平成11年2月

子供専門写真館潜入ルポ(前編)

 まあ月並な表現ではありますが、子供の成長は本当に早いものです。ウチの4番目なんかついこの間オギャーと生まれたばかりと思っていたのに、もう歯が生えてお粥をバクバク食べています。最後の子なのでなるべくゆっくり大きくなって欲しいと切実に思っているのに、そんな思いとはうらはらに超スピードで大きくなる。本当にかわいい盛りはあっという間に終わってしまいます。その証拠に、今6歳の長女なんか、もう好きなオトコがいるようで、
「きょうこ、りょうたくんにラブラブぅ〜」
なんてキモチワルイ事を言います。
「りょうたくんのどこが好きなの?」
と訊ねたら、平然と
「顔」
なんて答えるんですよ、これが。生まれてたった6年でこうなる。こうなっちゃうともうある意味で、子供としての旬は過ぎたと言えるでしょう。男の子はまた違った成長をするらしいですが、いずれにせよ「視覚的にかわいい時期」というのはせいぜい3歳までだと思います。そして、そのかわいい時期を逃すことなく、なるべくたくさん残しておきたいと思う、これはもう当然の親心であるわけです。
 初めての子はまず大抵の親が撮って撮って撮りまくります。子供をもって「エコ」に目覚める人は多いのですが、「無駄を極力なくしたい」「資源は大切に」「子供達にきれいな地球を」なんていってるくせに、写真だけはもう撮る撮る。湯水のようにフィルムを使います。まあ、それくらい初めての我が子はかわいいものであるという証明でもありますが。
 その後2人目の子供をもつとどうなるか。これが、撮らない。親も我に返る訳ですね。興奮が冷めて人が変わったようにぱったり撮らなくなる。1人目の時は「誕生」から「お七夜」「お宮参り」「お食い初め」「初節句」など節目の写真はいうまでもなく、その他にも1日おきに撮ったりしていたのが、2人目になると「誕生」の後が「お食い初め」で、そのあとはいきなり「1歳の誕生日」だったりなんかして。1人目の4分の1なんてのはざらでしょう。10分の1といってもいいかも知れません。しかもその少ない写真には、上の子も一緒に写っている。いくら
「A子もB子も同じくらいかわいいよ〜」
なんて言ったって、この明らかに不公平な事実に気付いた第2子に、
「おねえちゃんの写真ばっかりでアタシのがない」
と半べそのウルウルしたまなざしで指摘され、
「い、いや、それはそのう・・・モゴモゴ
と口ごもってしまう親も多いのではないでしょうか。しかしだからといって、今さらもうフォローのしようもないのですが。

 さて、周囲と比べて、まあ中くらいかな?普通だよね?という程度に親バカである私達夫婦も、末娘に対してはもう全力全開でかわいがっております。泣いたら「即だっこ」です。これ以上はない、というくらいの猫なで声で育てています。そんなにかわいいの?と聞かれたら、もう頚椎を痛めちゃうヘビメタのボーカルのようにブンブンブンブンと頷きますね。そう、こんなにかわいいのだし、最後の子なんだし、せっかく(?)だし、このかわいい赤ちゃん時代をプロのカメラマンに撮ってもらおう、と今までには微塵も考えなかったようなことを私が思い立ったのも、これはもうごくごく自然な流れである、と言って差し支えないと思います。
え?そんなにかわいい顔をしているのかって?
う〜ん、そうですね、生まれてしばらくは「ガッツ石松」にそっくりでした。最近は「メーク済みの天童よしみ」に幾分昇格しましたが、まあ、4番目ともなりますと、顔なんかついていればいいと大真面目に思っております。負け惜しみじゃないですよ。ブスならブスで、そこがかわいいんですから。

 さて、北海道は本州と違って、生後100日目でお宮参りをし、写真を撮るのが通例となっております。やはり大変に寒い地域なので、あまり早い時期から赤ん坊を外に出すのはどうも、ということなのでしょうか。1人目の時はそれを知らずに、本州式の33日目をちょっと過ぎたあたりでお宮参りに行ったのですが、神主さんに、
「え〜〜?なんでこんな早く連れてきたの?風邪ひかすよ〜?」
とモロに非難されてしまいました。たまたま寒い日だったこともあって、なんかとんでもない親と思われてしまったようです。この時はお宮参りに行っただけで、写真は撮りませんでした。2人目、3人目の時は、お宮参りにも行きませんでした。ですから、正式に「お百日」の写真を撮るのはこの末っ子だけということになります。1人目と末っ子は結果的にどうしても特別扱いとなってしまうわけです。皆さんそうだと思います。全世界共通の「親のサガ」ということにしといてください。ごめん、中間子。

