第3回雑文祭参加作品

それは夕立のように


第3回雑文祭参加作品)

それはいつもいきなりやってくる。
いや、いきなり、と言い切ってしまうにはちょっとためらいがある。いきなり降り出してきやがって、と表現される夏の夕立ちでさえ、雲が立ちこめ空が急に暗くなり、といった明らかな予兆が先立つものだ。純粋に「いきなり」ではない。
そう、この場合も「5回表ワンナウトランナー2、3塁」という状況に伴った「いや〜な予感」が先立っている。長嶋カントクが、あ、動かないで、動かないでェェェ!という祈りも空しく、相変わらずのテレビカメラを意識した動作で、動く。

「ピッチャー、西山。」

「だあぁ〜〜!でたあああぁぁあ!!」(大げさにひっくり返る私)

「・・・終わったな。」(ニヤリと腕組みをするダンナ)

どうしてコイツがまだ一軍にいるんだろうか?どうして長嶋カントクはコイツを使いつづけるのだろうか?昨シーズン、西山がひとりで「敗北の方程式」を確立させてしまった、あの苦い思い出を忘れちゃってるのだろうか?(ちゃってるんだろうなあ)ハツカネズミの、小指の先ほどの脳みそにさえ備わっているらしい「学習能力」が長嶋カントクにはナイんだろうか?(ナイんだろうなあ)鹿取コーチはどうしてなにも言わないんだろうか?それとも言ってるんだけどカントクが聞いちゃイナイんだろうか?もしかして長嶋カントクは西山に重大な弱みでも握られちゃってて、そんで「俺様を使え、さもないと・・・」と脅されでもしてるんだろうか?それとも実は何かのバツゲームなのだろうか?はたまた、何かのそういうお告げをカントクが受信しちゃってるんだろうか?

そんなあるはずのない妄想まで産んでしまう、常人の理解を超えた長嶋カントクの頭蓋骨の中味、「カンピューター」。この特異な異次元の思考回路が数々の「爆笑伝説」を残し、さらに「プロ野球 珍プレー好プレー」の面白さを3割ほどアップしてくれているのは疑いようのない事実である。事実ではあるが、しかし、長嶋カントクの、この西山の起用の仕方はあまりに冗談が過ぎている。わざわざ、積極的に負けようとしている、としか考えられないではないか。

お約束のフォアボール。とりあえず押し出しで1点献上。その後連打の雨アラレ。ブルペンで全力を使い果たしてからマウンドに上がるという噂の西山くんのおかげで1点差が4点差に広がる。ピッチャー入来兄に交代。何しに出てきたの西山くん。あ、そう。点を取られに出てきたの。開き直って防御率のワースト記録でも樹立するつもり?それで話題になろうとか狙ってるワケ?

私はオオサンショウウオのように床にべったりとうつぶせになり、あとはひたすらテレビに向かってぶつぶつと小学生レベルのケチをつけることに専念する。

「落合英二って、本職は腹話術の人形だって知ってたあ?」
「新庄って、隠れキリシタンみたいな顔だよね」
「ハマの番長だって、ぷっっ、いまどき番長だって、カッチョワリ〜」
「藪の名前、あれなんて読むの?ケイツボ?」
「オラオラ、そんなダレたプレーしてっとセンイチにグーで殴られっぞ」
「サムソンって、昔『侍ジャイアンツ』に出てたっけ?」
「掛布ってなんであんな大声で解説すんの?マイクってどういう機械だか知らないんじゃないの?」

こんな私の傍らで、一緒にテレビを観ているダンナ。口元には微笑。たかがプロ野球に熱くなっている子供じみた私を微笑ましく思っている、わけではない。この人はジャイアンツが負けると喜ぶのだ。しかも私が悔しがれば悔しがるほど嬉しいらしい。歪曲した愛情表現なのかもしれない。だとしたら、マジでヤだからやめてください。

「ミンチーだって。変な名前」
「ペタジーニだって。変な名前」
「誰あれ?変な顔」
「ふん、バーカ」
「バーカバーカ」
「バカバカバーカヘタクソ」

悪態のボキャブラリーも尽き、点差は縮まらず9回裏ツーアウト。私はリモコンをテレビに向けた状態で待機し始める。そして栄えあるジャイアンツの4番打者、長者番付にも顔を出す高額納税者、清原サマのお打ちになられた高〜い高〜いキャッチャーフライがミットに入る直前、

ぶちっっ!

