後 編

Nobody can stop her.

ステージ10:4人家族完成期


さて、あなたの家庭も日本の標準的な家庭になりました。休日には親子4人で楽しく出かけます。あなたは上の子の手を引き、妻は下の子のベビーカーを押します。いかにも幸せそうに見えるのは「親子3人期」と変わりませんが、そのムードは子供が1人増えたことで少々殺気立ったものになります。なにしろ上の子はまだ3歳、食事こそ人間並にできるものの、もっともわがままで気まぐれな時期です。それに加えて、まだ言葉の通じない、動物のような1歳児。妻はことあるごとに声を荒げます。「ほら、早くしなさい!」「こっちよ、なにしてんのっっ!」「そんなもの、買わないわよっ」「ああああ、だめだめだめだめっっ!!!!!!」
そして、本当は1日寝ていたかったのに、家族のため、と思って外出したあなたに向かってこんなことを言ったりします。「あ〜あ、子供が小さいうちは出かけても大変なだけね」
しかし、妻のこの言葉を真に受けて、休日は寝る日、と決めてしまうと今度は、どこかへ連れてってよ、こっちは子育てでストレスがたまってるんだから、と言われるのです。どっちにしても文句を言われるわけです。このあたりから、あなたの包容力の有無が真剣に問われてきます。しかしいくら頭にきても妻に反論などしてはいけません。10倍になって返ってきます。母となった妻にはもはや理屈は通用しません。無用な争いを避けるために、妻が出かけようと言えば、いくら東名高速が50キロ渋滞していようとも、幼子を連れて出かけるしか道はないのです。

この時期に起こること
*家より会社のほうがくつろげる
*妻は時々大声で「あ〜やだやだっっっ!」と誰にともなく言う
*妻はストレス解消をあなたに一任している
*手桶で湯船の湯をくむと「カメのおもちゃ」が一緒に入ってくる
*大変だが、子供の顔を見ると「幸せだなあ」と思う


ステージ11:母の強さが最も発揮されるとき


それは「一家全員風邪でダウン」した時です。今朝から家族全員39℃以上の熱を出しています。なぜかというと、よせばいいのにえらく寒い日にディズニーランドに出かけたからです。あなたもいくら妻に「しっかりしてよ!」と言われても今回ばかりは起きられません。午前中いっぱいは仕方なく4人で寝ています。あたりまえのことですが誰も看病してくれません。子供の熱はどんどん上がり、ついに40℃に達しました。真っ赤な顔で呼吸も荒くつらそうです。体温計の「40℃」を見たとたん、妻はすっくと立ち上がりました。たのもしい「母」の顔つきをしています。
タオルを用意し、子供にやさしい声をかけながら汗をふいて着替えさせます。解熱剤の坐薬を入れ、ポカリスエットを飲ませ、りんごをすりおろして食べさせます。あなたのためにお米を研いでお粥を炊きます。洗濯機を回す音がします。下の子供がついさっき食べたりんごを吐きましたが、無言で着替えさせ、シーツをかえ、汚れた床を拭きます。上の子が「ママ、だっこ」と甘えれば、それに応えてやります。食料や薬を仕入れに買い物にまで出かけます。高熱があるというのに、妻のこのエネルギーは一体どこから湧いてくるのでしょうか。あなたは朦朧とした頭でこう思うことでしょう。ああ、本当に「母は強し」だなあ、と。

この時期に起こること
*妻の風邪はそのまま治ってしまう(気力で治してしまう)
*「全く、だらしないんだから」と妻に冷たく言われる
*子供の高熱は妻の言ったとおり一晩で下がってしまう
*一瞬、妻が神々しく見える
*結局あなたの風邪が一番ひどかった


