憲法についてどれほどよく理解しているのか、非常に不安になってしまうところだが、そういう、中学校の公民で習う憲法の知識でさえ常識の範囲でない人たちが、本当に「皇国史観」とか「国体思想」なるものを、一体どこまで正確に理解できているのか、私には疑問に思われてならない。

だから、件の若い人たちが、森首相の「神の国」発言は皇国史観の復活とは思わない、 とか、戦前の右翼思想はすでに過去のものになっている、などと言っても、にわかにはその議論に首をタテに振ることができないのである。

たとえば仮に、森首相の言説が「皇国史観の復活」の議論ではないとして、それでは一体どういうものが皇国史観の復活なのであろうか。「戦前の右翼思想は過去のもの」だと言うが、それでは、あの小林よしのりの『戦争論』の爆発的ヒットと若者層を中心としたそれへの狂信的支持の広がりは、一体どういう言葉で表現するべき社会現象なのであろうか。

若い人たちのその発言は、単に森喜朗の「神の国」発言を政治的に肯定しているだけであって、「皇国史観」や「右翼思想」なるものがどのようなものであるかを客観的に理解した上で、森発言を吟味・分析して、評価づけた議論ではない。皇国史観という言葉や右翼思想という言葉がイデオロギ−的にマイナスイメ−ジの言葉だから、それを嫌って、森の「神の国」発言と皇国史観や右翼思想とがくっつけられるのを拒絶しているだけである。

実際のところを言えば、神道政治連盟とか青嵐会ほど皇国史観や右翼思想なるものと実体イコールの存在はないわけで、神道政治連盟や青嵐会以上に皇国史観や右翼思想と関係の深い政治組織を探すことの方が難しいのである。森喜朗は、したがって、その政治家としての出発点から、皇国史観の復活と右翼思想の政治目標の実現のために、誰よりも奮闘努力してきた政治家だということができよう。

そもそも神道政治連盟は、神道思想を政治へ反映させることを目的として結成された政治宗教団体で、結成当初、閣僚の靖国神社への公式参拝を促進(復活)することを第一の運動目標とした。憲法99条で国会議員と閣僚に憲法遵守義務規定がある以上、その結社目的は明らかに憲法違反であると言えるだろうが、これこそまさしく国家神道の復古をめざす本命的組織団体と言えるだろう。

皇国史観も右翼思想も、決して過去の歴史となったわけではなくて、戦後も脈々と生きのびて、今日その力強い姿をわれわれの前に見せつけてくれている。むしろ、20年前よりも10年前の方が勢力が大きくなり、10年前よりも現在の方がさらに猛々しくなっていると言えるだろう。われわれは、20年前の実感からくらべれば、気持ち悪いほど皇国史観と右翼思想の充満した環境に身を置いて生きている。インタ−ネットの掲示板に溢れている過激で狂信的な右翼的政治言説がまさにそうだ。

日本人だけがその事実を見て見ぬフリをしようとしているのである。中国や韓国のアジア諸国はもちろん、米国や欧州でさえも、ここ数年の日本の著しい右傾化とナショナリズムの台頭に対して危機感を募らせている。日本は世界の中で徐々に孤立化しており、共感を持たれにくい国になりつつある。尊大で傲慢で厄介な国になりつつある。戦前のパタ−ンとよく似ていると言えるだろう。そのことに気がついてないのは日本人だけであると私は思う。
じかん● Mon May 29 12:59:14 Japan 2000
おなまえ●以蔵
メッセージ● じゅんこ様
御質問の回答遅くなって申訳有りません。週末は家族サービスで忙しかったもので。

>あなたが何時、どのようにして選択しましたか。

今の世の中を受動的に生きていることって、それには値しませんかね。
必ずしも能動的あるいは否定して生きて行くことが良いとは思いませんが
(それに元々、私は皇国史観の賛否についての枕言葉的に用いたのですが
貴方は皇国史観の肯定派なのでしょうか?)

>その平和がどのような犠牲の上に成り立っているのか、感謝どころか考えもしてない様にしか思えませんよ。

確かにそうかもしれません。
私の祖父は南方戦線に出ておりましたが、
「おじいちゃんが頑張って戦ってくれた」とか「勝手に戦争した」と言う風に
考えたことは無く、ただ長生きして欲しいと思うだけです。
知識で昔、悲しい戦争があったと言う事を知っているにすぎません。
もちろん靖国神社を参拝した事もないし、沖縄、従軍慰安婦、朝鮮学校等の
諸問題に付いても、自ら行動を起こした事は御座いません。
精々、お盆に灯篭流しをするくらいです。
しかし、決して過去を否定する(風化させる)つもりは有りません。
じゅんこ様も核の傘下について感謝しろと言ってる訳ではないですよね。

>>教育を受ける権利は皆様方全員にあるので、それを活かすも、放棄するのも個人の自由だったとおもいます。

>権利と自由を主張するからには、当然、義務と責任については充分なお考えがあるわけですね。

ことごとく、お気に召さなかったようで、表現方法が悪かったこと誤ります。
前分の真意は教育を強制するのでは無く、教育を受けられるチャンスに主体性を持って取り組んで欲しいと言う意味です。
親として子供の望む教育を可能な限り施してあげたいですし、
ある程度までは道標をしてあげたとしても、そこから先は私が気に入らないから、
子供を強制的に医大や法科に行け、或いは歴史に付いて考えろと強制するのは良くないと
思います。
また、物事を一面的に捉えて欲しくないと思います。権利、義務は言葉にすると
簡単ですが、実際は中々そう上手くは行かないのが実状だと思います。
私の従姉妹が医療事務関係の仕事に付いておりました。彼女は患者(老人医療)に
対してしてあげたい事と現実の病院医療のあり方に悩んでおりました。
そして6年前に自殺しました。
話が飛んでるようですが、私は彼女に「医療報酬は当然の権利」、「医療従事者の当然の義務」なんてとても言えません。
これが私の考えです。
(文章がつたなくて申訳有りません。論文調は苦手なもので、ご理解ください。)
じかん● Mon May 29 9:46:48 Japan 2000
おなまえ●遼太の父
メッセージ● 神の国もオッケ−、援交もオッケ−、殺人もオッケ−

世代がどんなに違っても、時代がどんなに変っても、守らなくてはいけないものは、何があっても守らなくてはいけないものなのだろう。

日本国の総理大臣が公式の場で「日本は天皇を中心とした神の国である」と発言することが、憲法違反ではないと言える憲法学者がいたら、お顔を拝見させていただきたいものだ。それが憲法違反ではないと授業で教えられる社会科の教師がいたら、顔を見てみたいものだ。そんな教師は、もう一回、教職員採用試験を受け直してもらわなくてはいけない。

それが憲法に違反していることは常識の範疇で、議論が分かれる余地は全くない。解釈の余地は無いし、世代間感性差で正当化しようとしても無理だろう。法というものは守るべきもので、こう感じるとかああ感じるとかいうものじゃない。守れなかった場合は、守れなかったことの責任が必ず問われる。それが法というものだ。

こういう不愉快な話を聞きながら思うことは、結局、「援助交際をやって何が悪い」と開き直っているのと同じだということだ。本人も満足、相手も満足、誰にも迷惑をかけてない、だから何が悪いんだ、という例の倒錯した滑稽な主張である。このときも、「若い世代は性の感性が年寄とは違うから」という世代間感性差の論法が正当化の根拠として大いに吹聴された。

で、それに対して、そこらの親や教師たちが何も反論せず、「世代間常識格差論」の屁理屈の前に屈服してしまったために、「援助交際は何で悪いのか大人たちも説明できない」ということになり、そして「援助交際は何も悪いことではない」という「常識」が、すっかり若い世代に定着してしまった。それがそのまま10年、20年と経って行けば、今度は社会的・全体的に常識化することになる。

で、そうこうしているうちに、今度は、「先生、人を殺してなんで悪いんですか」と言うユニ−クな常識の若者が遂に出てくるようになった。人を殺すことなんてそんなに悪いことじゃないだろう、という新しい常識感覚の若者が登場して、よしそれじゃあ一度殺人をやってみようかと思い立って殺人を実行するようになった。「人を殺すことが何で悪いのか分からない」新しい「感性」の若者たちはこれからさらに増えるだろうから、そういう若い連中が殺人にチャレンジするケ−スも増えるに違いない。

人を殺して何で悪いのか理解できない人間がいるくらいだから、そういう世代の人たちに、「神の国」発言が憲法違反で社会的に非常識な言説なのだよといくら説明しても、なかなか理解してもらえないのかもしれない。まして、日本は法治国家だとか、憲法は最高法規だとか言っても、難しすぎて、とても理解できないのだろう。規範意識の無い人間に法を説いても意味がない。人間の言葉がわからない犬や猫の前で憲法学や国家論を講義するのと同じだ。

逆に考えれば、総理大臣が憲法を知らず、憲法を無視して、「日本は天皇中心の神の国」と平然と言ってのけられるような異常な社会だから、その国の若者たちが「人を殺して何で悪い」と平然と言ってのけられるのかもしれない。総理大臣の真似をして何で悪いと言っているわけだ。

神の国もオッケ−、援交もオッケ−、殺人もオッケ−。 結構な「感性」。
じかん● Mon May 29 9:13:11 Japan 2000
おなまえ●じゅんこ
メッセージ● えぬの様

お返事有り難うごさいます。
やはりこういった作業の中から本質的な物の考えが生まれて来るのでしょうね。
森首相の問題に象徴されます様に、あまりにも責任感の希薄な社会風潮がありますね。

「責任」の重要さをつくずく考えさせられます。
政治は政治の責任を。
警察は警察の責任を。
教育者は教育者としての責任を。
父と母は親としての責任を。
生徒は生徒としての責任を。

そして市民は皆それぞれの人間としての責任を感じて、全うする努力が節に求められていますね




じかん● Mon May 29 0:33:01 Japan 2000
おなまえ●えぬの
メッセージ● これまでの総括として

一、森首相の「神の国」発言は、戦前の天皇主権体制への帰結をもたらす危険がある。
一、一部の世代は、森首相の発言があったとして、それが天皇主権の体制になるとは想像しにくい。
一、天皇の存在感は、世代によりその温度差はまちまちである。
一、野党の森首相の発言を争点とした運動は、次の選挙戦を意識しすぎているきらいがあると思われる。
一、森首相の発言は、選挙戦にあたって、十分に深化させる必要がある。これを選挙目当てとみるは、問題の矮小化を促すものだ。
一、森首相の発言を選挙戦の一番の争点とすべきではない。より国民生活に重要な争点がもっとあるはずだ。
一、はたして森首相の「神の国」発言を軍国主義の先駆けと見るのは可能か。統帥権が存在しない以上、意味はないのではないか。すくなくと天皇は、ヒトラーではない。
一、森首相の言説はあまりにも軽はずみで、首相として相応しくない。
一、森首相の「神の国」発言は、日本が天皇主権になるかはどうかとして、周辺諸国に対し、戦前を想起させる深刻なファクターたりうる。
一、今日の日本は、天皇主権を捨て、在民主権を宣言したからこそ、国際社会に認められ、独立をなし得た。
一、森首相の今回の発言に対する釈明はレトリックにすぎない。これは明らかに戦前の国家体制を肯定するものだ。
一、今日の日本国憲法は、近代欧州の政治思想、つまり民主主義を原理としたもので、宋学的な歴史的伝統を破棄したものである。
一、日本国首相は、在民主権を謳う日本国憲法を基本原理にしなくてはならない。これを逸脱するは、許されない。最低限の責務である。憲法こそ原理原則である。
一、GHQ製日本国憲法は、盲信するには善し悪しがある。むしろ、改憲審議の機会でもあり得る。
一、パンクな若者にとって、森首相は英雄的存在である。このことは、彼等の親、ないし教師にとって深刻な懸案であり、是正しなければならない。
一、公民教育は、受け取る学生の資質によって自由でなければならない。
一、天皇問題のネグレクトは、いつの間にか国民皆右向け右になる危険性があるのでは。正面から向き合うべきだ。
一、今回の森発言は、逆説的に天皇問題を考えるいい機会たりえた。いまこそ民意を問う機会だ。
一、殊、最近の日本国首相の進退の早さは異常だ。これは国際社会に信を問うべき体裁を持ちえない。その意味で、単純な政権交代の促進は懐疑的に見るべきだ。また、首相は自身の改良改善をすべきで、何もかも総選挙に持ち込むことは、政権の厚みを損なうものだ。
一、現状の日本の安定的な体制を頭で理解できない人間は、よりラディカルな政治体制の国々にいって経験すべきだ。あるいは、初等教育での社会学を学びなおすなり、その御両親と社会について語り合うべきだ。
一、今日の天皇のイメージは、過分に戦前の罪状を負うているのではないか。戦前の閣僚中枢は、軍部末端の統帥権をもとにした実力行使に無力であったことが問題ではなかったか。
一、今日の若者は、今日の平和の前提となる流血にいかに無痛覚か。
一、憲法で保証されるところの自由は、今日いかにリアリスティックであるか。
一、天皇を考える際、その国家を深刻に思わなければならない。
一、今日も天皇は可能か。
一、今日の天皇のアクチュアリティーとは。それは儀典のみか。
一、今日、右翼と左翼という二項の対立は可能か。
一、天皇の系譜は、一時期のしょうもない歴史時間を除いては、世界的にも優れた歴史を持っているという司馬遼太郎の言。

以上、なるたけ、客観的にこれまでの争点をピックアップしたものです。
肯定と否定の錯綜するものなので、いろんなアンビバレンツがあります。
特に、世代差が由来と思われる平行線は、どうしてもあるようです。
しかし、この作業の中で感じたことですが、ぼくにとって十分に有意義だった。
ぼく自身の考えを、相応に修正する機会にもなってますし。
じかん● Sun May 28 16:36:07 Japan 2000
おなまえ●千葉太
メッセージ●
私も先の「神の国」発言で、どちらかと言えばえぬのさんや以蔵さんのような感覚を受けました。批判することやその内容の正当性は頭ではよく理解しているつもりなのですが、どうも心の中のモヤモヤとしたものを感じざるを得ません。
少なくとも私にとって、戦前の右翼的な思想は過去の歴史のものであって、今現在にその恐怖を鋭敏に感じることは出来ません。その一方、左翼的な意見に大いに恐怖感を抱いてしまいます。単純化するために右翼左翼と分けてしまいましたが、ともかく頭でわかってもその恐怖を感じ取ることは出来ませんでした。
また天皇の存在に対しても、私は大いに賛成です。司馬さんはその著書で、「日本の歴史は戦前の一部を除けば、世界的に見ても優れた歴史である。」というようなことを書いておられたのを見てとても嬉しくなりました。失われ続けた日本人としてのアイデンティティを(大神主、血族の長と限定されるならば)天皇に求めてしまうからです。
じかん● Sat May 27 23:40:48 Japan 2000
おなまえ●えぬの
メッセージ● もっとも、森さんがジュガーノフやハイダーみたいだったら、問題だ、という程度の認識はあります。
うーん、ばかっぽくて、ごめんなさい。

じかん● Sat May 27 23:18:29 Japan 2000
おなまえ●えぬの
メッセージ● 天皇のアクチュアリティー

>どうでもいいのに、何故イエスなの?
積極的な理由はないのですが、単純に、否定する理由が見つからないと思います。
現在の日本に統帥権というボトムアップ式のグロテスクな行政手段がない以上、ことさらに天皇の政治性を取り上げる必要はないと考えます。
またこのオブジェクションは森首相の発言と野党の反応から引き出したものなのですが、野党の争点が天皇問題にあまりにも絞り込まれすぎていて、他にもっと重要な懸案があるように思えて、それが議会政治の実情かと思うと、なんだかな、というぼくの政治に対するしらけを主題としていました。
政治へのネグレクトがまずあって、天皇そのものは、ぼくの中では主題ではなくて、きっかけでした。

ちなみに、二十の半ばをすぎていて、おっさんに足を踏み入れつつあります、、、<じゅんこさん

遼太の父さんのいわれるように、ぼく、教養は人並み以下かもしれません(自分の知性を否定するほど卑下はできないが)。大学生といっても、美大だし、受験時代は絵ばっかり描いていたし、、、

ただ、これまでの書き込みのコンテクストで、民主制や平和主義、法治主義に対する否定がどこにあったか、ちょっとぼくには気づきませんでした。見落としていたのかもしれません。
もっとも、現行の憲法は広く知られているようにGHQの強烈な肝煎りによるもので、これに依存し過ぎるのはどうかと。


そして、天皇のアクチュアリティー。
天皇は今日、どれだけの現実性を持っているのか。
単に、儀典でしかないような、、、
認識不足でしょうか。
じかん● Fri May 26 20:51:58 Japan 2000
おなまえ●じゅんこ
メッセージ● 質問
以蔵様

>今の世を選択して

あなたが何時、どのようにして選択しましたか。
たまたま、この時代のこの国に生まれ、思いっきり平和を享受しているだけで、その平和がどのような犠牲の上に成り立っているのか、感謝どころか考えもしてない様にしか思えませんよ。

>教育を受ける権利は皆様方全員にあるので、それを活かすも、放棄するのも個人の自由だったとおもいます。

権利と自由を主張するからには、当然、義務と責任については充分なお考えがあるわけですね。


えぬの様

>やはり、天皇とかってぼくの中ではだいぶどうでもいいです。
> ちなみに「天皇の存在を支持しますか?」という質問に対しては「イエス」と応えます。

どうでもいいのに、何故イエスなの?
選挙権ありますか? たとえ現在はなくても近い将来有権者になるわけでしょ?
あなたの中でどうでもよくても、あなたが属する国家という枠組みよくを考えて、国民としての責任を果たす義務が有るのですよ。とても歴史好きの方の発言にはおもえませんねぇ。


じかん● Fri May 26 17:58:54 Japan 2000
おなまえ●復讐 − 復習 (遼太の父)
メッセージ●
じかん● Fri May 26 17:58:09 Japan 2000
おなまえ●えぬの
メッセージ● おさわがせして

森首相を支持している若者がどこにいるのか、ぼくにはちょっとわからないですが、、、
公民の勉強ですか…、一応、同世代では新聞を読んでるほうだと思います(政治面は大抵飛ばしますが)、ぼくは。

以蔵さんが指摘されたように、野党のバッシングも表層的なもので、というか、批判することで終止していて、その先の解答みたいのがいまいち見えなくて、それだからこそ今回の発言に「乗じた」さまがありありで、そういった諸々を例えば新聞やら国会中継とかでみて、政治へのネグレクトに、ぼくの場合、つながっているようです。
今回のことに限らず。
ただ確かに、スポイルしろ、という書き込みは、まずかったみたい。