テレビを消す。リモコンを放り投げる。

「はいはいはいはい、寝る時間寝る時間寝る時間」(子供の群れを寝室に追い込む私)

「もう寝るの?」(最上級に嬉しそうなダンナ)

「ええ!ワタクシはアナタと違って夜中にオムツ替えたりおっぱいやったり夜泣きの相手したりそりゃあもうターイヘンなんだから毎晩ぐう〜うぐう熟睡しているアナタはご存じないでしょうけど子育て中って慢性睡眠不足なんだから特に産後1年くらいは眠っても、眠っても、まだ眠いジョータイなんだから果てしなく眠いんだからもう年だしお肌は荒れるし不整脈は出るし本当に本当に大変なんだからキーッッッッッ!!」

私はジャイアンツが負けると急に子育てが重荷になるという特異体質である。単なる八つ当たりと言われてしまえばそれまでだが、ウチのダンナはノレンもヌカもまっつぁおのウルトラショックアブソーバー野郎なのでいくら八つ当たりしようが腕押ししようが釘を打とうが手応え皆無。そのようなオカタにいくら当たり散らしたところで気が晴れるわけがないのだ。悶々と寝床に入る。なかなか寝付かない0才児と2才児にかわるがわる頭突きをくらいながらさらに悶々とする。心を落ち着けようとヒツジを数える。私のヒツジの数え方はちょっと変わっている。

「ヒツジがあ、9999匹ぃ〜」
「ヒツジがあ、9998匹ぃ〜」
「ヒツジがあ、9997匹ぃ〜」
「ヒツジがあ、9996匹ぃ〜」

というものだ。何かの本に書いてあったから別に私のオリジナルではない。段々と減っていくというところが不気味でヨロシイのだが、さらにこの方法は普通に数えるよりもずっと眠気を誘う効果があるのだ。悶々としていた割には、ストンと眠ってしまう。本当に眠いときなどは5匹屠殺したあたりで「ぐー」なんてこともある。ヒツジの大群のおかげもあるが、やっぱりほら、疲れてんのよ。子育てって、大変だから。
それにしてもヒツジって実際は「頭」で数えるんじゃなかったっけか?

翌朝。

コーヒーの入ったマグカップを傍らに、ダンナはニッカンスポーツ、私は読売新聞を広げる。スポーツ面をうっかり広げてしまわないように細心の注意を払いつつまずは家庭面の「人生案内」を探す。ほほう、なになに?「息子に彼女がいないのが心配」だあ?25才〜?放っとけよそんなの。だいたいそういう母親の息子だからモテないんだよ、そんなこともわかんねえのか、バーカ。(←昨晩の名残)

「・・・巨人はさ〜」(ダンナ)

「なんか言ったっっっ!?」(噛みつかんばかりの勢いで振り向く私)

「もう中継ぎとか抑えとか、そういうのなくして、全員先発、全員完投、っつーことにした方がいいんじゃないの?」

「・・・?」

「だって継投がうまくいったことって、ほとんどないじゃん」

「・・・・・・・・・・・・ふむ」

桑田も斎藤もガルベスも上原も槙原も入来兄弟も河野のオヤジも眉毛のつながった変な顔の外人も、そして西山くんも、全員先発完投投手。メッタメタに打たれても20点くらい点取られても球数が200を超えても300を超えてもお客さんが全員帰っちゃっても次の日になっちゃっても、最後までひとりで投げる。完投する。確かに無茶苦茶ではあるが、現在のあまりに腑甲斐ないジャイアンツ投手陣に喝を入れる方法としてならば、そんなのも、ちょっとわるくない。(か?)

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