えりもの森 裁判

訴       状

原告の表示 (略)

代理人の表示  別紙訴訟代理人目録記載のとおり

被告の表示 (略)

 

損害金返還請求事件

訴訟物の価格 算定不能

貼用印紙  8,000円

予納金   7,000円






   2005年12月28日

 札幌地方裁判所  御中

原告ら訴訟代理人(略)

被告の表示 (略)

請 求 の 趣 旨

1 被告北海道知事高橋はるみ及び北海道日高支庁長脇田宏行は、脇田宏行に

対し、金500,000円を支払うよう請求せよ。

2 訴訟費用は被告の負担とする

との判決を求める。

請 求 の 原 因

1 当事者

 原告松田まゆみ(以下「松田」という)は、十勝自然保護協会の理事をし、

北海道の自然保護に強い関心を持つ道民であり、原告市川利美(以下「利美」

という)は、ナキウサギふぁんくらぶ(2005年12月1日現在会員数2,595名)

の代表をし、ナキウサギを中心とする北海道の野生生物の保護に強い関心を有

する道民であり、原告市川守弘(以下「守弘」という)は、社団法人北海道自

然保護協会の副会長をし、北海道の自然保護に強い関心を有する道民である。

被告北海道知事は、日高支庁の行政事務の管理、監督権を有する知事である。

被告北海道日高支庁長は、日高支庁の行政事務の管理、監督権を有する者で、

以下に述べる本件における契約について専決権を有するものである。なお、北

海道知事が日高支庁長に対し、いかなる委任をしているかが不明であるので、

日高支庁長に委任した結果、職員に対する賠償請求ないし賠償命令の権限を委

任した結果として北海道知事の権限がない場合を考慮し、日高支庁長をも被告

とする。

2 日高支庁長による道有林野産物売払契約及び請負契約の締結

(1)北海道(日高支庁・専決権者支庁長脇田宏行)は、平成16年10月26日、

  日高森づくり協同組合との間で、次のとおり管理する道有林野の産物の

  売買契約を締結した。

  売実物件の所在  幌泉郡えりも町辛目黒日高管理区150林班他

  売買物件の所在する面積 56.48ha

  物件の種類    立木 2,360本

  物件の数量     2,723.09立米

  売買金額      2,730,000円

  物件の搬出期限  平成18年10月26日

 この契約は、「天然林受光伐」(内容は後記)を目的とする伐採のために立木

として売払う契約であり、売貫代金の受領及び売買日的である立木の引渡しは、

平成16年11月16日に行われた。(甲第1号証、同第2号証)

(2)北海道(日高支庁長脇田宏行)は、平成16年9月30日、日高森づくり

  協同組合との間で、次のとおり管理する道有林野の産物の売買契約を締

結した。(甲第4号証、同第5号証)

  売買物件の所在  浦河町上杵日・様似町新富・旭・えりも町近浦・

           歌別・庶野・目黒・新冠町明和 道有林日高管理

         区11林班他

 売買物件の所在する面積  74.08ha

 物件の種類     立木 11,455本

 物件の数量      2,362.37立米

  売買金額       8,400,000円

  物件の搬出期限  平成18年9月30日

(3)北海道(日高支庁長脇田宏行)は、平成16年10月4日、日高森づくり協

   働組合との間で、次のとおり管理する道有林野について、保育伐併用事業

   請負契約を締結した。(甲第6号証)

  事業名   明和ほか保育伐併用事業

  事業場所  道有林日高管理区内11林班他

  事業期間  平成16年10月5日から同17年2月28日まで

  請負金額  9,549,750円

(2)及び(3)は、一体となった事業で、原告らが日高森づくりセンターから聞

き取った内容によれば、「間伐」により道有林を保育し(3)、かつ伐採した道有

林野産物である木材を売払う(2)、という事業である、とのことであった。

(2)の契約による立木の売買代金の受領及び引渡しは平成16年10月20日に

行われ、(3)の請負契約は車成17年2月18日完成報告がなされ、同月23日完

成検査が行われ、その直後に請負代金全額が支払われた。(甲第7号証)