それと、やはり天皇とかって、ぼくの中ではだいぶどうでもいいです。
めぐみさんや遼太の父さんのおっしゃることもわかるのですが、世代差ということなのか、感覚として、わからない、皮膚感覚みたいのが。
あと、天皇はヒットラーではなくて、それは、統帥権という存在との掛け合わせでああなってしまったわけだし、当の天皇の戦時中の言説は戦端の拡大に批判的であったようだし。今回のような発言では、天皇があまりにもシンボリックなだけで、実はもっとも重要であると思う(ぼくはそう思うのだけど)統帥権は抜け落ちていているわけで、そんなに大騒ぎするのもいうのもどうかな、と、ぼくはおもってしまう。
なにかこのままでは、日本はいつまでたっても敗戦国みたい。
ていうか、実はこう書きつつ、IT革命だとか環境問題とか、あといま授業で作成しているカジノの問題とかのほうがアクチュアルです、、、

ちなみに、「天皇の存在を支持しますか?」という質問に対しては、「イエス」と応えます。

じかん● Fri May 26 17:56:21 Japan 2000
おなまえ●遼太の父
メッセージ● めぐみ様、

まあ、民主主義の尊さや普遍的価値を頭脳で理解できない人には、肌で体験して納得してもらうしかないと言うか、民主主義でなくなった社会を実際に見てもらうしかないのかもしれませんね。同じように、現憲法の平和主義について頭で理解できない人には、実際に戦争を経験してもらうしかないのかもしれない。

たしかにわれわれ大人には、非常識で不勉強な若者たちにものを教える社会的責任があるのだけれど、それにも限度というものがあるわけで、ここでわれわれを相手にいろいろ社会常識を知ってもらう前に、一度中学校の公民の教科書を読み直してもらった方がいいし、高校の政治経済の教科書を復讐してもらった方がいいような気がしますよね。

教科書を読み直して欲しいということと、それとご家庭でお父さんやお母さんと一度じっくり憲法や民主主義や天皇制について話し合ってもらったらいいと思いますよね。私たちは彼のお母さんやお父さんじゃないから、あまり懇切丁寧にはなってあげれないと言うか、甘ったれて同じことで何度もからみつかれると、もう疲れて面倒臭くなってしまうわけです。

他人の子の面倒までは見れませんよね。
じかん● Fri May 26 13:59:16 Japan 2000
おなまえ●以蔵
メッセージ● 私も天皇制を考えることはとても良い事だと思います。GHQが作った憲法が良いか悪いかは
色々有ると思いますが、このままで行くべきなのか、廃止すべきなのか考える時だと思います。(勘違いしないで下さい、天皇主権は私は論外だと思っています。)
首相の発言としては軽んずべき事でないとも思っています。しかし、この国の対外的な信用度
については(特にサミットの開催国としては)首班がコロコロ変わる方が影響が大きいと思います。相手国は顔の見えない日本をどれだけ相手にしてくれるでしょうか?大体、この10年で何人の総理大臣がいたのでしょうか?
また、誤解されそうなんですが、不適格なものは排除と言う考えは安易すぎると思います。
改良、改善していくことが大切なのだと思います。
(その意味では、米国の大統領のように謝罪と言う手段を用いて時局を乗り越えないのか不思議だ。
条件付きの弁明はもっと気に入らない。
朝日新聞のせいにする国務大臣はもっと気に入らない。
すみません、壊れました。)

じかん● Fri May 26 10:01:47 Japan 2000
おなまえ●めぐみ
メッセージ● 天皇制についての若い世代(10〜20代)の考えはえぬのさんや以蔵さんのような無関心が多いのでしょうね。私自身も浅学で政治に無関心であったのでわからなくもないのですが、それでも年をとるにつれこの国では避けて通れない問題だと思うようになりました。諸外国からみて不可解かつ危険たりうる天皇制(もちろんあの戦争ゆえですが)を今の位置におさめている苦心をこともあろうに首相のちょんぼな発言でぱあにするのはやっぱり看過できないと思います。選挙対策もあるにせよ、この問題のけじめはつけるべきでしょう。

酒の席で友人らと政治の話題になり、「ヒロヒトの戦争責任」という言葉が友人の口から出たとき、なんとなくその場に緊張が走ったことを覚えています。今の世の中でさえこの言葉を公然と口に出せる人やメディアがありますかね。30代の私たちにもできない雰囲気があります(右翼が怖いという意味ではなくて)。若い世代がこのような表現を自由にできるならこの国も進化したといえるでしょうね。おじさんおばさんの天皇アレルギーと考える若者にはむしろ正面から考えてほしいものです。右翼や皇国史観を冷笑していたはずが、いつのまにか皆が同じ方向を向いていた、などということも決して笑い話ではないと私は思っていますが。

じかん● Thu May 25 22:05:00 Japan 2000
おなまえ●さくら
メッセージ●
じかん● Thu May 25 17:26:38 Japan 2000
おなまえ●以蔵
メッセージ● えぬのさんへ
メッセージに対して私は非常に無責任かましれませんが、天皇云々、神云々については
それを必要としている人にとっては重要であり、そうでない人にとってはえぬのさんの
ような考えで良いと思います。国民主権などとすぐ伝家の宝刀を持ち出す事は幼稚にも
思いますが、人生においても一つのことが場面場面で異なってくる事があるでしょう?
政治家の皆様方は選挙対策に余念がないだけで「渡りに船」もしくは「森下ろし」に勢いが
付いただけ、遼太の父様のような深い理念など皆無と考えて良いんじゃないでしょうか。
(おっ、暴言ですな)
今の世の中を選択し、享受している無学の私には自分の目で見た事、学んだ事から見ても
皇国史観を持ち上げる事は陳腐だと思いますし、かといって「民主主義はこうしなければ
ならない」と提唱する事も同様に思います。教育を受ける権利は皆様方全員にあるので、
それを活かすのも、放棄するのも個人の自由だったとおもいます。
(言葉尻をとってしまったようで遼太の父様ゴメンナサイ)
じかん● Thu May 25 15:42:36 Japan 2000
おなまえ●遼太の父
メッセージ● 前者の議論

日本国憲法の第九十九条には次の規定がある。

天皇又は摂政及び国務大臣、国会議員、裁判官その他の公務員は、この憲法を尊重し擁護する義務を負ふ。

いわゆる憲法尊重擁護の義務規定である。

言うまでもなく、日本は法治国家であり、そして憲法は国家の最高法規である。総理大臣は日本国政府の頂点に立つ最高責任者である。内閣の首班であり、国務大臣を指揮する立場にあり、国家公務員の最頂点に立つ総理大臣が、憲法に違反する言説を公然と吐いてはまずいだろう。

「日本は天皇を中心にした神の国」の政治言説は、天皇主権の大日本帝国の神国イデオロギ−の直截的な表現であり、戦前の天皇制軍国主義下における国家観を肯定的に語っているものである。その神道政治連盟30周年祝賀会での森首相の演説全体も、天皇が現人神として君臨した戦前の大日本帝国への郷愁と復古を訴えようとする内容のものである。

日本国憲法は、大日本帝国と大日本帝国憲法を正面から否定した上に制定された新憲法であること、あらためて言うまでもない。日本国と大日本帝国とは全く違う国家である。二つは異なる国家であり、日本国は大日本帝国が否定されて断絶した後に、それを継承して建てられた国家である。そして「天皇を中心にした神の国」は戦前の大日本帝国の真実であった。

サンフランシスコ講和条約によって世界から独立が認められた日本は、平和主義と民主主義を基本原理とした日本国憲法を持った日本国であった。このこと、あらためて確認したい。もしそれが日本国としての再生ではなく、大日本帝国の復活であったならば、国際社会は絶対に日本の独立を認めなかっただろう。日本が神の国であることをやめて、民主主義の国になることを宣言したからこそ、国際社会は日本の独立を承認したのである。

この件に関して、野党は選挙めあてにガタガタ言うななどと、些末で的外れな言辞を弄する者がいるが、問題をそのように矮小化することは許されないだろう。これは単なる政局問題ではない。憲法の原則と総理大臣の国家観に関わる根本的な問題である。だからこそ、野党だけでなく自民党の中からも森首相に対する批判と不信が噴出しているのだ。

憲法を尊重し遵守することは、総理大臣としての最低限の資格である。それができない者は不適格者として退陣してもらう以外にない。これは決して野党だけが言っていることではなく、マスコミも言っていることであり、財界からも声が上がっていることであり、与党の一部ですら発言の撤回を求めている。国民的な総意の議論であると言ってよいだろう。

森発言を擁護し、森退陣要求を批判する言辞は、私から見て、きわめて非常識で、そして例外的な少数意見であるように見える。選挙があろうとなかろうと、何党の人間であろうと、総理大臣は憲法を守る人間でなくてはならない。憲法を否定する発言や行動をする者は総理大臣になってはいけない。総理大臣が憲法を守らなくて、いったい誰が憲法を守るのか。総理大臣が憲法を守らなくて、一体どうやって国民に法を守れと言えるのか。

法を守ることの重要さを理解できない若い人間が増えている。規範を守ろうとせず、規範をわざと無視して、自分の身勝手な生き方を正当化しようとする若者が日本中で増えている。規則やル−ルを破って平然としている若者が増えている。彼らにとって、憲法を堂々と無視して開き直っている総理大臣は、きっと頼もしい英雄なのに違いあるまい。だから嬉しくなって森に喝采を送ってやっているのだろう。

憲法を守らない総理大臣を、法規範を無視してエゴを貫徹する若者たちが支持している。両者はもたれあい、補完しあっている。一緒になって法を踏みにじっている。総理大臣と若者が一緒になって嬉しそうに赤信号を渡っているのである。これが日本の政治と社会の真実だ。

日本が法治国家であることを、憲法が国の最高法規であることを、親が、教師が、彼らに叩き込んで教えてやらなくてはいけない。法治国家とはどういうものであるか、憲法はどういうものであるのか、もう一度原点から厳しく教えてやる必要がある。
じかん● Thu May 25 13:52:03 Japan 2000
おなまえ●遼太の父
メッセージ● ◆ 補遺
応用問題的に、歴史にモディファイしたかたちでこの議論をすすめて、例えば今が江戸時代であったとしたとき、この森発言は一体どうなるのだろうか。

「日本は天皇を中心とした神の国である」

と、仮に江戸城幕閣の主席老中の森加賀守喜朗が、旗本たちの会合で発言したとしたらどうなるか。

私の勝手な想像だが、きっとただでは済まなかっただろう。おそらくは将軍の前に引き出されて、直々に「その真意や如何に」と詰問されたに違いない。吟味の結果、「その言、不届き」と裁定され、即刻謹慎、蟄居が申し付けられただろうと思われる。それは何故か。

「日本は徳川幕府を中心とした武士の国である」

と言うのが正しいからである。「神の国」はともかく「天皇を中心とした」は非常にまずい。徳川幕府は、天皇家と朝廷が西国大名と接近・連携することを極端に警戒して、朝廷と公家の動きを徹底的に監視・統制した。天皇の権威は、幕府の管理下に静かに置いておくものでなければならず、間違っても幕府以外の政治権力に利用されてはならず、従って天皇制やその歴史的伝統を幕府の許容する限度を超えて賞揚したり賛美したりする言説や風潮に対しては厳しく取締の目を光らせていたのである。

だから江戸期を通じて、少なくない数の国学者が幕府から追求され、弾圧されている。国学は幕府にとって危険思想であった。この想定の場合、危険思想に繋がるあぶない言説を、幕府内部中枢の、しかも主席老中の森加賀守が口にしてしまってはいかにもまずい。「神君家康公並に源頼朝公以来の武家の威光を軽んずる物言い」ということになるだろう。

「日本は徳川幕府を中心とする武士の国である」

これが江戸時代の日本の政治体制の基本原理であり、否定することのできない根本原理であった。そしていま、戦後の日本社会では、

「日本は主権在民の民主主義国家である」

ということになった。これが今のわれわれの現在の社会の基本原理である。だから、この原理に抵触する発言を、政府の中枢の者がしたならば、「その方、不届き」と言って、謹慎、蟄居を命じなければならないのである。いつの時代でも、その社会にとって侵すことのできない基本原理というものがある。現在の日本ではそれは日本国憲法によって与えられている。
じかん● Thu May 25 13:17:47 Japan 2000
おなまえ●よしえさん
メッセージ● 以蔵様
ありがとうございます。まだその本は読んでませんのでぜひ読んでみます。
でも最近本屋さんにいく機会がないのでいつ読めるようになるのかわかりません。
もっともっと本が読みたいんですけど...。

じかん● Thu May 25 12:06:05 Japan 2000
おなまえ●遼太の父
メッセージ●
大人には若い世代と日本の将来に対して責任があると言われている。親が教えなかったことがあり、学校の教師が教えなかった基本的常識があったときは、その場合は、日本の将来のために、面倒臭くても誰かが口を開かなくてはいけないのだろう。

問題は二つある。

一つは総理大臣は憲法を守らなくてはいけないということ、そしてもう一つは一国の歴史的伝統とその国の現在の政治制度とは違うということである。

ここでは後者を論じる。前者については次に論じる。

「日本は天皇を中心にした神の国である」という政治言説は、8世紀の古事記から始まる。古事記の記述では、天皇家の祖先神であるイサナキとイサナミが日本の国土を創生し、高天原にアマテラスが降臨する。アマテラスの子孫の神武が東征して即位、そこから日本の国家の歴史が始まるとされている。国生みと天孫降臨と神武東征の神話である。

それぞれの国には、こうした天地創造と建国神話がセットになった神話体系が、宗教・イデオロギ−として整備されている場合が少なくない。中国には中国の、韓国には韓国の、イスラエルにはイスラエルの建国神話がある。古事記の国生みと天孫降臨の神話を真実として信じようとする信仰心篤い日本人を咎めるつもりはないが、不比等が古事記を編纂した8世紀でも、これを読んで聞いて笑っていた日本人は少なくなかっただろう。

この国の歴史には、一方でわれわれと同じく古事記神話を笑って読んでいた多くの庶民があり、他方でこれは民族と国家の神聖な真実であると唱えて「天皇を中心とする神の国」への帰依と忠誠を要請したイデオロ−グたちがいる。北畠親房がそうだし、水戸光圀がそうだし、本居宣長や平田篤胤がそうである。

明治国家はこの古事記神話を国家の正統性の基礎に置き、「大日本帝国は万世一系の天皇これを統治す」と宣言した。この憲法に対して、中江兆民をはじめとする自由民権派は激しく抵抗、英仏流の天賦人権を主張する。19世紀、この頃はまだ古事記神話を笑い流せる余裕があった。

そして20世紀に入って、この国では古事記神話を笑い飛ばす人間は次第に居心地が悪くなり、非国民扱いされるようになり、遂にそれへの信仰が法的に強制されるところとなる。古事記神話を信じぬ者、それを否定する者は不敬罪で逮捕、投獄された。

現在の日本国憲法は、大日本帝国憲法の天皇主権を明確に否定した国民主権の民主主義原理を明確に規定、宣言している。「天皇を中心とする神の国」であるという定義は否定され廃絶されるところとなった。宗教と思想の自由が保証され、古事記神話は再び単なる神話の位置に戻ることになった。

以上が前置きでこれからが本論だが、

一国の歴史的伝統と現在の国家体制とは違う。その二つは全く別のものである。その国の長い歴史の中での政治や文化の伝統と、その国が現在体制化して内外に正統性を宣言している政治原理とは違う。両者はむしろ決定的に対立している場合が多い。

もしも中国が、中国の長い政治と文化の歴史的伝統に則った政治体制を現在の中国人が選ばなければならないとすれば、中国は一人の皇帝が人民を支配する専制君主国家の政治体制を選ばなければならないということになる。もしもトルコやエジプトが、彼らの歴史的伝統に即した政治体制を採用しなければならないとすれば、現在の大統領共和制を捨ててスルタン・カリフ制の伝統に還らなければならないことになる。

韓国は、戦後ようやく定着させるに至った現在の共和制民主主義をやめて、両班が支配する血縁儒教国家の伝統に逆戻りしなければならないことになる。インドも、現在の議会制民主主義を放棄して、伝統的なカ−スト制支配に立脚するマハラジャ諸王国の王国連合に回帰しなければならないことになる。

議会制民主主義も大統領共和制も、近代の西ヨ−ロッパで発達した政治制度である。それを戦後になってからアジアの各国が自国の政治体制原理として採り入れるようになった。自分たちの長い歴史的伝統と決別して、非民主主義的な自国の伝統や文化と決別して、近代民主主義国家の仲間入りをしたのである。

だから、民主主義を体制の根本原理として定礎している国家というのは、米国であれ、日本であれ、韓国であれ、インドであれ、歴史的伝統は異なるけれども、同じ近代のデモクラシ−の政治思想を根本原理として選択した同じ仲間であると言える。ロックやルソ−を思想的祖とし、英国名誉革命やフランス革命を歴史的出発点とする政治原理である。だからこそ、フランス革命の人権宣言は人類普遍の原理だと言われているのである。

森喜朗が言った「日本は天皇を中心とする神の国」の政治言説が正しいと言うのであれば、それは天皇主権の大日本帝国憲法の国家観の肯定であり、国民主権の日本国憲法の国家観を否定することになるだろう。それを象徴天皇制のことを指して言っているものだなどと説明するのは、
無理なこじつけもいいところで、愚かな言い逃れというものである。

日本国憲法の国家原理は、したがってロックやルソ−や、そして中江兆民や植木枝盛を思想的原点とする国家原理である。それは古事記を原点とするものではない。そういう意味で、われわれの過去の歴史的伝統は、日本国憲法において一度明確に切断されている。日本国民は天皇中心の歴史的伝統を捨てて、近代ヨ−ロッパで発達した人類普遍の民主主義を採用したのである。

しかし、こんなことは中学校の社会科の公民で習うことで、つまり義務教育の常識の範疇なのだけれど、何故そういう常識を持っていない若者や、常識に小首をかしげて些末な屁理屈を並べようとする若者が増えているのだろうか。日本の教育制度は根本から建て直さなくてはならないらしい。中学校の公民教育の時間を週5時限にして、日本国憲法をその歴史的背景から徹底的に教え直さなくてはいけない。
じかん● Wed May 24 23:54:59 Japan 2000
おなまえ●えぬの
メッセージ● 皆さんはどう思っているのでしょうか

ここのところ、新聞の政治面では森首相の「神の国」発言でかなり揉んでます。
この事態に対する反応、あるいは意見って、ぼく自身は、新聞と電車の中釣り広告、そしてたまに見るテレビニュースに限られたものにすぎないんだけど、それが重要な懸案か、というのがぼくの感想です。
今さら天皇うんぬんに対するオブジェクション自体、アナクロな感じがするし。
天皇問題に焦点を当てることって、意味あるの?とか、思っちゃう。
やっぱり、首相たる身、相応の慎重さを備えていなくてはいけないはけで、その意味ではしょぼいことをしでかしたし、その後の対応も思想の厚みを感じさせない。なんというか、ださい。
しかし、これに噛み付く野党の面々も等しくレベルが低いと思う。
問題そのものの程度が、どうでもいいとか思っちゃうんです。スポイルしちゃえと。もっと建設的なところに力を入れてくれよと。
経済とか、文明論とか、他にもっとあるじゃん。

右翼の宣伝カーが、浪曲みたいのを流して走ってますよね。
あれ、ふつーの人が見たら、笑いの対象以外になりえないじゃないですか(恐いから文句も言えないけど)。「天皇=神」みたいなイデオロギーって、少なくともぼくの世代ではリアリティーがなさすぎる。
一部の、天皇の政治性に対する腫物に触るような態度って、なんか青筋たったPTA的な不健全さを感じてしまうのです。
空虚な良識に踊らされていすぎはしないか、と。
じかん● Wed May 24 17:44:57 Japan 2000
おなまえ●遼太の父
メッセージ● 以蔵さん、

対立、と言えるほどの明らかな対立的事件というのはないですね。ただ、政治的な発言はしていますね。その代表的なものが中公文庫「土地と日本人」に収められた主張であると言えます。お読みになりましたか?

