日高山脈の自然を未来へ

               北海道大学大学院地球環境科学研究科・平川一臣

1.日高山脈の”幸運”,スイスアルプスの”悲劇”

 俗に”日高には泳げないと登れない”と言われる。これは100%冗談ではなく、本当
に経験することでもある。要するに登山道がごく限られた山にしかないから、沢を行くし
かないのである。たとえば、対照的にスイスアルプスを思い浮かべてみよう。そこでは、
ほとんどどこでも谷のどんづまりまで道路が通、山の斜面はアルプの放牧地や草地で、
条件のよいところはスキー場になっている。ここでは自然の森林植生はほとんど皆無であ
るといってもよいし、そもそも森が全くないところも広いのである。現存する氷河は観光
の目玉である。アルプスは人の手に躁躍された、ある意味で、”悲劇”の山である。この
ような人間の土地利用を可能にしたのは、繰り返し訪れた氷河作用のよって広い氷食谷や
緩い斜面がつくられたことに最大の原因があるだろう。ローマ時代にはもちろん広範に人
が住んでいた。
 ”幸運”なことに日高山脈の氷河時代の氷河は主稜線の周辺と源流部の谷の中にしか広
がらず、スイスアルプスのような大規模な氷河地形をつくらなかった。アルプスのように
高くなく、現在は氷河もなく、特別な観光資源には恵まれてはいない。さらに幸運なこと
に、本来アイヌ民族の島である北海道では、日高山脈の森林を伐採したり、道路を通した
りする必要が全くなかった。このような状況がわずか100年ほど前まで続いていた。こ
れは人類の文明史における、ほとんど”奇跡”といってもよいのではあるまいか!

2.”夏は熱帯”の恩恵;森の山脈・日高,アイスランドの悲劇

 1999年の8月以降幌尻岳、戸蔦別岳の山頂付近で、気温の連続観測を始めた。その
データによれば、冬の平均気温はマイナス15℃くらい、最低でもマイナス30℃を下回
ることはなかった;つまり,冬の最低気温はたぶん陸別ほどには下がらない。年平気温は
マイナス3℃くらいで、永久凍土が存在する可能性を示している。一方,夏の平均気温
(6月中旬〜8月)はプラス15℃前後、日最高気温は25℃を超えることがしばしばあ
る。日高山脈が稜線まで森林に覆われるのは、植物の生育に必要な”夏は熱帯”の日本の
気候のおかげである。ほとんど夏の気温条件が同じ大雪山では、山頂部には森林がないの
は、地形が平坦〜緩やかで強風の影響を強く受けることが大きな要素である。日高山脈の
鋭い稜線と急な斜面の山の地形は、夏の気温とともに、日高山脈が森の山脈であることに
貢献している。
 夏の気温の重要性は、たとえばアイスランドを考えてみればよくわかる。アイスランド
では、冬の気温は仙台ていどなのに、夏は10℃をわずかしか越えな。かろうじて森林
が成立していたが、移住した人々は森林を伐採して放牧地に変えた。寒い夏は、森林の再
生をきわめて困難なものにしている。いまや森林というものがほとんどない、アイスラン
ドの”悲劇”である。
 
 


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