3 前記契約(1)の違法性

ア(1)の契約について

 前記のとおり、この立木の売買契約は、日高管理区150林班他における天然

林施行としての受光伐施業としてなされ、売買の相手方である日高森づくり協

同組合(ないし組合員である木材会社)が受光伐の対象である立木を買い受け、

同組合が買い受けた立木を受光伐として伐採・施業し、搬出するという内容で

ある。

 

イ 実態は皆伐

 ア記載のとおり、本件契約では、北海道は「天然林受光伐」の施行のために、

該当する立木を売却し、前記組合が受光伐として伐採し搬出を行う内容である

が、その実態は皆伐である。

 原告らは、対象地である152林班43小班(伐区としては第10伐区2.4ha)を

2005年11月初めに視察をした。すると右伐区はほぼ全体にわたり一切の立木が

存在せず、最大幅(東西)約65m、最大長(南北)約235mにわたり、すべての天然

林の立木が伐採されていた。それを裏付けるものとして原告らが情報公開によ、

って入手した、日高森づくり協同組合が浦河労働基準監督署に平成17年7月20

日提出した「立木伐採作業計画書」によれば、「152受光伐」事業現場(これは

152林班10伐区とも記載されている)において、「伐採方法 皆伐 択伐」と記

載されており、施業者は、「受光伐」という名を借りた「皆伐 択伐」であるこ

とを自認している。(甲第3号証)

 前記組合による10伐区における伐採された(つまり売払われた)樹種をみる

と、広径木の広葉樹、針葉樹の天然林が、合計376本伐採され(材積472.38立米)

てしまった。なお、原告らのその後の調査により、実際は376本以上の樹木が

伐採されていた。

ウ 道有林管理の基本としての「北海道森林づくり条例」

 北海道は平成14年3月29日条例第4号において、「北海道森林づくり条例」

を制定した。

 従来、北海道の道有林野管理は、木材の販売収入をもとに森林整備を進める

「企業会計」方式あるいは平成9年度からは「特別会計」方式で行っていたが、

平成14年3月に、「北海道有林野事業特別会計条例」を廃止し、「一般会計」方

式に大転換した。この転換が「北海道森林づくり条例」によって確立したもの

である。

 この結果、道有林野を「木材生産」のために利用し、収支会計を黒字化する

必要がなくなり、道税を主な財源とし、広く道民の利益を考えた森林管理が行

えるようになった。そのため、それまでの「公益性と収益性の両方を重んじる

考え方」から「公益性を全面的に重視する考え方」に転換し(平成14年度版北

海道森林づくり白書)「今後は、木材生産を目的とする皆伐・択伐を廃止し、複

層林化や下層木の育成を目的として行う受光伐を導入するなど、公益性を全面

的に重視した道有林の整備を推進」していくこととなった。(以上、同白書、北

海道森林づくり条例前文、1条、3条、4条等)

 しかるに、上記契約(1)では、受光伐と称して皆伐を行っている。しかも「受

光伐」というのは、単層林となっている森林について、一部を伐採し、森林内

にギャップ(日光が差し込む場所をいう)を人工的に作り、そこに樹種の芽生

えを促し「複層林」化していく目的で行う伐採方法であって(前記白書)、そも

そも広葉樹、針葉樹が混在し、すでに複層林化していた天然林の森林において、

計376本を見渡す限り伐採することは受光伐ではないことは明らかである。

 したがって、前記契約(1)における立木売買契約は、北海道森林づくり条例に

違反する違法な伐採を前提とした立木売買である。

 

エ 生物多様性条約違反

 前記契約(1)による立木売買とその前提としての「受光伐」による立木の伐採

の結果、樹齢100年から150年前後の天然林である広葉樹、針葉樹376本を伐

採しているが、これらの木は、古損木など樹洞ができている木などを多数含ん

でいた。この結果、この地域の野生生物に重大な影響を与えた。

(中略)