それから、「この国のかたち」の4巻に収められている有名な「日本人の二十世紀」という論文がありますが、司馬遼太郎の政治思想を検討する上できわめて有力な手がかりになるでしょう。

梅原猛とはユニークな関係で、よく座談をしていますが、一度、日本の歴史の原点をめぐって両者が激論を交わし合った事件があります。まだそれほど年をとってない時期の話です。他にも梅原猛との座談では、相当に激しく論争している個所を見つけていますが、これはちょっと私の後々の著作権の範囲にさせて下さい(笑)。

あとは、そうですね、「手堀り日本史」なんかも、司馬遼太郎の思想について何がしか考える材料になりますよね。1ヶ月くらい前に網野善彦の戦後歴史学を回顧する新刊本を紹介しましたが、それなどをご参考いただければ、司馬遼太郎の「手堀り日本史」の裏側の世界というか、戦後歴史学のアカデミ−の世界の様子がわかって、参考になると思います。
じかん● Wed May 24 17:19:01 Japan 2000
おなまえ●以蔵
メッセージ● 遼太の父様
「大化改新と明治維新」大変、面白い考えで嬉しいです。ちょっと細部には異論が有りますが...(ごめんなさい)。
「司馬遼太郎の精神」について遼太の父様のように捉えたことがなかったので
以外でした(政治的な活動?)。私は登場人物達への愛情表現が詳細な分析に繋がって
いるのだと思っておりました。
歴史家、政治家の方々と対立されるようなことが合ったのでしょうか?

ところで
よしえさんに紹介したいのが永井路子さんと杉本苑子さんの対談本です。
中央公論で文庫本で出版されています。
(文春かも、既にお読みになっていたらゴメンナサイ)




じかん● Wed May 24 15:31:42 Japan 2000
おなまえ●遼太の父
メッセージ●
先週土曜日夜のNHKの特集番組で、瀬戸内寂聴が登場して、

「愛する人に先に死なれたらね、そりゃもう一年間は、風がそよいでも、何か外で音がしても、とにかくその人のことばかりが思い出されて、何をしても悲しいのよね。でもね、それが三年経つとね、あ、今日は午前中は他のことしてて忘れていた。夜になるまで思い出さなかった、そういうふうになるのよね。時間がね、いちばんのおくすりなのよ」

と法話で言っていた。

司馬遼太郎は肉親ではないが、私にとっては相当に意味の大きな存在であり、私の日常の精神生活の中で、彼の占めていた比重は限りなく大きく重かった。しかも、私にとっては、彼の作品があるということよりも、彼が生きて発言を続けているということの方が意味が大きかった。印刷されて売られていた歴史小説を商品として趣味的に消費していたのではなかったからである。

しかし寂聴的な真実は、この私と司馬遼太郎についても、間違いなく例外なく捉え得ていると言える。そして、私だけでなく、司馬遼太郎の死に直面して大なり小なり心傷ついた多くの人々にも、寂聴的な変化が確実におとずれているのであろう。

人生には出会いと別れがある。

村上春樹が小説のなかで言っているように、人生というのは失い続けるということなのだ。羊男が僕に語り聞かせたように、生きるということは失うということなのであって、一度失ったものは二度と手にすることはできないのである。人と永遠に別れなければならない辛さ、自分の夢を断念しなければならない辛さ、その辛さを泣く思いで堪えてゆくのが人の人生に違いない。

仏教は諦観を説く。観想する態度を要請する。煩悩を絶ち、執着を捨て、悟りを開けと説教する。お前が夢に描いていること、お前が欲望している対象は、所詮妄想であり、空虚なものなのだから、捨ててしまえ、頭から消してしまえと迫ってくる。捨てる主体性、諦める能動性。心と体を空にする逆説的な挑戦と創意。そこで感得されるという真実のやすらぎと聖なるグノーシス。

けれども、憤死した司馬遼太郎の魂を鎮魂する営みというのは、司馬遼太郎の精神を巡礼する試みというのは、私にとって、きっと諦念することでも観想することでもなくて、司馬遼太郎後の現世と四つに組んで挌闘することに違いないのだと思う。四○代は人生最後の体力が残っている時期だと司馬遼太郎は言った。最後の体力で詩を書かなくては。

(ところでidumiさん、URLを教えてくださいよ)
じかん● Wed May 24 14:51:34 Japan 2000
おなまえ●よしえさん
メッセージ● はじめまして。歴史小説ファンにとってはとても素敵なページを見つけました。私は永井路子さんの作品が好きです。特に『歴史を騒がせたシリーズ』のエッセイが好きなんです。
でも、まだまだ読んでいない本がいっぱいあります。これからもいろんな人のお話しを聞いて面白い本をどんどん開拓していきたいです。
じかん● Wed May 24 14:27:35 Japan 2000
おなまえ●よしえさん
メッセージ● はじめまして。私は永井路子さんの作品が好きでよく読んでいます。『歴史を騒がせた〜』シリーズのエッセイなどが好きです。小説では『王朝序曲』が最近のお気に入りです。
歴史は全般的に好きなのですが、まだまだ読んでいない作品が多いです。
『この作品はぜひ読んだほうがいい』『この本はおもしろい』というおすすめのものがあれば教えてください。お願いします。
じかん● Wed May 24 11:06:04 Japan 2000
おなまえ●idumi
メッセージ● はじめまして。私は司馬遼太郎さんの作品が好きです。特に竜馬がゆくガス期です。小学生の頃からの愛読です。
永井路子さんの作品は乱紋が好きです。というか、それぐらいしかちゃんと読んだことがないので、立ち読みではなく読んでみたいです。
このページはとっても楽しいです。こういうのを探していたという感じです。よければ、リンクさせていただきたいので、u0961170@hiroshima-u.ac.jpまでメールください。待っております。では。
じかん● Tue May 23 13:31:56 Japan 2000
おなまえ●遼太の父
メッセージ● 梅原猛と司馬遼太郎

ふと考えたことですが、司馬遼太郎と梅原猛の違いという問題です。今日のところは試論であり、序説の草稿みたいなもので、考え方がもう少しまとまれば、きちんと論文にしてみようと思っています。二人とも文化勲章の叙勲者ですね。両方とも思想的巨人で絶大な文化的影響を日本人に残しました。

司馬遼太郎の歴史認識は、ずいぶん早い段階から司馬史観と俗称されて、巷でさまざまに誤解・歪曲されながら、今日その呼び方が一人歩きしていますが、そのことは置いておいても、たしかに彼独自のダイナミックな歴史観があり、人間観があり、その魅力が読者をひきつけて放しませんでした。

一方の梅原猛は、梅原史観という言葉すらありませんが、梅原日本学という言葉があります。梅原日本学と言うに相応しい巨大で豊潤な歴史認識の体系があり、また古代史にかぎらず日本史全体を一貫して捉える独自の方法論を開発して読者に問うていました。例えば、(あの井沢元彦がその方法を使って作業しているところの)「怨霊と鎮魂」を分析概念装置として日本思想史を読み解く方法論などは、梅原猛が独自に構築して世に問うたものです。井沢元彦は梅原猛のお弟子さんと言えます。

ニーチェ哲学の日本思想史への応用である「怨霊と鎮魂」の思想史が一つ。それから、聖徳太子研究を頂点とするところの古代史論、そしてアイヌ縄文文化論。梅原猛の仕事は実に巨大で、また多くの読者に影響を与えました。それは司馬遼太郎の場合と同じく、まさに日本とは日本人とは何かを正面から問い、それに大いなる画期的で革命的な回答を与える試みでした。この私も、正直なところ、古代史認識では梅原猛に大きな影響を受けています。

さて、二人の違いの問題ですが、梅原猛は哲学者と自分を呼び、司馬遼太郎は小説家だと自分のことを言いました。

梅原猛は歴史研究以外にも多くの大きな仕事をしていますが、畢竟、彼の人生のひとつの大きな業績は、あの国立京都国際日本文化研究センターを建てたことです。初代センター長が梅原猛、二代目が現在の河合隼雄です。あれを建てたのは、たしか1983年か84年頃だったと思いますが、梅原猛が中曽根康弘に直訴して、中曽根康弘が一瞬のうちに即断して予算をつけて、あっと言う間にできたものでした。梅原猛は中曽根ブレ−ンの一人として当時の自民党の教育文化行政に影響力を行使したわけです。

司馬遼太郎は決して政治家とくっつくことはしませんでした。政治的な発言を一切していないわけではありませんが、政治家との会合に同席したり、政治家にものを頼むということは一切ありませんでした。司馬遼太郎の政治的発言は、常に一個の人間としての肉声であって、どこかの党派の立場を代弁したり、党派と接触したりということはなかったわけです。

そのことが一つ。そして関連してもう一つ。

司馬遼太郎には弟子というものがありませんでしたね。お弟子さんはいなかった。学派的なグル−プを作ることもしなかった。その思索と創作は常に一人のものであり、個人的なものでした。自分のことを「書生」だと言っていました。

梅原猛には梅原学派があります。簡単に言えば、国立京都国際日本文化研究センターがまさに梅原日本学の居城であり、そこの研究者はみな梅原猛の弟子と言えます。宗教研究者の山折哲男もその梅原学派の幹部の一人ですね。井沢元彦の名前は先に挙げましたが、他に有名なお弟子さんとしてあの中沢新一がいます。元東京外大助手で、研究業績のないまま東大駒場に助教授として入ろうとして大問題になった(駒場中沢事件)あの宗教研究者の中沢新一。オウム真理教を積極的に肯定する発言をしたことでも物議をかもしました。

現在、日本で、仏教とか宗教的な問題が議論されるときには、必ずこの梅原学派の影があります。自民党権力にしっかりとくいこんだために、文教関係だけでなく厚生関係(たとえば脳死問題)の審議会にも必ず梅原学派が入り込んで影響力を行使していますね。

知識人の生き方としてどちらがどうとは言いませんが、私は司馬遼太郎の方を選びますね。
じかん● Mon May 22 17:35:55 Japan 2000
おなまえ●遼太の父
メッセージ● 以蔵さん、

私も歴史に不勉強な男なので、藤原不比等の話はもう少しよく調べてみることにします。不比等について一般に言われているのは、律令(大宝律令・養老律令)を編纂した偉大な業績ということと、天皇家の外戚となって藤原氏の権力を確立したということでしょうか。

ただこの二つ以外にも、言われている業績はあって、その一つは古事記と日本書紀の編纂を指揮して、天皇家を中心とする古代律令国家日本の歴史的正統性をイデオロギ−的に確立したということがあり、また律令制下の古代の分国制を改編して、古代日本におけるいわゆる地方行政制度の基礎を布いたという業績もあるようです。

詳しいところはよくわかりませんが、私なりの言い方で表現すると、つまり、明治維新で喩えて言えば、大久保利通と伊藤博文を足して2で割ったような人物が不比等であると言えるように思います。で、下に示したアナロジ−をロシア革命ではなくて明治維新にずらして読み替えるわけですが、

革命の第一世代

(古代) 聖徳太子
(近代) 吉田松陰

革命の第二世代

(古代) 天智天皇、天武天皇
(近代) 高杉晋作、坂本竜馬、西郷隆盛

革命の第三世代

(古代) 藤原不比等
(近代) 大久保利通、伊藤博文

こんな図式になるわけですね。

今日、ちょっと考えてみたいのは、大化改新無血革命説なんですが、私は大化改新は決して無血革命ではないと思っているんです。蘇我入鹿の首が刎ねられたという意味の流血ではなくて、もっと根底的に、かなり社会的に大きな広がりのある社会革命、レボリュ−ションであったという意味です。この問題について、再び明治維新とのアナロジ−を持ってきますが、明治維新もよく無血革命説が言われていますけれど、決して無血とは言えないと私は考えています。それは戊辰戦争の流血のことを言っているのではなくて、日本史上最大の内戦であった西南戦争のことを言っているのであり、そして武士階級の階級的消滅の事実を指すわけです。

近代の明治維新の西南戦争に該当するのが、古代革命の場合には、言うまでもなく壬申の乱です。古代史上最大の内乱。しかも対決した二大勢力は近江朝の大友皇子と吉野の大海人皇子という、いわば大化改新を一緒に遂行してきた革命の同志であったわけです。西南戦争における西郷隆盛と大久保利通の対決にきわめてよく似ていると思いますね。

1、無血革命の根拠となるところの最初の宮廷ク−デタ−

(古代) 大化改新 (天智天皇、藤原鎌足)
(近代) 王政復古 (西郷隆盛、岩倉具視)

2、外征

(古代) 白村江の戦 (天智天皇)
(近代) 征韓論 (西郷隆盛) 日清戦争 日露戦争

3、内乱

(古代) 壬申の乱 (大友皇子、天武天皇)
(近代) 西南戦争 (西郷隆盛、大久保利通)

4、国家法制度の確立

(古代) 大宝・養老律令 (藤原不比等)
(近代) 大日本帝国憲法 (伊藤博文)

5、地方行政制度の確立

(古代) 分国制 (藤原不比等)
(近代) 都道府県制 (大久保利通)

実に構造がよく似ていて、この二つの革命(大化改新、明治維新)はまさに瓜二つのように見えるんですね。
じかん● Mon May 22 14:33:33 Japan 2000
おなまえ●千葉太
メッセージ● cima様

はじめまして。cimaさんのご意見に対して思うことがあったため書かせていただきます。
私はcimaさんの言う司馬史観=真実と考えているような人間です。正確に言えば、司馬さんの書かれたことをそのまま受け入れるようにしています。
確かに、なにも疑わないでそのまま受け入れるという作業は、思考を奪うことなどと、とても危険な行為となり得ると思います。
しかし、たいていの人は何度か疑った上で、「やっぱりこの人は自分の血や肉となるな」と判断した結果なのではないでしょうか。
人間は時に、自分の処理能力以上の情報から答えや判断を導かなくてはなりません。
学者さんなどの専門家は、その無限の情報群に突っ込んで行かねばならないこともあるかと思いますが、私のような普通の人はそのような気力もありませんし、またそのことに意義を見いだすことも難しいことです。ですからそれらが梱包されたものを、人が友だちや先生としていることは、中身が閉鎖的、排他的なものでない限り自然なことだと思います。それから教わって自分の考えを持つに至ればそれでいいんではないでしょうか。つまり司馬史観=真実と受け取るのも一つの自分の考えを発展させる方法といえるわけで、トランス状態に恐怖を感じる必要もないですよ、きっと。
以上、無粋なことを長々と連ねてしまって失礼しました。穴があったら入らせていただきます。
じかん● Fri May 19 13:57:53 Japan 2000
おなまえ●以蔵
メッセージ● ありがとうございます。遼太の父様

梅原猛さんについては興味は有ったのですが批判も多い様で敬遠していました。
”聖徳太子がマルクスであり、天智・天武帝がレ−ニンであり、藤原不比等が”
の例えは良く分からないのですが上宮王家、近江朝、浄原朝、藤原京に到るまで
過去の文化を徹底的に否定し続けて来た革命思想的なものは有ったのかもしれませんね。
読んでみたいと思います。
ただ疑問は、近年蘇我VS藤原と言う図式で良く対比されていると思うのですが、
確かに鎌足は高位に付いたかも知れないんですが、それほど藤原(中臣)はそれほど
力を持っていたとは思えないんです。軍事権に到っては宇合、仲麻呂の頃にならないと
掌握できなかったでしょうし、だから、武力によらない革命(律令制度)と言えるんで
しょうが...美智代がすごかったんですかね?