ステージ12:典型的な母への道


さて、あなた達4人は都心のマンションから多摩川を越えて公団に引っ越しました。上の子は幼稚園に通うようになります。妻は近所にたくさんの友達ができました。午前中に家事を急いで片付け、10時半頃には公園へ出かけて子供達を遊ばせながら井戸端会議です。このような生活が始まると、妻のいらいらのとばっちりを食う回数は以前と比べてぐっと減ります。女同士のおしゃべりでストレスの大部分を発散してくるからです。そして会社から帰って来たあなたに、今日仕入れた近所の情報をまるで大きなスクープであるかのように自慢気に話します。あなたから見れば、実にくだらない、言ってもどうしようもないことばかりしゃべっているように思えます。ふと、自分の母親を思い出して、そういえばおふくろもそうだった、などとなつかしんだりすることもあるでしょう。母親の会話というのは大昔からひとつの傾向があり、現代でもなんら変わるところがありません。話題は「子供のこと」「ダンナのこと」「○○さんの奥さんのこと」に限られ、決して「円高が不況にもたらす影響」とか「ペルー沖で起きているエルニーニョ現象について」といった話題にはなりません。視野が極度に狭窄しているのですが、本人は毎日新聞も読むし、社会の流れを掴んでいるつもりでいます。たまに主婦の間で出る「社会的な話題」といえば、「いじめ」「オウム事件」「英国王室問題」「ポストハーベストが身体に及ぼす影響」とこんなもんです。そういう話題をとっかえひっかえして、時には同じ話を確認しあうかのように繰り返し、母親達のおしゃべりは尽きることがありません。
さて、下の子も2歳を過ぎるころになると妻は何かに熱中するようになります。これは、ひとそれぞれでありますが、大体、「子供の早期教育」「妙な健康法」「テニススクール」「育児サークル活動」などの生活に密着したものがほとんどです。社会復帰を目論んでいる場合は「通信教育」を受講し始めます。冷静に見て、そんなに簡単に仕事があるわけない、とあなたは思いますが、それは絶対に言ってはならないことです。妻が将来に夢を抱いている時は驚くほど機嫌のいい日が続くものです。家事や育児にも張り合いが出てくるので以前よりおかずが1品増えたりします。あなたはこの平和が長く続けと願うことでしょう。

この時期に起こること
*妻はいきいきとした「おばさん」になる
*「今日は疲れたわ」と出前をとる日がある
*自分で上手にストレスを解消できるようになるので、あなたの負担は減る
*すでに妻は「亭主元気で留守がいい」の境地に達した
*あなたの家庭における存在感は確実に薄れてきている


ステージ13:そしてある日・・・


あなたは会社でも責任ある立場になってきます。大きな企画をまかされ、家庭を顧みる余裕もなく仕事に熱中します。企画は成功し、今度の人事での昇進はまず間違いない、と同僚や上司に言われます。そのことを妻に告げると、にっこり笑って「よかったわね、おめでとう」と喜んでくれました。家族のために仕事をがんばってきた甲斐があったとしみじみ思い、その晩はいつもよりビールを1本余計に開けて、妻と2人で祝杯をあげたのです。
しかし、大きな企画だったので半年近くも体に無理をかけてきました。そのせいか企画が成功したとたん、ほっとしたのでしょう、あなたは突然寝込んでしまいました。会社の方にも「ゆっくり休んでください、お疲れさん」と言われ、心おきなく半年分の睡眠をとります。そんなある日の午後、ふと目覚めるとふすまを隔てた居間で妻たちの話し声がします。妻と、あと3人ほど近所の主婦がいるようです。どの声がどこの奥さんなのか、あなたは全くわかりません。かなり親しい様子です。話題はどうやらダンナの話のようです。なにげなく聞いているとあなたの妻がこんなことをいいました。
「でもあたしは子供が家を出たら、あの人と2人の生活は絶対にいやだわ。それまでに生活力をつけなくちゃ、と思ってるの」
「そうよね、一生ダンナの食事の世話なんてご免よね。でもご主人、家事できるの?」
「あ、その辺は大丈夫なのよ。一通り仕込んであるから。やっぱりダンナも早期教育が必要よね」

一同、爆笑。




あとがき

「おばさん」というのは蔑称です。ずうずうしい、にぶい、うるさい、おせっかい、といった意味があります。若い女性のほとんどは「私はおばさんになんかならないわ」と思っていることでしょう。しかし現実に結婚し、子供を産むと、外見はどうあれ中味はりっぱなおばさんになる場合がほとんどです。それはなぜでしょうか。
妊娠出産育児というのは理不尽で不条理な現象との遭遇です。頭がよく、完全主義でデリケートな女性にとっては、耐え難いほど過酷な出来事の連続でもあります。結果、多くの女性は我と我が身と家族を守るため、感度を下げ、視野を狭め、エゴで武装し、愚かなほどたくましく変身します。これが「母は強し」の正体なのでしょう。そうなれなかったごく一部の女性は、育児ノイローゼになり、我が子を発作的に殺したりしてしまいます。つまり、幸せな家庭には必ず「おばさん」が一人いなくてはならないというわけです。
現在、彼女との結婚を考えているあなた。どんなに素敵なプロポーズの言葉でも、本質的にはこのように言っていることになります。

「ぼくのためにおばさんになってくれ」

どうぞ幸せな結婚生活を手にいれてくださいね。

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