契約(1)に予定された伐採によって、生物多様性そのものに重大な影

響を与えたもので、生物多様性条約1条、8条、14条に違反する。

オ 過剰伐採

前記のとおり、原告らは本年11月3日に152林班43小班(第10伐区)を

調査した際、任意に20m×20mの調査区を設け、伐採された本数を伐根によっ

て確認した。これによれば伐採された木は18本あり、そのほとんどは樹齢120

年以上(中には150年程度と思われるトドマツもあった)の大木であった。と

ころで、この152林班43小班(第10伐区)は、2.4haあるから、0.04haで18

本であるということは、152林班43小班(第10伐区)では、1080本の伐採が

行われた計算になる。売買契約の書類上では、152林班43小班(第10伐区)で

は、376本の伐採計画であるから、この計算が正しければ、3倍近い過剰な伐採

が行われたことになる。確かに、皆伐範囲が43小班全域かどうかは境界が不明

確なため明らかではないが、伐採計画以上の過剰な伐採が行われた可能性は高

い。もしこれが事実とすれば、道有林という道の財産が窃取されたことになる。

 原告らは、その後、さらに調査した結果、376本のほかに202本過剰に伐採さ

れていることが判明し、日高森づくりセンターは、右事実を認めた。したがっ

て、この202本については、計画外に権限なく過剰に伐採させたものであり、

違法である。

 

4  前記契約(2)及び(3)の違法性

ア 前記契約(2)及び(3)の一体性

 原告らが北海道から聞きとったところによれば、前記契約(2)及び(3)は一体

となって、日高管理区における植林地において、間伐施薬を行い、間伐材を売

払った、とのことであった。原告らが問題とするのは、この一体となった契約

のうち(3)の契約において、集材路を新設し、その新設された集材路工事が、ナ

キウサギ生息地を横断するように敷設され、結果としてナキウサギ生息地を広

範囲にわたり破壊した行為である。

 

イ 152林班52小班

 本件請負工事場所は、すでに道南部におけるナキウサギ生息地として周知さ

れている場所であった。これは国の事業である「大規模林業圏構想」に基づき

森林開発公団が全国で計画、実行していた大規模林道(その後緑資源公団と改

称され、現在は線資源機構と称される。ここが建設主体となり建設を進めてい

るが、大規模林道という名称も「緑資源幹線道路」と称されている)の事前の

環境影響調査によって、日高管理区152林班52小班周辺は、広範囲にわたりナ

キウサギ生息地として確認されていたからである。(中略)

 したがって、北海道は152林班52小班にナキウサギが生息する蓋然性が極め

て高いことを十分理解しながら、なんらの自然環境の調査をせず、集材路の新

設を認めたもので、生息地の破壊になることを知っていたか、知らないことに

つき重大な過失があったものである。

ウ 違法性

【1】そもそも育林請負事業仕様書によれば、「第2 更新事業実施の方法 1 地

 拵 (2)集材・搬出」の項目で、「集材路を作設するときは、次の事項に

 留意して計画図を作成の上、事前に監督員と協議する」となっており、北

 海道日高森づくりセンターの職員は、集材路新設の際に、事前に協議して

 いたことになる。

  しかも、地図のとおり、52小班には、約30年前、トドマツを植林し、今

 回はその間伐作業であるから、かつての既存の作業道が存在し、新たに集

 材路を新設する必要性がなかった。

【2】また同仕様書(2)ウCでは「土砂の崩壊等を招かない箇所を選定する」とあ

 るところ、前記したナキウサギ生息地は、いわゆるガレ場と呼ばれる比較

 的大きな岩石が堆積している場所で、土砂崩壊の恐れの高い場所である。

【3】ナキウサギは、日本では北海道にしか生息していない氷河期の生き残りと

いわれる哺乳類で、学術的、文化的に貴重な動物である。しかもガレ場と

 呼ばれる岩石の堆積した場所を生息地とするため、その生息範囲も限定さ

 れ、本件のようにこの岩場自体が破壊された場合には、その生息地が確実

 に減少することになる。前記した生物多様性条約は、種の多様性の他に生

 態系の多様性の保全を締約国に義務付けているが、生息地の破壊はこの生

 態系の破壊そのものである。したがって、本来不必要な集材路を新設した

 だけにとどまらず、生物多様性条約1条、8条、及び環境影響調査を義務付

 けた14条に違反する請負工事であった。

エ 契約全体の違法性

 前項のとおり、前記契約(3)に基づく請負契約によって、新設された集材路工

事は違法な工事であるが、間伐した木材の搬出のための集材路新設であるから、

間伐行為と密接不可分であり、したがって契約全体が違法性を帯びることにな

る。

 