じかん● Fri May 19 11:12:22 Japan 2000
おなまえ●遼太の父
メッセージ● 梅原猛さんの藤原不比等論

ところで、その件(くだん)の神道政治連盟の30周年記念祝賀会には、実は河合隼雄さんのお師匠さんである梅原猛も来賓講師で列席していたのですね。毎日新聞の記者に目ざとく見つけられてしまいました。17日の毎日新聞の中で、「森発言を聞いてどう思われましたか?」という質問を受け、しぶしぶ「首相の発言としてとんでもない発言だと思った」とコメントしていましたね。一寸笑える話です。

文化勲章まで受けた偉大な大文化人が、こういう国家神道の復活をめざす怪しげな政治宗教団体に顔を出してはいけませんね。文化勲章の価値と権威を落としてしまいます。梅原猛もさぞかしバツが悪かったことでしょう。で、早速、お弟子さんの河合隼雄がフォロ−するべく今回の朝日新聞への登場(宗教教育論)となったのでしょう。今月末の「中央公論」か「文藝春秋」で、このお二人のどちらかが、この問題(神の国、宗教教育)について文章を出されるんじゃないでしょうかね。

で、以蔵さん、藤原不比等について(もしまだお読みでなければ)梅原猛の著作が面白いですよ。「隠された十字架」は法隆寺論、「水底の歌」は柿本人麻呂論で、この二冊はまさに梅原猛渾身の大傑作ですが、彼の一貫した古代日本史観が通底されていて、二作とも同時に藤原不比等論として読むことができます。太子一族抹殺の悲劇と人麻呂処刑の政治的謀略の影に藤原権力と独裁者不比等がいたという迫真の古代歴史認識が示唆されています。

梅原猛は、藤原不比等のことを、日本史上最大の大型政治家と評価して、古代日本政治史におけるスタ−リンであったと言っています。この評価は、実に真相を衝いていて面白いと私は思っています。説得力のある歴史的洞察と言えるのではないでしょうか。梅原猛のこの議論に即して続けて私が(オリジナルに)言うなら、日本古代政治史において、

聖徳太子がマルクスであり、天智・天武帝がレ−ニンであり、藤原不比等が、、と言えますね。

実際にそういうアナロジ−で考えると非常に古代日本政治史がわかりやすい。不比等はいわゆる革命の第三世代の指導者だということです。不比等はきわめて有能な政治家ですが、自己の権力の目的のためには誰でも平気で手にかけて粛清する冷酷非情な権力者であり、陰謀を好む策略家であったわけです。しかし不比等の抜群の政治力のお陰で奈良朝は安定し、太子がめざした独立仏教国家日本はうまく立ち上がり、激動の東アジア世界の中で舵をきって航海してゆくことができたわけです。

しかしスタ−リンがそうであったように、おそらく不比等も仏教の教義に対しては自分自身はシニカルというか、主観的には距離を置いて、単なる支配の道具としてしか考えていなかったことでしょう。内面からは原理主義的な理想論が抜け落ちて、体制としての仏教の形式のみにしか関心がないわけです。統治手段としての鎮護国家のイデオロギ−でしかなくて、彼自身は仏教の思想に帰依はしていないわけですね。梅原猛の不比等論、私は非常に面白いと思うし、政治と宗教の問題を考える絶好の材料だと思います。
じかん● Fri May 19 9:49:38 Japan 2000
おなまえ●遼太の父
メッセージ● 河合隼雄さんの宗教教育論のお話

今朝の朝日新聞の記事のなかで、河合隼雄が、「宗教教育を教育の中にとり入れるべきという森首相の意見に賛成である」という旨の発言をしておられました。「ただしそれを国家が上から押しつけてはいけない」とも言い、また「ああいうタイミングで首相が言ったのはよくない」と
も言っていましたが、どうも何をおっしゃっているのかよくわかりませんね。

公教育は基本的に国家が上からやるものでしょう。初等中等教育の指導要領や教育課程は、文部省が教育行政の一環として編成するものです。もしも初等中等教育の中に宗教教育を取り込むというのなら、その新しい指導要領やカリキュラムは、まず文部省が原案を作って国会で審議し、その上で各都道府県の教育委員会に下ろすしかありません。

公立学校ではなくて、私立学校で宗教教育をやればいいと言うのであれば、それはすでに日本中のカトリック系、プロテスタント系、仏教系の私立小中学校、私立高校で実際に広範にやられていることです。河合隼雄の議論はどうも意味が不明ですね。国ではなく、自治体の教育委員会レベルで各県独自に宗教教育を採り入れればいいということでしょうか。

河合隼雄は、同じ記事の中で、「戦後、宗教や倫理が教育のなかから消えたのはよくなかった」と発言していますけれど、これも問題発言ですね。そんなことは決してなくて、高校の社会科の教科課程の中には倫理社会という科目があって、その中には、仏陀も出てくるし、孔子も出てくるし、親鸞も出てきます。私の場合は、たしか、倫理社会と古典(古文)の二つの教科書に親鸞の悪人正機説が登場して、「善人なおもて往生をなす、いわんや悪人をや」の原文を二回読まされた記憶があります。

道徳教育を初等中等教育でもっと重視、強化するべきという考え方には私は大賛成ですが、そのときに、国家が宗教を教育にとり入れて人格形成をはかるべきという考え方には、どうも抵抗を感じます。なぜなら、それは教育の観点から見て安易な考え方だし、政治権力の観点から見て危険な考え方だし、さらに実際の効果という観点から考えて疑問に思うからです。

安易に伝統宗教(仏教や神道)の力に頼るのではなくて、まずは教育者たちが自らの力でどうやって道徳教育をするのか、何を生徒に教えるのか、父兄である市民と一緒に真剣に考えてみるべきでしょう。それから国家権力が既成宗教とくっつくのはいいことではないですね。近代民主主義国家の一員であるならば、政教分離、政治と宗教は分離させるのが当然の国家原理です。

最後に効果ですが、宗教の科目を小中学校の授業のなかに入れて、本当に効果があがるのか。例えば般若心経や歎異抄や法華教をわかりやすいマニュアルのレベルに落として、仏教の死生観や救済思想を先生が教えたところで、本当に生徒である子どもたちの心にそれが届いて、子どもたちの心をよい方向に改造して、学級崩壊やいじめや暴力を阻止することができるのか。

私は、教師が本物の仏教徒でなければ、その訴えはきっと子どもに届かないのではないかと思うわけですね。教える先生が仏教に抵抗のある人だったら、どんなに優秀な先生であっても、その教育行為は道徳規範の子どもたちへの内面化作業としてはうまく成功しないでしょう。まして神道ならなおさらです。宗教のマニュアル教義をマニュアル的に教えたところで意味がない。

だから、公立学校の教師に神道家になれとか仏教徒になれとか、その両方になれというのは無理だろうと思いますので、基本的に、道徳教育の目的で宗教を授業に導入するのは無理があるだろうと思いますね。まして神道なんてね、神道を公教育にとりこむというのはまさに国家神道の復活ですが、国家神道の教義をまじめに信じて生徒に教える先生なんていたら異常だし、まさに憲法違反でしょう。
じかん● Thu May 18 18:55:30 Japan 2000
おなまえ●えぬの
メッセージ● 今、学校の授業で、東京カジノのマーケッティングプランニングをやっています。
司馬遼太郎さんでは、「俄」あたりがそんな文脈を主題(の一部)とした文章となっていますが、
他におもしろい題材をご存知のかたはいらっしゃらないでしょうか。

じかん● Thu May 18 13:21:50 Japan 2000
おなまえ●以蔵
メッセージ● 唐突ですみませんが、歴史のHPだと思ったのでカキコさせていただきます。
藤原不比等についてとっても興味が有ります。
謎の大い方のようで(わたしが調べられないだけかも?)知っている方教えて下さい。

じかん● Thu May 18 12:34:50 Japan 2000
おなまえ●cima
メッセージ●  う〜ん、完全にトランス状態におなりで。
 ここの掲示板って、こういうものなんでしょうか?
 今、何を書いても逆撫でしそうですね。
 
 司馬史観=真実と思っていらっしゃるなら、それはそれでいいんじゃないですか。
 同じ信仰でも、変なカルト宗教とは比べものにならないでしょう。

 私個人の経験からいえば、かわいい子には旅をさせてやって下さい。
 親の庇護、管理から離れた時が、男の(女でも)勝負所だと思います。
 
 余計なお世話でした。
じかん● Thu May 18 12:29:15 Japan 2000
おなまえ●すくね
メッセージ● はじめまして、不躾で恐縮なんですが遼太の父様、
殉死について私はそれほど美学を持っていないんです。
男のロマンなんてお気楽なものでもないし、まして世界観を云々語れるほど
人の死に付いて考える薄っぺらなものじゃないと思います。
確かに惜しまれる気持ちは一杯です。
かりに”この国の”的なことを思えば、昔々、どんなに凄い侍大将とかが
合戦等で夢半ばで非業の死をしたとしても、農民は弁当をもってそれを
見物していたのだから。
親兄弟の死となんら変わる事なく、哀悼すれば良いと思います。
申訳ございません。


じかん● Thu May 18 11:28:32 Japan 2000
おなまえ●遼太の父
メッセージ● 遼太

何も能力もなく、何も大きな仕事を残すことなく消えてゆくだろう私にとって、一生のうちでいちばん大きな仕事は、ひょっとしたらこの子に名前をつけることかもしれない、と、そう思って、私はそのとき七倒八倒した。

後で後悔をしないものにしなければいけない。そのことで彼が幸せになるように配慮しなければならない。間違っても不幸せになるようなことがあってはいけない。彼が大人になったとき、その意味を積極的に考えてくれるもので、それを人生の弾みにしてくれるものでなくてはいけない。そして名付け親である父に感謝してくれるものであって欲しい。それは子どもの名前だけれど、親の人生を体現するもので、親の思想を表現するもので、親の希望や願いを継承するものでなければならない。

七転八倒はしたけれど、結論ははじめから決まっていた。

人は必要な技能を身につけるため、関心の幅を広げるため、そして自分の適性を知るために、教師と出会わなければならない。すぐれたよい教師に出会えるかどうかで、彼の人生の半ばは決まる。適性を見つけ、能力を伸ばし、挑戦すべき課題へと導いてくれるのは教師である。

彼をよい教師に出会わさなければならない。よい教師が彼を発見してくれるための信号を出す発信機を私は彼に組み込んだ。他の大勢の子どもたちの中から、彼を見出してくれるために、そう願って、私は彼にその発信機をとりつけた。それが親である私の戦略だった。

親が有名人だったり金持ちであれば、それだけで、その子どもはよく目立つし、よい教師も接近してくれる可能性が高くなるだろう。でも、彼にはその条件はない。彼の親は無名の市民であり、貧乏人だからである。だから戦略が必要だった。貧乏人なりの、子どもを幸せにするための、精いっぱいの戦略を立てたのだ。

私は死んでも、私の希望や願いや、託そうとした思いは、彼の名前となって生きて残る。彼はいつも私がなぜその名前を自分につけたのか、私と司馬遼太郎のことを考えながら、反芻しながら21世紀を生きて行ってくれる。それは彼を常に叱咤し激励し、より志の高い方向へと導き促してゆく。そして、私の好きな、ヒュ−マンでロマンティックでイデアリスティックでインテリジェントな命を21世紀に繋いでくれるだろう。

戦略というものは常に賭けである。

たとえば、20年前のロシアで、生まれた子どもにウラジミル・ウリヤノフと名付けたなら、その親の戦略は失敗だったということになるだろう。

だから、私は司馬遼太郎に賭けたのである。21世紀の日本とアジアで、司馬遼太郎がさらに普遍的に輝き続けて人々を照らしつづけることに賭けたのである。
じかん● Thu May 18 9:41:23 Japan 2000
おなまえ●遼太の父
メッセージ●
司馬遼太郎が死んだその日のことは、いまでもよく覚えている。

何時何分に何があってというところまでくっきり覚えている。その後何があって自分が何をしたかも、全部覚えている。一ヶ月後の大阪の「送る会」へ参列するために、一人で新幹線に乗って、ぼろぼろ泣きながら日帰りしたあの日のことも全部覚えている。参列者の一人一人の表情まで覚えている。

そのことは、いずれ書く。

しかし、私にはその少し前から予感があった。少し前からというのはいつ頃だったか、3年くらい前からのような気もするし、直前のような気もする。

住専問題の渦中で司馬遼太郎は死んだ。その半年くらい前だったか、オウム真理教をめぐって山折哲雄と教育テレビで対談をした。そのとき、司馬遼太郎が「ゴホゴホッ」と変な咳をしたのを見た。初めて見た姿だった。

90年代に入ってから、司馬遼太郎の書く文章はどんどんパセティックになり、その傾向を深め、そして住専のときその極点に達していた。

憤死なのだ。

そのことは、そのことは、いずれ私が必ず書く。


いつかこの子の手をひいて、東大阪のご自宅の門をたたきたい。

それが私の夢だった。

でも、その夢がかなう前に、司馬遼太郎はいってしまうだろう、いってしまうに違いないと、そう思って一人布団の中で夜中に暗い天井を見上げていた。

そしてそのとおりになった。

ひとつの夢が破れ、私はまた新しい夢を探すことになった。

男の人生は常に挑戦であり、リスタ−トなのだから、そのことは別にどうということはない。40歳になっても、50歳になっても、夢が破れれば、また一からやり直しをするのだし、すればいいのだ。

バブル以降の日本と日本人への怒りと悲しみと憤りと、胸の苦しくなる苦々しい思いを、私たちはまったく同じ感覚と重さで等しく共有し合っていた。司馬遼太郎は常に私の心の代弁者だった。

司馬遼太郎が私の心の代弁をしてくれた。だから、今度は私が司馬遼太郎の代弁をする。他の人間がどう言おうと、そんなことはどうでもいいことだ。私には自信があるし、そして私には夢がある。

別にこんなところで無理に理屈を言う必要はないけれど、陽明学の狂、と言えば、肯く人間もいるだろう。それは三島由紀夫だってそうだったし、大塩中斎だってそうだったし、吉田松陰だってそうだったのさ。

殉じて死ねる先生がいれば、男にとってそれ以上のしあわせというのはないんだよ。
じかん● Thu May 18 3:00:36 Japan 2000
おなまえ●cima
メッセージ● 遼太の父様へ

 若輩者、新参者からの意見ですが...
 森首相の発言問題については、おっしゃるとおりだと思います。
 ただ、そんなに天声人語に同調して声を上げる必要はないのではないかなと思いますよ。
 
 小渕さんの永眠で、故大平さんの時以来の自民党の大攻勢が想像されましたが、これでパーですよね。
 森首相は、エラーはエラーでもタイムリーエラーをしてしまったって感じです。
 自民党もそんなに森さんに固執しないでしょう。
 すぐ辞めるんじゃないですか?

 ただ、遼太の父様。一国の宰相に対し、そこまでケチョンケチョンにいわれると、選んだ国民サイドの感情としてはやりきれないものがあります。
 私は別に森さんのファンでもないし、好意も持ってないです。
 というか、戦後の政治家では三木武吉と田中角栄はすごいなあ、ぐらいです。
 でも貴方が過去10年の首相経験者を無能呼ばわりするのは、〜どうも司馬遼太郎のように〜 後世の歴史家から見た人物評をしてみたい、高いところから人物を採点したいといった幼稚性が伺えます。
 私は20代の青二才ですから、前述したことは年輩と思われる遼太の父様に対し大変失礼だと存じます。
 でも誰かがブレーキをかけなきゃ、つまらないでしょう? 

 昨今、マスコミの反応はすごいものがありますが、それに踊らされる側は、これまたマスコミの思うつぼですよ。
 特に朝日新聞は、個人的にはどうかと思います。
 ま、これは個人的なんでどうでもいいですが。私は読売の読者です。
 それと、そんなに現代の政治に文句があるなら、あなたが政治家になればいい。
 でもできないでしょう?(政治家だったらごめんなさい)
 私が言いたいのは、できないのは何故か?ってことです。
 それは小渕さんの後継に小渕家から出るっていう話と関連します。
 このことは言うまでもないですが、世襲制とその人を選ぶ選挙民たちの考え、地盤とカバン。
 このあたりが本当に、今の議会制民主主義が最高の制度かどうか、疑問を感じるところなんですがいかがでしょう?
じかん● Wed May 17 10:16:46 Japan 2000
おなまえ●じゅんこ様、すみません(遼太の父)
メッセージ● 申し訳ありません。タグを試したのですが失敗してしまったのです。STRONGは、B(Bold)と同じで、文字を大きめに表示する機能のタグだったのですが、この掲示板システムではサポ−トされていなかったのですね。ま、言い訳は見苦しいのでひっこんで謹慎いたします。失礼いたしました。
じかん● Wed May 17 10:06:41 Japan 2000
おなまえ●遼太の父
メッセージ● 森首相のこと

「日本は天皇を中心とした神の国だということを、国民の皆様にもよく承知していただく」。

今朝の天声人語は、森喜朗首相のこの発言について、その時代錯誤ぶりと首相としての自覚の無さを厳しく批判して、この人が総理大臣であることは摩訶不思議であると書いていました。国際的にも反響は大きく、早速、中国の外相がこれを批判し、韓国の東亜日報も大きく報じ、英国のBBCがニュ−スで流し、ドイツの新聞も批判的な記事で扱っているようです。

それにしても、天皇を中心とした神の国とは、まさに戦前の国体思想そのもの、皇国史観の国家観そのものの直截な表現で、民主主義の国である日本の首相の立場にある者が、よくこんな発言を平然と口にできるものだと思って驚きます。日本国憲法はいつ廃止されたんだろうと思いますね。この人は憲法や総理大臣の立場といういうものを全く理解していません。

10年くらい前、評論家の立花隆が、週刊ポストのコラム「同時代を撃つ」で、当時の首相だった竹下登のことをケチョンケチョンに貶して、「竹下のような小物で無能な男が日本の総理大臣になったことが信じられない、どうしてこの男が首相なのだろう」と書いていたのを印象的に覚えているのですが、今の私の気分はそのときの立花隆と同じです。

嘆かわしいと言うか、情けない気持ちになりますね。いまの日本は危急存亡のときで、優秀で有能な指導者が必要な時なのに、何でこんな頭の悪い駄目なのが出てくるんだろうとやりきれなく思います。これが日本なのか、もう本当に駄目だな、という気分ですね。

森喜朗は、歴代の首相の中でも、かなりと言うか、おそらく最低だと思いますが、頭が悪いです。この人は頭が悪い。学歴は早稲田大学だけれど、昨日のニュ−スステ−ションで本人の著書の記述が紹介されたとおり、その入学は早大のラグビ−部の偉い人に頼みこんで、縁故でラグビ−推薦入学の形で入ったものだと本人自ら告白しています。勉強をろくにしていませんね、高校でも大学でも勉強していない。首相どころか代議士になる器量ですらない。私もこの年ですから、もう何十人も首相になった政治家を見てきましたけれど、こんな頭が悪いと思う政治家は昔はいなかったです。

佐藤栄作と田中角栄。二人とも確かに悪役であったし、特に田中角栄は金権政治の親玉で悪政もしたし(司馬遼太郎が最も忌み嫌った戦後の政治家が田中角栄でした)、ロッキ−ド事件で収賄の犯罪も犯しましたが、しかし頭が悪いということはなかった。頭はよかったです。政治家として一国の政治を切り回すに十分な頭脳は持っていました。佐藤栄作は堂々とした本格的な大型政治家で、ワンマンでしたが自民党という政権与党で大政党のトップとして十分の風格と能力を備えていました。

その後を継いだ三木武男。議会の子ですね。自民党でしたが素晴らしい政治家でした。決断力のすぐれた、政治をするために生まれてきたような男でした。大平正芳、優秀な男でした。この男は本当に思慮が深くて頭がよかった。もっと長く首相をやらせたかったです。そして中曽根康弘。中曽根もリクル−ト事件で悪をしたし、バブル土地高騰の最高責任者ではありますが、今から見れば、大型で有能な政治指導者だったと言えるでしょう。

こうした過去の自民党指導者の群像から見たときに、この10年間の政治家たち、細川護煕とか、小沢一郎とか、橋本龍太郎とか、何と小粒で些末で矮小で無能で出鱈目なボンボンだろうと思えてならないわけですが、森喜朗はとにかく頭の悪さで論外と言うか、話にならない感じがします。これから彼は、口を開いて自分の言葉で熱弁をふるうたびに失言をするでしょうし、陳謝を繰り返すでしょうし、周囲を緊張、困惑させ続けるでしょう。ひょっとしたら来月の総選挙の
ときに、候補者から応援演説を拒絶されるという事態に立ち至るかもしれません。

だから自民党の幹部たちも、あの赤坂プリンスホテルの密室の談合で、こういう人を総理大臣に選んではいけなかったのですね。野中広務幹事長もきっと頭を抱えていることでしょう。
じかん● Wed May 17 8:48:03 Japan 2000
おなまえ●じゅんこ
メッセージ● 遼太の父様
STRONGじゅんこでございます。
かさねがさね、ご親切なアドバイス有り難うございます。
その上この度は結構な名前まで頂戴いたしまして、恐縮の極みでございます。
名前に恥じぬ様、強くたくましく生きて行きたいと存じますので、今後共も何卒ご指導、ご鞭撻のほど宜しくお願い致します。
じかん● Tue May 16 17:40:00 Japan 2000
おなまえ●見事失敗しました(遼太の父)
メッセージ● お恥ずかしい。
じかん● Tue May 16 17:38:10 Japan 2000
おなまえ●遼太の父
メッセージ● STRONGじゅんこ様/STRONG − タグのお話 −

申し忘れましたが、リンク先のペ−ジを文章の記述の中に埋め込む方法(ハイパ−リファレンス機能)につきましては、ブラウザの「表示の(V)」の下のサブメニュ−である「ソ−ス(C)」をクリックして、試しにご覧になってみて下さい。「ソ−ス(C)」をクリックすると、このペ−ジのHTML文が表示されて、記述されているタグの全貌が見れます。それをご覧になると A HREF とか /A などという簡単なタグを使ってリンク先のURLを埋め込んでいるのがご理解いただけると思います(この説明はInternet Expolerをブラウザとした場合ですが)。

色も変えられるんですよね(失敗しなければ恐らく)。
Font color="#800000"strong表示(V)/strong/Font
Font color="#30007F"strongソ−ス(C)/strong/Font
じかん● Tue May 16 16:49:25 Japan 2000
おなまえ●じゅんこ
メッセージ●
千葉太様
お返事有り難うございます。

遼太の父様
ご親切なアドバイス有り難うございます。
博学多才ぶり、いつも楽しませて頂いています。
じかん● Tue May 16 3:38:29 Japan 2000
おなまえ●千葉太
メッセージ● じゅんこ様
ありがとうございます。早速拝見させていただきました。静かで涼やかといった印象を受けました。会ったことのないご老人ではありますが、人間的な愛らしさ、可愛らしさまで感じられます。
この詩を読んで、手塚治虫の「ブッダ」を思い出しました。幼い頃、とても死に対して恐怖を抱いていた私は、高校生の時にこの漫画を読んで死に対する考え方を変え、その恐怖を幾分か和らげました。まだ遠いことを望み信じておりますが、あの詩のような状況とそして少しばかりの心残りを持って迎えられることが喜ばしいです。
じかん● Mon May 15 17:37:24 Japan 2000
おなまえ●遼太の父
メッセージ● じゅんこ様、

ひょっとしたらと思いながらのアドバイスですが、URL(ウェブのアドレス)を写し出すときに、Windowsのコピ−&ペ−スト機能をご利用になられていますか?