 そういうわけで「子供専門写真館」というところに一家6人全員で押しかけました。去年の10月のことです。ついでに家族写真も撮ってもらおう、と、私とダンナは盛装。子供らの衣装は写真館で貸してくれるという話だったので、
「上流階級の家族写真(笑)」
をイメージした、シンプルで渋い色のドレスを借りよう、あ、赤ん坊は当然純白のドレスだな、などと目論んでおりました。でき上がりがよかったら、ちょっとこっぱずかしいけどセピア色に加工して年賀状にしちゃおうかなあ、と、そこまで考えていたのです。

が、しかし・・・・・・・・・



「こんにちは、百日と家族写真で予約した安藤ですけど」
「あ、は〜い、どうぞこちらへ」
「よろしくお願いします」
「はい、ではまず衣装の説明からさせていただきます」
「はい?説明?あ、え〜と白いドレス・・・」
「まずは和服の方から」
「あ、いえ、和服は結構です、白いドレス・・・」
「は?和服は撮らないんですか?ドレスだけ?」
「は、はぁ・・・(なにぃ?みんな撮るのか?)」
「では、ドレスの方を説明させていただきますね」
「はぁ・・・(白けりゃなんでもいいんだけど。どーせガッツだし)」
「まずはこちらが不思議の国のアリスです」
「はあぁ?」
「こちらがアルプスの少女ハイジ
「・・・」
「これがアラジン
「・・・」
白雪姫もございますが」
「・・・」
「・・・?」
「・・・はあ、えーと、白いドレスでいいんですが」
「こちらに色ドレスもございますが」
「・・・いえ、白で・・・」
「そうでございますか。ではこちらです」

と、ほんの3、4枚しかない白ドレスからテキトーに一枚を選んで係の人に渡しました。この時点でなんだかとっても妙な空間に足を踏み入れてしまったような気がしたのですが、上の3人の衣装を選ぶ時に、それが気のせいではない、ということが分かりました。


変な衣装しかナイんです!


 その「変さ」をなんと表現すればぴったりくるのでしょうか。「派手」とか「けばけばしい」とかそういうありきたりな一言では到底済まされない、済ませてはイケナイ、そういう「変」。「目に刺激的な色」というコンセプトでサテン生地(つるつるぴかぴかした布)を30色作り、変な色の方から10色を選んでドレスを作ったら、やっぱり変だったのでおリボンとお花とレースをいつもより余計につけてごまかしてみました、という感じかなあ。まあもったいなくも誰かさんに殺されちゃったジョン・ベネちゃんならなんとか着こなすかもしれないけれど、平面顔の東洋人には絶対に、126%似合いません、ていうか、これが似合っちゃったらすっごくヤダ。擬音にしたら、どびら〜〜、けばしばずばどば〜、いや、どびずびべらびらびょ〜〜んひょろりんみょ、うん、こんなもんでしょう。

 実に救い難いことに、そういうドレスばっかり、たあ〜〜〜ぁくさんあるんです。どれか選べって言われても、それぞれのドレスがそれぞれ個性的に変なので、すっかり困ってしまいました。どれを選んでも「上流階級(笑)」とは程遠いドレスの海で、とりあえず贅沢を言うのは諦め、せめて「白か黒」にしよう、それならなんとか「上流階級(笑)」に近づけるかもしれない、と少々ふらつきながら白いドレスを引っぱり出すと、そこにはまた黄色とピンクと緑と赤とオレンジ色のお花がもれなくついちゃってる。徹底的に「何かをつけるべし」という決まりになっているらしい。見事なまでに首尾一貫したアンチ・シンプリズム。根底に何か非常に希有で特殊な思想でもあるのかと疑いたくなります。

「う〜む、敵はなかなか手強いぞ」
と、今度は黒いドレスをおそるおそる引っぱり出すと、そこには、
「ああ、やっぱり」
金色のレースで飾りがついている。どうして金色にする?そりゃ黒に金を合わせりゃ豪華に見えるだろうけど、着るのは平面顔のガキだぞ?梅宮アンナじゃないんだぞ?

 ここできちんと説明しておきたいのは、私は決して着る物にうるさい人間ではない、ということです。自分でセンスないのをよーく分かっているので、普段は無難な格好をしています。無地の白、黒、茶などのアイテムが多いです。せいぜい冒険してチェック。花柄などの柄物には決して手を出しません。いいのか悪いのかわかんないから。我が子に着せている物もしかり。まあそれでなくても子供がごてごて着飾っているのは大キライなんですが。
 こういう人間の私をして「変」と言わしめるこの写真館のこのセンス。この怪奇現象と折り合う術は果たしてあるのでしょうか。さらに恐ろしいことに、ここの写真館は子供専門としては道内最大手で、いくつもチェーン店があるのです。どうしましょう。とりあえず順番に火をつけてすべてを灰にしてやるのが我が子と日本の行く末を真に案じる常識人の勤めなのかもしれないなあ、と極彩色のドレスに囲まれながら、にわかに燃え上がる正義感を心の内で持て余し、傍にあった「カエル色」のドレスのすそをぎゅうっと握り締めながら立ち尽くす私に、今後さらなる試練が待ち受けているのでありました。後編へ続く。

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