5 損害

 北海道は、平成16年4月27日、「北海道における森林の公益的機能の評価額」

を発表し、その中で、北海道の森林の持つ公益的機能として、11兆1,300億円

を算出している。またこの公益的機能について「評価基準」を定めているが、

その中で「生態系保全機能」を挙げ野生生物の生息地としての公益的機能の評

価をしている。(甲第9号証、同第11号証)

 もちろん、本件では、前記契約(1)における違法な受光伐を名目とした売買に

よって、森林が皆伐されてしまったため、その財産的損害の算出は困難が伴う

が、少なくとも、北海道自らが認める公益的機能が伐採によって失われたので

あるから、北海道の森林の持つ公益的機能として、11兆1,300億円が、伐採面

積に応じた割合において、前記契約(1〉によって、その公益的機能が損害を受け

たものである。

 同様に前記契約(2)及び(3)によって、間伐の集材路新設によって、ナキウサ

ギ生息地が破壊されたのであるが、これも森林に生息する野生生物による公益

的機能(例えば人々への安らぎ、学術的研究の可能性等)を侵害し、その限度で

損害を与えたものである。「森林機能の生態系保全機能」を害したのであるから、

北海道の手法によっても金銭的損害額は評価可能である。

    * 北海道の面積は83455.33平方キロメートルであるから、仮に北

    海道全部が森林に覆われていたとして、11兆1,300億円をこの面積

    で割ると、1平方キロメートルあたり1億33,364,000円となり、1

    ヘクタール当たりは約133万円の金銭的価値を有することとなる。

 さらに、少なくとも過剰に伐採された202本については、売り渡し価格1本

あたり1,102円(260万円÷2,360本、消費税抜き)であるから、222,604円の

損害となる。

 以上から、道有林の「森林機能の生態系保全機能」を害し、道有林としての

統一的価値の損傷及び過剰伐採による樹木の損失を合計すれば、その損害は最

低でも金50万円を下らない。

6 監査請求と不受理

 原告らは2005年11月15日付けで、北海道監査委員に対し、本件違法行為に

ついて損害の回復を求めて監査請求をしたが、同監査請求は同年12月2日付け

で「森林の公益的機能の損害は、北海道の財産上の損害とは認めることはでき

ない」との理由で、不受理となった。

7 結論

 よって、原告は被告らに対し、地方自治法242条の2第1項4号に基づき、

前記各契約及びその履行に関わった脇田宏行に対し違法行為に基づく損害賠償

として金50万円及び本訴状送達の日の翌日から支払済みに至るまで年5分の割

合による遅延損害金の支払の請求をすることを求める。

 

 

証  拠  方  法

 

甲第1号証 売買契約書

甲第2号証 買受産物受領書

甲第3号証 立木伐採作業計画書

甲第4号証 売買契約書

甲第5号証 買受産物受領書

甲第6号証 育林事業請負契約書

甲第7号証 請負事業完成検査調書

甲第8号証1−2 売上高樹種別再掲表計算事(第10伐区)

甲第9号証 森林機能評価基準

甲第10号証 道有林の集材路建設によるナキウサギ生息地破壊に対する抗

      議及びナキウサギ生息地保全についての要望書

甲第11号証 北海道における森林の公益的機能の評価額について

甲第12号証 監査結果

付  属  書  類

甲号証写し      各1通

委任状         3通(1通追完)

 

 

原告代理人の表示

(中略)

 十勝自然保護協会ホームページへもどる    えりもの森裁判 メニューページに戻る