(1) コピ−しようとするアドレスをクリックする(リバ−ス表示になる)
(2) ブラウザの上にある 編集(E)の中にあるコピ−(C)をクリックする
(3) コピ−しようとする位置にマウスでカ−ソルのポイントを置く
(4)今度は、編集(E)の中の貼り付け(P)をクリックする

あとタグを使えばハイパ−テキスト化して表示することもできます。

Nancy Wood著の日本図書館協会推薦図書今日は死ぬのにもってこいの日
じかん● Mon May 15 16:46:07 Japan 2000
おなまえ●あやこ
メッセージ● こういう掲示板に参加するのは初めてなのですが、インターネットも始めたばかりなのに知人に
歴史上の人物の銅像の写真を撮るのが趣味の人がいて、そんなHPがあれば是非教えて欲しいと言われたのですが、調べきれないので、ご存知の方がいらっしゃいましたら教えていただけませんか。
じかん● Mon May 15 10:28:34 Japan 2000
おなまえ●じゅんこ
メッセージ● 千葉太様こんにちは。
先の死生感について書き込んだ時、理想的な死の状況を書き込みたかったのですが、著作権の問題があったので書かなかったのですが、HPが見つかりましたので宜しければ見てみて下さい。

ナンシー・ウッド著の「今日は死ぬのにもってこいの日だ」というインディアンの詩です。
http://www2c.airnet.ne.jp/assisi/lnfluence/Native/Nativeword/Word5.htm

長いので写し間違ってないかちょっと心配、前科ありですし・・。
じかん● Sun May 14 22:19:26 Japan 2000
おなまえ●めぐみ
メッセージ● 遼太の父さん
北海道「新」開拓計画、私もちょっと似たようなことを想定していました。自己不全感の強い北海道人にはできない芸当ですが。相も変わらず北海道の建て直し策に公共事業くらいしか考えつかないのです。
私は20歳くらいのときに内地に行って、北海道は日本ではないなと実感しました。確か司馬さんが日本を水浸しの地というような表現をしていたと思いましたが、北海道には湿気のイメージはありません。(人間も比較的ドライです)中央の後追いをするより、独自の道を歩むべきでしょう。
アメリカのような州自治権があればと思います。たとえば、観光客向け税還元とか、おっしゃるような特別奨学制度とか、北海道だけの政策を断行し、そして観光でも産業でも世界に情報発信する地域になる。それが私の願いです。
じかん● Sun May 14 21:08:03 Japan 2000
おなまえ●泰平
メッセージ● なんと、小渕前総理が死去なさいましたね。一時、
良くなったと聞いていたので、正直驚きました。
小渕さんも、歴史上の人になってしまったんですね。
小渕さんは、小林秀雄で言う、本当の人間、つまりは、
私たちと違う不変の存在になってしまわれたんですね。
これから、小渕さんに対する勝手な解釈がメディア等
を通してなされるでしょう。そういうのを聞くと、
なんともいたたまれない気持ちになります。
どうしてかってことは、下記で述べた通りです。
なんか、おもしろくないことばっかり書き込んでしまって、
すみません。
じかん● Sun May 14 20:33:04 Japan 2000
おなまえ●masato
メッセージ●
この掲示板でサンショウウオのことでコメントが付くなんて驚きですね。秦太さま。
サンショウウオを育てるのは子供の頃は毎年恒例でした。最後は中学の時ですね、この
時は札幌で採ったんでした。それも札幌駅から車だと15分くらいのところです。今もい
るのかな。
サンショウウオの共食いはなかなか防ぐことができません。水槽のなかにある程度いれれ
ば必ず起こってしまいます。残念ながら。
で、今朝見たら二匹卵から出てきてました。大事に育てます。
じかん● Sun May 14 17:45:58 Japan 2000
おなまえ●遼太の父
メッセージ● 21世紀の北海道経済のために(3) − 教育と道民目標

私が北海道知事ならどうするか。

北海道だけでなくて、どこの自治体の知事になっても同じ事をやろうとすると思うのですが、例えばですね、TOEICのSCOREの道目標みたいなものを作るわけです。 中学生、高校生、社会人20代。道で受験の補助金を出して、どんどん受けさせる。そして全国レベルより高い平均点を目指すわけです。これって確か、韓国かどこかでやっていたと思いますが、率先してやるわけです。小学生の英語教育みたいなのも、文部省と自治省とそれから自民党の政調部会にうまく根回しをして例外的・試験的にやらせてもらう。

それからインタ−ネット世帯普及率目標みたいなものも作る。いま問題になっているクリントンから突き上げられているNTTの回線料金値下げの問題がありますが、郵政省とNTTと北海道開庁と自民党の政調部会に根回しして、北海道地域におけるインタ−ネット接続固定料金制の地域を全道範囲に例外的かつ試験的に実施させてもらう。全国のテストケ−スと称してお目こぼしをもらうわけです。野中広務と加藤紘一と神崎武法にペコペコと頭を下げて特別に認めてもらうわけですね。プライドの高い遼太の父も知事として道民のために頭を下げるわけです(笑)。

で、国際化能力レベルと情報化能力レベルで北海道は日本一だぞという実績を作って大いに宣伝するわけですね。そういうサクセス・スト−リ−です。これからは教育の自由化が自民党も基本方針ですから、初等中等教育で自治体がイニシアティブを発揮できる余地は沢山あるはずなのですね。私が知事だったら、あの意味のない総合教育の導入というのはやめて、全部実質的に英会話教育に振り替えてしまいます。

それから、頭のいい高校生をめっけたら、道知事である私が直接家に出張って行って、「君。道で特別奨学金を出すから東大受験はやめたまえ、ハ−バ−ドかスタンフォ−ドかMITかコロンビアに行きなさい」と直談判して針路変更させたりもします。で、ITかバイオかファイナンス関係の米国の研究所か企業で働かせて、5年くらい経ったあとで北海道に呼び戻して新規事業を興させたりするわけです。他の県の子どもでも構わない。「キミ、将来、北海道でビジネスやってみないかね」と誘ってみるわけです。

そして今度は、事業で成功した若い連中を集めて、彼らが40代になったら、ビジネススク−ルを作るわけです。慶応がこれまでの日本のオ−ルドエコノミ−の民間企業への人材輩出校だったわけですが、それにとってかわるニュ−エコノミ−のイニシアティブ・アカデミ−を札幌に立ち上げるわけです。すごい野望でしょう。北大の力は借りません。あんなもん全然駄目です。時代遅れで役立たずの学校です(残念ながら)。
じかん● Sun May 14 16:39:25 Japan 2000
おなまえ●遼太の父
メッセージ● 21世紀の北海道経済のために(2) − 道の人口を増やす

北海道にはいま500万人の人が住んでいるようですが(うち200万人が札幌集中)、やはり少ないですよね。まあ多くした方がいいのか、しない方がいのかは、意見が分かれるところでしょうけれど、北海道の経済の活性化とか地場産業の発展とかを考える立場であれば、今の人口の2倍あるいは3倍くらいに増えてもいいのではないかと思います。

札幌以外にあと2か所か3か所ほど百万都市があってもいいんじゃないかと思うのですね。道南に1都市、太平洋岸に1都市、オホ−ツク沿岸に1都市、それぞれ百万都市が欲しいところです。今の北海道は極端な札幌一極集中ですね。あんなに面積は広いのに4割が札幌でしょう。日本の東京一極集中のまさに相似形ですね。これを何とかしないといけないと思います。

ただこの問題は、北海道単独の努力でできることではないですね。中央政府がそういう大きな青写真を描いて産業配置計画を作らないといけないし、さらに、大胆で徹底的な地方分権を実現しなくてはいけないと思います。簡単にはできないことですが。

今、日本の主要な企業の本社は全部東京にありますよね。それで東京の企業の出先機関が地方都市に置かれています。北海道なら札幌、東北なら仙台、九州なら福岡、中国なら広島、という具合に支店が散らばって置かれていて、それらの都市が支店経済で潤いながら地域の中で一極的に発展するという構図です。地方に散らばらされるサラリ−マンは、東京と地方を行ったり来たりする人生を送っているわけです。

米国へ行くとですね。いろんな都市にいろんな産業や優良企業の本社が全米各地に散らばって展開してますよね。自動車はデトロイトですが、IT産業はシリコンバレ−周辺ですね。マイクロソフトとボ−イングとスタ−バックスコ−ヒ−はシアトル。コカコ−ラとCNNはアトランタでしょう。決してNY一極集中ではないのです。いろんな世界的な有名企業が地方都市に本社機能を置いています。そしてまた、働く従業員たちは、なるべく自然が豊かで快適でリラックスできて物価の安い土地でジョブを選ぼうとするんですよね。いま米国のIT産業で人気なのがオレゴン州ですね。シリコンバレ−からの脱出組がポ−トランド近辺とか、それからカリフォルニアでも最南端のサンディエゴの方にオフィスを移転しつつあります。

日本でもそういう具合にできないものかと思うんですね。と言うかすぐにでもそれをやらなくてはいけない筈なんです。

いま経済の構造転換ということで、産業のスクラップアンドビルトの必要が叫ばれています。オ−ルドエコノミ−の終業人口をニュ−エコノミ−へ振り向けようという議論が(議論だけが抽象的に)なされているわけですけれど、私が政治指導者ならば、このオ−ルド経済からニュ−経済
への産業の転換を、同時に、地域産業バランスの再配置の好機として捉えて、思い切って日本列島の人口移動を実現するようにプログラムを考えますね。北海道の人口は今の2倍にしていいと思う。人間は住むところが変れば気分一新してやる気も出るものです。

それから、

ちょっと話が飛んで具体的になりますけれど、北海道で本当に真面目にIT産業を興隆させようとするなら、千歳空港から毎日一便サンフランシスコに飛ばす必要があるでしょう。それと毎日一便日本アジア航空を台北に飛ばす必要もありますね。SFと台北との直結は必須です。それと東京−千歳の航空運賃を片道1万5千円以内にしなくてはいけない。秋葉原日帰り往復3万円弱というコスト環境にする必要がある。それだけの環境があれば東京から北海道に移ってくるIT企業もあるでしょう。欲を言えば、ジェットももう少し速度を速くして、羽田と千歳の間、それから福岡と羽田の間を、ジャスト1時間で飛んで欲しいと思います。
じかん● Sun May 14 14:27:10 Japan 2000
おなまえ●遼太の父
メッセージ● 21世紀の北海道経済のために(1) − アジアのアルプスとしての北海道

北海道には(今はどうかよく知りませんが)かつてはデ−ビ−ソフトとかハドソンといった優良なソフトウェア企業群があり、現在もBUGなどというきわめてエクセレントなITカンパニ−が活躍しています。マイクロソフト社が分割になれば、再び応用ソフトの分野で日本の企業が活性化する可能性もあるかもしれません。IT産業での経済活性化というのは、(北海道だけに限りませんが)道が具体的に戦略化するべき21世紀の重要な挑戦課題ではあるでしょう。

ただ私は、やはり北海道は、今後さらに観光産業の方が発展するんじゃないかと思って見ています。

その根拠は、これからは日本人だけでなく、中国や東南アジアの国々で中産階層化して小金持ちになった多くの人々が、海外旅行の行き先として北海道を選ぶのではないかということです。夏休みの避暑地のリゾ−トとして、冬のスキ−のリゾ−トとして、北海道へ押し寄せて来るのではないでしょうか。

アジアの中で、リゾ−トとして北海道のような立地と適性を持った場所が他になかなか無いということです。中国東北地方(満州)にはないでしょう。中国政府がうまく開発できるかどうか。もし開発できたとしても、観光商品の競争力として比較したときブランドとクオリティが北海道とは違いますよね。グァムとハワイの差にようになると思います。

それでは、ロシアがシベリアに北海道のようなリゾ−トを作れるか。これもとても難しそうですね。まず、ロシア国内の経済が発展して、そういうリゾ−ト需要が膨らむほどの中間階層のボリュ−ムが形成されるまでに、だいぶ時間がかかりそうな気がします。経済の発展と人々の富裕化は中国の方が先でしょう。

中国の、特に長江中流域の地域というのは蒸し暑いんですよね。武漢とか長沙とか南京とか、異常に蒸し暑いのです。蒸し暑い都市とその周辺に大量の人口が居住して労働しています。長江流
域だけで5億人はいるでしょう。長江流域だけで日本の人口の4倍ですよ。それが北海道にとってのマ−ケットです。彼らもいずれはどこかでスキ−をやるだろうし、テニスもし始めるでしょう。彼らの膨大なリゾ−ト需要を満たせる地理的条件とキャパシティを持っているのは、私の見たところ、アジアの中では北海道とサハリンと千島列島だけですね。

と言うわけで、すごく月並みですが、北海道の21世紀の経済ビジョンにおいて、先進国化するアジア諸国をカスタマ−とした国際観光事業というのは、やはり視野に入れて検討すべき課題であろうと思われます。ヨ−ロッパの人たちにとってのアルプスのような存在に北海道がなれればいいのではないでしょうかね。アルプスというのはヨ−ロッパ人にとっての共通の観光財産ですよね。フランス人もイギリス人もドイツ人もスペイン人も、夏は避暑に冬はスキ−にとアルプスに行って家族で滞在して遊ぶわけです。
じかん● Sun May 14 13:31:22 Japan 2000
おなまえ●失礼、下は遼太の父です。
メッセージ●
じかん● Sun May 14 13:30:08 Japan 2000
おなまえ●ryoutarou
メッセージ● めぐみ様、

残念ながら、今回の北の旅で、桜を拝見する機会はありませんでした。

以下、これまで思っていたことを書きます。

大通公園でベンチに座りながら楽しいひとときを過ごしていたのですが、
ふとベンチから後ろを振り向いたら、例の拓銀の本店のビルが閉鎖された
状態でありました。拓銀の問題こそ実に日本経済と北海道にとって象徴的
な問題に見えます。

私の感想は二筋あります。

拓銀が潰れたのはバブルに踊った幹部の無責任な放漫経営と、そして幹
部の放漫経営を放置していた全ての行員たちのお気楽なエリート官僚意識
ではなかったかと私は思っています。だから拓銀に対して全く同情はしませ
ん。北海道経済は、八○年代以降、日本経済のバブルの波及効果を受け
て、観光産業を中心にずいぶん潤っていたことでしょう。みんな浮かれては
しゃいでいたんだろうと思いますね。

拓銀は北海道にとっていわば大蔵省であり日本銀行であったわけです。
八○年代以降の(全国的なレベルでの)官僚機構が腐敗堕落する姿とい
うものを、北海道においては拓銀が象徴的に演じていたわけです。本当は
拓銀だけでなく、道庁だって同様であり同罪なんだけれど、道庁は民間企
業ではないから潰れないわけですよね。本当なら道庁だって潰れてもいい
のです。北海道経済をここまでガタガタに追い込んだことについて、道庁(
=道官僚)の責任はきわめて重い筈なのです。

それともう一つは、拓銀が因果応報で責任をとらされるのは当然とは思い
ながらも、大蔵省もよくやるよなと言うか、住友とかさくらとか富士とか一勧
には何十兆円という莫大な公的資金をぶち込んで救済してやっているのに、
拓銀はスケ−プゴ−トのようにしてあっさり潰してしまったわけでしょう。都
市銀行の不良債権のバックにはゼネコンと不動産屋がいるわけで、政府は
赤字国債で調達した莫大なカネを金融安定化措置と称して銀行会計にぶ
ちこんで救済し、そして膨大な公共投資をやってゼネコンを助けているわけ
です。

潰れた北拓のバックには北海道の磁場産業があり、農家がいたわけです。
北海道経済にとっては中央銀行を失ったようなものですから、経済が瀕死
になるのは当然です。金が回らなくなりますからね。北拓が潰されたのは
仕方なかったかもしれないけれど、北拓を潰す権利が、大蔵省、お前らにあ
るのかよと言いたくはなりますね。

で、私が北海道知事ならどうするか。次のポストで考えを書いてみましょう。


四国人様、
遅くなりましたが応援ありがとうございます、これからも頑張ります。

千葉太様、
応援ありがとうございます。頑張ります。
じかん● Sat May 13 14:14:38 Japan 2000
おなまえ●じゅんこ
メッセージ● 秦太さま ごめんなさい
相変わらず、そそっかしい事で・・メールアドレスを写し間違えました。
正しくは、http://pws.prserv.net/umigame/でした。
じかん● Sat May 13 12:30:30 Japan 2000
おなまえ●じゅんこ
メッセージ● 千葉太様こんにちは
偉そうな事書いてますが、私も新参者ですよ。よろしく。

秦太様こんにちは
南西諸島についてのお話ですが、日経新聞にコラムを書かれている宮内勝典さんのホームページ
なんていかがでしょう。「海亀通信」といいますが、書き込んだ事はありませんがよく覗きます
http//:pws.prserv/umigame/
電子交差点のような言葉のネットワーク作りを作家一人の責任においてすすめたいとの趣旨で開設しています。東京在住のようですが、鹿児島が故郷の様で、南西諸島に対して強い思い入れが伺えます。いつも歴史とは無関係な事ばかり書き込んでいるのは私です、ご勘弁を。


じかん● Sat May 13 11:15:54 Japan 2000
おなまえ●四国人
メッセージ● 教えてください。

日本の歴史小説で東南アジア、インド、アラブなどの国をテーマにした小説はありますか?

ご存知の方、教えてください。

作家は問いません。仮にテーマにしてなくても、ある程度の部分が記述されているもので結構
でございます。

感謝、合掌。


じかん● Sat May 13 5:29:11 Japan 2000
おなまえ●千葉太
メッセージ● じゅんこ様
本当にありがとうございます!実は私、こういった掲示板に書き込むと言ったことはあれが初めてなのです。もちろんそのことにご意見をいただくのも初めて!とりあえず何か書き込まねばと思ったのですがどうしよう・・・。
とりあえず、じゅんこさんもお読みになっている司馬さんの本のことについて書かせていただきます。
私が初めて司馬さんの本に出逢ったのは高校の時で、試験後の暇な時間をつぶすために本屋に行き、これなら勉強に使えるかなと思って手にした「手掘り日本史」でした。その時は、あっ、失敗したと思い、長らくそのことを忘れていました。そして、司馬さんが亡くなった半年後ぐらいに、大学への通学時の暇を解消するために本屋に行き、そこで手にしたのは「翔ぶが如く」でした。それまで小説といえば、赤川次郎の笑えるミステリーぐらいしか読んだことのない私にとって、とても読みにくい小説でした。しかし読み終えた後、なかなか面白かったかな?と思ってからは次々とジャンルを問わず、司馬さんの本を読みあさっていきました。人様に胸を張って言えるほどのものではありませんが、今では司馬さんの残してくれたものは、私にとって先生であり、また自分自身の一部になっています。私の嗜好は少々偏っているので、今となっては司馬さんの本以外読んでいません。もしどなたか、そんな私に合うと思われる本や著者を紹介していただけたら嬉しいです。調子こいてるようですみません。
じかん● Fri May 12 20:00:06 Japan 2000
おなまえ●秦太
メッセージ● 北に南に・・・
masato様、お忙しい中ご苦労様です。
>すぐ近くの小川でエゾサンショウウオの卵を採ってきたりしました。
奥様のご実家の近くにサンショウウオがいる環境があるとは、素晴らしいですね。
私はあの妙な生き物が、なんとなく好きなんです。
脊椎動物としての自覚に欠けるブヨブヨの輪郭とか、絶対なんにも考えてないに違いないとぼけた顔とか、
なんか誉め言葉になっていませんが、お気に入りです。
残念ながら北海道に行ったことがないのでエゾは図鑑でしか知りませんが、
カスミとツシマは野外で出会った事があります。
卵嚢を取ってきたということは飼育されるんですね。水質管理や共食いが大変だと聞き及んでおります。
うまく育って、たくさん成体になるといいですね。

遼太の父様
>北海道の大自然以上に大きな価値を持つものはこの列島の中には他にないでしょう。
>並ぶものとしてわずかに京都の歴史資源があるくらいでしょうか。
私はもうひとつ、屋久、トカラ、奄美から沖縄をへて宮古、石垣、西表、与那国と連なる
琉球列島の自然環境を、是非とも挙げたいですね。
南西諸島の自然は、北海道のそれのように万人を一目で圧倒するようなものではありませんが、
多様性と希少性においては北海道の大自然に勝ると言って間違いはありません。
私はこの地域を何度か訪れたことがあるので、個人的に思い入れがあるんですが、客観的にみても、
もともと狭い面積のうえ、島ごとに非常に異なる生態系が存在しているので、たやすく失われる宝物です。
だから、多くの人にその本当の価値を理解してもらいたいと願わずにはおられません。

今回はおよそ歴史小説とは無関係の話を書いてしまいました。
次にお邪魔する時はちゃんと軌道修正しますから、ご勘弁下さい。
じかん● Fri May 12 19:38:43 Japan 2000
おなまえ●めぐみ
メッセージ● 遼太の父さん
札幌にいらしていたのですか。そんなに北海道をほめていただくと照れてしまいます。
私は生まれも育ちも札幌で、「愛道心」も人一倍強いと自負しておりますが、札幌の街並みのひどさにはがっかりを通り越して悲しくさえあります。北米に似た気候や自然、開拓時代にアメリカをお手本にした歴史などをふまえてニューイングランド風またはレンガ造りの街並み、からっとした夏に似合うような小粋な通りなど、なぜもっと内地から来るお客様を魅了する工夫ができないものかと思います。

でも北海道は今どん底です。青息吐息です。ここ数年すすきのも閑散としています。北海道人は大らかな面はありますが、意外に小心で依存的なんですよ。私は自分も含めて道産子の島国根性だと思います。AirDOはありますが、オリジナルな地場産業を作り出そうという覇気がなく、何とか国に助けてほしい気持ちが強いのです。

GWはまだ桜にはまだ早かったでしょう。桜はごらんになれましたか?
じかん● Fri May 12 11:34:17 Japan 2000
おなまえ●じゅんこ
メッセージ● 失礼しました。下のはじゅんこです。
じかん● Fri May 12 11:32:53 Japan 2000
おなまえ●
メッセージ● 千葉太様
はじめまして。

>よりよく生きることよりもよりよい状況で死ぬことを考えた方が、本当の意味でのよい人生をおくれるのではないでしょうか?

ここは、千葉太さんにとっての死生感ですよね。
死生感を持って生きるのと、持たずに生きるのとではおのずと生き方の質の違いとしてでてくるものと思われます。少なくとも、動物的にはならない。

生、老、病、死、仏教ではこれが人間の苦しみと解いています。考えれば生きて行くことは苦しみの方が多いかもしれません。苦しみの為に生まれてきたような解き方ですね。法の華等、いかがわしい宗教にのめり込む動機は人さまざまでしょうね。

古代から現代まで宗教の介在しない時代は無かったわけで、それほど人間は人間自体に絶望し、救いを神や仏を求めてきたのでしょうね。

宗教心は各人の精神の恥部にむすびついている場合が多いのではないでしょうか。周りのひとに告白をすることはとても勇気のいる事ですよね。しかし、それを暖かく受け入れ、他言をしなくて、解決の道へ導いていく、無償の慈悲を持って。これが宗教家としての本来の姿です。なかなかおめにかかれないわけで、そこで、たとえそれがいかがわしくても、それらしければ盲信した方が一種の幸福の自己陶酔にひたれる。

自分自身を生きる事からの逃避ですよね。

宗教家の中には自分達への反省をこめて、宗教界の人間の質の低下を叫んでいる人もいます。
檀家を回っているお坊さんの何人が、そこここで説法を解き、仏の供養に責任を感じてらっしゃるのでしょう。お経屋とか、葬儀屋お抱え坊主と呼ばれても仕方ない、一つの商売になっている寒々しい現状ですね。世襲制がひとつの原因とみていますが。

私事で恐縮ですが、閉所恐怖症の気がありまして、阪神 淡路の震災の時はTVで見ているだけだったのですが、圧迫死の惨状をこれでもか、これでもかと見せ付けられ身の凍る思いをしました。この死に方が今の所一番恐怖に近いものがあるわけです。反面、自殺以外は自分の死の状況を自分では決めれないわけで、好むと好まざるにかかわらずどんな死の状況をも受け入れざる得ない厳しいものです。たとえ、一番いやな圧迫死になったとしても(ならないよう祈ってはいるのですが)その末期、感謝の気持ちとともに、幸福感をもって迎い得ればとおもっています。
それは、よりよく生きることに結びつくものと想っています。

長くなって申し訳ありません。

神意と言う言葉があります。
神の意向と言う意味ですが、ややこしくとられ、又悪用される場合が多いのですが。

司馬遼太郎を読んで感じるのですが、彼の作品や精力的な活動を突き動かしてきたものは、とことん我を剥ぎ取った上で出てくる、後世への強い愛着と憂いなわけですが、愛着も憂いも深ければ深いほど限界が見えてくるようです。しかし活動せずにはいられなく、祈るような気持ちで居られたと思います。死に際もみごとでした。

深い祈りを込めて書く。

どんな立派な肩書きが付いた宗教家より、ややこしい宗教団体より神意を感じませんか。

じかん● Fri May 12 9:39:34 Japan 2000
おなまえ●遼太の父
メッセージ● masato様、

十勝ですか、いいですねえ。昨年GWに道東を旅したときに、帯広から入って然別湖とナイタイ高原牧場を回ろうとしたのですが、生憎雪が降ってきて、ホテルで足止めされてしまいました。次回は必ずその二つへ立ち寄ってみようと思っています。北海道は行くたびに「次はここへ行ってみよう」という新しい目標ができるところです。見どころが沢山あり、それが歴史的人工的なものではなくて自然に依拠したものであるために、季節の変化と見頃のタイミングがあり、二度三度足を運ばせることを促すんですよね。

それと、観光地でも決して観光客の期待を裏切らない素晴らしさと言うか、そういうものも感じます。その代表例が先に書きました大通公園の雰囲気であり、そして摩周湖の絶景ですね。摩周湖へは二度訪れて、一度目は濃霧で何も見えず、二度目の昨年はじめて姿を拝ませてもらいましたが、あまりの美しさに圧倒される思いでした。景観の美しさ、素晴らしさとして、やはり日本一の絶景ではないかと思います。北海道らしい雄大な大自然なんだけれど、日本人好みの流麗でコンパクトな稜線が完結的にきれいに一周していて、神秘的な湖面があり、中の島のポイントが絶妙のアクセントとバランスを添えている。ある種、禅宗の寺院庭園の芸術性を想起させるような風景であります。実に素晴らしい。

初めて法隆寺を見たときと同じ感動を私は覚えました。

北海道の自然は北海道経済にとって重要な観光産業の資源ですが、しかしそれ以上に、日本人すべてにとっての大事な大事な幸福の基礎資源に他ならないですね。一生懸命働いてモノを作ってそれを世界に売って生きて行くしかない日本人にとって、ひとときの癒しとやすらぎとよろこびを与える資産として、北海道の大自然以上に大きな価値を持つものはこの列島の中には他にないでしょう。並ぶものとしてわずかに京都の歴史資源があるくらいでしょうか。

最近はこちらではオンネト−がブ−ムになっていて、私も昨年行って、あの絶景(ブル−の湖面に映る雄阿寒岳の絵)に息をのんだ一人ですが、北海道は本当に広くて、オンネト−にせよ、カムイワッカの湯にせよ、そういう観光スポットライトがあたる場所が他にも次から次へと出てくるんじゃないかという期待感がしてきます。

そういう観光スポットライトのモデルチェンジにあわせて、六花亭などの新商品開発をうまく重ねてゆけば、北海道の観光産業もさらに発展してゆくことになるでしょう。あと、少し要求を出すとすれば、できれば札幌市街、繁華街をもうちょっと再開発できないかなという感じがしますね。福岡はキャナルシティを作りましたが、札幌もすすきのの伝統的な風俗と飲食のワンパタ−ンだけではなくて、もう一個所か二個所、魅力的な街のアクセントを付加的にデザインしてもいいのではないかと思います。
じかん● Fri May 12 4:44:59 Japan 2000
おなまえ●千葉太
メッセージ● 申しわけありません
初めまして、いきなり名前だけ書き込んでしまって失礼しました。しかし、皆さん真剣に書き込んでおられてすばらしい掲示板ですね。これひとえに管理人さんのご人徳でしょうか。(ごますり)

私も、ここ最近のニュースで多く考えさせられます。遼太の父さんが書き込んでおられる、法の華関連について意見を述べさせていただきます。信者の皆さんは、おそらく自分の健康に不安を抱き、その解決手段として多額のお金を納めていたのではないでしょうか?貯金の多い中高年の人々に、健康について自信があるという人少ないのは当然ですし、またそれを求めるなという方が無理があります。しかし、本当に求めているのものは、病苦や死のない生活、つまり快適かつ長い人生であるといえると思います。多額の納金をすることがこのことと結びつくとは思えません。たとえ結びついたとしても、金持ちの道楽ならわかりますが、病苦と死がないだけの生活が快適な生活といえるのでしょうか?おそらく、この現象のキーワードは死の概念であると思います。現代人は命の尊さを叫ぶあまり、死ぬということを忌み嫌いすぎているように思います。自分以外の死は、どうしようもないことで嫌なことではありますが、自分の死は、生と一本の線で結ばれている以上、ある程度設計することができます。ですから、よりよく生きることよりもよりよい状況で死ぬことを考えた方が、本当の意味でのよい人生を送れるのではないでしょうか?

以上長々と申しわけありません。遼太の父さんがんばって下さい、応援しています。
じかん● Fri May 12 3:33:09 Japan 2000
おなまえ●千葉太
メッセージ●
じかん● Fri May 12 0:04:16 Japan 2000
おなまえ●あやめ
メッセージ● 管理人さま
申し訳ありません。用があったわけではなく、もしかして書き込んでいらっしゃる誰かが管理人なのかなぁと少し疑問に思っただけです。今さらですが素敵なページに感謝! 特に最近どんな本を読もうか、と参考にさせていただいています。
じかん● Thu May 11 20:42:53 Japan 2000
おなまえ●masato
メッセージ● 管理人です。
あやめさま、何かご用でしょうか?
たまにしか書き込みしてなくてごめんなさい。何かと忙しい毎日で・・・。
掲示板は一日一回は覗いてはいるんですけど。

わたくし、北海道は札幌市に住んでいます。
遼太の父さま、北海道は楽しかったでしょうか?
札幌の大通公園は有名ですが、去年は側に住んでいたこともあって子供を連れて
たまに遊びに行ってましたよ。
今年のゴールデンウイークは妻の実家のある十勝に行って来ました。家の前まで
えぞ鹿が遊びに来ていたし、すぐ近くの小川でエゾサンショウウオの卵を採って
きたりしました。北海道は大好きです。



じかん● Thu May 11 10:01:56 Japan 2000
おなまえ●遼太の父
メッセージ● 少年犯罪についてのお話

「少年犯罪被害当事者の会のホ−ムペ−ジ」というものを見つけましたのでアドレスを記しておきます。

http://www4.justnet.ne.jp/~takatora/welcome.htm

掲示板があって、例の山口母子殺人事件のことが議論されています。この事件もショックでしたが、心に残ったのは、18歳の少年に妻と娘を残忍な手口で殺されたご主人の男性が訴えていたことです。思い出すと胸が詰まってきますが、無期懲役判決を出した現行の司法制度への絶望を率直に表明し、裁判官を批判し、そのうえで「控訴はしない、裁判所はただちに少年を釈放せよ、私の手で殺す」とはっきり断言していましたね。「自分の手で妻と娘を守れなかったことが本当に口惜しい」と言っていたことも記憶に残っています。

久し振りに人の発する言葉に心から感動した経験でした。いい男だなと思いました。こういう男がいたことに救われる気がしたし、テレビの前で彼の言葉を聞きながら、「そうだ、そのとおりだ、よく言った」と思いました。そう、あのエイズ薬害事件で出てきた川田龍平君を思い出しましたね。本当に偉大な、尊敬すべき、人の心を感動させる、世の中を変えてゆく人間というものは、逆境に突き落とされた底辺の無名の市民のところから出てくるのだ、とそういう感じがしました。

彼はこれから一人で少年に対する復讐を準備し実行しようとするのでしょう。私は彼を支援してあげたいと思うし、復讐を成功裏に終わらせてあげたい、そしてそのうえでの逮捕後の彼の法廷陳述を見守りたいと思いますね。私が彼の主張を支持するのは、そうする以外に正義が実現される道がないからです。このことは重要なことだし決して他人事ではないんですね。社会の正義を守るのは社会に生きるわれわれ一人一人の責務であるということです。

もしも彼が本当に仇討ちを果たせば、それは日本の司法制度を根幹から揺るがす大事件ということになるでしょう。法治主義が否定されることによって逆に正義が守られるというパラドックスがたちあらわることになります。法治国家以前の江戸時代的状況に還るという事態になります。

しかし本来、刑法も裁判所も、司法制度なるものはすべて、市民社会の正義を守り正義を実現するためにあるものなのであって、正義を守るための手段であるはずなのです。いかに法治主義と言っても、法そのものが自己目的的に市民社会に超越して存在しているわけではありません。この裁判官は判例にとらわれて判断を誤りましたね。判例ではなくて人間の常識と正義に依拠して
法を解釈し判決すべきでした。

正義は裁判官の判決の中にではなくて、彼の司法批判と復讐宣言の中にこそあります。
じかん● Thu May 11 0:03:57 Japan 2000
おなまえ●泰平
メッセージ● 秦太さま
はじめまして。名前ほんとに似てますね。よく僕宛の郵便物に
「泰平」でなくて、「秦平」と来る事があるんですよね。
こうやって両者を比べてみてもわかんないですよね。

えぬのさま
はじめまして。メディアが「話をつくる」ことで、虚実をみせて、
視聴者から感動や、同情、共感なんかを得ようとすることは、
ほんと愚劣きわまりない行為だと思いますヨ。
そういうのは、絶対に許せないですね。

遼太の父さま
少し、感情的になり過ぎかとは思いますが、僕も2人の17歳
については同意見であります。
だいたい僕も今17歳ですが、ああいう人たちのせいで、
僕を含む全国津々浦々の17歳の若者全員がああいう人たちと
同類とみなされるのは、我慢なりません。
今現在の少年法は改正するべきだと思います。

以前にも紹介した小林秀雄の「無常ということ」は、ほんとうに
歴史を学ぶ者にとっては是非とも読んでもらいたいものです。
歴史を単なる史実の連なったものとみること、つまりは唯物史観
としてとらえると、それは、人の存在はなく、生命感も感じられ
ない蒼ざめた思想になってしまいます。
歴史とは、思い出すものであって、記憶するものではありません。
つまり、歴史は、つめこんだ知識によって解釈するという、記憶
するものではなくて、合理的な解釈を排除して、不変で本質的な
存在に向き合うという、思い出すことなのです。
現代人は、本質に向き合うことによって動物的な状態から脱し、
生きていることを確認できるような充実した時間を持つことが
必要だと思います。
無常とは人間の置かれる一種の動物的状態、変容する不確かな存在、
本質を見失ったような状態であると思います。
対となる、常なるものとは不変で確かな本質的存在とみることが
できると思います。
やはり、物にあふれている時代は、いい側面もあれば、悪い側面も
あるもんなんですね。
じかん● Wed May 10 23:34:50 Japan 2000
おなまえ●あやめ
メッセージ● たびたび失礼します。ところでここの管理人さんは、どなたでしょうか。書き込んでいらっしゃる方ですか?
じかん● Wed May 10 23:32:40 Japan 2000
おなまえ●あやめ
メッセージ● 遼太の父さま
少年犯罪について、一部同感です。母の受け売りでもあるのですが私が不思議だと思うことは、加害者の人権は少年法とかで守られるのになぜ被害者の人権は守られないのだろう、と言うことです。小学生の子供などが殺されたりすると、学校、近所、そしてお葬式まで深刻そうな顔をして踏み込んでいきますよね。まぁ、それは人権とか法律の問題ではなくマスコミのモラルと言う分野かもしれません。この間のバスハイジャック事件で傑作だったのは事件が進行している間各テレビ局は何とか犯人の顔を報道しようとものすごいスローモーションの映像を流したりしていました。ところが犯人が17歳の少年だとわかったとたん、犯人の顔はモザイク…。なんだかおかしかったです。笑ってしまいました。
じかん● Wed May 10 18:12:48 Japan 2000
おなまえ●えぬの
メッセージ● 泰平さま

これは、某CFディレクターが、ドキュメンタリー作家(映像の)から”聞いた話”として話していたことなんですが、あーいった映像ドキュメンタリーも、編集いかんでいくらでも「話をつくる」ことができるそうです。カメラの被写体のなまの感情を、編集することで全く違う意味合いの感情にすり替えることとか、雑作もないみないな。
考えてみれば当たり前に思えることだけど、歴史小説よりははるかに虚構が少ないと思えるドキュメンタリーですら、そうなんだそうです。
そういえば、写真とかも、構図のとり方で、伝わる内容が全く変わっちゃいそうだし。

そうそう、司馬遼太郎の文庫版「十一番目の志士」という小説の解説の件にも、そんなエピソードがありました。>秦太さま
じかん● Wed May 10 15:32:24 Japan 2000
おなまえ●遼太の父
メッセージ● 法の華のお話

法の華三法行の福永逮捕劇を見ながら思ったことですが、詐欺にあって何千万円も金を騙し取られた被害者がたくさん出てくるのですが、よく理解できないと言うか、(お気の毒ではあるんでしょうが)何だかあまり同情できない気分なんですね、私は。普通の常識で考えたらあんなも
の詐欺だということはすぐに分かるでしょうし、仮に間違って一回騙されて何十万円か取られたとしても、そこですぐに気がついて罠から抜け出す筈なんですね。なんで被害者たちが「頭とった」とか「最高」とか言いながら福永に金を貢ぎ続けたのか(今でも続けているのか)わかりません。

被害を受けた人たちというのは、重い病気で苦しんでいる人とか子どもが障害で苦しんでいる人とか、普通に考えれば生活に余裕のない、つまり金を持たない人たちのはずで、数百万円などという大金はとんでもない金額だったと思うのですが、それをいとも簡単に福永に手渡して納得していたというのもサッパリ話がわかりません。だいいちあの福永の顔を見れば、あの男が善人の宗教家か悪人の詐欺師かぐらいすぐに検討がついてもよさそうなものですが、あの顔を見て神様だと思ったのでしょうか。

思ったことが二つありましたので取り敢えず書きますと..。

一つは、そうした自分や家族の深刻な病気の悩みを持っている人が、問題解決に向けてよく相談できる環境を持てていないのではないか、ということです。家族とか親戚とか近所とかにそうした問題をよく持ち寄せられる場がなくて、一人で追い詰められているのではないかということ。それから、あるいは主治医との間のコミュニケ−ションがうまくとれていない、症状や処方や治療について医者との間で信頼関係ができていない、医者の方が冷たくあしらっているようなケ−スも多いのではないかという問題を想像させられました。本来病院サイドでよくカバ−されてしかるべきメンタルケアのところがが疎かになっていて、その代償(話を聞いてもらうというところから始まって)を宗教に求めたのかしら、ということです。

しかし、もし仮にそうであったとしても、本来ならはそこでもうちょっとましな新興宗教団体が、たとえば創価学会とか天理教とかが出て来て然るべきなのに、彼らのような安全な宗教団体がそうした需要(病気で苦しむ人たちの宗教的救済)をカバ−して然るべきなのに、何でいきなり法の華なんだろうという思いが残ってしまうわけですね。昔は病院へ行ったら病室で南無妙法蓮華経を唱えている熱心な学会信者のお婆さんとかがいっぱいいたものなんですが、最近は少なくなったのかも知れません。そういうことを考えました。

もう一つ思ったのは、前から言っている日本人の一般的痴呆化の問題です。どう考えても、あんな見え見えの詐欺に簡単に騙されて大金を取られるのはおかしいと思うわけです。あの渋谷の化粧品のキャッチセ−ルス詐欺に簡単に(繰り返し)引っ掛かる10代の女の子と同じパタ−ンじゃないかと思うのですね。渋谷交差点のキャッチセ−ルスは有名で、誰でも知ってるし、すぐに分かる。でも次から次に毎日若い女の子たちが引っ掛かる。よく考えればとても不思議な現象であります。

「宗教はアヘンである」という有名な言葉を残したのはマルクスですが、どんなに共産主義が嫌いな人でも、この格言に三分の理は認めてしかるべきでしょう。現代の日本では、とりあえず宗教と聞けば何か怪しいものじゃないかと思って疑うのが当然の態度であるし、自分の近くに宗教団体なるものが近づいてきたなら、これは危ないかもしれないと思って自己防衛を図るのが普通のあり方でありましょう。何で簡単に引っ掛かってアヘン漬けになってしまうんでしょうね。痴呆化というふうにしか理解できないわけです。
じかん● Wed May 10 11:49:30 Japan 2000
おなまえ●遼太の父
メッセージ● 17歳のお二人についてのお話

3日の夜に札幌のホテルに入って、さて北海道新聞は憲法記念日についてどう書いているだろうかと社説を見たわけですが、朝日新聞よりよほどいい内容の事をしっかりした筆致で書いていました。論憲は結構だが、論憲に際しては、国民主権、基本的人権、戦争放棄の三原則の前提を忘れてはならないという主張でしたね。

旅をしたときいつも思うことですが、社説にせよ記事にせよ、政治的な問題を扱ったものでは、朝日などの中央の新聞よりも地方紙の方が報道のクオリティが高いということです。仙台の河北新報、神戸の神戸新聞、高知の高知新聞、愛媛の愛媛新聞。読んでいて「いいなあ」と思わされることが多いんですね。

それで北海道新聞を読みながら一安心してホテルのテレビを点けたら、例のバスジャック事件をNHKが中継していまして、私の北海道黄金連休はこの事件から始まることとなった次第でした。

それにしても、こういう腹立たしいニュ−スばかりが増えて本当に気分が悪いと言うか、..佐賀の17歳に対しても愛知の17歳に対しても同じですが、私の本音を言えば「構わないから裁判なしで即処刑せよ」ですね。全く同情の余地はないし、彼らの人生について関心もありません。もしここが日本ではなくて、たとえばイランとかアフガニスタンとか、そういうイスラム原理主義の国だったらあの二人の少年はどうなっていただろうかと思います。実際のところはよくわかりませんが、厳しいイスラム法の原理に従って公開処刑になる可能性が高いのではないでしょうか。場合によっては殺された側の家族が刑の執行人を務めるというケ−スもあるかもしれません。

私もかつてはそういう考え方は微塵もありませんでしたが、最近はイスラム法的、ハムラビ法的なプリミティブな刑法原理の方が、今のようにやたら犯罪者を保護して救済しまくる(そして犠牲者や被害者の側をのみ不当に苦しめる)近代刑法とその運用よりもはるかに人間的で本質的で効果的なのではないかというふうに思うようになってきました。「一度人を殺してみたかった」とか「動機は話したくない」とか、全く「ふざけるんじゃない」と顔を張り飛ばしてやりたいですね。

こういう連中に対して、わざわざ手間をかけて収監して飯を食わせて面倒見てやったり、高い費用払って国選弁護士をつけてやるのは税金の無駄遣いだと思うし、何もこういう連中に無理に更正してもらって社会復帰してもらわなくても、今は大量失業時代で労働力はあり余っているではありませんか。生かしておいても害になるばかりだとしか思えません。

こういう事件が起こったとき、「少年の心の中で何があったのか」とか、「今の社会に問題がある」とか、マスコミはすぐにそういう話をおっぱじめて、精神分析の先生がテレビに出てきて意味不明の理屈を披露するのだけれど、何でそういうふうに加害者の側にばっかり配慮して、犯行の必然性を無理に理屈づけて認めてやるような議論にばかりなるのだろうと、私は不思議で腹立たしく思います。そんな年があと3つ上だったら、許すべからざる凶悪犯で終わりなのに、何でたまたま17歳だからというだけであんなにちやほやしてやらなくてはいけないのか。動機とか家庭事情とか、そんなものは大事なことじゃない。大事なことは犯行の卑劣さと冷酷さでしょう。

甘すぎる。

実名も顔写真も学校名も公開すべきだし、親(保護者)の実名も職業も全部公開してもいいでしょう。むしろ親ならば、責任を感じているべき親ならば、堂々と世間の前に出てきて頭を下げて、唾を吐かれようと石を投げつけられようと、世間の非難を一身に浴びて然るべきではありませんか。親は社会から罵倒されて当然だし、われわれ社会は本人と親を厳しく責めて当然のはずなのです。それは単なる非難や攻撃や苛めではなくて、自分自身への自戒を意味する行為なのです。自分が同じことをすれば今度は自分が同じ目にあうということの自覚ですね。

刑法の死刑規定というものは原理的に明らかに復讐法だし、予防法です。原理的には前近代的な伝統の法原理であります。そういうものは消えてなくなった方がいいのだけれど、それを残しておかなければいけないほど、いまの人間というのは未熟だということなんですよね。死刑規定の恐怖によって殺人者予備軍を威嚇し犯行を予防しているわけです。いま日本社会に無数にいるであろう愛知佐賀17歳殺人少年の予備軍を恐怖させるために、少年法をすみやかに改正して、現刑法の死刑制度を有効に活用する必要があります。

教育も啓蒙も有効でない人間に対しては恐怖で秩序に従わせるほかないということですね。やむを得ません。法とはそういうものです。法というものはいつの時代でも社会の必要悪なのです。太古の昔から人類が死滅する未来まで、社会の必要悪的存在として機能し続けるものなのです。外科医が患者の人体の回復のために患部を切除手術するように、法を司る者は刑法というメスを執って社会全体のために外科手術をしなければいけないということです。優秀な外科医が早く執刀すればいい。

20年前に法学部を優秀な成績(?)で卒業した遼太の父
じかん● Wed May 10 9:41:50 Japan 2000
おなまえ●遼太の父
メッセージ● 北海道を旅したお話

連休は道北を旅してきました。3日の夜に札幌に入り、クルマを借りて4日の朝から稚内を目指して北上。5日はまた南下して札幌にステイ、6日夜の便で東京に帰って参りました。北海道を車で走るのが最近の私の趣味になっています。昨年のGWは道東でしたので今回は道北を選びました。北上のときは天塩川沿いの、そして南下は日本海沿いのル−トを通ったのですが、やはり素晴らしいですね。空が広く大きく、車窓から見える大地の風景がどっしりと動かなくて、本当にいい気分にさせてくれます。残念だったのは海霧のために利尻がよく見えなかったことで、もう一度来なくてはいけなくなりました。

6日はいちだんと天気がよくて、支笏湖から美笛峠を越え、さらにオロフレ峠を越えて室蘭から千歳へ抜けたのですが、支笏湖畔の丸駒温泉の露天風呂は展望が抜群でした。連休中でも札幌からわずか1時間でああいうところへ行けるんですね。実に羨ましいかぎりです。もし同じ時刻に東京から奥日光の中禅寺湖へ行ったら一体どうなることでしょう。湖畔まで辿り着くのに4時間はかかりそうな気がします。大都会の札幌からわずか半時間か1時間で道南の大自然の環境の中に体を浸すことができるわけです。路端では車を停めて山菜を採っている人がたくさんいました。

4日間の走行距離は1千キロを超えました。満足です。北海道ではレンタカーで走行400キロを超えると1キロにつき20円という(意味不明な)超過料金を取られるようです。これは少し不満です。北海道へ来ていつも思うのは、人が自然で楽しそうに歩いていること。鬱屈した態度や言動の人間に出会わないことです。東京とは違う。

たとえば大通り公園。設計的にも規模的にもエンタ−ティンメント的にも非常にいい公園ですが、みんな楽しそうにしていますね。半分は観光客なんでしょうけれど、観光客だけが楽しそうにしているのではなくて、地元の札幌市民たちもそこで楽しんでいる。これが実にいい雰囲気なんですね。解放された楽しい気分になります。これから何を食べようかとわくわくしながら時を過ごす場所ですね。

4日の夜は稚内の噂のレストラン、ラ・セ−ヌでフレンチを、5日の夜はすすきののだるまで豪快なジンギスカンを食しました。それから5日の昼に馬毛の寿司屋で鮑の刺しを2500円で食させていただきましたが、これはなかなかのものでした。東京に限らず鮑一個丸ごとをこの値段でというのはなかなかできない贅沢であります。稚内のラ・セ−ヌは評判どおりの絶品のお料理のお店でした。稚内にいらっしゃったらぜひ一度お立ち寄りになってみて下さい。おすすめします。

北海道観光協会無賃宣伝員の遼太の父からのご報告でした。
じかん● Wed May 10 4:11:01 Japan 2000
おなまえ●秦太
メッセージ● おやおや、よく似たお名前の方がいらっしゃってますね。
泰平さま、はじめまして。秦太と申します。
もっとも、あなたは御本名のようですが、私のは本名と無関係のペンネームであります。

歴史小説と歴史、作家の主観と歴史学の定説、虚構と史実、などの関係は、
歴史小説の読者がしばしば戸惑うところですね。
私は専門的に歴史を勉強したことのない素人歴史ファンですけれども、史実と思ってしたり顔で
他人に話した内容が小説の虚構だったりした時などは、やはり相当こっ恥ずかしいものです。
プロの作家や学者でも時々これをやっちゃうことがあるわけで、
ある大変高名な歴史作家二人の対談を読んだんですが、
対談相手の小説の架空の登場人物を実在すると思って話しをしていて、本人から
「あれは私の創作した人物なんだけどね」と突っ込まれるという微笑ましい(?)一幕がありました。

一口に歴史小説といっても作風は様々です。
吉村昭さんのようにストイックなまでにフィクション性を排し、史料に無いことは極力書かない作家もあれば、
田中芳樹さんのように「歴史小説の存在意義は魅力的な虚像をつくること」と言ってのける人もいます。
しかしその作品が小説を称する以上は、内容が歴史そのものとは当然異なると思っておいた方が良いのでしょう。
また、その違いこそが作家の腕の見せ所(のひとつ)でもあるわけで、
同じ人物や事件を扱った別の小説やノンフィクションを読む際の楽しみにもなりますから。

じかん● Sun May 7 22:24:35 Japan 2000
おなまえ●しが
メッセージ● 泰平さま
>歴史小説を読んで、それを書いた人のものの見方を鵜呑みにするのではなく、自分の力で調べて歴史の本質を見いだしたいのであり、歴史小説はひとつの参考程度に見ておくべきだと思うのです

ちっとも変じゃありませんよ。むしろ、歴史を真剣に学ぼうとするのに大変重要なことだと思います。小説には、読者の興味を惹き付けるために歴史の捻じ曲げが起こったり、著者の私的感情が入ったりしています。あくまでもフィクションとして読むほうが良いと私も考えています。

え〜とそれから、私はもう大学生ではありません(^^)。お恥ずかしながら大学院を修了して二年になります。歴史で食べていこうと考えてどえらい目にあってます(自業自得ですけどね)。
専門が日本史なので参考になるかどうかわかりません、判る範囲であればお答えいたしますよ。
じかん● Sat May 6 22:40:50 Japan 2000
おなまえ●泰平
メッセージ● あやめさま
勘違いしちゃってすみません。でも、やはり、英文学をするにせよ、歴史を
学習することが必要なんですね。
あれだけ本を読む時間がないと言っていながら、今日本屋に行って歴史書を
三冊購入してきました。あなたのオススメの塩野七生さんの「ローマ人への
20の質問」、江村洋さんの「ハプスブルク家」、小林章夫さんの「イギリス
王室物語」です。今、塩野七生さんのを三分の一程度読み終えたところです。
この人の文章は今まで読んだ事がない特殊なものですね。かなりローマ人に
対する想いがつよく、読んでてローマ人的史観で書かれてるところがほとんど
なんですよね。つまりは、一方的すぎるものの見方や考え方をしていると正直
思いました。まあ、それがこの人のいいところなのかもしれませんしね。
今現代文で、小林秀雄さんの「無常ということ」を読んでいるのですが、僕
なりの解釈では、現代は物中心の合理的な歴史観でしか、歴史を解釈できない
ような状態に陥ってしまっていて、合理的な解釈は、どのような歴史的事実でも
一見うまく説明する力を持っているように思われる。しかし、合理的に歴史を
解釈したのではなく、歴史そのものの姿、美しさに自分自身で近づこうとした
とき、史実そのものの本質が見えてくる。
ここから僕は何を言いたいかというと、歴史小説を読んで、それを書いた人の
ものの見方を鵜呑みにするのではなく、自分の力で調べて歴史の本質を見いだし
たいのであり、歴史小説はひとつの参考程度に見ておくべきだと思うのです。
変でしょうか?僕は少なくともこう考えています。

しがさま
はじめまして。大学についての情報を教えてくださり、ありがとうございました。
んー、確かに歴史をただ暗記すればいいと思っている人は、実際僕の周りにも
たくさんいます。ただ、上でも述べた通り、少なくとも僕はそんな甘い考えで
歴史と向かい合ってはいません。しかし、歴史をただ暗記すればよいものと考え
る人がたくさんいるというのは、本当に悲しい事実です。
今大学生なんですか?またいろいろと、大学における歴史の研究について、教えて
ください。

えつさま
はじめまして。まだ、受験生という修羅場におかれている泰平です。
考古学ですか、いいですね。考古学はロマンあふれるいい学問だと勝手に思ったり
しています。考古学と聞くと自然とインディージョーンズが浮かんでくるのは
僕だけでしょうか?また、いろいろとお話聞かせてください。

あー、ほんとここの掲示板は最高ですね。僕も、大学に行って軌道に乗れば、
「世界史の部屋」なんてものを開設しようかなと、最近おもったりもしています。
つくったらみなさまにもおしえますね。
ところで、僕の学校のホームページのアドレスのしときます。
「富高の杜」っていって地元では結構メジャーですよ。暇があれば僕がどんな
学校に通ってるのか見てみてください。感想などあれば、この掲示板を通すなり、
下記記載の僕のメールに送るなり、とにかく何か聞かせてください。
「富高の杜」 http://www.tomikou.net/
「僕のアドレス」 yasuhira.10-08@mc.neweb.ne.jp

前回の答え 「ジンジャントロプス」

最近、世界史のほかにも地学に興味を持っています。地学の授業はほんと
楽しいです。では。 
じかん● Sat May 6 18:37:57 Japan 2000
おなまえ●しが
メッセージ● えつさんはじめまして、しがと申します。
実は私も、大学の時は歴史時代(しかも日本近世史)が専門だったのですが、大学院に進学してから考古学の徒になってしまいました(でも、修論は近世史)。発掘のアルバイトもしてましたし、今も調査員を目指しています。因みに現在は地質学にも興味を持ってます。
私の経験から言えば、歴史時代と考古学の両方を学ぶことは、歴史に対する視点の幅を広げることになると思います。どちらか一方だけでは、どうしても偏った考えを持ちやすいからです。ですから、考古学を勉強しながらも歴史時代の興味を失わないことは、大変素晴らしいことだと思いますよ。(すみません、勝手なことを書きまして。あまりにも親近感が湧いてしまったものですから・・・)

泰平さま
私は日本史が専門だったのですが、時代の区分などは教える教授や、研究成果の進展によって大きく変わってきます。また研究についても一つの事件を題材とするより、大きく時代をまたぐものが多いです(私の場合は、日本仏教史が専門で、古代から近代まで一通り習いました)。研究テーマのことだけでは研究に厚みがでませんし視点も狭くなってしまいます。高校まで勉強してきた「歴史」の常識を思いっきり否定されるかもしれませんよ。大学で学ぶ歴史研究は、それまでの暗記の歴史とはまったく異質なものですから、頭を柔軟にして臨んだほうがいいと思います。

遼太の父さま
私の受験の時も、天声人語が試験に出るということでうちの新聞が朝日新聞に代わったことがあります(ぜんぜん読まなかったけど)。おかげで長文読解や小論文は今でも苦手です。
じかん● Sat May 6 14:31:29 Japan 2000
おなまえ●えつ
メッセージ● はじめまして。私は大学三年のえつです。学校では、史学科で考古学を学んでいます。実は去年までは日本史専攻でしたが遺跡発掘に興味を持ち、専攻をかえました。しかし、相変わらず歴史が好きで特に興味があるのは近世です。最近歴史小説を読むようになったばかりですが歴史小説では、司馬遼太郎先生の作品が好きです。前から興味はあったのですが、『燃えよ剣』を読んで以来ずっと新選組にハマってます。あと、池波正太郎先生の『堀部安兵衛』も良かったな−。感動して泣きました。本を読んで泣いたのは遠藤周作先生の『女の一生』以来です。『女の一生』は、母にすすめられて読んだ本で、知ってる人も多いと思いますが、キリシタンの弾圧の話でした。歴史上の人物とかの内容ではないのですが、弾圧がどの程度のモノだったのかが史実にもとずいて書かれていて、よかったですよ。

じかん● Fri May 5 23:11:50 Japan 2000
おなまえ●あやめ
メッセージ● 遼太の父さま
天声人語は、言葉の追いかけっこになってますよね。私は会話でよくそういうことをしているので読む分には好きなのですが、国語力をつけるとか世間のことを知るという目的にはあまり適していませんね。5/3の朝刊、まだ読んでいないのですが、早速読んでみようと思います。
泰平さま
ごめんね、私は英文学専攻です。と言うか、そのうち言語学に進むつもりです。ので、世界史関係ではありません。イギリスのことですが、1066年のノルマンディー公ウィリアムの上陸あたりからを中世として見ていくようです。いずれにしても私の勉強は英文学をする上での予備知識とゼミのテーマであると言うだけなのであなたのほうがよほど詳しいでしょう。
じかん● Fri May 5 12:45:37 Japan 2000
おなまえ●泰平
メッセージ● あやめさま
こちらこそはじめまして。アドバイスありがとうございます。勉強に支障が
でない程度に読んでいきたいとおもいます。あやめさまは今大学一年生ですよね。
もしかして、世界史を専攻されているんですか?僕は大学における史学の研究
過程がいまいちつかめないんです。どのようなものなのか具体的に教えて
もらえませんか?イギリスからとはやはり、アングロサクソン・ヘプターキー
時代やエグバート王・アルフレッド王やクヌート王、ノルマンディー公ウィリアム
の治世などからはじまるのですか。へースティングスの戦いとかすごく興味が
あるんですけれど・・・。
実はまだ高校にはいってから世界史の本は5冊しか読んでいないんです。
「三国志」はあたりまえですが、他に司馬遼太郎の「項羽と劉邦」、中島敦の
「李陵・山月記」、本田創造の「アメリカ黒人の歴史」、川北稔の「砂糖の世界史」
以上です。ほんとに本を読む時間がないんですよねぇ。

僕は今現在、吹奏楽部に所属しています。結構、音楽からもいろんな歴史に
関する事を味わえるもんですよ。ちなみに僕はトロンボーンを吹いてます。
七月二十九日に全日本吹奏楽コンクールというのがあるんですけど、今はそれの為に
毎日がんばっています。課題曲と自由曲があるんですが課題曲のほうは柏崎真一
作曲の「をどり唄」、自由曲のほうはR・グリエール作曲のバレエ音楽「青銅の騎士」
を演奏することになりました。
すみません、まったくの余談でしたね。

ところで、この掲示板ではなぜ「・・・さま」としているのですか?疑問です。

前回のQの答え「マルドゥク神」
マルドゥク神はバビロンの神て゛ハムラビ王に「ハムラビ法典」を授けたと
いわれる神がシャマシュ神です。

Q:イギリスのリーキー夫妻がオルドヴァイ峡谷で発見した猿人は?

<yasuhira.10-08@mc.neweb.ne.jp
↑は僕のメールアドレスです。よかったらなんか送ってくださいな。
歴史(世界史)のお話や個人的なことまで大歓迎ですわ。
じかん● Thu May 4 23:54:16 Japan 2000
おなまえ●あやめ
メッセージ● 泰平さま
はじめまして。世界史受験ですか。ついこないだまで私もやってたのに、忘れてきてしまった…。このページは日本の歴史に関する小説のページだからあんまり読めないかもしれませんが、時間があったら世界史関係の歴史書小説も読んでみてください。私が好きなのは、塩野七生さんと、藤本ひとみさんで作品です。ついでに言わせていただくと、同じヨーロッパでも場所によって「中世」の幅は全く違います。大学に入ってから特にイギリス中心に勉強はじめたのですが、本当に驚きました。では。
じかん● Thu May 4 20:21:35 Japan 2000
おなまえ●泰平(やすひら)
メッセージ● 初めまして。今、現役受験生の泰平です。男十七歳、これからですよ。
僕の名前って読めない人が多いんですよね。
  泰平の 眠りを覚ます 上喜撰 たった四杯で 夜も寝られず
みなさんご存知だとは思いますが、上の詩句は黒船来航の民衆の恐怖を
風刺した見事な詩句です。僕の名前がいきなり出てきてますよね。もちろん
これは「やすひら」と読むのではなく「たいへい」とよむのですが・・・

僕は大の歴史好きです。ただ、今日本史をとっていないので、日本の
歴史に関して言うと、あまり知識は豊富ではありません。
現在僕は富山県立富山高等学校に通っていて、もちろん文系です。
僕は世界史が大好きで(もちろん日本史も好きです。)今いろいろと
学習中です。この「歴史小説の部屋」を初めて読ましてもらって、永井さん
等の作品を読みたくなりました。しかし、今読書に割り当てる時間
は皆無です。残念ですが、大学に行ってから読もうとおもいます。

僕は大学へ行って、西洋史、殊に中世ヨーロッパについていろいろと
研究したいとおもっています。
教皇インノケンティウス三世のときの教皇権が最盛だったころや、
ボニファティウス八世からの教皇権の失落、アナーニ事件を契機とした、
「教皇のバビロン捕囚」や十字軍、特に第三回のフリードリヒ一世
(バルバロッサ)とリチャード一世(ライオンハート)とフィリップ二世
の遠征などなど。

他に、古代ローマ史や近代の絶対主義以降や、四大河文明や中国の
三国時代やフン族(西匈奴)の西方進出からはじまった、ゲルマン人
やノルマン人の大移動やアーリア人の移動なども、調べてみたいです。

Q:第一バビロン王朝の主神はだれでしょう?

じかん● Wed May 3 15:07:58 Japan 2000
おなまえ●遼太の父
メッセージ● 私たちが受験生の頃の話ですが、天声人語が国語の長文読解の標準出題模範テキストみたいに扱われていた時期があって、受験生のいる家庭は朝日新聞を購読せよ、みたいに言われていたことがありました。隔世の感がありますね。

いまの天声人語は日本語の文章としてかなりひどいシロモノです。ひどいと思いますね。国語的な文章のセンスが全然ない。内容も独立したコラムをじっくり読ませるという感じではなくなって、社説の補完のようなものになってしまっています。社説、天声人語、読者の声、が三位一体で編集されていて、社説と天声人語がほとんど区別がつかなくなってきました。

そして社説に比べると文章が雑で幼稚で未熟で、これが朝日の記者が書く文章かと思うようなものにしょっちゅうでくわします。新聞のコラムとしては、日経新聞の春秋の方が天声人語よりも
クオリティが高いのではないかと思います。現在の春秋の方が昔の天声人語の雰囲気をよく出しているのではないでしょうか。

天声人語のクオリティが落ち始めたのは80年代に入ってからでした。天声人語だけでなく政治面を筆頭に朝日新聞全体のクオリティが落ち始めたのも80年代からだと思いますね。日経はさほどクオリティを落としてないのに朝日がどんどん落とすものだから今のようになりました。おそらく朝日新聞も政治家や官僚の息子を率先して入社させているのでしょう。二世化しているのでしょう。目に見えるようです。

がとりあえず、今朝(5/3)の社説はなかなかよい出来栄えでした。憲法記念日特集の社説です。憲法改正の動きに対して反対の立場を明らかにしていましたね。よく考えを練って、朝日新聞としての立場を思いきって書き出したなかなかの文章でした。評価できる内容と言えます。

今日は憲法記念日。

私は私なりの政治的予想を立てていて、現憲法が定めている手続き(国民の直接投票で過半数)に則っての改正というマイルドな方向にはきっと行かないのではないかと考えています。直接投票で改憲賛成票を過半数取るというのは難しいでしょう。もしも国民投票で否決されれば当分憲法改正発議はできません。改憲派にすれば一発でそれを成功させなくてはいけないわけです。そこまで踏み切れる保守政治家は今の自民党の中にはいません。せいぜい解釈改憲の漸次的積み上げがやっとでしょう。

想定されるのは、東アジアに何か緊急な異常時が起こって、例えば台中が戦争状態に入るとか、北朝鮮が韓国に攻め込むなどという緊急事態が起こって、米国政府が日本に対してすぐに日本国憲法を改正せよという指示が下りてきたときではないかと思っています。外の事情で外からの要請でそれを変えるんだろうと思いますね。つまりペリ−の黒船による威圧外交によって幕府が300年の祖法であった鎖国政策をひっくり返したような、そういうパタ−ンになるのではないかと思っています。
じかん● Wed May 3 14:10:06 Japan 2000
おなまえ●じゅんこ
メッセージ● S水様

>無意識に「能」を思い描いていたような気がします。

>義満の時代に近ずけるかも、、、、

金閣寺、鼓、笛の音、義満、能、ここまで来ると花伝書、世阿弥の「風姿花伝」に行きますね。
随分前から読んでいますが、深いので何度読んでも新しい発見があります。
と、言うより少しずつ理解できるようになって来たようです。

当時の能は今のように能楽堂で演じられるのではなく野外だったそうですが、現在では野外の能は夜間の薪能が中心みたいですね。幽玄の世界に一度浸ってみたいのですが、育児中の苦肉の策の名残とはいえ、浴室に本や酒を持ち込む行儀の悪いおばさんには、世阿弥さんから「資格なし」と一喝されそうですね。

「秘すれば花、秘せねば花なるべからず」はとても有名ですし好きですが、最近は「時分の花」という言葉に趣きを感じます。まぁ、都合のいい解釈をしているだけですが。

じかん● Tue May 2 22:06:51 Japan 2000
おなまえ●S水
メッセージ● じゅんこさんへ
>私の脳裏には漆黒の闇の中、金閣と鏡湖池が鼓の音と共に浮かびあがり
そうなんですよ。僕もなぜかライトアップされている金閣を見ていると鼓の音が聞こえてくるような錯覚を憶えました。あと笛の音も感じたことを考え合わせると、どうも無意識に「能」を思い描いていたような気がします。ひょっとすると金閣は昼より夜見るほうが義満の時代に近づけるのかも、、、という気がします。

>おぞましい光景ですがお勧めです。
僕も風呂の中では本を読んでいます。行儀が悪いなあと思っていたのですが、結構他にもやってる人がいるもんですねぇ。酒が弱い僕にはビールはちょっと無理なので、今日はウーロン茶くらい持ち込んでみることにします。
じかん● Tue May 2 2:25:08 Japan 2000
おなまえ●FP
メッセージ● このHPは、次に読む本を探している時などによく利用させてもらっているのですが、本の紹介のコンテンツもおもしろいのですが、掲示板もとても面白い一つのコンテンツですね。
いろんな方が書き込んでいったメッセージを読んでいると、いろんなことを教えてもらえます。
このHPを見つけられてほんとうによかったです。
実は、自分のHPでも歴史関係(得に自分の好きな関ケ原関係)のコンテンツがあり、宣伝をしようと思ったのですが、いざこのページにきて、まだまだコンテンツの作り込みが足りないなぁ、とつくづく思わされました。というわけで、まだ宣伝はしません・・・(笑)。

それはそうと、最近ようやく“豊臣家の人々”をゲットしました。
実は結城秀康のことを良く知らなかったので、(もちろん歴史“小説”なので鵜呑みにしたわけではありませんが)彼のことが知れてよかったです。
これも“豊臣家の人々”を紹介してくれたこのHPのおかげ、感謝感謝。

じかん● Mon May 1 11:32:19 Japan 2000
おなまえ●遼太の父
メッセージ● Nの様、

こんにちは。連休に入って東京はよいお天気が続いています。今日は70年代と音楽の問題について、もう少し私の持論を展開してみることにいたしましょう。

>そして、遼太の父様は、締めとして70年代の歌謡曲を挙げて
>いましたが、少なくともその時代を共有していない身としては、
>だいぶ強引のように思えました。井上陽水は、すきなんですが
>(ぼくは)、ただ、そこにのみクオリティーの源泉を求めるの
>は、ちょっと窮屈のようにも思えます。

私にとっての70年代というのは、12歳から21歳までの10年間でして、まさに多感な10代の青春時代をこの時代の下で送ったことになります。今がこういう時代閉塞の時代だからよけいそう思うのかも知れませんが、振り返るとまぶしくキラキラした時代のように思われてなりません。人間も自然も社会も経済も、みずみずしくて、弾力性に富んでいて、若々しい感受性に満ちていた時代でした。

今みたいにモノや情報があふれていたわけではなく、雑誌や本やCDが氾濫していたわけではなく、毎日の食卓も質素なものでしたが、日本人は今みたいに肥満体型ではなく、今みたいにガニ股で歩いてなく、今みたいに無意味にぎゃあぎゃあ大声で騒いではいませんでした。日本人はもっと痩せていてすっきりした体つきでした。栄養のバランスのよい食事をとっていて、摂取カロリ−も多すぎず、少なすぎず、ちょうどいい具合だったと思います。

これから日本人が70年代をどう振りかえり、回顧し、総括し、意味づけてゆくのか、私にはよくわかりませんが、私には私なりの小さな確信があって、少なくとも現在言われているような「70年代はネクラ」といった、後で作られた不当なイメージ(それは同時に80年代以降の現在という時代の価値観に対する思想的肯定を意味するわけですが)は崩れてゆくだろうと思っています。

70年代的な価値観や生き方を「ネクラ」として小馬鹿にして笑い飛ばして思想的に全否定する態度の裏側には、つまりビ−トたけしやとんねるずや明石やさんまや松田聖子やといった80年代以降の(愚劣な)シンボルを肯定する思想性が厳然としてあるわけで、私から見れば、それは堕落した日本人の拝金主義と痴呆主義と不道徳主義でしかないということになります。

さて70年代の音楽についてですが、私はこういうことを考えるわけです。たとえば漢詩という文学的世界があり、現在でも多くの東アジアの人々に愛好されているわけですが、漢詩的世界の中での最高水準の時代というのは、やはり唐代ですよね。そう高校の授業でお習いになったでしょう。盛唐の時代、玄宗皇帝の時代、李白と杜甫が生きていたあの時代ですよね。漢詩を作り読む人間にとって盛唐の時代が憧れの時代であるわけです。

それから1300年も経っているのに、漢詩製作のレベルは唐代を追い越すに至っていないわけです。芸術にはそういうことがあるのです。芸術や文学というのは産業とか技術とかとは別の世界ですから、時代が後に下れば下るほど水準が上がってゆくということは決してないのですね。確かに漢詩のクオリティの源泉は唐代の李白や杜甫だけでなくて、それ以前の陶淵明もあるだろうし屈原もあるでしょうけれど、やはり黄金時代としては盛唐の時代へ行き着くわけです。

似たようなことがきっと日本の現代音楽についても言えるようになるだろうと私は思っているわけです。やっぱり70年代の日本音楽が日本音楽史の中で最も水準が高くて作品的価値が高いと誰からも評価されるときが来るだろうと思っているのです。阿久悠や井上陽水や中島みゆきや桑
田佳佑が杜甫であり李白であり王維となる日が必ず来るだろうとそう思っています。

何と比べてもいいですが、例えば70年代的な音楽と真っ向から対立する音楽シンボルである(このあいだ天皇在位10周年記念で演奏した)X−Japanなどと比べてみて下さい。70年代的な音楽性の圧倒的優位というものがよくわかるはずですよ。X−Japanなど何て貧困でお寒い創造力でありましょう。あんなまがいものを担ぎ出して..天皇陛下がお気の毒でした。

このことは、時代というものと無関係ではきっとないのです。盛唐という時代だったからこそ詩的創造性においても頂点を極めることができたということです。日本の音楽についても、70年代という時代だったからこそあのような優れた高度な音楽的世界ができあがったのだということです。ミュ−ジシャンたちの創造性や感受性が高かっただけでなく、その時代の日本の人々の音楽的感性のレベルが高かったのです。そういう時代が70年代だったということです。